戦乙女は結婚したい

南野海風

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30.二十五歳、元冒険者で現在雑貨屋の雇われ店主、給料は安いけどそこそこ顔も良いと奥様方に評判の男

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「――と、私は判断した」

 したり顔で語る氷の戦乙女アイスに、専属メイド・イリオは「はあそうですか」と興味なさげに返答する。

 朝の訓練を終え、昼食を終えた直後のことだった。
 食後の紅茶を淹れるイリオに、アイスが話し始めた。

 アプリコットの結婚相手のことを。

 アイスは先日、弓の乙女アプリコットを訪ねたことを、とくとくとイリオに話していた。
 その時、ついでとばかりに、結婚相手の男性にも会ってきたようだ。

二十五歳、元冒険者で現在雑貨屋の雇われ店主、給料は安いけどそこそこ顔も良いと奥様方に評判の男、とのことだ。

 別にアイスが自慢げかつ得意げになるような話ではないはずなのに、どこか自慢げで得意げである。まるで自分の男のことを話すかのように。

 まあ結婚相手のことは別としても、個人的に細々気になっていたことも解消したかったようで、その辺のことを本人から直接聞いてきたそうだ。

 それと、普段は王族としての公務に忙しい剣の乙女キャラメリゼが、珍しく突然スケジュールがすっぽり空いたというので、一緒に行ったらしい。なかなかのレアケースである。

 アイスの結婚式参加の準備は、とっくにできている。
 贈り物の「火燕の羽」も確保したし、当日着ていく予定のドレスと靴も出してある。

 あとは、目前に迫っている予定日を待つばかり、なのだが。

 あの問題児のアプリコットの結婚式である。
 気になることがあるのも、頷けるというものだ。

「ちゃんと準備は進んでいましたか?」

 男のことより、イリオはそっちの方が気になった。
 何せあのアプリコットの結婚式である。
 このアイスの借りている敷地内に遊び半分でカエルの大軍を進撃させた問題児である。信頼など全くない。

 ……真相を知らなかった頃は、突然のカエルの大量発生に戸惑ったものだ。

 アイスもイリオも特に嫌いでもなんでもないので大したことはなかったが、問題は隣接している後宮にまでカエルが行ってしまったことだ。向こうの騒ぎは、もう、語るのも面倒になるほど大変なことになった。
 絹を裂かんばかりの悲鳴を上げる側室とメイド、カエルに翻弄される庭師たちに使用人、それはまさに阿鼻叫喚といった地獄絵図……いや、それはもういい。

「うむ。男の方がしっかりしていたからな。雑貨屋の息子で、将来は父親から店を継ぐらしい。つまり少ないながらも土地持ちの資産家ということだ」

「それは何よりですね」

 アプリコットが自由奔放すぎるだけに、男も自由奔放だったら目も当てられない。まさしく自分と真逆の性格の人を見つけたのかもしれない。

「いつかやった通り、三部構成になるらしい。私たちは戦乙女だけの集まり……表向きは存在しない第一部に出席し、二部三部は親戚たちが集まる通常の式になるそうだ」

 戦乙女たちは嫌でも目立つので、一般人に混ざる方法ではやらない。午前中のほんの短い時間で式をする、というケースが多い。
 当人たちにとっては、「戦乙女用の略式で一回、本番でもう一回」という形になる。

 アプリコットもその形式でやると決めていた。
 あと「映像転写」で、結婚式=引退式を公表もする予定となっている。

「どうするイリオ? 来るか?」

「行きませんよ。私は戦乙女ではないですから」

 確かにイリオは戦乙女ではないが、アプリコットとそれなりに面識のある、いわば関係者と言っていい。
 招待状には「同伴者を認める」ともあるので、イリオが行っても問題はないはずだが。

「それに、その日は予定がありますから。アイス様がいないならその間に片づけたいです」

 日時から考えて、ちょうどその日その時間はお偉方ジジイどもへの報告会がある。
 最近はちょっとアイスに対する対応に変化が起こりつつあるので、片手間では参加できない。

 全身全霊を持って、アイスの権利と利益を主張しなければ。

 話すつもりはないので、決してアイスが知ることはないだろう。
 これは舞台裏で行われるイリオの戦いである。アイスが知る必要もないし、疎かにしていい理由もない。

「そうか。わかった」




 それにしてもだ。

「アプリコット様が結婚ですか。一番縁がなさそうな方だと思っていたんですが」

「うむ……」

 アイスは紅茶を一口し、小さく息を吐いた。

「知り合ったのはだいぶ前だったそうだ。
 男が冒険者だった頃、危機に瀕している時にアプリコットが助けに入ったのが出会いでな。それからちょくちょく偶然会うことがあったらしい。ちなみにアプリコットが戦乙女だとは、男は知らなかったそうだが」

 「映像転写」で戦乙女たちの特徴はわかるが、正確な顔までは判別できないのだ。
 映像が戦乙女ら対象の近くまで寄らず、魔物を入れた引きの映像ばかりなのだ。なので、あれで顔を判別するのは無理だろう。

「男は、雑貨屋をやっている父親が腰をやったのを期に冒険者を引退。どうも自分には荒事の才能がないと薄々わかっていたようで、そこで冒険者家業に見切りをつけたそうだ。
 それから一年くらい経って、偶然その雑貨屋に来たアプリコットと再会し、こう、なんだ、燃え上がったというか」

 その男性に会ったことがないだけにイリオにはあまりピンと来ないが、まあ、そういうこともあるのだろう。

「それより国の対応の方が気になるのですが」

 アイスの時に参考になるかもしれないし。
 あまり熱心に貢献していた方ではなかったと思うが、アプリコットも一国に属する戦乙女だった。
 結婚の際には、国に断りも入れたはずだ。

 アプリコットたちのなれそめより、その話の方がイリオは気になる。

「何を言っている。それより男の話だろう」

 だが、主はメイドの心知らず。
 まあ、アイスらしいといえばアイスらしいのだろう。




 しばらくアプリコットと二十五歳、元冒険者で現在雑貨屋の雇われ店主、給料は安いけどそこそこ顔も良いと奥様方に評判の男の話を聞き流していると。

 ふと、アイスの言葉が止まった。

 ぼんやり今度の報告会のことを考えていたイリオが、何事かとアイスを見れば。

 ひどく穏やかな横顔のアイスは、ぽつりと漏らした。

「――アプリコット、見たことのない顔をしていた」

 それは予想外の言葉だった。

「男のことを話す時。悪さをして爆笑するでもなく、人をからかって嘲笑うでもなく、優しい顔で笑うんだ。まるで別人のようだった」

 静かに目を伏せ、口を噤む。
 外で、さぁと風が緑を揺らす音が、かすかに聞こえるほどの静寂。

 優しい沈黙が満ちる。

 そして、ゆっくりとアイスは目を開いた。




「――はにかむ笑顔を見て、あいつに掛けられた迷惑の数々が走馬灯のように頭をよぎってな。割と本気で結婚式潰れないかなって思ってしまった」




 とんでもないことを言い出した。

 イリオはたしなめるべく口を開き…………少々思いとどまった。

 ――あ、私も割と同意見だな、と。思ってしまったから。

 まあ、でも、とりあえず「そんなこと言っちゃダメですよー」とは言っておいたが。






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