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36.与り知らぬ裏舞台の攻防 4 前編
しおりを挟む「ごほっ、ごほんっ! んんっ! ……ふう…………では、報告を」
歴々が並ぶテーブルの前で、一人立っているイリオは「はっ」と返事をし、この一週間の報告をする。
――今日もグレティワール城のとある会議室には、この国の要人が集っていた。
国王クグロフ・グレティワールを筆頭に、参謀、事務官長と、未だかつてないほどの緊張感を漲らせ……否、いつも精力や気力といった見えない力で何歳か若く見えていたのに、今日は驚くほど年相応に老いて見える老人たちの顔ぶれが揃っている。
特に国王の老いっぷりはすごい。
まともに声を発することが困難なほど、緊張で乾ききっているようだ。
それもそのはず、今日は恐ろしい人が参加しているから。
もはや常連の顔となりつつある第一王子クロカンを筆頭に、第二王子エスカリダと、第二王女ロマシュの三人も、嫌な汗を掻いている。
――その原因は、もう一人の新しい顔にある。
「その前に、わたくしに言うことがあるのではなくて?」
本人がそれを言うのか。
異様な存在感を放つ新しい顔は、そもそも「自分に声を掛ける者は許さない」みたいな、肌がヒリヒリするような威圧感を放つ笑みを浮かべていた。
だから、誰も何も言えなかったのだが。
誰よりも先になぜここにいるのか、とか。
なんのつもりなのか、とか。
そんな当然の質問を、無言の圧力で、許してくれなかったから。
報告会の開始……全員が揃うまでに彼女が言った言葉は「挨拶は結構」と「早く座りなさい」だけである。
王妃レカーヌ・グレティワール。
国王の正妻が、ついにここへやってきたのだった。
「ねえ、あなた? 報告より先に、まずわたくしがいる理由を聞かないの?」
口調も表情も極めて穏やか。
しかし、直視に耐えられないほどの尋常ではない威圧感は、決して穏やかではない。
この威圧感を、国王は何度も味わっている。主に女性関係の揉め事で。
そして未だに慣れていない。
この雰囲気、この口調は、側室関係で揉めた時に怒らせた時と同じそれであるから。
「……なぜ、ここにいる?」
あんな目で見られたら、それは国王じゃなくても、怖くて当然だ。
荒事の訓練を積んでいるイリオでさえ背筋が寒くなるような、殺意にも似たものを帯びた眼力。
顔は笑っているのに、目はまったく笑っていない。
これが一国の王の妻である。
権謀術数渦巻く政治や国交に負けず、若さという力で根を伸ばしてくる側室に負けず、そして夫のスキャンダルにも負けなかった女である。
国王と同じく齢六十を超え、今や滅多に表舞台には顔を出さない人である。
彼女はすでに、次代の若者に席を譲ると公言しているので、政治に関しても口出しはしない。
そんな王妃が来た理由。
それを察する……いや、察するまでもなく心当たりがありすぎる老人たちは、本当に、叱られる理由がありすぎて、委縮してしまっている。もちろん一番委縮しているのは国王だが。
そんな震えあがっている夫に、妻は言った。
「十年前からずっと、ここで、面白いお話をしていると聞いたから。そろそろわたくしも混ぜてほしいわ」
――戦乙女は政治不介入。
それを半分は無視している老人たちに、王妃がいい印象を持っていないことは、有名な話である。
そんな王妃が、「戦乙女の政治不介入を無視する話をする場」に現れたとなれば、それはもう……
「いいわよね? わたくしがここにいても。――はい、それじゃあいつも通り初めてちょうだい?」
ぞっとする瞳がイリオに向けられ、飛び上がりそうなほどビビりつつも。
「――」
なんとか表面上は取り繕って報告する。
イリオは少しだけ思っていた。
――王妃を呼んだのは、果たして正解だったのだろうか、と。
先日、イリオは、主たる氷の乙女アイスに「恋人探しの茶話会を用意する」と約束をした。
その時に考えていた切り札が、王妃レカーヌの召喚だ。
そう、彼女を呼んだのは、イリオだった。
王妃レカーヌは、アイスにとっても非常に大事な人である。
たとえるなら、もう一人の母親のような存在である。
彼女は、アイスを女にした人だから。
十年前、城に招かれたアイスは、およそ女性らしさとはまるで無縁だった。
少年のような出で立ちで、髪も短く、肌の手入れも髪の手入れも化粧も服装も、どれをとっても女の子らしさは微塵もなかった。
当時を振り返れば、黒の乙女プラリネよりも男らしかった。そんな少女だった。
アイスは下級騎士の家に生まれ、幼少から剣術に没頭していた。
そこに女性らしさはまるで必要なかったから。だから女性らしさなど何も知らず、また知る必要もないと思っていた。
当然のように、将来は父親と同じく騎士になるという目標を掲げ、邁進していた。
戦乙女になったのは、そんな時だった。
国王に呼ばれ、城に上がってきた少年のような少女は、容赦なく政治に巻き込まれることになる。
親切のすべてが罠で。
言葉の一つ一つが糸の付いた針で。
表舞台に引っ張り出されるたびに首輪を絞められて。
段々身動きが取れなくなっていくアイスを庇ってくれたのが、王妃である。
「――嫌なら全部断りなさい。あなたは国王の客なのだから」
その言葉にアイスが奮い立ち、ついでにイリオがこそっと告げた「王様の客ってことは、王様並みに権力があるってことですよ」という言葉に勇気づけられ、そして今に至る。
そして何くれと世話をしてくれた王妃が、少年みたいな少女に、女性らしさの大切さを植え付けたのだ。
――なお、王子たちが惚れたというのは、女性らしさを身に着けつつあった頃になんかのパーティーに出席したアイスのことだろう。
王妃とアイスは、浅からぬ関係がある。
この城で唯一、国王以外で、アイスが頭が上がらない人である。
「へえ? 十年前から毎週のように集まって? メイドに逐一アイスの動向を見張らせて? 私生活を覗き見していたの?」
そして、まずはっきりしているのは、王妃はアイスの味方だということだ。なんなら実子より可愛い自分の子くらい思っているかもしれない。
あとは若い者に任せて公から距離を取る、と宣言してからは、アイスとも疎遠になってしまったが。
決して、お互いが無関心になったわけではない。
王妃は、今は新聞でアイスの活躍を知ることができるし、アイスも王族への贈り物は間接的に王妃へ贈られることを知っている。
政治的な絡みから「贈り物」と称することはないが、ちゃんと知っている。
「とても面白いわね? あなた」
「…………」
国王の顔色が白いを超えて、なんか土色になってきている。油汗も滝のようだ。
「それで? ここからはどうするのかしら? 献身的にこの国に尽くしてきたアイスについて、なんの話をするの? まだ何かさせるつもりなの?」
「…………」
「…………」
「…………」
先日の、王子たちが作ってきた男性リストをばっさばっさ切り捨てた無双っぷりが嘘だったかのように、老人たちは縮こまってしまっている。
「……は、母上、いいだろうか?」
今まさに無双状態にある王妃に、第一王子クロカンが顔を引きつらせながら進言した。
しかし、ちらりと向けられた視線は、氷以上に冷ややかだった。
絶対に、自分の息子に向けていい視線じゃない。
「まだあなたの番じゃない」
「アッハイ」
イリオは思った。
――果たして彼女を呼んだことは、本当に正解だったのだろうか、と。
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