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33.大変なことが起こったというか、当然のことが起こったというか
しおりを挟む大変なことが起こった。
大変なことが起こってしまった。
握り潰さんばかりに新聞を睨みつけるアイスは、怒りに肩が震えていた。
いつになく強烈な怒りの感情を剥き出しにする氷の乙女に、専属メイド・イリオは、自分のしくじりを痛感していた。
「……イリオ、これはどういうことだ?」
どう、と言われても。
「読んだままの意味ですよ」
忘れていたわけではない。
ただ、タイミングを掴み損ねていただけだ。
そして己のその判断が全くの間違いだった、全くの失敗だったとも思わない。
しくじったのは事実ではあるが、しかし、むしろ仕方のないミスだったとも思う。
というか、そもそもだ。
「参加するのは無理じゃないですか」
ついに新聞に載ってしまったのだ。
――恋人が欲しい者が集まる茶話会の報告記事が。
今日も朝のミルクティーを楽しみながら、いつものように新聞を広げ。
そして、この様である。
一応、イリオはアイスに新聞を渡す前に、ざっと内容をチェックしている。
渡す前から、たぶん怒るだろうな、とは思っていた。
だが、そう、アイスが怒る気持ちは、わからなくはない。
彼女からしてみれば、当然自分も誘われると信じていた茶話会が、自分の知らないところで自分を誘わず勝手に行われたことになる。
自分が参加すると信じていたイベントで、自分を差し置いてちゃっかりカップルが誕生していたとか、そういう話になる。
怒る気持ちは、わかる。
ただ、参加はやはり無理だろう。
「アイス様は一応貴族なんですから」
庶民主催の俗なイベントに、参加なんてできる身分ではない。貴族は貴い存在だから貴族なのだ。
「一番下のあるんだかないんだかって身分だぞ!? ちょっとした商人より立場が弱いとさえ言われる下級騎士だぞ!?」
確かにそうだが。
この国の下級騎士に限っては、むしろ庶民扱いされないことにより、貴族籍が邪魔だと思えるシーンも多々あるのだが。
給料も安いし仕事もつらいし、有事には命を懸けなければならないし、休みは少ないし。
非常に過酷な責務を負う上に、更には国への献身と名誉を重んじなければならない。
ぶっちゃけ下級騎士の扱いは兵士より悪いんじゃないか、と現役下級騎士さえ思ってしまう始末だ。
でも、アイスに限れば、戦乙女という付加価値も上乗せされる。
相変わらず、自分の立場を正確に把握していない。
「でも貴族でしょ」
イリオは、どこかで折を見て「茶話会には誘われませんよ」と、アイスに伝えるべきだった。
それができなかったこと。それが彼女のミスである。
だが、忘れていたわけではない。
たとえば、先日あった弓の乙女アプリコットの結婚式だ。
後輩の結婚式を眼前にし、「でも自分には茶話会がある。恋人を探す茶話会が!」という心の支えがなかったら、本当に何が起こったかわかったものではない。
泣きながら酒に溺れて結婚式には不参加、なんてことにもなったかもしれない。結構本気で。
ここのところアイスが心穏やかに過ごせたのは、ひとえに、「茶話会」という切り札があったからである。
もしイリオがその切り札を奪ってしまっていたら、アプリコットの結婚式に、アイスがまともに対応できたかどうか。
ほんの少しでも「怪しい」と思える時点で、ダメである。
一生に一度の結婚式を、アイスが台無しにするような真似はさせたくないし、本人だって決してしたいわけではないだろう。我慢できるかどうかは別として。
結婚式の直前に言うのは絶対に避けたかったし。
結婚式の直後は……アプリコットの幸せを見届けたすぐあとに「あなたの幸せはないよ」と告げるなんて残酷なことは、イリオにはできなかった。
だから言うタイミングが難しかったのだ。
どこで言おうが酒に溺れて泣くだろうとわかっていたから。
せめてダメージが少ない時を狙って、と。
「だったら貴族なんてやめてやる! いつだってやめてやるぞ!」
新聞をおもいっきり丸めて、思いっきり床にたたきつけた。まるで自分の貴族籍と責任をまとめてポイするかのように。
「そんなこと言わないでくださいよ」
丸くなった新聞をイリオは拾い、広げる。見事にぐしゃぐしゃである。
「恋人を探す茶話会に出られないから貴族やめるとか、そんな理由ないでしょ。貴族ってそんなに軽いものじゃないんですよ」
「じゃあどうする!?」
アイスは噛みつかんばかりにイリオに迫り、ガッと両肩を掴む。
「私は誰と結婚すればいいんだ!? どこに私の結婚相手はいるんだ!?」
「私に言われても」
「そなたか!? いいかげんそなたが男になって結婚してくれるのか!? もう私を貰え! 今なら私の全財産付きで嫁に行く! 行くから!」
やばい。怖いくらいに目が本気だ。
「……わかりました。わかりましたから、ちょっと落ち着いてください」
今この状況で迂闊なことをいうと、本当にこの場で恋人や夫婦がやるようなアレやコレを仕掛けて来そうだ。アイスのことは大好きだが、さすがに体の関係は無理だ。
「正直に話しますから、まず座って朝食を」
「正直!? なんの話だ!?」
「それを話しますから」
なんとか怒りの矛先を引っ込めてくれたアイスを椅子に座らせる。
さて。
「その茶話会について、私の見解を述べさせてください」
イリオはまず、あのアンケートの手紙が来た時点で、アイスも参加するものだと自分も思ったことを告げた。
そう思った理由が、ちゃんとあったから。
「アイス様に届けられる手紙は、アイス様の安全面を考えて、国の検閲を通ってここに届きます」
「……」
この発言に、アイスは怒りを忘れて少し驚いていた。
それは、暗黙の了解だったから。
アイスはそのことを薄々気づいても言わなかったし、あえて確かめることもしなかった。
そうする理由があるからだ、としか思わなかった。
政治に疎いアイスは、国の方針ややり方に多少の疑問は抱いたものの、それより国の指示でたくさんの人を救ってきたことこそを重視している。
たとえるなら、自分という道具を国が上手く使ってくれていると。そう信じている。
だから手紙の検閲はその範囲内で必要なことなのだろうと思っていた。
様々なことを国が管理してくれたから、アイスは戦乙女としての職務に専念できた。
人の身には余る力を最大限活用できたと言うなら、国に悪感情はない。
それに、知り合いや身内という個人から来る手紙は、さすがに手を入れていない。
そこまでやっていたら、アイスも違う感情を抱いていたかもしれない。
――それはさておき。
「そういうわけで、アイス様に届くという時点で国からは認められている、という解釈ができます。認められないものは届きませんから」
国から派遣されている国側の人間であるイリオが、決して言ってはいけないことを、正直に話している。
「……それで?」
なるほど最後まで聞く価値がありそうだ、とアイスは思った。
もし最後まで聞いてなんでもない話だったら、今日はもう、酒飲んで泣いて寝る。もういい。新婚生活を満喫しているだろうアプリコットのところに無駄に居座って管巻いて邪魔してやる。もうそれでいい。
「私は、国の協力があってアイス様も参加できる形でやるんだろうな、と。そう思ったんです」
「…っ!」
思わず尻が浮いた。
「出られるのか!? 私も出られるのか!? 貴族でもいいのか!?」
庶民の方がいい的な発言は国からの碌を食んでいる身にはちょっとアレだが、今のアイスにはそんなことはどうでもいい。
「国からの協力があれば、できると思いますよ」
そもそもそういう意味合いのパーティーやら夜会やらは、貴族界隈には普通にある。
アイスは政治不介入の身だから自重しているが、何度かパーティーに出れば出会いも必ずあるだろう。国が許すかどうかは別問題だが。
「……つまり王に直談判すればいいのだな?」
「ちょっと待ってください」
確かにそれが一番早いとは思うが。
「基本的にアイス様は動いてはいけません」
アイスが動けば、周りも動く。
特に政治関係は。
どんな小さなことでも、間違いなく大きな問題になるだろう。
「ではどうするのだ。手に届かない話になんの価値がある」
イリオはもう、腹を括っている。
さっき襲われかけた時に。
「しばらく時間をください。私がなんとかしますから」
狙うは、次の報告会だ。
「私が、アイス様も参加できる茶話会を、準備しますから」
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