蛮族の王子様 ~指先王子、女族長に婿入りする~

南野海風

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243.新婚旅行  七日目 リーナル辺境伯

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 夕食を済ませ、ウバルラホテルへとやってきた。

 かつては古城を囲む高い壁もあったらしいが、ホテルには不要ということで、敷地内が見える鉄柵で囲うようになったとか。

 中は、手入れの行き届いた庭である。

 一応一般公開もしているので、その辺までは自由に出入りしていいはずだ。……あ、公開しているのは昼だけだったかな。

 門番に、バーの客であることを告げて通してもらう。 
 ドレスコードが必要なほど格調高くはやっていないはずだが、あまりにもひどい格好だと門前払いを食らうことになる。

 いつもの黒いズボンにシャツ、そして上着を着てきた。
 一見すると、少々着崩した正装、という感じになっている、はずだ。まあ止められなかったから大丈夫なのだろう。

「これはなかなか……」

 外観こそ無骨な古城だが、それ以外はちゃんと現代だ……いや、あえてそれを活かすべくアンティーク調の調度品を備えているようだ。

「いらっしゃいませ」

 入ってすぐに控えていたドアマンに、バーに行くことを告げると、「あちらへどうぞ」と誘導された。

「君にチップは必要かな?」

「結構です。今度お客様がお泊りでしたらその時に」

 潔い答えが聞けたので少しだけ渡し、バーへと向かう。――あ、もう王族じゃないからチップなんて……まあいいか。少額だ。

 王侯貴族はケチだと思われるのもダメだし、しかし振る舞いすぎるのもダメだと教わった。
 やれ面子だ誇りだ外聞だと、いろんな理由があるのだ。

 向こう・・・の生活に馴染んだ今となっては、とても面倒臭いやり方だと思う。




 一階の奥にあるバーにやってきた。

 ここもシックにまとまっている。
 雰囲気が落ち着いていて、大人の空間といった感じだ。まだ客は五人ほどと少ないが、恐らくこれからもう少し増えると思う。

 一段高くなっているステージには、ピアノがある。
 もう少し夜が深まった頃、酒でも音でも酔わせる演奏が始まることだろう。

 間違っても歌いながら酒を呑むような場所ではない。 
 だが、私は裸みたいな格好の戦士たちがそうやってバカ笑いしながら過ごす空間が、少し懐かしくなってきている。

 いよいよ私の居場所はもうこちら・・・ではないと実感しながら、一番奥のカウンター席に座った。
 ここなら、入ってくる客がすぐにわかる。

 リーナル・ウィーク卿の顔は覚えているから、来ればわかるだろう。

「いらっしゃいませ。ご注文は?」

 三十半ばという感じの女性のバーテンダーが、カウンターの向こうから声を掛けてくる。色気がすごいな。このバーによく似合う女性だ。

「女性でこの仕事は珍しい方じゃないか?」

「そうですね。滅多にいないと思います」

「女性の社会進出が進んでいる証拠かな」

「どうでしょうね。難しい話はわかりません。私はただの酒好きですから」

 ――うん、いいな。貴族も来るようなバーだ、変に政治に詳しい店員がいると話をしづらいからな。

 もちろん詳しくないフリでもいい。
 それに騙されるようなまともな王侯貴族なんていないから。

「動物にちなんだ酒はあるかな。カクテルでもいい」

「動物、ですか。鷹、虎、龍、鬼、蛇に蜂……あ、動物じゃないですね」

 うん。龍と鬼と蜂は、魔獣の類だな。

「じゃあ蛇の酒を貰えるかな」

「畏まりました」

 バーテンダーが酒を造り始めた時、遅れてくるよう言っていたフレートゲルトとタタララがやってきた。

 彼らには、離れたところで呑んで待っているよう伝えてある。
 ここでは他人として振る舞う。

「――お待たせしました。レッドスネーク……赤目の蛇です」

 ついっとカウンターの上で滑らせて差し出された酒は、カクテルグラスに入った鮮やかな赤い酒だった。
 赤目の蛇、ね。

「ありがとう――ぐふっ! ごふっ、うんっ」

 強いなこの酒! 酒精の香りだけでむせたぞ!

「初めてですか?」

「うん、カクテルはあまり呑まないんだ。結構強いね?」

「ええ。赤目の蛇……呑んだら目まで真っ赤に充血するという、強いお酒です。精力剤の代わりにもなるそうですよ」

 精力剤……

 アーレがいなくてよかった。彼女には呑ませられない酒ってことがよくわかった。




 ゆっくりと赤目の蛇レッドスネークを呑み干し、二杯目を貰う頃にはピアノの演奏が始まっていた。

 あまりにも違和感がなかったので、しばらく気づかなかった。
 さすがにまだ酔ってはいないから、本当に驚いた。……まだ酔ってないよな? さすがに。

 二杯目はフロンサードでは伝統的なバーボンを頼んだ。
 ゆっくり舐めていると――白髪交じりの中年男性が店にやってきた。

 厳しい顔立ちに、油断のない鋭い目。
 身に着けているものから雰囲気から、いかにも要職にあるという細身の男だった。

「……」

 彼は入ってきた入り口で店内を見回し――手を挙げている私を見て、こちらへやってきた。

「――君が手紙の?」

「――ええ」

 極々短い確認を取り、彼は隣に座った。

 来てくれたか、リーナル・ウィーク卿。

 そう、彼がリーナル……婆様が武勇伝のように語る大恋愛の、そのお相手である。

 …………

 こうして本当に来たってことは、婆様の大恋愛は妄想でもなんでもなく、本当に真実だったわけか。
 立場的に絶対に知り合わない二人だけに、出会いの妙を感じる。

 ……まあ、それを言うなら私とアーレの出会いも大概か。

「先に言っておく。すでに店内には私の部下が入り込んでいて、もしも何かあれば君を殺す手筈となっている。有無を言わさずな」

 だろうな。
 いくら昔の女性からの呼び出しでも、何もわからないまま無策で来るような浮ついた方ではない。
 一人で来ることもないと思っていた。

 そうか。すでに入っていたか。
 もしかしたら、私が来るより先にいたかもしれないな。

「何が目的だ」

 酒を注文し、目で離れるようバーテンダーに促し、すぐに本題に入った。

「まず誤解がないように、私のことを話そう。行き違いのミスで殺されてはたまらない」

「君に興味はない」

「まあそう言わずに――お久しぶりです、ウィーク卿」

「ん? ……っ」

 きちんと顔を見せる。
 少なくとも約二年ぶりに見る顔だ、しばらく気づかなかったようだが――わかったようだ。

「なぜあなたが……」

「それも含めて話します。まあ私の話は大したものじゃないので、メインディッシュの前の前菜代わりに聞いてください」

 いきなり本題に入っても、ウィーク卿はまともに話してはくれないだろうからな。

 ともすれば、今の地位を失う可能性のある話だ。
 昔の女――蛮族と添い遂げようとした過去がある、なんて、社交界に知られたら色々と面倒だろうしな。

 だから、彼が話ができるよう、こちらのことから話さねばならない。



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