戦乙女は結婚したい

南野海風

文字の大きさ
10 / 53

09.青春とは、乾いた心に降り注ぐ雨のようなものである

しおりを挟む





「これが今週分になります」

「うむ」

 昼食の後、専属メイド・イリオは、アイスの前に大きな木箱を置いた。

 中は、何百と重ねられた手紙である。

 氷の乙女アイスは、公認の戦乙女である。

 ここグレティワール王国の城に住み、各国に設置されている「転写装置」から映し出される映像で顔を出し、最近は新聞という媒体でも広まっている、誰もが知るほどの有名人となっている。

 そんな扱いをされている彼女には、世界中の国々から、手紙が届く。

 大部分が子供、それも少女が多い。

 自分も戦乙女になって世界を護りたい。
 氷の乙女アイスと一緒に戦いたい、弟子になりたい等。

 胸いっぱいに抱えている夢と憧れの気持ちが溢れ、こうして拙い文字で綴られている。

 それに一通一通目を通すのが、アイスの日課の一つとなっている。

 さすがに返事を返すことはできない。
 特定の誰かだけ贔屓するわけにはいかないので、全ての手紙に返事を書くか書かないか、の二択となる。
 しかし「返事を書く」には物理的な時間が足りない。それだけで一日どころか数日が掛かってしまう。

 返事はできないが、しかし、確実に目を通すことは決めている。

 こういう期待と羨望の想いを受け止めるのも、また戦乙女の務めである。

「フフ、下手だなぁ。目が四つあるぞ。誰だ」

 年端もいかない子の似顔絵を見て頬を緩めるアイスは、穏やかで優しい。
 平時から凛々しいアイスからは考えられないほど――それこそいい母親になりそうなほどに暖かく柔らかい。

 そんなアイスを眺めているのが好きなイリオだが、仕事があるのでその場を去る。




 ――恐らくアイスは気づいているが、何も言わない。

 あの手紙は、全て、一度開封されている。
 この国から、内容のチェックを受けているのだ。

 誹謗中傷の類は限りなく少ないが、なくはない。だがそれはどうでもいい。

 問題は、氷の乙女アイスに寄せられる縁談や出会いといった、彼女を失う可能性がある手紙である。

 貴族、王族、思春期に入って惚れこんだ十代半ばと。
 毎日のように交際、見合いの申し込みが来ているのである。もう本当により取り見取りで選び放題、なんなら逆ハーレムが一瞬で作れるほどだ。

 検閲は、そんな手紙を握り潰すための処置だ。

 戦乙女は結婚と同時に引退する。
 それは有名だが、正確には「処女ではなくなる」と引退なのだ。
 このことを知る者は、本当なら戦乙女たちのみだ。先輩の戦乙女から絶対秘匿しろと言われて告げられる。

 が、情報とはどこからともなく漏れるものである。
 故に、一部の者は知っているようだ。もちろんかなり少ない数だ。恐らく権力者だけが知り、隠している。

 戦乙女とは、神が選んだ人――要するに巫女となる。
 だから神力を得る。
 だから「巫女としての条件が満たせなくなる」と、神力をほぼ失うのである。

 一応、最近のアイスの様子を見て、十代以下の男児の手紙も検閲の対象となった。「大きくなったらアイスさまとけっこんしたい」的な内容も危険と見なされたのだ。

 そんな手紙は、握り潰されている。

 手紙が届くのはグレティワール城。
 一度この国の文官にて中身を検められ、それから安全と見なした手紙だけ封をし直して、アイスの前に届けられる。

 だから手紙のほとんどは、女性からのもの。
 それも女の子からのものが多いのだ。
 
 最近はちょっとアレだが、アイスは頭もいい。
 手紙の一部が握り潰されていることも察しているし、その理由もわかっているはずだ。

 それでも何も言わないのは、応援している子供たちのためでもあるのだろう。

 結婚はしたいけど、応援してくれている人たちの期待にも応えたい。
 絶対に両立できない二つの気持ちが、アイスを惑わせているのは、確かなことである。




「――イリオ! ちょっと来てくれ!」

「はい、ただいま」

 衣装ダンスを開けていたイリオは返事をし、アイスの元へ向かった。

「どうかしましたか?」

 さっき見た、手紙を読んでいた姿のまま、アイスはテーブルに着いていた。
 ただ違うのは、表情だ。

 とても真剣な横顔で、手紙を睨みつけている。

「今日はもういい。帰れ」

「…………」

 アイスが住むこの家屋には、イリオが住む部屋もあるが、実は後宮の使用人部屋も宛がわれている。

 この家にはよく泊まるが、最低でも週に一度は向こうの部屋に戻り、国の人間に色々と報告する義務がある。
 イリオはアイスの専属メイドだが、それと同時に城から派遣されている者である。どちらかと言うと国側の人間である。

 いつもは「帰れ」なんて言わないアイスが、帰れと言う時は、限られている。

「わかりました。それではこれで失礼します」

 長い付き合いだからこそ、アイスも隠さない。

 専属メイド見張りがいない間に行動する、と。

 イリオには義務がある。
 氷の乙女アイスの言動を、国の上層部へ報告する義務が。

 そんなイリオに外せと言う時は、アイスは報告されるとまずいことをする、ということだ。

 だが、問題はないのだろう。
 「手紙が握り潰されずにここまで届いている」ということが、国の……この国の王の意志なのだ。

 その手紙を読ませたら、アイスがどう行動するか。
 それを考えた上で、ここまで届けたのだ。

 命じられた通り、イリオはすぐにアイスの居住区を離れ、後宮へと戻ってきた。

 ――政治不介入。

 戦乙女は、政治に介入することを禁じている。
 もちろん「引き入れられる」ことも、あってはならない。

 昔のことだが、人の力をはるかに超える神力を持つ戦乙女だけに、騙されたり脅されたりして、戦争や侵略行為などの道具に使われたことがあるからだ。
 百年以上前のことではあるが、戦乙女が恐怖の対象と見なされた時代もあったのだ。

 様々な問題を経た今、戦乙女の間で、色々なことが決められた。

 全てが任意である。
 従わなければいけないという強制力はない。

 ただし、禁をやぶれば相応の報いを、ほかの戦乙女たちが下す。
 秩序がない力など、放っておけば害にしかならないから。

 少なくとも、アイスはそれで納得している。

 ――だが、耐え難いことがあるのも事実。

 手紙の内容をイリオは知らないが、見張りを外して行動すると言うなら、それはきっと「政治不介入」の禁を犯すためだろう。

 アイスは、これから、禁止事項と破ろうとしている。
 そして国の監視から外れて、己の意志だけで動こうとしている。

 しかし、それだけの話である。

 アイスがそうするのはそれ相応の理由があり、それは悪しきことではないと信じられる。
 イリオの独断じゃない。
 この国の王もそう思っているから、問題の手紙をよこしたのだ。

 政治不介入も、誰も知らなければ、何も起こっていないと同じこと。

 そう、ただそれだけの話である。




 翌日、いつもと同じ朝がやってきた。
 昨日は半日ほどの空白ができたが、それも、何事もなかったかのように変化はない。
 
 起き抜けのアイスが外のテーブルに着き、ミルクティーを楽しむのも、いつも通りである。

「――これは独り言ですが、昨日はどうしたんですか?」

 独り言は報告しない。
 イリオはそう決めていて、アイスはそれを知っている。

 この会話は、国に報せることはない。

「――うむ。これは独り言だが」

 アイスは何の気負いもなく語った。

「――今、どこぞの国では長く雨が降らず、田畑は乾き飲み水にも困り大変なことになっているそうだ」

 なるほど、とイリオは思った。

「もしかしたら、昨日雨が降ったかもしれませんね」

「そうだな」

 国を跨いで他国の経済に関わる大きなことをしたなら、それは政治的な介入だ。

 ――知っている者がいれば、だが。

「ところでイリオ」

 最近めっきり少なくなった、自分の主を誇る気持ちが心に満ちていたイリオに、アイスはチラッチラッと視線をよこす。

 少々挙動不審なアイスは、こんなことを言った。

「今回の手紙は、その、男の子からのものが、とても少なかったように思うのだが」

「ダメですよ」

「何がだ」

「十歳以下は絶対ダメ。というか本当は十五歳以下はダメなんですよ。譲歩してるんですから我慢してください。我慢。して」

「何も言ってないだろう。ただ、そう、自分好みの女を作ろうとして自分の都合の良いように子供を育てた男がいたという古典文学があったと」

「そんな有害図書は知りませんね」

「……だって結婚相手がいないんだもの」

 口調まで弱気な悲しい発言には、さすがのイリオも、何も言えなかった。

「……もう自分で育てるしかないではないか……」

 ただ、何も言えないが、この思考はかなりダメな方向に振り切れているというのはわかる。

 今アイスを止めないと、孤児院通いでも始めかねない。
 身寄りのない男児を引き取ってくる可能性も否定できない。

 イリオは一計を案じた。

「――あっ! かっこいい妙齢の十五歳から三十歳くらいと思しき男が空を飛んでる!」

 瞬時に思いついたのは、この程度だったが。

 まあ、つまらない冗談でも、このまま変な空気でいることの方がよっぽどつらい。
 ここはこんな入り口から、様々な妄想男子の話で乗り切ろう。

 聞きたくもないし、どうせ聞いたってしょうもないアイスの男の好みとか聞いて、気分を乗せてやろう。

 と。

 思ったのだが。




「――何ぃ!? ど、ど、ど、どこだ!? どこだぁーっ!?」

 アイスは瞬時に立ち上がり、空を見回す。

 それはもう必死で、
 血眼になって、
 髪を振り乱して。

 己が主の必死すぎる後ろ姿を見て、イリオは心底思ったのだった。

「……そろそろなんかエサやんないと、さすがにかわいそうだな……」

 国に相談してみよう。

 もう少しだけ出会いを、青春というエサを与えてくれと。
 そうじゃないと、アイスはどこぞの国の田畑のように、干からびて死ぬかもしれないと。

 ――こうして、厳重に男性関係を遮断していた国から、少しだけ色々な供給が始まるのだが。

「どこにもいないではないか!!」

「すみません。鳥だったみたいです」

「と、鳥だと!? ……なんだ鳥か……ちなみにオスだったか?」

「…………」

「もう鳥でもいい気がしてきたんだが」

 ――それはもう少しだけ先の話である。






しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

大根令嬢の雑学無双、王弟殿下を添えて。~ 前世を思い出したので、許婚をほったらかして人助けしまくります!!

古森真朝
恋愛
気弱な伯爵令嬢のカレンは、自分勝手な婚約者レナートに振り回されていた。耐え続けていたある日、舞踏会で何者かに突き飛ばされ、階段から落ちてしまう。 その傷が元で儚く……なるかと思いきや。衝撃で前世を思い出したカレンは一転、かの『ド根性大根』みたいな超・ポジティブ人間になっていた。 『モラハラ婚約者の思惑なんぞ知るか!! 今度こそ好きなことやって、目いっぱい幸せに長生きするんだから!!!』 昔ひたすら読書に耽って身に着けた『雑学』を武器に、うっかり採れ過ぎた作物や、開墾しようとすると不幸に見舞われる土地、不治の病にかかった王族、等々の問題をどんどん解決。 領地の内外で心強い友人が出来たり、いつの間にかものすごく有名になっていたり、何かと協力してくれる王弟ヴィクトルから好意を寄せられたり(注:気付いてない)する中、温かい家族と共に仕事に励んでいく。 一方、前世から因縁のある人々もまた、こちらに転生していて――

物置部屋に追いやられた伯爵令嬢ですが、公爵様に見初められて人生逆転しました〜妹の引き立て役だったのに、今では社交界の花と呼ばれています〜

丸顔ちゃん。
恋愛
伯爵家の令嬢セレナは、実母の死後、継母と義妹に虐げられて育った。 与えられた部屋は使用人以下の物置、食事は残飯、服はボロ。 専属侍女も与えられず、家の運営や帳簿管理まで押し付けられ、 失敗すれば鞭打ち――それが彼女の日常だった。 そんなある日、世間体のためだけに同行させられた夜会で、 セレナは公爵家の跡取りレオンと出会う。 「あなたの瞳は、こんな場所に閉じ込めていいものではない」 彼はセレナの知性と静かな強さに一瞬で心を奪われ、 彼女の境遇を知ると激怒し、家族の前で堂々と求婚する。 嫁ぎ先の公爵家で、セレナは初めて“人として扱われ”、 広い部屋、美味しい食事、優しい侍女たちに囲まれ、 独学で身につけた知識を活かして家の運営でも大活躍。 栄養と愛情を取り戻したセレナは、 誰もが振り返るほどの美しさを開花させ、 社交界で注目される存在となる。 一方、セレナを失った伯爵家は、 彼女の能力なしでは立ち行かず、 ゆっくりと没落していくのだった――。 虐げられた令嬢が、公爵の愛と自分の才能で幸せを掴む逆転物語。

夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い

青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。 神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。 もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。 生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。 過去世と同じ轍を踏みたくない……

幽閉王女と指輪の精霊~嫁いだら幽閉された!餓死する前に脱出したい!~

二階堂吉乃
恋愛
 同盟国へ嫁いだヴァイオレット姫。夫である王太子は初夜に現れなかった。たった1人幽閉される姫。やがて貧しい食事すら届かなくなる。長い幽閉の末、死にかけた彼女を救ったのは、家宝の指輪だった。  1年後。同盟国を訪れたヴァイオレットの従兄が彼女を発見する。忘れられた牢獄には姫のミイラがあった。激怒した従兄は同盟を破棄してしまう。  一方、下町に代書業で身を立てる美少女がいた。ヴィーと名を偽ったヴァイオレットは指輪の精霊と助けあいながら暮らしていた。そこへ元夫?である王太子が視察に来る。彼は下町を案内してくれたヴィーに恋をしてしまう…。

見た目は子供、頭脳は大人。 公爵令嬢セリカ

しおしお
恋愛
四歳で婚約破棄された“天才幼女”―― 今や、彼女を妻にしたいと王子が三人。 そして隣国の国王まで参戦!? 史上最大の婿取り争奪戦が始まる。 リュミエール王国の公爵令嬢セリカ・ディオールは、幼い頃に王家から婚約破棄された。 理由はただひとつ。 > 「幼すぎて才能がない」 ――だが、それは歴史に残る大失策となる。 成長したセリカは、領地を空前の繁栄へ導いた“天才”として王国中から称賛される存在に。 灌漑改革、交易路の再建、魔物被害の根絶…… 彼女の功績は、王族すら遠く及ばないほど。 その名声を聞きつけ、王家はざわついた。 「セリカに婿を取らせる」 父であるディオール公爵がそう発表した瞬間―― なんと、三人の王子が同時に立候補。 ・冷静沈着な第一王子アコード ・誠実温和な第二王子セドリック ・策略家で負けず嫌いの第三王子シビック 王宮は“セリカ争奪戦”の様相を呈し、 王子たちは互いの足を引っ張り合う始末。 しかし、混乱は国内だけでは終わらなかった。 セリカの名声は国境を越え、 ついには隣国の―― 国王まで本人と結婚したいと求婚してくる。 「天才で可愛くて領地ごと嫁げる?  そんな逸材、逃す手はない!」 国家の威信を賭けた婿争奪戦は、ついに“国VS国”の大騒動へ。 当の本人であるセリカはというと―― 「わたし、お嫁に行くより……お昼寝のほうが好きなんですの」 王家が焦り、隣国がざわめき、世界が動く。 しかしセリカだけはマイペースにスイーツを作り、お昼寝し、領地を救い続ける。 これは―― 婚約破棄された天才令嬢が、 王国どころか国家間の争奪戦を巻き起こしながら 自由奔放に世界を変えてしまう物語。

二十年仕えた王女が私を敵に売った。それでも守ることにした

セッシー
ファンタジー
二十年間、王女殿下の護衛騎士として仕えた。その殿下が、私を敵に売った。 牢の中で事実を知り、一分考えて——逃げることにした。殿下の目的を、まだ果たしていないから。 裏切りの真相を確かめるため、一人王都へ戻る護衛騎士の話。

「地味ブス」と捨てられた私、文化祭の大型スクリーンで王子様の裏の顔を全校生に配信します

スカッと文庫
恋愛
「お前みたいな地味女、引き立て役にもならないんだよ」 眼鏡にボサボサ頭の特待生・澪(みお)は、全校生徒が見守る中、恋人だった学園の王子・ハルトから冷酷に捨てられた。 隣には、可憐な微笑みを浮かべる転校生・エマ。 エマの自作自演により「いじめの犯人」という濡れ衣まで着せられ、学園中から蔑まれる澪。 しかし、彼女を嘲笑う者たちはまだ知らない。 彼女が眼鏡の奥に、誰もが平伏す「真実の美貌」と、学園さえも支配できる「最強の背景」を隠していることを――。 「……ねぇ、文化祭、最高のステージにしてあげる」 裏切りへのカウントダウンが今、始まる。 スクリーンの裏側を暴き、傲慢な王子と偽りのヒロインを奈落へ突き落とす、痛快・学園下剋上ファンタジー!

処理中です...