47 / 53
46.温度差という残酷
しおりを挟む「――さて」
アイスの昼食が終わり、専属メイド・イリオが後片付けをし、紅茶を淹れる。
そんな折に、ようやくゆっくり話せる時間となった。
午前中は、アイスは訓練に忙しいし、イリオも細々こなさなければいけないことがあるので、昼までゆっくりできる時間がないのだ。
だから、この時間に話し合おうと、二人は昨夜の内に決めていた。
「では、一つずついきましょうか」
二つのカップに紅茶を注いだイリオは、アイスの向かいの椅子に座った。
今日は、茶話会の翌日である。
色々あった昨日はあまり話をせず、それぞれで考えた。
一晩時間を置いて、改めて落ち着いて考え、そしてこの時間を迎えた。
「まず婚約者候補の六人ですが、これは問題なく断っていいでしょう」
結局、期待を寄せていた婚約者候補は全員失格となった。
だが相手の六人には、最初から断られる可能性も大いにあった話である。
いざそれを突きつけられても、大した問題はないだろう。
あるとすれば。
「王妃様のメンツを潰してしまうな」
そう、お膳立てをしてくれた王妃の顔に、泥を塗ることになる。
が、その心配も必要ない。
「もう王妃様は知っていますよ。私が伝えましたから」
対話中に嘘を吐いたから全員ダメだ、と。
この手の話は早い方がいいだろうと判断し、イリオは昨日の夜の内に、王妃にだけ話した。
やはり、あまりいい顔はしていなかったが、「こればかりは仕方ない、あとのことは任せろ」と溜息交じりに言っていた。
――あと、これはアイスには伝えないが、「もう結婚しなくてもいいんじゃない?」とも言っていた。
王妃は、アイスが結婚してどこか遠くへ行くのを、内心あまり歓迎していなかった。
国王が第一王子に王位を譲った後、国王と王妃は城を出て、少し離れた宮殿に引っ越すことになる。
通例では側室も一緒に行くことになるが、残るケースもあるので、こちらはわからないが。
この国では、王位を譲った時点で、前国王は城を明け渡す風習があるのだ。
どういう理由でそうなっているかはイリオもわからないが、余計な権力者を置いておくと、色々話がこじれるのだろうと推測している。
その際、王妃は自分の護衛として、アイスを連れていきたいそうだ。
自分が死ぬまで傍に置いておきたいとこぼしていた。
昨夜、茶話会の結論を伝えた折、そんな愚痴にも似た話を聞かされたのだ。
イリオとしては、非常に返事に困った。
そしてこの話はアイスには絶対に伝えられないと、心底思った。
「結婚したい」というアイスの意識が、揺らぐ可能性が大いにあるから。
王妃だって期待を掛けて迷わせるつもりで言ったわけでもないはずだ。
あと「息子より娘よりアイスが可愛いわ。わたくしの老後、あの子が看てくれたらくれたらいいのに。そうしたらわたくしの財産一切合切をあの子に全部残すのに」とも言っていた。
本当に返事に困った。
「そうか……王妃様には悪いことをしたな。無駄に手間を掛けさせた」
こればっかりは仕方ないだろう。
一生の問題だ。軽々しく妥協で決めるべきではない。
それで、だ。
「例の彼のことはどうするんですか?」
あの若い騎士のことだ。
「うむ……手合わせ自体はまったく構わないんだが」
思いっきり唐突に、手合わせを申し込まれた。
まさか王妃の庭で、木剣でさえ振り回すような野蛮な真似はできない。
返事は追って伝えると、その場は済ませたが。
申し込んできた時の、覚悟を決めていた緑の瞳。
並々ならない信念と、どうしても譲れない何かを感じた。
あれを見て、断るという手はないと、アイスの直感は告げている。
まあ、別段断る理由もなかったし、返事は保留となっているが、アイスの中では返事はとっくに決まっている。
だが、しかし。
「……間違いなく、私が勝つぞ。百回やって百回勝てる自信がある」
並々ならない信念と、どうしても譲れない何かを抱えた覚悟を感じたが。
しかし、想いだけで勝てれば、苦労はないのだ。
決して若い騎士が弱いのではない。
恐らく、騎士団長ブレッドフォークと同等くらいの腕があると見た。
もしやり合えば、経験や戦術の差で押し負けるとは思うが、純粋な剣の腕だけ取れば同じくらい強いはずだ。
初めて手合わせした春より、格段に強くなっていると思う。
だが、それでも足りない。
若い騎士が弱いのではなく、アイスが強いのだ。強すぎるだけだ。
春の時も今も、氷の乙女としての神力のかけらを使わずとも勝てるだろう。百回やって百回とも。
「…………勝っていいのかなぁ」
あれだけの覚悟を決めた男が挑んできた。
なのに、アイスはやる前から、勝てることがわかっている。
しかも、だ。
「なあ、イリオ。彼はなぜ普通に誘ってこないのだろう?」
「私はアイス様より彼を知りませんから、何とも言えませんよ」
彼は、並々ならない覚悟を胸に、言ったのだ。
――もし自分が勝ったら一緒に食事してください、と。
溜めて溜めて、どんな大変なことを言うかと思えば、食事のお誘いだったのだ。
「初対面の時もそうだったが、彼はどうして普通に誘わないんだ。普通に誘われたら行くのに」
「そうですね。アイス様って結構ちょろいですしね」
「むしろ、もうちょっとこう……いろんな男が私を誘うべきではないのか?」
「そうですね。アイス様ってバカみたいな不幸話で多額のお小遣いを渡すようなバカなお金の使い方をするバカですしね」
「なんだ。一呼吸にバカって三回も。言葉に棘があるじゃないか」
「まともに相手してないだけですよ」
「おい。それも失礼だぞ」
アイスの愚痴はともかく。
誘い云々の諸々は、仕方ない面もあるだろう。
国が育ててきた「氷の乙女」の印象操作がある。
まさかちょっと誘えばほいほい付いていくような女だとは、多くの者が思っていないのだろう。
それこそ、一生に数回しかないほどの重大な決心をして、ようやく食事に誘えるくらい、アイスを高く見ているのだろうと思う。
「で、昨日はすぐ別れたので、名前すら知りませんよね? 軽く調べておいたので、聞いてください」
「ああ。……ああ、そういえば、私は彼の名前すら知らないんだったな」
春に手合わせして、それっきりだった。
彼はずいぶんと執心していたようだが、アイスにとってはもはや忘れていた出来事でさえあった。
なかなか残酷な温度差である。
「彼は、ビスト・ジャクフル。ジャクフル伯爵の次男です。年齢は二十二歳になったばかりですね」
「伯爵の息子か。道理で……」
道理で、貴族らしさを感じさせるはずだ。育ちがよく、教養もありそうな印象通りだ。
「近々長男が家を継ぐ予定で、その前に国家試験を受けて騎士となったみたいです。
一年ほど遠征していて今年戻り、春から城仕えの騎士として勤めることになったようです」
「そうか、帰ってきたばかりだったのか」
アイスは週に一回、兵士や騎士たちと合同演習に出ている。
そんなアイスが、見覚えのない兵士や騎士となれば、新入りで間違いない。
あの若い騎士は、一応新入りではあるが、新米ではなかったわけだ。
「で、あとはアイス様が聞いた通りです」
ここからは、昨日本人が言っていた経緯と繋がる。
「ジャクフル伯爵が家督を譲ったという話は聞かないから、譲る準備をしていたのかもな。
そんな大事な時期に、騎士隊に入った次男が私と揉めた。
だから伯爵は激怒したのか」
「あるいは長男が激怒した、かもしれませんね。もしくは両方か」
きっと両方だろうな、とイリオは思ったが、それは今はいい。
「アイス様と揉めた後、再び遠征に出て、辺境で魔物を狩っていたそうです。
三ヵ月という短期遠征で、つい先日戻ってきたと」
そして、昨日のアレだ。
「イリオ、どうしたらいいと思う?」
「さあ? アイス様のお好きにどうぞ。ただ――」
「ただ?」
「騎士団長に頼み込んでアイス様と引き合わせてもらった。
この事実だけ見れば、なんというか、後先を考えての行動ではないと思います」
「だろうな」
アイスが若い騎士から感じたのは、そういう覚悟だ。
我が身を顧みない捨て身の行動というか。
だから無下にはできないと思ったのだ。
そして、だからこそ、迷っている。
「……でも、やれば必ず私が勝つんだよなぁ」
捨て身で挑んでくる者を、果たして軽くいなしていいものか。
大きな覚悟をしている者を、片手間でひょいと相手していいものか。
やるとなれば全力を尽くすのが礼儀ではある。
だが、決して、一方的に蹂躙していいわけではない。
――この悩みには、イリオは何も言えないので、アイスに決めてもらうしかないのである。
メイドは、昨日王妃にこっそり分けてもらった秘蔵の紅茶を楽しみながら、主が出す結論を待つのだった。
0
あなたにおすすめの小説
お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます
菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。
嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。
「居なくていいなら、出ていこう」
この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし
つまらない妃と呼ばれた日
柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。
舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。
さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。
リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。
――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。
大根令嬢の雑学無双、王弟殿下を添えて。~ 前世を思い出したので、許婚をほったらかして人助けしまくります!!
古森真朝
恋愛
気弱な伯爵令嬢のカレンは、自分勝手な婚約者レナートに振り回されていた。耐え続けていたある日、舞踏会で何者かに突き飛ばされ、階段から落ちてしまう。
その傷が元で儚く……なるかと思いきや。衝撃で前世を思い出したカレンは一転、かの『ド根性大根』みたいな超・ポジティブ人間になっていた。
『モラハラ婚約者の思惑なんぞ知るか!! 今度こそ好きなことやって、目いっぱい幸せに長生きするんだから!!!』
昔ひたすら読書に耽って身に着けた『雑学』を武器に、うっかり採れ過ぎた作物や、開墾しようとすると不幸に見舞われる土地、不治の病にかかった王族、等々の問題をどんどん解決。
領地の内外で心強い友人が出来たり、いつの間にかものすごく有名になっていたり、何かと協力してくれる王弟ヴィクトルから好意を寄せられたり(注:気付いてない)する中、温かい家族と共に仕事に励んでいく。
一方、前世から因縁のある人々もまた、こちらに転生していて――
物置部屋に追いやられた伯爵令嬢ですが、公爵様に見初められて人生逆転しました〜妹の引き立て役だったのに、今では社交界の花と呼ばれています〜
丸顔ちゃん。
恋愛
伯爵家の令嬢セレナは、実母の死後、継母と義妹に虐げられて育った。
与えられた部屋は使用人以下の物置、食事は残飯、服はボロ。
専属侍女も与えられず、家の運営や帳簿管理まで押し付けられ、
失敗すれば鞭打ち――それが彼女の日常だった。
そんなある日、世間体のためだけに同行させられた夜会で、
セレナは公爵家の跡取りレオンと出会う。
「あなたの瞳は、こんな場所に閉じ込めていいものではない」
彼はセレナの知性と静かな強さに一瞬で心を奪われ、
彼女の境遇を知ると激怒し、家族の前で堂々と求婚する。
嫁ぎ先の公爵家で、セレナは初めて“人として扱われ”、
広い部屋、美味しい食事、優しい侍女たちに囲まれ、
独学で身につけた知識を活かして家の運営でも大活躍。
栄養と愛情を取り戻したセレナは、
誰もが振り返るほどの美しさを開花させ、
社交界で注目される存在となる。
一方、セレナを失った伯爵家は、
彼女の能力なしでは立ち行かず、
ゆっくりと没落していくのだった――。
虐げられた令嬢が、公爵の愛と自分の才能で幸せを掴む逆転物語。
夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い
青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。
神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。
もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。
生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。
過去世と同じ轍を踏みたくない……
【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く
ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。
5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。
夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…
見た目は子供、頭脳は大人。 公爵令嬢セリカ
しおしお
恋愛
四歳で婚約破棄された“天才幼女”――
今や、彼女を妻にしたいと王子が三人。
そして隣国の国王まで参戦!?
史上最大の婿取り争奪戦が始まる。
リュミエール王国の公爵令嬢セリカ・ディオールは、幼い頃に王家から婚約破棄された。
理由はただひとつ。
> 「幼すぎて才能がない」
――だが、それは歴史に残る大失策となる。
成長したセリカは、領地を空前の繁栄へ導いた“天才”として王国中から称賛される存在に。
灌漑改革、交易路の再建、魔物被害の根絶……
彼女の功績は、王族すら遠く及ばないほど。
その名声を聞きつけ、王家はざわついた。
「セリカに婿を取らせる」
父であるディオール公爵がそう発表した瞬間――
なんと、三人の王子が同時に立候補。
・冷静沈着な第一王子アコード
・誠実温和な第二王子セドリック
・策略家で負けず嫌いの第三王子シビック
王宮は“セリカ争奪戦”の様相を呈し、
王子たちは互いの足を引っ張り合う始末。
しかし、混乱は国内だけでは終わらなかった。
セリカの名声は国境を越え、
ついには隣国の――
国王まで本人と結婚したいと求婚してくる。
「天才で可愛くて領地ごと嫁げる?
そんな逸材、逃す手はない!」
国家の威信を賭けた婿争奪戦は、ついに“国VS国”の大騒動へ。
当の本人であるセリカはというと――
「わたし、お嫁に行くより……お昼寝のほうが好きなんですの」
王家が焦り、隣国がざわめき、世界が動く。
しかしセリカだけはマイペースにスイーツを作り、お昼寝し、領地を救い続ける。
これは――
婚約破棄された天才令嬢が、
王国どころか国家間の争奪戦を巻き起こしながら
自由奔放に世界を変えてしまう物語。
「地味ブス」と捨てられた私、文化祭の大型スクリーンで王子様の裏の顔を全校生に配信します
スカッと文庫
恋愛
「お前みたいな地味女、引き立て役にもならないんだよ」
眼鏡にボサボサ頭の特待生・澪(みお)は、全校生徒が見守る中、恋人だった学園の王子・ハルトから冷酷に捨てられた。
隣には、可憐な微笑みを浮かべる転校生・エマ。
エマの自作自演により「いじめの犯人」という濡れ衣まで着せられ、学園中から蔑まれる澪。
しかし、彼女を嘲笑う者たちはまだ知らない。
彼女が眼鏡の奥に、誰もが平伏す「真実の美貌」と、学園さえも支配できる「最強の背景」を隠していることを――。
「……ねぇ、文化祭、最高のステージにしてあげる」
裏切りへのカウントダウンが今、始まる。
スクリーンの裏側を暴き、傲慢な王子と偽りのヒロインを奈落へ突き落とす、痛快・学園下剋上ファンタジー!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる