戦乙女は結婚したい

南野海風

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19.小さな紳士と淑女のお誘い 前編

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「ん? 王族との食事会だと?」

 早朝、二杯目のミルクティーと共に告げられた招待状の内容は、今日の昼食のお誘いであった。

 今日も雨なので、午前中の鍛錬は鉄の乙女テンシンのところへ出向こうか、あるいは久しぶりに黒の乙女プラリネと過ごすか。
 そんなことを考えていた矢先のことだった。

「正確には王の子供たちと、です」

 ざっと目を通して概要を伝えた専属メイド・イリオは、招待状という名の手紙をアイスの前に置く。

 政治不介入という鉄則がある戦乙女は、王族や貴族、権力者の誘いはほぼ断ることが最初から決定している。
 だから、この国の王族や貴族が関わってくることは滅多にない。
 同じ城で暮らしてはいるが、驚くほど接触も訪問者も少なかったりする。

 あくまでも、直接的には、だが。

 アイスが関わることと言えば、国民的な祭りである四季のパーティーと、国王の誕生パーティーくらいだ。
 最低年六回は公の場に立ち、お偉方に混じって場違いな場所に行くことになるが。
 それ以外はまず参加はしない。

 すでに周知の事実となっているのに、それがわかっていて、なお招待状が届いたという事実。
 こういうケースは初めてだ。

「イリオ、どう思う?」

 いわゆる政治的な意味を感じるか、と聞いている。
 アイスは政治が関わる謀にはあまり強くない。そしてそれを自覚しているが故に、遠慮なくイリオの意見を求める。

 遠慮も配慮も知らないイリオは、普通なら言いづらいことも答えてくれるから。なんとも頼もしいメイドである。

「そこにも書いてありますが、先日関わった双子葡萄のアレですね。お礼に招きたい、という話です」

「うむ」

「政治的判断がないわけがないと思います」

「だよな」

 ただ、この招待状の裏を、イリオはすでに知っている気がする。

 ――今度の招待は、王族の子供たちの声掛けで集まり食事を、というイベントである。

 恐らくは第一王子クロカン辺りが、先の報告会でイリオが伝えた「浮気、ダメ、ゼッタイ」を確かめたい、場合によってはアイスの最低限の望みを変えさせよう、説得しよう、という場ではなかろうか。

 アイスの難しいところの一つに、「公にいる戦乙女」という点がある。
 それも他の追随を許さないほどの有名人だ。

 アイスくらい有名になってしまうと、逆に「政治に取り込もう」という輩は激減するのだ。

 なぜかと言えば、有名だから。

 常に注目されているのだから、誰が接触しようと誰かに知られる、ということだ。
 下手に接触すれば腹を探られる。
 権力者であればあるほどだ。

 たとえば、とある権力者が一人でアイスと接触しようとした場合、最悪「謀反の意志あり」と追い詰められてしまうこともあるだろう。
 なんの目的があろうと、アイスが気分を害してこの国を出て行けば、国の損失は計り知れないのだから。
 いや、損失のみに留まればまだいい。

 人気者の氷の乙女を追い出した国、として、世界中から睨まれるだろう。国交にも交易にも影響が出るかもしれない。

 アイスとの接触には、そんな危険をはらんでいる。
 そこまでの危険を冒してアイスに取り入ろう、なんて者は、さすがにいないのだ。

 ――そんな諸々を踏まえての、今回の招待状だ。

 王子一人が接触してくるのは、あまりにも露骨。そしてあまりにも軽率。

 だとすれば、何かの理由にかこつけてアイスを引っ張り出して会う、というのが定石となる。
 というか、むしろそれ以外がないだろう。国王でさえアイスを名指しで呼び出すのを控えるほどなのだから。

 なお、今回のことにはあまり関係ないが、名指しでの呼び出しが可能で、アイスもそれに応えるのは、王妃だけだろうとイリオは思う。

 それはともかく。

 今回の招待に、政治的判断は薄い。

 誘いの理由は「間接的に世話になったアイスに礼を言うため」。

 政治界隈では、「前例」というものは非常に厄介で、後々の面倒事に繋がってくる場合が多々ある。

 露骨に言うと「あいつの誘いには乗って俺の誘いには乗らないのか! おまえあいつとなんかあんだろ!? あいつとなんかあるから俺の誘いには乗らないんだろ!」という流れになり、後続を断りづらくなる。

 だが今回のであれば、同じケースでまた誘われる、という心配が非常に薄い。
 何せアイスは、貴族相手に個人的に何かをする、ということはまずやらないからだ。

 ――と考えると、やはり第一王子絡みとなってくるだろう。

 政治的背景は弱い。
 強いて言えば、王子がその場でアイスに直接「側室になれ」的なことを言う場合か。

 …………

 次期国王の側室、というのは、本当に悪くないとイリオは今でも思っている。

 止めるべきではない、かもしれない。

 それこそアイスの結婚へと繋がるかもしれないから。

「アイス様はどうしたいですか? 政治的な意味合いはないものとして考えたらどうですか?」

「私か?」

 様々な葛藤と思考に頭を巡らせるイリオとは正反対に、アイスは気軽に応えた。

「子供の誘いというなら、断るのも無粋だと思うが」

 そこか!

 裏を知っているだけに、イリオはその判断基準を見逃していた。

「ほら、見ろ。五歳の双子が下手な字で『アイスさま来てください』って書いてるんだぞ。これを見て断れるか?」

 何ともダイナミックな字で、確かに手紙には五歳児ほどが書いたのだろうと思しき文字がある。

 胸が痛い。

 ジジイどもの陰謀詭計に完全に毒されているイリオには、純真な心で書かれたのだろうその文字が見えなかった。
 ただの子供の字にしか見えなかった。
 まだ文字を書き慣れていない、それを書いた子供の気持ちを、察することができなかった。

「……じゃあ、出ます?」

 なぜだか若干憔悴しているように見えるイリオに、アイスは頷いた。

「たまにはよかろう。もし問題があると思えばそなたが合図をくれ。即座に立つ」

 一応の保険を掛けて、昼食会に臨むこととなった。




 しかしまあ、いざ出席してみると、やはり謀の臭いがプンプンした。

 呼び出された先は、側室も利用していい来客用の食堂。
 天気が良ければ外での食事になっていたかもしれないが、今日は雨が降っているので、城内にあるそこを借りたようだ。

「アイスさん、お久しぶりです」

 やはり第一王子クロカンの策らしく、彼はそこにいた。

「アイス様! 来てくださったのね!」

 第二王女ロマシュが駆け寄ってくる。

 彼女はアイスの大ファンである。
 そう、とても厄介な、大ファンである。

 いつぞや、公の場で「アイス様が本当のお姉さまだったらいいのに」とポロッと抜かしたことは、何年経っても忘れられない。

 そう、後が大変だった。

 その気になる王族、実現するとまずいと考える貴族、ただただ突如降って沸いたスキャンダルにキャッキャするメイドたち……

 アイスが知らないところで、それはそれは面倒臭い陰謀が渦巻き、イリオも片足くらいは巻き込まれたことがあるのだ。

 権力者の無自覚な一言ほど、怖いものはないと思ったものだ。

「こんにちは、アイスさま」

「ごきげんよう、アイスさま」

 こちらは微笑ましい。

 正装している子供たち――形の上では、今回招待してくれた双子である。双子と言うだけあって顔立ちはよく似ている。

「わざわざ来てくださってありがとうございます、アイス様」

 そして、子供たちの監督役としての参加なのだろう母親、第五側室であるサンロート婦人もいた。
 相変わらず儚く薄幸そうなイメージが強いが、たぶん見た目よりは強かだろう。側室とは弱くてはやっていけない。

 人数はこれだけ。
 アイスを入れて六人だ。

 あくまでも非公式、子供たちが呼んだ内輪の小さな食事会。
 それを強調するために、参加者をできるだけ減らしたのだろう。

 アイスが参加する食事会、と言えば、どんな用事も断って参加しそうな面子もいるので、まさに非公式だ。

 面々への挨拶もそこそこに、アイスは小さなホストたちの前に跪き、目線を合わせた。

「言葉を交わすのは初めてだな。名はなんと言う?」

 国王の客人という形でここにいるアイスは、王の命令で、王と王妃以外の王族・貴族に敬語を使うことを禁じられている。

 口調から自然と始まる上下関係、上からの圧力、という心理的要素を殺いだのだ。

「レジャーノです」

「パルミノです」

 男の子がレジャーノ、女の子がパルミノ。

 公のパーティーで見かけることはあったが、話すのは初めてだ。二人とも顔を赤くして、緊張しているように見える。

「アイスだ。よろしく、小さな紳士と淑女」

 アイスは口調こそ荒いが、表情はとても優しい。なぜか子供たちより興奮している第二王女が「ふうっふぅっ」と息が荒くなっているのは気になるが、あえて誰も気にしていない。誰もがこいつやべーなと思っているのは共通しているからだ。

 テーブルを囲み、食事が始まった。
 イリオはアイスの傍に付き、アイスの給仕をしつつ様子を見る。

 と。

 やはりアレだったか、と納得した。

 和やかなムードで子供たちの話を聞くアイス。
 それを中心に会話が進んでいるが。

 ――イリオは、やけに第一王子と目が合うのだ。

 というか、どう見ても、何かしらの意志を持ってこちらを見ているのは明白だった。チラッチラッと何かを訴えている。いや訴えていることなんてわかりきっている。

 先日の「浮気側室お断り」の話題をなんとか出してくれ、だ。聞き出すことも説得もそれからだから。

 だが、イリオはメイドである。

 いくら「尋常じゃないほどふてぶてしすぎる」と上層部で文句を言われていようと、メイドがこの状況で口を出せるものではない。さすがに無理だ。

 イリオは目を伏せ、王子の言葉なき懇願をシャットアウトした。

 ――というか、どうやって自分が望む話に持っていくかくらい考えてから呼び出せよ、と。

 心の中でダメ出しもしつつ、イリオは給仕に専念するのだった。





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