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32.式の後の意外な話
しおりを挟む「うーん……なんだかまだ疲れが取れていない気がするな」
二杯目のミルクティーを前に、アイスは肩を回す。
昨日は、弓の乙女アプリコットの結婚式だった。
と同時に引退式でもあったわけだが。
式自体は問題なく、戦乙女たちだけが参加する第一部は午前中には終了した。
アプリコットたちは、そのあと家族や友人たちを交えた第二部と、貢献していた国の計らいでささやかなパーティーに参加するという第三部をこなし、夜までガチガチに固まった予定をこなしたはずだが。
戦乙女たちは、午前中で解散だった。
その後、時間がある戦乙女は、剣の乙女キャラメリゼの城へと向かい、アプリコットに関して積もる話をしつつ、ゆっくり過ごしたそうだ。
アイスの疲れ云々は、恐らく気疲れだろう。
普段着ないドレスに髪をセットし、あまり馴染みがない教会へ行き、決して歓迎しない後輩の幸せになる瞬間を見届ける。
慣れないことをすれば疲れるものだ。
昨今の情緒不安定なアイスは、平静を保つために、特に気を張って参列したに違いない。
「個人的に気になるのですが」
と、専属メイド・イリオは質問した。
「プラリネ様は、今回もいつもの格好で参加を?」
黒の乙女プラリネは、普段着が男装で正装で、男にも女にもない怪しい色気を放っている。
格好だけで言うなら、充分結婚式にも出席できる。
だが、実は一度だけ、ドレスをまとって参加したことがあるのだ。まあそれも随分前の一回だけだが。
なんの理由があったのかは誰も知らないが、イリオは単純に、好奇心でちょっと気になっている。
予定通り『映像転写』で式を公開したらしいが、あいにくイリオは、その時ちょうど国王たちの相手をしていた。見ていれば湧かない疑問なのだが。
「ああ、いつもの格好だったな。というか、アプリコットはそこまで格調高い雰囲気でやらなかったからな。私やキャラメリゼが場違いというほど浮いて見えたぞ」
そう言われてみれば、アプリコットもその旦那も、庶民の出である。庶民らしくそんなに式にお金は掛けなかったのだろう。
「それとワラビモチ様のことが気になりますが」
「ああ、来たぞあいつ」
なんと。
あの柔の乙女ワラビモチが出席したのか。
あの公の場にはまったくと言っていいほど出てこない、なんなら世間は存在することさえ知らないだろうあの戦乙女が。
「と言っても、物陰からひっそり見ていただけだがな。だから『映像転写』にも映っていないだろう」
それは非常にワラビモチらしい参加のしかたである。
「あの方らしいですね。あの方は特殊ですものね」
「ああ。……しばらく会っていないな。そろそろ顔を見に行ってみるかな」
まあ、それを決めるのはアイスである。イリオとしては付いていくだけだ。
果実のジュースに落ちる、カランと澄んだ硬質な音。
自前の力で氷を落としたアイスは、注がれたジュースを身体に流し込む。
もう夏である。
最近はだいぶ暑くなってきたものの、アイスの家は自身の冷気で適度に温度を下げているので、非常に快適だ。
アイスの引退とともに、この快適な空間が失われると思うと、少々気が滅入るほどだ。
特に夜がいいと、イリオは思う。
ここ十年、暑さで寝苦しい夜とは完全におさらばしている。たまに後宮にある自分の部屋に戻るのが嫌になるくらいである。
「――そういえば、ウルクイッツで意外な人と会ったぞ」
朝の訓練を終え、風呂で汗を流し、昼食時である。
昨日のイベントは、朝の話だけで済むほど薄味ではなかったようだ。
「意外、ですか?」
ウルクイッツは、キャラメリゼのいる国である。
昨日は式のあとに行ったというので、その時に誰かに会ったのだろう。
「ストロガ殿だ」
「あら」
それは本当に意外な人である。イリオも素直にそう思えるほど意外だ。
ストロガ・シーングラント。
騎士団長ブレッドフォークの息子である。
「確か士官候補として留学しているという話で、そろそろ帰ってくるとか来ないとかいう話だったと思いますが」
城に招かれてからはずっと一緒にいるイリオである。アイスの交友関係はほぼ知り尽くしている。
当然、ストロガのことも知っているし、会って話したこともある。
「でもあの方はウルクイッツ王国へ行ったわけではありませんよね?」
「意外だろう?」
まあ、それはそうだ。本来いない場所にいるのだから。
「グレティワールに戻る途中で、挨拶がてら立ち寄っているそうだ。この国の使者でもあるからな」
国から公式に出している留学生なので、国の使者という扱いで許可証を持っているのだ。
「この分なら来月には帰ってくるだろうな」
人として一回り大きくなっていたぞ、とアイスは嬉しそうだが……
イリオは忘れていない。
ストロガは「好きな女を連れて」帰ってくるということを。
まあ、さすがのアイスも、あれだけの失態を演じて酒に逃げておいて、すっかり忘れているということもないだろうが。
期待を裏切られた衝撃はきっと胸に突き刺さり、今も古傷としてちゃんと残っているはずだ。きっと。
「それでだ。聞いてくれイリオ」
「はあ、なんでしょう」
「もう一人、意外な人と会ったのだ。こちらは私は初めて会ったのだがな。なんでもストロガ殿の友人でもあるそうだ」
アイスが初めて会う相手なら、イリオも会ったことはないだろう。二人の行動範囲はほぼほぼ一緒であるから。
「ドラフルッツ殿だ。知っているか?」
「……ドラフルッツ……?」
なんだろう。
一瞬聞き馴染みがない名のような気がしたが、どうやら違う。
ものすごく最近、確かにその名前を聞いたことがある。
ものすごく最近?
いや。違う。
昨日だ。
昨日聞いたのだ。
いや、正確には、「見た」のかもしれないが。
「知らんか。ランクサーダ王国の第一王子で、キャラメリゼの婚約者だ」
あ。
あっ。
「……ちょっと失礼します」
「ん?」
イリオはテーブルの傍からそそくさと離れ、昨日からポケットに突っ込んだままにしていた、とあるリストを出した。
「…………」
ずらーっと男の名前が並んでいる中に、そのランクサーダ王国のドラフルッツの名前があった。
確かこの男は、|婚約者がいるでは、消されなかったはずだ。
少々嫌な予感がしつつ、記憶を探り……思い至る。
「確か、ど、同性が……いや。いやいや」
記憶違いということもある。
なんなら、はた迷惑な老人たちの勘違いということもある。
ある、はず、だが。
…………
「アイス様」
「ああ、イリオ。どうかしたか?」
「いえ。……その、さっきのドラフルッツ様とキャラメリゼ様、両想いという話でしたよね?」
「ああ、仲睦まじかったぞ。思わず『そんなに仲が良いなら結婚すればいいのに』と言ってしまったほどだ」
それはいつかするだろう。言われなくても。婚約者なんだから。
そう、婚約者なんだから。
「……婚約者なんですよね」
もし、老人たちの情報が間違っていなくて。
しかし両想いであることも事実なら。
…………
「ジュースをもう一杯いかがですか?」
「ああ、貰おうか」
これ以上、イリオが考えることは、ない。メイドは出過ぎたことは言わないのだ。
ただ、ひっそりと、心の中で「キャラメリゼ様がんばって!」……と、思うだけである。
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