243 / 252
241.新婚旅行 七日目 出発
しおりを挟む「何? どこか行くのか?」
黙っていくことも考えたが、要らぬ誤解を招くのも嫌なので、嫁には夜間外出のことを話しておく。
部屋にこもって何かをしているアーレが、夕食を取りに食堂に来たところで伝えた。
私は今日は、夕食はいらない。
「ああ。用事を済ませてくる」
これが終われば、一応私の旅行の目的は果たされる。
もちろん最低限だが。
調べたいことも学びたいこともまだまだたくさんあるが、これ以上手を出したら、どれもこれも中途半端になってしまう。
図書館の司書には、追加で調査書の作成を依頼してあるし、できればこちらにいる間に手に入れた料理のレシピも試しておきたい。
だから、これ以上はもう手を出すべきではないと、私は思っている。
「それを言うということは、我を連れて行く気はないのだな?」
「どうしてもって言うなら、少し離れた場所にいてもらうことになる。私にやましいことはないから」
ただ、話がこじれかねないしややこしくなりそうだから、同席は無理だが。
「……いや、我は行かん。おまえは行ってこい」
「いいのか?」
夜。
外出。
こういうのは、向こうであっても浮気を疑われる行為なのだが。
「レインを信じている。だから構わん。……それにこっちも大詰めだしな」
「大詰め?」
「もうすぐわかる。今は聞くな」
ああ、例の隠し事か。
一体何なんだろうな。
「一人で行くのか?」
「フレには付き合ってもらおうと思っている。しかし――」
すでに各々の定位置となっているその椅子には、先に来ていたタタララが座っている。
そのタタララが、じっとこちらを見ている。
「……行きたい?」
「行く」
聞いたら即答した。やはり行きたかったようだ。
「おまえも行くのか」
「婿を求めて」
「そうか。早めに見つけろよ」
場所的に、そういう感じになるかどうかがわからないんだが……
いや、これはこれでいいのか。
これでフレートゲルトが来るなら、タタララと一緒に待ってもらうことになる。その間は二人きりだ。
タタララの意識が変わった今なら、フレートゲルトとの仲も、もしかしたら何かしら動き出すかもしれない。
出掛ける頃には陽が落ちて、空は真っ暗だった。
だが、まだ夕食時なので、大通りを歩く人は多い。
酔っぱらいが増えるのはこれからだろう。ちょうど呑み始める頃だろうか。
「で、どこに行くんだ?」
「ウバルラホテルだ」
フレートゲルトの質問に、私は答えた。
「正確に言うと、ウバルラホテルの近くで夕食を取って、それからホテルのバーに行く。そこでしばらく人を待つ」
詳しくは夕食を食べながら、と言い置き、私たちはウィークの街のランドマークにも等しいウバルラホテルへ向かう。
かのホテルは、この街ができた当時に建てられた元辺境伯の屋敷だ。
建設された当時は戦時で、更には霊海の森に住む魔獣にも対抗するべく、もしもに備えて王城のような頑丈なものが建てられた。
それから約二百年後である現在は、無骨で住みづらくて増設された街に対して立地場所も悪いとして、新しく辺境伯の屋敷が用意される運びとなった。
で、元辺境伯の屋敷は、売ってしまったと。
世界に轟くウバルラ商会は、大胆にも古城をホテルにリフォームし、ちょっと高価な宿泊施設にしてしまった。
貴族は当然として、少し値の張る宿という認識で庶民も利用できる。なんでも値段によってサービスや利用できる部屋に大きな差があるとかないとか。
外観が当時の古城ほぼそのままを残しているので、観光地のような扱いになっている。
近くで見る分には無料だから。
私たちも運命の池に行った時、結構近くまで行った。
大きい建造物は向こうの女性陣には珍しかったようで、それなりに喜んでいたと思う。
そんなウバルラホテルは、食堂とバーは一般開放されていて、宿泊客以外も利用できる。
ただ、食堂は予約制なので、今回は取らないことにしたが。
「――辺境伯を呼び出したのか?」
適当に店に入り、夕食を取りつつフレートゲルトに事情を説明することにした。タタララはぐいぐい酒を呑んでいる。あまりこちらの話には興味はなさそうだ。
堂々たる呑みっぷりのタタララに隠れるようにして、私たちは話している。
フレートゲルトが声を潜めたのは、この街の領主が関わるという予想外にも大きな話だったからだろう。
元騎士だけに、話の重要性と秘匿性もすぐに察してくれた。
「ああ。隠れて会うよりは、まだ多少人目があった方が、彼の方も会いやすいだろうからな」
だから高級バーを指定した。
あそこなら、辺境伯が一杯呑みに来ても大して珍しくもないはずだ。
立場上、ホテルの客に会いに行くことも多い、らしいからな。
「なぜだ? 辺境伯に何の用があるんだ?」
「それは後日話す。こんなところでは話せない」
大衆食堂のような場所なので、周囲は賑やかだ。
隣のテーブルにさえ、私たちの声は届いていないだろう。
だが、それでも。
万が一何かがあった場合、リーナル・ウィーク辺境伯に迷惑を掛けてしまうので、要人に越したことはない。
「君たちは、離れた場所で呑んで待っていてくれ」
「というか、本当に辺境伯は来るのか?」
「そこはわからない。もしかしたら来ないかもしれない」
「おい」
「仕方ないじゃないか。今の私が訪ねたって会えるわけがないだろう」
――昨日、アーレとのデートの途中で、辺境伯に手紙を出したのだ。
婆様の名前を使って。
翌日の夜……つまり今夜、ウバルラホテルのバーで会いたいと、それだけの内容を認めた。婆様の手紙は直接手渡すつもりだ。
読めば来ると思う。
もう二度と会えない場所に帰った、かつての恋人の名による手紙だ。婆様の自称「大恋愛」が嘘じゃなければ、興味を抱かないわけがない。
ただ、家名もない名前なので、本人まで届いたかどうかは、ちょっとわからない。優秀な執事辺りが事前に弾いてしまうことも考えられる。
その辺は、もう賭けである。
もし来ないようなら、カリア嬢に頼もうと思う。
婆様から預かった手紙を渡してほしい、と。
婆様の望みは、かつて別れた辺境伯のその後の略歴なので、望みは叶えられないかもしれないが……さすがにそこは仕方ない。
今の私は、身分のない庶民だからな。会う方法はないのだ。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
一級魔法使いになれなかったので特級厨師になりました
しおしお
恋愛
魔法学院次席卒業のシャーリー・ドットは、
「一級魔法使いになれなかった」という理由だけで婚約破棄された。
――だが本当の理由は、ただの“うっかり”。
試験会場を間違え、隣の建物で行われていた
特級厨師試験に合格してしまったのだ。
気づけばシャーリーは、王宮からスカウトされるほどの
“超一流料理人”となり、国王の胃袋をがっちり掴む存在に。
一方、学院首席で一級魔法使いとなった
ナターシャ・キンスキーは、大活躍しているはずなのに――
「なんで料理で一番になってるのよ!?
あの女、魔法より料理の方が強くない!?」
すれ違い、逃げ回り、勘違いし続けるナターシャと、
天然すぎて誤解が絶えないシャーリー。
そんな二人が、魔王軍の襲撃、国家危機、王宮騒動を通じて、
少しずつ距離を縮めていく。
魔法で国を守る最強魔術師。
料理で国を救う特級厨師。
――これは、“敵でもライバルでもない二人”が、
ようやく互いを認め、本当の友情を築いていく物語。
すれ違いコメディ×料理魔法×ダブルヒロイン友情譚!
笑って、癒されて、最後は心が温かくなる王宮ラノベ、開幕です。
魔性の大公の甘く淫らな執愛の檻に囚われて
アマイ
恋愛
優れた癒しの力を持つ家系に生まれながら、伯爵家当主であるクロエにはその力が発現しなかった。しかし血筋を絶やしたくない皇帝の意向により、クロエは早急に後継を作らねばならなくなった。相手を求め渋々参加した夜会で、クロエは謎めいた美貌の男・ルアと出会う。
二人は契約を交わし、割り切った体の関係を結ぶのだが――
転生してモブだったから安心してたら最恐王太子に溺愛されました。
琥珀
恋愛
ある日突然小説の世界に転生した事に気づいた主人公、スレイ。
ただのモブだと安心しきって人生を満喫しようとしたら…最恐の王太子が離してくれません!!
スレイの兄は重度のシスコンで、スレイに執着するルルドは兄の友人でもあり、王太子でもある。
ヒロインを取り合う筈の物語が何故かモブの私がヒロインポジに!?
氷の様に無表情で周囲に怖がられている王太子ルルドと親しくなってきた時、小説の物語の中である事件が起こる事を思い出す。ルルドの為に必死にフラグを折りに行く主人公スレイ。
このお話は目立ちたくないモブがヒロインになるまでの物語ーーーー。
中身は80歳のおばあちゃんですが、異世界でイケオジ伯爵に溺愛されています
浅水シマ
ファンタジー
【完結しました】
ーー人生まさかの二週目。しかもお相手は年下イケオジ伯爵!?
激動の時代を生き、八十歳でその生涯を終えた早川百合子。
目を覚ますと、そこは異世界。しかも、彼女は公爵家令嬢“エマ”として新たな人生を歩むことに。
もう恋愛なんて……と思っていた矢先、彼女の前に現れたのは、渋くて穏やかなイケオジ伯爵・セイルだった。
セイルはエマに心から優しく、どこまでも真摯。
戸惑いながらも、エマは少しずつ彼に惹かれていく。
けれど、中身は人生80年分の知識と経験を持つ元おばあちゃん。
「乙女のときめき」にはとっくに卒業したはずなのに――どうしてこの人といると、胸がこんなに苦しいの?
これは、中身おばあちゃん×イケオジ伯爵の、
ちょっと不思議で切ない、恋と家族の物語。
※小説家になろうにも掲載中です。
【12月末日公開終了】有能女官の赴任先は辺境伯領
たぬきち25番
恋愛
辺境伯領の当主が他界。代わりに領主になったのは元騎士団の隊長ギルベルト(26)
ずっと騎士団に在籍して領のことなど右も左もわからない。
そのため新しい辺境伯様は帳簿も書類も不備ばかり。しかも辺境伯領は王国の端なので修正も大変。
そこで仕事を終わらせるために、腕っぷしに定評のあるギリギリ貴族の男爵出身の女官ライラ(18)が辺境伯領に出向くことになった。
だがそこでライラを待っていたのは、元騎士とは思えないほどつかみどころのない辺境伯様と、前辺境伯夫妻の忘れ形見の3人のこどもたち(14歳男子、9歳男子、6歳女子)だった。
仕事のわからない辺境伯を助けながら、こどもたちの生活を助けたり、魔物を倒したり!?
そしていつしか、ライラと辺境伯やこどもたちとの関係が変わっていく……
※お待たせしました。
※他サイト様にも掲載中
「25歳OL、異世界で年上公爵の甘々保護対象に!? 〜女神ルミエール様の悪戯〜」
透子(とおるこ)
恋愛
25歳OL・佐神ミレイは、仕事も恋も完璧にこなす美人女子。しかし本当は、年上の男性に甘やかされたい願望を密かに抱いていた。
そんな彼女の前に現れたのは、気まぐれな女神ルミエール。理由も告げず、ミレイを異世界アルデリア王国の公爵家へ転移させる。そこには恐ろしく気難しいと評判の45歳独身公爵・アレクセイが待っていた。
最初は恐怖を覚えるミレイだったが、公爵の手厚い保護に触れ、次第に心を許す。やがて彼女は甘く溺愛される日々に――。
仕事も恋も頑張るOLが、異世界で年上公爵にゴロニャン♡ 甘くて胸キュンなラブストーリー、開幕!
---
転生したので推し活をしていたら、推しに溺愛されました。
ラム猫
恋愛
異世界に転生した|天音《あまね》ことアメリーは、ある日、この世界が前世で熱狂的に遊んでいた乙女ゲームの世界であることに気が付く。
『煌めく騎士と甘い夜』の攻略対象の一人、騎士団長シオン・アルカス。アメリーは、彼の大ファンだった。彼女は喜びで飛び上がり、推し活と称してこっそりと彼に贈り物をするようになる。
しかしその行為は推しの目につき、彼に興味と執着を抱かれるようになったのだった。正体がばれてからは、あろうことか美しい彼の側でお世話係のような役割を担うことになる。
彼女は推しのためならばと奮闘するが、なぜか彼は彼女に甘い言葉を囁いてくるようになり……。
※この作品は、『小説家になろう』様『カクヨム』様にも投稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる