戦乙女は結婚したい

南野海風

文字の大きさ
39 / 53

38.ここ数年で一番嬉しかったらしい出来事

しおりを挟む





「うっ……ぐすっ……」

 泣いていた。
 氷の乙女は泣いていた。

 最近とみに多い負けの涙ではない。
 酒に頼らねばならない涙でもない。

 頬を伝う雫をそのままに、アイスは泣いていた。

 ――それほどまでに嬉しかったということである。

「もう一度言いましょうか?」

 泣かせたのは、専属メイド・イリオである。

「王妃様が、アイス様を、結婚させると約束しました」

 この言葉で泣かせた。

 ――なお、よっぽど信じられなかったのか、耳を疑ったのか、幻聴の類だと思ったのか、冗談では済まされないほどの質の悪い冗談だと思ったのか、同じ言葉を繰り返すのは八回目である。

 王妃が結婚させると約束した、と。

 とりあえず、このままでは話が進まないので、アイスが落ち着くまで待つことにする。




 先日の報告会から、しばしの時間が流れた。
 欠員は出ても中止があることはなかった週一回の報告会が、二回中止になるほどの時。丸々二週間くらいだ。

 その間、アイスは一度も、イリオが約束した「恋人探しの茶話会」について聞かなかった。
 色々あって約束はしたが、本気で信じてはいなかったのかもしれない。

 だが、今日になって、ようやくその話をすることができた。

 王妃から、手紙が届いたのだ。

 ちなみに手紙はイリオに届けられ、内容の要不要を判断して本人に伝えるように、と綴られていた。
 アイスに直接渡すには、いささか突っ込みすぎた内容だったので、イリオもそれがいいと判断している。話すべきことと話さなくていいことは選んだつもりだ。
 
 今日もアイスはいつも通りの訓練をこなし、昼食時を狙って話したのだ。

 結婚させると約束した、と。

 なかなか信じないから八回ほど繰り返して言い聞かせ、アイスは泣き出した、と。
 そういうことである。

 泣き止むまでしばし待ち、落ち着いた頃、イリオは王妃の手紙に同封されていたリストを渡した。

「こちら、今すぐにでもアイス様と結婚できる男性のリストになっているみたいです」

「な、な、な、なんだと!? 今すぐ!? 今すぐでも!?」

「ええ、今すぐ」

「明日でも!?」

「いいんじゃないですか? 話がまとまれば」

 二回ほど報告会が潰れた間に、王妃……と、恐らく老人たちと王子たちも、本気で探してくれたのだと思う。
 特に、老人たちが腰を上げた意味は非常に大きい。

 リストを奪い、食い入るように見るアイスを見て、イリオは複雑な気持ちになった。

 ――結婚できる男性リストに知り合いが、というか身内がいたからだ。 

 イリオは、書類上この国には存在しない暗部所属――荒事を含めた密偵である。簡単に言うと暗殺などを視野に入れた潜入調査員である。

 孤児であったイリオを国が拾い、存在しないはずの暗部で厳しい訓練を受け、さて実践に投入……というタイミングで、アイスが城に来たのだ。

 年齢が同じ、もうすぐ訓練が終わる、取り立ててやらせたい仕事がないフリーの密偵、という条件から選出され、専属メイドとしてアイスに仕えることになった。

 なお、潜入するための仮の身分ではあるが、イリオはとある貴族の養子となり、一応は下級貴族の娘という設定になっている。
 招いた側である国が、庶民のメイドをあてがうなどと、アイスを軽視する行為はできないから。
 まあ、あくまでも書類上の話だが。

 だが、その、便宜上の「家族」が、リストに入っていたのだ。
 それだけならまだしも、同じく孤児として拾われて肩を並べて訓練をした、兄弟弟子の名前もちらほらある。

 ――アイスの結婚は許すが、国が手放す気は、あんまりなさそうだ。

 アイスの結婚相手が国の身内なら、国とも身内同然。
 なんなら今より国との距離が縮まることになる。

 いや、考えすぎだろうか。
 結婚すれば戦乙女の力は失われるのだから、そうなれば国がアイスを囲っていても、旨味は全くないだろうから。

 この辺のことは、次の報告会で質問するとして、だ。

「どうですか? 気になる殿方はうわっ」

 静かにリストを凝視するアイスは、また、泣いていた。滝のような涙をざばざば落としていた。

「……知らない男ばかりだ……」

 まあ、そうだろう。イリオも知らない男の名が結構ある。

「前に約束した茶話会という形式で、何人か呼んで実際会ってお話してみてはどうか、と王妃様が仰っていますよ」

「…………」

 アイスは、今や命と同じくらい大切なものになった「今すぐ結婚できる男性リスト」を胸に抱くと、空を仰いだ。ちなみに今日の昼食も屋内なので、天井を見たことになる。

「…………涙が止まらないのだ」

 それは見ればわかる。
 いい加減泣き止んでもいいだろうと思っているのにまだ泣いているから、イリオはちょっと引いている。いい歳の大人が素面でこんなに泣くのか、と驚いてもいる。

「ここ数年で、一番嬉しい」

 ちょっと引いてはいるが。
 ここまで喜んでくれるのなら、イリオも嬉しい。

「……では、行こうか」

 アイスは涙を拭うと、静かに立ち上がった。

「…? どちらへ?」

 本当に、本気でアイスの言葉の意味がわからなかったイリオは、首を傾げる。

 そんなイリオに、アイスは、ここ十年で初めて見るような勝ち誇った強気な笑みで言い放ったのだった。




「――私を散々結婚できないモテない冷たい女子力がない内面に問題があるとバカにした戦乙女たちを見返しに行くのだ! 積年の恨み、今こそ晴らす! 誰一人打ち漏らさんぞ!」

 それはそれは嬉しそうに。




 泣くほど嬉しかった理由はそれか? それなのか?

 イリオはその疑問を、飲み込んだ。

 どんな答えが返ってきても、すっきりはしないだろうな、と思ったから。





しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

大根令嬢の雑学無双、王弟殿下を添えて。~ 前世を思い出したので、許婚をほったらかして人助けしまくります!!

古森真朝
恋愛
気弱な伯爵令嬢のカレンは、自分勝手な婚約者レナートに振り回されていた。耐え続けていたある日、舞踏会で何者かに突き飛ばされ、階段から落ちてしまう。 その傷が元で儚く……なるかと思いきや。衝撃で前世を思い出したカレンは一転、かの『ド根性大根』みたいな超・ポジティブ人間になっていた。 『モラハラ婚約者の思惑なんぞ知るか!! 今度こそ好きなことやって、目いっぱい幸せに長生きするんだから!!!』 昔ひたすら読書に耽って身に着けた『雑学』を武器に、うっかり採れ過ぎた作物や、開墾しようとすると不幸に見舞われる土地、不治の病にかかった王族、等々の問題をどんどん解決。 領地の内外で心強い友人が出来たり、いつの間にかものすごく有名になっていたり、何かと協力してくれる王弟ヴィクトルから好意を寄せられたり(注:気付いてない)する中、温かい家族と共に仕事に励んでいく。 一方、前世から因縁のある人々もまた、こちらに転生していて――

物置部屋に追いやられた伯爵令嬢ですが、公爵様に見初められて人生逆転しました〜妹の引き立て役だったのに、今では社交界の花と呼ばれています〜

丸顔ちゃん。
恋愛
伯爵家の令嬢セレナは、実母の死後、継母と義妹に虐げられて育った。 与えられた部屋は使用人以下の物置、食事は残飯、服はボロ。 専属侍女も与えられず、家の運営や帳簿管理まで押し付けられ、 失敗すれば鞭打ち――それが彼女の日常だった。 そんなある日、世間体のためだけに同行させられた夜会で、 セレナは公爵家の跡取りレオンと出会う。 「あなたの瞳は、こんな場所に閉じ込めていいものではない」 彼はセレナの知性と静かな強さに一瞬で心を奪われ、 彼女の境遇を知ると激怒し、家族の前で堂々と求婚する。 嫁ぎ先の公爵家で、セレナは初めて“人として扱われ”、 広い部屋、美味しい食事、優しい侍女たちに囲まれ、 独学で身につけた知識を活かして家の運営でも大活躍。 栄養と愛情を取り戻したセレナは、 誰もが振り返るほどの美しさを開花させ、 社交界で注目される存在となる。 一方、セレナを失った伯爵家は、 彼女の能力なしでは立ち行かず、 ゆっくりと没落していくのだった――。 虐げられた令嬢が、公爵の愛と自分の才能で幸せを掴む逆転物語。

夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い

青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。 神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。 もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。 生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。 過去世と同じ轍を踏みたくない……

幽閉王女と指輪の精霊~嫁いだら幽閉された!餓死する前に脱出したい!~

二階堂吉乃
恋愛
 同盟国へ嫁いだヴァイオレット姫。夫である王太子は初夜に現れなかった。たった1人幽閉される姫。やがて貧しい食事すら届かなくなる。長い幽閉の末、死にかけた彼女を救ったのは、家宝の指輪だった。  1年後。同盟国を訪れたヴァイオレットの従兄が彼女を発見する。忘れられた牢獄には姫のミイラがあった。激怒した従兄は同盟を破棄してしまう。  一方、下町に代書業で身を立てる美少女がいた。ヴィーと名を偽ったヴァイオレットは指輪の精霊と助けあいながら暮らしていた。そこへ元夫?である王太子が視察に来る。彼は下町を案内してくれたヴィーに恋をしてしまう…。

見た目は子供、頭脳は大人。 公爵令嬢セリカ

しおしお
恋愛
四歳で婚約破棄された“天才幼女”―― 今や、彼女を妻にしたいと王子が三人。 そして隣国の国王まで参戦!? 史上最大の婿取り争奪戦が始まる。 リュミエール王国の公爵令嬢セリカ・ディオールは、幼い頃に王家から婚約破棄された。 理由はただひとつ。 > 「幼すぎて才能がない」 ――だが、それは歴史に残る大失策となる。 成長したセリカは、領地を空前の繁栄へ導いた“天才”として王国中から称賛される存在に。 灌漑改革、交易路の再建、魔物被害の根絶…… 彼女の功績は、王族すら遠く及ばないほど。 その名声を聞きつけ、王家はざわついた。 「セリカに婿を取らせる」 父であるディオール公爵がそう発表した瞬間―― なんと、三人の王子が同時に立候補。 ・冷静沈着な第一王子アコード ・誠実温和な第二王子セドリック ・策略家で負けず嫌いの第三王子シビック 王宮は“セリカ争奪戦”の様相を呈し、 王子たちは互いの足を引っ張り合う始末。 しかし、混乱は国内だけでは終わらなかった。 セリカの名声は国境を越え、 ついには隣国の―― 国王まで本人と結婚したいと求婚してくる。 「天才で可愛くて領地ごと嫁げる?  そんな逸材、逃す手はない!」 国家の威信を賭けた婿争奪戦は、ついに“国VS国”の大騒動へ。 当の本人であるセリカはというと―― 「わたし、お嫁に行くより……お昼寝のほうが好きなんですの」 王家が焦り、隣国がざわめき、世界が動く。 しかしセリカだけはマイペースにスイーツを作り、お昼寝し、領地を救い続ける。 これは―― 婚約破棄された天才令嬢が、 王国どころか国家間の争奪戦を巻き起こしながら 自由奔放に世界を変えてしまう物語。

二十年仕えた王女が私を敵に売った。それでも守ることにした

セッシー
ファンタジー
二十年間、王女殿下の護衛騎士として仕えた。その殿下が、私を敵に売った。 牢の中で事実を知り、一分考えて——逃げることにした。殿下の目的を、まだ果たしていないから。 裏切りの真相を確かめるため、一人王都へ戻る護衛騎士の話。

「地味ブス」と捨てられた私、文化祭の大型スクリーンで王子様の裏の顔を全校生に配信します

スカッと文庫
恋愛
「お前みたいな地味女、引き立て役にもならないんだよ」 眼鏡にボサボサ頭の特待生・澪(みお)は、全校生徒が見守る中、恋人だった学園の王子・ハルトから冷酷に捨てられた。 隣には、可憐な微笑みを浮かべる転校生・エマ。 エマの自作自演により「いじめの犯人」という濡れ衣まで着せられ、学園中から蔑まれる澪。 しかし、彼女を嘲笑う者たちはまだ知らない。 彼女が眼鏡の奥に、誰もが平伏す「真実の美貌」と、学園さえも支配できる「最強の背景」を隠していることを――。 「……ねぇ、文化祭、最高のステージにしてあげる」 裏切りへのカウントダウンが今、始まる。 スクリーンの裏側を暴き、傲慢な王子と偽りのヒロインを奈落へ突き落とす、痛快・学園下剋上ファンタジー!

処理中です...