戦乙女は結婚したい

南野海風

文字の大きさ
35 / 53

34.何事もなかったように

しおりを挟む




「――では行ってくる」

 いつもの朝食を済ませ、鍛錬に汗を流している途中のことだった。

 夏場の訓練に汗は付き物で、湯水のように健康的な汗を流していたアイスは、神力による魔物の到来を察知した。

 戦乙女の出動は、日中が多い。
 なぜだかわからないが、夜間の敵襲はあまりないのだ。

 氷の乙女は急いで汗を拭き、着替えて、専属メイド・イリオに見送られて飛び立った。




「今日は見られるか」

 専属メイドではあるものの、細々した用事は多い。
 特に城や後宮との出入りが多く、イリオはそれらの窓口となっている。人の出入りが極端に少ないので、そういう形で落ち着いた。
 イリオがゆっくりアイスと話せるのは、食事の時と昼食後に時々あるティータイムくらいである。
 
 なんだかんだ忙しいイリオは、今日は『映像転写』でアイスたちの活躍を見ることができそうだ。

 戦乙女の仕事の時は、イリオは同行しない。

 基本的に、戦乙女が単独で狩れる敵は珍しいのだ。
 神が警告する敵は強い。

 どんな相手で、どんな攻撃をして、どんな被害が出て、どれだけ広範囲に影響を与えるかわからない。
 見たことがある魔物や悪魔も多いが、見たこともない敵も時々いる。

 要するに、一般人という足手まといが傍にいたら邪魔だ、ということだ。
 過去に「観戦したい」と言い出した権力者が現場でどうこうあった、という話もあったらしい。

 今の代の戦乙女は、氷の乙女アイスと鉄の乙女テンシンが中心となっていて、安定している。
 地味に皆勤で参加している緑の乙女ロゼットの助力も大きいのだが、多くの者がその功績には気づいていない。まあ本人も特に気にしていないが。

 イリオは、アイスが脱ぎ散らかして行った訓練着を回収し、たらいに水を張って洗い物を始める。今日は水仕事をしながらの観戦である。

 ――と、思ったのだが。

「……」

 それを見た瞬間、「なぜ?」だの「どうして?」だのという疑問より先に、なんだかややこしいことになりそうだな、と思ってしまった。

「ごきげんよう、イリオさん」

 豪奢なドレスにふんわり巻いた美しい金髪。
 どこからどう見てもお姫様然とした姿、直視しがたいほどキラキラ輝く少女が、いつの間にかそこにいた。

 そう、瞬く間に空を駈けてきた光の帯が降り立ったと思えば、そこには彼女が立っていたのだ。

「……キャラメリゼ様……」

 まさか、である。

 まさかアイス不在を狙って、剣の乙女キャラメリゼがやってくるとは思わなかった。
 しかも、格好からして、完全に王族としての公務を抜け出して来ている。

「わかっているとは思いますが、アイス様はいませんよ……?」

「ええ。わかっています。そしてあなたもわかっているかと思いますが、本日わたくしは、あなたに話があって来ました」

 その言葉で、ややこしいことになることが、確定した。

「もちろん、アイス様には内密で」




 歓迎する気は全くないのだが、お客さんはお客さんである。

 それも、本当なら、口を聞くのも憚られるような正真正銘の異国の姫君である。さすがに即座に追い出すというわけにもいかない。
 たとえ、完全にお忍びで来ているということを、察しているとしてもだ。

 キャラメリゼの格好からして、そしてこういう隙間の時間を狙ってくるだけあって、長居はできないはず。
 ならば、早く用事を済ませてもらって帰ってほしい。

 イリオには、グレティワールの国王たちに報告する義務がある。
 この一件も話さざるを得ない。

 が、早めに帰れば「アイスとすれ違いで来たけどすぐ帰った。お客様を門前で追い返す真似はできないのでお茶一杯は出したけど」と言い張れる。

 話の内容如何では、この接触と会話がキャラメリゼの首を、彼女の国であるウルクイッツ王国の首を絞めかねない。
 権力者の言動とはそういうものだ。
 ロゼットやアプリコットが気軽に遊びに来るのとはわけが違う。

 キャラメリゼなら、その辺も理解しているとは思うのだが……

「あまり時間もないので、手短に行きます」
 
 やはりわかっていて来ているようだ。

 家の中に通し、テーブルに着いてもらい、紅茶を淹れているイリオに向けてキャラメリゼは話し出した。

 実際本当に時間がないのだろう。
 紅茶ができるまで待つ余裕も惜しみたいようだ。

「アイス様は結婚したいのですよね? その意思に相違ありませんか?」

 その話か、とイリオは思った。

「もしや好い人がいますか?」

 そう聞くということは、つまり、紹介する気がある、ということだ。

 滞在時間を短縮したいのは、イリオも同じである。

 短い間だが、剣の修行がてらここに住んでいたこともあるキャラメリゼに、悪印象はまったくない。修行中は文句も言わずに家事や料理をしていた。お姫様なのに。

 できれば彼女の足を引っ張るようなことは、イリオはしたくない。

「好いかどうかはわかりませんが、悪くはないと判断しています」

 キャラメリゼは、つらつらと語った。

 曰く、自分の兄弟……ウルクイッツ王国の王子たちや大臣、将軍、騎士団の権力者等、アイスのファンはキャラメリゼの周囲にもたくさんいるらしい。

 その中でも、今年二十二になる第二王子は、アイスの熱烈なファンらしい。

「ウルクイッツで、ですか?」

 面白いもので、本来アイスの売り出し方は、キャラメリゼのような権力者から選出された戦乙女が受ける扱いなのである。

 誰が見てもお姫様と断じる説得力のある美貌。
 しっかり地に付いている強さ。
 わかりやすい民に尽くす活躍。

 そんな売り出し方をされているウルクイッツ王国では、キャラメリゼの人気がとんでもないことになっている。
 そしてなぜだかアイスが目の敵にされているとか。

 恐らく、キャラメリゼと双璧をなす人気者として、存在するからだろう。

 簡単に言うと、自国の戦乙女の方がすごいもんねー、と。かわいいもんねーと。
 地元の戦乙女を応援をしている者が多いということだ。

「隠れてアイス様の応援をしている者も少なくないですよ。わざわざ氷の乙女にちなんだこの国の特産品を、取り寄せている方もいらっしゃいますから」

 初耳である。悪い気はしないが。

「聞いていますか? 先日アイス様が我が国にいらっしゃった時、ストロガ様という留学生と鉢合わせした件ですが」

「あ、聞いてます」

 ストロガは、この国の騎士団長の息子である。留学先からこの国に帰る途中でウルクイッツに立ち寄った、という話だったはず。

「せっかくなので少しだけ同席し、お茶を飲んだのですが。その時に、会話の流れでアイス様が言っていたのです。『もしかしたらストロガ殿と結婚する未来もあったのかな』と」

 まあ、それくらいなら、大丈夫な発言と言えるだろう。

「その時、わたくしはふと思ったのです。アイス様は誰ならいいのかなと。常から誰でもいいとは言っていますが、傍から見たら誰でもいいわけがありませんし」

 その通りだ。
 誰でもいいわけではない。

 たとえ当人たちの問題であろうと周囲が納得できないというのは、実はかなり大きい。
 かなり大きいから、駆け落ちだのなんだのと、周囲から逃げる結果になるのだ。決して無視していいことではない。

「彼はこの国の騎士団長の息子ですよね? つまり、そこまで身分は高くない」

 この国では、だいたい上下のちょうど中間辺りに位置する貴族籍だ。

「そこで、うちの第三王子ですが。ストロガ様と少し似ていますし、剣の腕も確かですし、人当たりも良いです。どうでしょう? 結婚相手に」

 なんと。

「あの、一応聞きますが、なぜアイス様本人にこういう話をしないのでしょう?」

「即決になるからです」

 なるだろう。なると思う。問答無用で決めるだろう。

「先に、ちゃんと彼女の身を案じて熟考してくれる方に相談するのは、当然です」
 
 キャラメリゼの気遣いを感じる。さすがは王族、上手く進めたい話は立ち回りがうまい。

「どうでしょう? 元々すごいファンですし、何くれと紹介してくれ、会わせてくれ、サイン貰ってくれとうるさいくらいですし。必ずやアイス様を大切にすると思いますが」

 一国の姫君が持ってきた話である。

 これは、怖いくらいに本気の話だ。
 返答一つですべてが決まるほどの、本気の話だ。

 イリオは思った。

 この際、アイスが他国のものになるだの他国の利益になるだのなんだのは置いておいて、この話を真剣に考えてみよう、と。

 そして結論は出た。




「――アイス様は、側室とか愛人とか浮気とかは絶対ダメだって言っているんですけど、その方はどうですか?」

「――えっ」




 大らかそうに見えてしっかりしているキャラメリゼにして、それは感情的と言える表情の変化だった。

「そういうのを気にするのですか?」

 意外だったようだ。
 キャラメリゼが怪訝そうに眉を寄せるなんて、イリオは始めて見た。

「あまり王族の男性にいい印象がないみたいで……ちなみにその第三王子は、浮気者なんですか?」

 第三なら、側室がいるわけではないと思うが。婚約者は普通にいそうだし。

「……少しでもアイス様に似ている女性を見ると、相手が誰でもいってしまうという始末で……」

「あ、そういう感じの方は、絶対無理だと思います」

 王族というだけでいい印象がない上にナンパな男なんて、グレティワールの王子たちの二の舞になるだけだ。間違いなく。

「あ、えっと…………出直してきますね」




 紅茶を出すまでもなく、キャラメリゼは光の速さで退散した。

「……やっぱり王族はどこの国でも無理っぽいな」

 イリオは妙に納得し、何事もなかったように洗濯に戻った。





しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

大根令嬢の雑学無双、王弟殿下を添えて。~ 前世を思い出したので、許婚をほったらかして人助けしまくります!!

古森真朝
恋愛
気弱な伯爵令嬢のカレンは、自分勝手な婚約者レナートに振り回されていた。耐え続けていたある日、舞踏会で何者かに突き飛ばされ、階段から落ちてしまう。 その傷が元で儚く……なるかと思いきや。衝撃で前世を思い出したカレンは一転、かの『ド根性大根』みたいな超・ポジティブ人間になっていた。 『モラハラ婚約者の思惑なんぞ知るか!! 今度こそ好きなことやって、目いっぱい幸せに長生きするんだから!!!』 昔ひたすら読書に耽って身に着けた『雑学』を武器に、うっかり採れ過ぎた作物や、開墾しようとすると不幸に見舞われる土地、不治の病にかかった王族、等々の問題をどんどん解決。 領地の内外で心強い友人が出来たり、いつの間にかものすごく有名になっていたり、何かと協力してくれる王弟ヴィクトルから好意を寄せられたり(注:気付いてない)する中、温かい家族と共に仕事に励んでいく。 一方、前世から因縁のある人々もまた、こちらに転生していて――

物置部屋に追いやられた伯爵令嬢ですが、公爵様に見初められて人生逆転しました〜妹の引き立て役だったのに、今では社交界の花と呼ばれています〜

丸顔ちゃん。
恋愛
伯爵家の令嬢セレナは、実母の死後、継母と義妹に虐げられて育った。 与えられた部屋は使用人以下の物置、食事は残飯、服はボロ。 専属侍女も与えられず、家の運営や帳簿管理まで押し付けられ、 失敗すれば鞭打ち――それが彼女の日常だった。 そんなある日、世間体のためだけに同行させられた夜会で、 セレナは公爵家の跡取りレオンと出会う。 「あなたの瞳は、こんな場所に閉じ込めていいものではない」 彼はセレナの知性と静かな強さに一瞬で心を奪われ、 彼女の境遇を知ると激怒し、家族の前で堂々と求婚する。 嫁ぎ先の公爵家で、セレナは初めて“人として扱われ”、 広い部屋、美味しい食事、優しい侍女たちに囲まれ、 独学で身につけた知識を活かして家の運営でも大活躍。 栄養と愛情を取り戻したセレナは、 誰もが振り返るほどの美しさを開花させ、 社交界で注目される存在となる。 一方、セレナを失った伯爵家は、 彼女の能力なしでは立ち行かず、 ゆっくりと没落していくのだった――。 虐げられた令嬢が、公爵の愛と自分の才能で幸せを掴む逆転物語。

夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い

青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。 神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。 もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。 生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。 過去世と同じ轍を踏みたくない……

幽閉王女と指輪の精霊~嫁いだら幽閉された!餓死する前に脱出したい!~

二階堂吉乃
恋愛
 同盟国へ嫁いだヴァイオレット姫。夫である王太子は初夜に現れなかった。たった1人幽閉される姫。やがて貧しい食事すら届かなくなる。長い幽閉の末、死にかけた彼女を救ったのは、家宝の指輪だった。  1年後。同盟国を訪れたヴァイオレットの従兄が彼女を発見する。忘れられた牢獄には姫のミイラがあった。激怒した従兄は同盟を破棄してしまう。  一方、下町に代書業で身を立てる美少女がいた。ヴィーと名を偽ったヴァイオレットは指輪の精霊と助けあいながら暮らしていた。そこへ元夫?である王太子が視察に来る。彼は下町を案内してくれたヴィーに恋をしてしまう…。

見た目は子供、頭脳は大人。 公爵令嬢セリカ

しおしお
恋愛
四歳で婚約破棄された“天才幼女”―― 今や、彼女を妻にしたいと王子が三人。 そして隣国の国王まで参戦!? 史上最大の婿取り争奪戦が始まる。 リュミエール王国の公爵令嬢セリカ・ディオールは、幼い頃に王家から婚約破棄された。 理由はただひとつ。 > 「幼すぎて才能がない」 ――だが、それは歴史に残る大失策となる。 成長したセリカは、領地を空前の繁栄へ導いた“天才”として王国中から称賛される存在に。 灌漑改革、交易路の再建、魔物被害の根絶…… 彼女の功績は、王族すら遠く及ばないほど。 その名声を聞きつけ、王家はざわついた。 「セリカに婿を取らせる」 父であるディオール公爵がそう発表した瞬間―― なんと、三人の王子が同時に立候補。 ・冷静沈着な第一王子アコード ・誠実温和な第二王子セドリック ・策略家で負けず嫌いの第三王子シビック 王宮は“セリカ争奪戦”の様相を呈し、 王子たちは互いの足を引っ張り合う始末。 しかし、混乱は国内だけでは終わらなかった。 セリカの名声は国境を越え、 ついには隣国の―― 国王まで本人と結婚したいと求婚してくる。 「天才で可愛くて領地ごと嫁げる?  そんな逸材、逃す手はない!」 国家の威信を賭けた婿争奪戦は、ついに“国VS国”の大騒動へ。 当の本人であるセリカはというと―― 「わたし、お嫁に行くより……お昼寝のほうが好きなんですの」 王家が焦り、隣国がざわめき、世界が動く。 しかしセリカだけはマイペースにスイーツを作り、お昼寝し、領地を救い続ける。 これは―― 婚約破棄された天才令嬢が、 王国どころか国家間の争奪戦を巻き起こしながら 自由奔放に世界を変えてしまう物語。

二十年仕えた王女が私を敵に売った。それでも守ることにした

セッシー
ファンタジー
二十年間、王女殿下の護衛騎士として仕えた。その殿下が、私を敵に売った。 牢の中で事実を知り、一分考えて——逃げることにした。殿下の目的を、まだ果たしていないから。 裏切りの真相を確かめるため、一人王都へ戻る護衛騎士の話。

「地味ブス」と捨てられた私、文化祭の大型スクリーンで王子様の裏の顔を全校生に配信します

スカッと文庫
恋愛
「お前みたいな地味女、引き立て役にもならないんだよ」 眼鏡にボサボサ頭の特待生・澪(みお)は、全校生徒が見守る中、恋人だった学園の王子・ハルトから冷酷に捨てられた。 隣には、可憐な微笑みを浮かべる転校生・エマ。 エマの自作自演により「いじめの犯人」という濡れ衣まで着せられ、学園中から蔑まれる澪。 しかし、彼女を嘲笑う者たちはまだ知らない。 彼女が眼鏡の奥に、誰もが平伏す「真実の美貌」と、学園さえも支配できる「最強の背景」を隠していることを――。 「……ねぇ、文化祭、最高のステージにしてあげる」 裏切りへのカウントダウンが今、始まる。 スクリーンの裏側を暴き、傲慢な王子と偽りのヒロインを奈落へ突き落とす、痛快・学園下剋上ファンタジー!

処理中です...