蛮族の王子様 ~指先王子、女族長に婿入りする~

南野海風

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244.新婚旅行  七日目 昔話

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「――そう、ですか……」

 大した話じゃない昔話を手短に聞いてもらったところ、ウィーク卿の険しかった顔が少しだけ穏やかになっていた。

「あなたの有責で婚約が解消され、その罰でどこか遠くへ婿に出されたと噂で聞いていましたが……いや、まさか噂よりとんでもないことになっていたとは」

「そうですね。振り返れば、私自身もとんでもない選択をしてしまったと思います」

 末席とはいえ王族だったからな。
 それが一転、前人未踏と言われる危険な森を超えた先に婿入りしたのだ。

 それこそ、国王陛下を怒らせた罰のような話だ。

「後悔はありませんけどね」

 ただ違うのは、これは私自身が望んだ婿入りだということだが。

「あなたの話を信じるなら、婚約の解消の理由は――」

「私の有責です。もう私の名に名誉なんて必要ないですから。卿の知っている噂通りでいいんですよ」

「……わかりました」

 うん。

 私がフロンサードを去って、もう一年以上が経っているのだ。
 今更真実をつまびらかにしたところで、誰も得をしない。

 皆が私が悪いと思っているなら、もうそれでいいのだ。
 どうせ私が帰ってくる予定はないのだから。

「それより、これで私と婆様ネフィートトの関わりに納得していただけましたか?」

「……ええ。ただ、それでもまだ半信半疑ですが……」

「まあ、そうでしょうね」

 そもそもが、誰も超えられない霊海の森を超えた先の話だ。
 あの森の近くに領地を持つウィーク卿は、誰よりも森の脅威や危険を知っているはず。

 あの森を行き来している者がいると聞いて素直に信じられるか、という話である。

 たとえ私の言葉を嘘偽りなく受け入れたとしても、それでも信じがたい事実なのだと思う。

「――しょせん私自身のことは前菜ですよ。メインディッシュにしましょう」

 上着の内ポケットに入れていた婆様からの手紙を、カウンターに置いて差し出す。

「預かってきました。できることなら手紙の内容の返事を聞いてきてほしいと言われています」

「……そう、か」

 手紙を受け取り、「リーナルへ」と書かれた宛名をじっと見つめ――ウィーク卿は目頭を押さえた。

「二度と会えないと知っていた。でもどうしても忘れられなかった。……彼女の字だ」

 バーボンのお代わりを注文し、呑みながらウィーク卿が手紙を読み終えるのを待つことにした。

 ピアノの音色が心地いい。
 時折届く紙の擦れる音も、一つの楽器のように聴こえる。

 そんな音に耳を傾けながら、贅沢な時間を楽しんだ。



 
「――すみません。お待たせしました」

 手紙の内容は、そんなに長くない。
 しかしウィーク卿は何度も何度も読み返していた。噛み締めるように。文字の一つ一つをなぞるかのように。

 手紙を読む。
 ただそれだけの行為に、彼の想いが全て詰まっている気がした。

「もし問題がないようなら、その手紙はお持ちください」

 確かウィーク卿の奥方は、お亡くなりになっている。
 だから嫁との不和に繋がりそうな代物だが、そこは問題ないだろう。

 しかし、愛人やら内縁の妻がいる、という話までは知らないし、私の不在の間に再婚されている可能性もある。 
 まあその辺のことは、自分で判断してほしい。私が口出しすることじゃない。

「そうですね……本来なら持っていない方がいいのでしょうが、私には捨てられません。そして手離すこともできない」

 ウィーク卿と蛮族の繋がりと捉えられる証拠になりかねないからだ。

 確かに持っていない方がいい物だ。
 だが、捨てられない気持ちはよくわかる。

「彼女は元気ですか?」

「ええ」

 言うべきか迷うが、白蛇エ・ラジャ族の短すぎる寿命がもう心配らしいが……
 でも間違いなく、今は元気だ。

「相変わらず美しいですか?」

「……ええ」

 毎日動物の頭蓋骨をかぶって集落を徘徊しているが、素の彼女は今も美しい。見た目の不気味さの印象の方が強いが。

「博識で、落ち着いていて、少し高慢でそのくせ他者に優しいままですか?」

「…………、まあそうですね」

 思い返せば、それに関しては普通に当たっていると思う。

 というか、もうこれだけで、ウィーク卿がどれだけベタ惚れしていたかよくわかった。

 本当に大恋愛していたんだなぁ、婆様。








 カウンター席の片隅で落ち着いた話をしているレインとリーナル・ウィーク。
 その逆のカウンターの隅で、大柄な男と白髪の女が並んで座っていた。

 フレートゲルトとタタララである。

 最初はテーブルの方に行ったが、酒の回転が悪いということで、カウンターに移動してきたのだ。
 あまりガバガバ呑むような店ではないのだが、まあ、それもある程度は個人の自由だ。

「うん。うまい」

 タタララはどんどんカクテルを頼んでいる。
 少しペースは速いが、落ち着いて呑んでいる方である。

 ――相変わらず恐ろしい呑みっぷりだ、とフレートゲルトは思う。

 ちなみにフレートゲルトはまだ一杯目だ。
 呆れるやら感心するやらで、タタララの呑みっぷりを見ている。

 ただ、想うことはある。

 惚れた女が隣にいて、機嫌よく呑んでいる。
 これまではそれで満たされていたが、きっとこれではダメなのだ、と。

 もし彼女が傍にいるなら、必死で口説くと決めていた。
 何度かアプローチして、そのたびに手応えなく終わり、あまつさえちゃんとフラれたりもしたが――

 だが、それでも諦められないのだ。
 昨日あれだけこっぴどくフラれたのに、生々しい傷心の傷跡も抱えたままなのに、それでもまだ諦めきれない。
 リカリオたちを完膚なきまでに酔い潰し、


 内なる声が「まだ致命傷だ、大丈夫」と言っている。
「ちゃんと死ぬまではがんばれ」と言っている。

 旅行はもうすぐ終わる。
 もう時間がない。

 だが、何をどうすればいいのか。
 ちゃんと告白してフラれている以上、もう己の言葉はタタララには届かないのではないか。 

 どうすればいいのか。
 それがフレートゲルトにはわからない。

「――こんな話を知っていますか?」

 珍しい女性のバーテンダーが、タタララの「珍しい酒を出せ」という注文に応えながら、こんな話をし出す。

 昨日フラれたばかりの男とフッた女だ。
 昨日の今日で仲良く過ごせるわけもなく、会話はとても少なかった。

 傍目にはあまり会話のないカップルに見えたのだろう。
 なので、あくまでも酒の肴として、バーテンダーが気を利かせたのだ。

 ――と、フレートゲルトはそう思ってなんとはなしに耳を傾けていたが。

「一組の男女がいました。
 彼らは双方とんでもない意地っ張りで、お互い両思いなのに、どうしても自分から素直に思いの丈を打ち明けられない。
 その内に年月が流れ、歳を取り、いよいよ真剣に結婚を考える年齢になってきました。
 
 男女はいつまでも素直になれず、そろそろ向こうの結婚相手が現れるのではないかと内心恐れていました。

 そんな大人になっても意地っ張りな二人に気を利かせて、互いの友人たちが一計を案じたのです。

 壁の薄い安酒場の個室に、別々に二人を呼び出し、酒を呑ませた。
 そして二人の本心を訊いたのです。
 相手はここにはいないんだから、思いっきり本音を言ってみろ、と煽り立てて。

 そして二人は壁越しに告白を……

 ――お待たせしました。五月の嘘つきメイ・ライアーです」

 五月の嘘つき。
 目が醒めるような青色のカクテルだった。

「二人はどうなったんだ?」

 ぐいっと一口で呑み干したタタララは、話の続きを所望したが。

「さあ? それ以上はお客様のことなので、私にはわかりかねます。上手くいったのか、上手くいかなかったのか。それは当事者にしかわかりません。

 ただ、お酒は人の本音を引き出す力がある、という小さな逸話です。もちろん呑み過ぎはよくないですが」

 そう締めくくったバーテンダーは、フレートゲルトを見た。

 ――素直になれ、と言われた気がした。
 
 ここで多くの人生を見てきたのであろう彼女には、タタララはともかくフレートゲルトの気持ちなんて丸わかりなのだろう。

「……よし」

 もはや正攻法での成功はない。
 そもそも女性を口説いたことがないフレートゲルトが、気の利いたことが言えるわけもない。

 ただでさえ好きな女性の前で舞い上がっているのだ。
 地に足のついたことが言える道理がない。

 フレートゲルトは、一杯目の己の酒を一気に飲み干した。

 そして、言った。

「タタララさん、酒で勝負しましょう。俺が勝ったら結婚してくれ。……これで最後にするから」



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