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37.与り知らぬ裏舞台の攻防 4 後半
しおりを挟む作戦室は重苦しい沈黙に支配されていた。
いや、支配しているのは沈黙ではなく、王妃である。
「十年前に言ったわよね?」
王妃の支配はまだ終わらない。
いつもよりグッと老いている老人たちに、異様な眼光を光らせる。
「何も知らない子供から財産をむしり取るような品性を疑う卑劣なことをするな、と。
それでも王族ですか。貴族ですか。
祖先の誇りを汚す下種な行為を、民を率いるあなた方がしていてどうするのです」
それは、城にやってきた頃の右も左もわからないアイスに集る権力者たちに放った言葉である。
まさか十年越しに同じことを言われるなんて、誰も予想していなかっただろう。
王妃本人さえ、また言うことになるとも思っていなかったはずだ。
「今までは黙っていましたが」
そう、王妃は最初から知っていた。
十年前から、この会議室で、何が行われてきたかを。
それでも何も言わなかったのは、アイス自身がそれを受け入れていたからだ。
個人では知りえない情報を国が提供してくれるから。
だからここに留まりたいと、アイス自身が漏らしていたから。
元々が騎士志望だったアイスは、尊敬する父親と同じように、人々を守り助ける騎士となることを望んでいた。
国はいろんな情報を教えてくれる。
国内で助けを求める者を筆頭に、他国で起こった大規模な魔物の侵攻や大量発生、自然災害による干ばつや水不足に食糧不足など。
ただ日常生活をしているだけでは知りえない情報を――戦乙女の力を、人のために使える場を教えてくれた。
利益を得る得ないという大きな異なる点はあるものの、老人たちはアイスを利用していたが、しかしアイスも老人たちを利用していたのだ。
ちなみに、アイスの父親は今も現役の騎士である。
アイスの父親は、身分は低く給金も多くはないが、しかし高潔な精神と確かな強さを持っている。
そんな父親を目指した少女が、同じ志を持っていたとしても、なんらおかしくはない。
娘が戦乙女になったところで、彼の生活は変わらなかったし、本人的に変わる必要性もなかったのだろう。
特に褒賞を望むことも出世を望むこともなく、今も誠実に騎士として働いている。
「でも、アイスが自分の引き際を見据えていることを無視するのは、看過できないわ」
昨今のアイスは、常々結婚したいと漏らしている。
結婚は、戦乙女の引退を意味する。
だからこそ老人たちはずっと阻止してきた。恋人的なアレやコレを。恋愛的ななんやかんやを。
「これはこの国に多大な貢献をしてくれたアイスへ向ける当然の感情であると同時に、同じ女としての意見でもあります。
あなたたち男が考えている以上に、女の命は短いのよ?
わたくしにはアイスが焦る気持ちも、結婚したいと口に出す理由も、よくわかるわ」
特に、と、王妃の眼光が更なる鋭さを増す。
「若い女が好きなあなたに、ここら辺の女の気持ちが理解できないとは思えないわね? ねえあなた? また側室を増やしそうだという話を耳にしたのだけれど、さすがに嘘よね?」
やぶへびである。とばっちりである。こんな場でなければ出なかった話題である。
「いや、さすがに、ないよ。もう。うん」
それは国王ではなく、ただの夫としての返答であった。真っ白な顔色から土色に変じ、今また青くなりつつある
「あらそうなの? 言うに事欠いて、アイスを側室に迎えてもいいとかなんとか発言したという噂を聞いたのだけれど。
でも実際に発言はあったのよね? そのふざけた口からふざけた思考を経てふざけたことをほざいたのはふざけた本当のことなのよね?」
あった。
少し前だが、奇しくもこの場で、あった。ほざいていた。
「あれは、なんだ、要するに、あれだ、そう、場を和ませる冗談だよ。はは。当り前じゃないか」
動揺しすぎである。……いや、動揺するということは、何割かは本気でもあったという証拠なのかもしれない。恐ろしい性豪ジジイである。
「もう諦めているけれど。死ぬまで懲りないんでしょう? あなたの女癖は」
辛辣である。自業自得ではあるのだろうが。
「でも、わかっているでしょう? 六十を過ぎた今はもう無理よ。この段で側室を迎えたところで、その女は確実に不幸になる」
「わかっているよ、おまえ。さすがにもうない」
若干落ち着いた声で、国王が答えた。
「わしはもう、おまえと側室だけで、もう精いっぱいだよ。ははは」
…………
たぶん、久しぶりの妻の厚力に充てられ、動揺が極まってしまっているのだろう。
国王は言ってしまった。
絶対にこのタイミングで言ってはいけないことを。
言うに事欠いて、正妻と側室を、並べてしまうようなことを。
王妃はにっこりと微笑んだ。
「あとでゆっくり話しましょうね。あなた」
この場の全員が国王の失言に気づいている。
本人以外は。
微笑まれたせいで若干許された気になっているジジイの、なんと哀れなことかーー
とりあえず老人たちへ言いたいことは済んだようで、王妃の視線は子供たちへと向けられる。
「いつか言ったわよね? アイスが欲しいなら誠実でいなさい、と」
王妃は、王子たちの気持ちに気づいていた。
結構早い段階で気づき、そう告げていた。
アイスが欲しいなら誠実であれ、と。
「これも言ったはずよ? アイスは簡単に手に入る女ではない。相応の態度で望まないとなびかないと。
あなたたちは、王族という立場に甘えていたのよ。
ただの下級貴族の女に過ぎないと軽視し、王族が正妻や側室に迎えるとでも言えば、簡単に釣れると思っていたのでしょう?」
特にクロカン王子には、耳に痛い言葉である。その言葉が真実であると告げるように、すでにひどい形でフラれている。
「でも、さすがは次の時代を担う若者ね。好いた女にフラれても腐らず、誠実な方向を向いた。わたくしの自慢の子供たちだわ」
そう、今の王子たちは、アイスの結婚相手を探すという方向に動いている。王妃なりに言えば「誠実な対応」なのだろう。
「――でも駄目ね。実力が」
王妃は、どこから手に入れたのか、王子たちが作ってきた男性リストを手に持っていた。
「一目見ればわかるわ。九割以上が問題ありで却下、残りは名前も知らない下級貴族。たとえ嫁に行ったとしてもアイスを持て余すでしょうね。
もっと精査してからリストにしなさい。こんなものを持ってこられても困るわね」
前回と同じダメ出しをまたされてしまった王子たちは、ぐうの音も出ない状態である。
「……こんなところかしらね」
ようやく王妃の無双が終わった。
蹂躙された老人たちのプライドはボロボロで、蹴散らされた王子たちは死に体だ。
「次は、具体的な話をしましょうね?」
次。
次も来るのか。
一過性の嵐ではなく、ここに留まるというのか。
「アイスは結婚させます。彼女がそれを望むなら、国は全力でそれを支持するべきよ。
その上で、皆それぞれ意識を切り替えて考えて来なさい。
最後くらい彼女に誠実な対応をしなさい。王族らしく、貴族らしく」
その言葉が聞きたかった。
イリオは、切り札の投入に成功したのだ。もしかしたらもっと混沌とした場になるかと思ったが――いや、その可能性は考えなくてよかったのかもしれない。
王妃は、アイスの味方だから。
十年前から、今日も、そして明日も。
「では解散――ああ、あなた。あなたは残ってくださいね? まだ話がありますので」
「え、いや、……え? いや、ちょっと仕事が……なあ?」
国王から、この国のトップから声を掛けられたはずの参謀、事務官長は、どうやら聞こえなかったようで、そそくさと、しかし素早く、作戦室を出ていった。
「な、なあ? クロカン? エスカリダ? ロマシュ?」
これまた、どうやら聞こえなかったようで、王子たちも足早に出ていく。
そしてイリオもその場を後にしたところで、内と外――いや。
天国と地獄を隔てるドアは、固く閉ざされたのだった。
――翌日から。
何年も掛けて育ててきた、威厳の象徴であった豊かな髭を綺麗に落とした国王の姿が、見られるようになる。
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