私がネズミになって世界の行方を見守ってみた

南野海風

文字の大きさ
67 / 102

66.平凡なる超えし者、決勝戦を見守る……

しおりを挟む





 同じ条件となった二人は、熱狂する闘技場のど真ん中で睨みあう。

 都合その時間が、これから行われるドラマティックな激闘を期待させるかのごとく焦らすように長くなったのは、審判の気遣いで兄アクロとアルカが捨てた装備品を回収する時間が入ったからである。
 制服を着た、恐らく運営側の男子生徒が駆け足で落し物を拾い、はけて行った。

 ――審判の手が上がる。

 異様な盛り上がりを見せている今年の闘技大会、いよいよ最後の試合が始まる。

「――始めぇぇぇい!!」

 審判のおっさんもだいぶ熱くなっているのか、開始の声に気合が感じられた。わからんでもない。きっと審判がいる場所が一番試合を見ることができる、貴賓席以上の特等席だからね。




 合図と同時に、兄アクロとアルカが一気に距離を詰めた。

 そして――兄アクロのストレートが、まともに入った。

 距離が空いているのに、ここまで骨を打つ音が聞こえそうなほど、強烈な一撃だった。
 それも顔面だ。
 アルカの上半身が傾いた。
 だがまだだ。
 一瞬で体勢を整え、笑っていた。

 次の瞬間には、兄アクロの顔面にアルカの拳がめり込んでいた。
 これも強烈だった。
 相手が貴族だのなんだの考えていない、何の遠慮も躊躇もない一撃だった。

 ああ……うん。そういう方向でいくんだ。

 闘技には見合わぬ、あまりにも原始的な殴り合いが始まった。
 お互い回避も防御もしない。
 ただ、本当に、殴りあうだけの試合だった。

 お兄ちゃんは一度もボクサーらしい動きをしなかったし、アルカは瞬きさえせず自分が殴られる瞬間を味わっていた。

 これ完全なバトルジャンキーの殴りあいだわ。
 荒事専門の冒険者辺りが、酒に酔ってやり出すやつだわ。
 酔ってるから感覚が麻痺してて、酔いが覚めてから後悔するやつだわ。

 熱狂は、一度、覚めた。
 ここまでの試合、かなり派手にやってきたサンライト仮面のただの殴りあいに。
 そして通好みの戦い方で危なげなく勝ち抜いてきたレベルが高いアルカの戦い方に。
 完全に呆気に取られていた。

 だが、わかりやすい。
 そう、わかりやすいのだ。誰の目にも。

 こういうわかりやすさを好む層も、それなりにいる。

「――いけー!! 潰せー!!」

「――仮面女ぁ!! 俺ぁてめえに金貨賭けてんだぞ! 絶対負けんな!!」

 血の気の多い男たちが声を上げ、野次が飛び、さっきまで沸騰していた闘技場が再び煮えたぎってきた。

 華麗な試合にはない、泥臭いから熱くなれるって感覚、わかりやすいよね。だって一目瞭然で殴り合ってるだけなんだから。

「――アルカ!! オークと殴りあった時より余裕だろうが! 引くなよ!!」
 
 え? アルカってオークと殴りあったことあるの? とんだ脳筋キャラじゃないかよ……お兄ちゃん、選択間違ったんじゃない?

「――サンライト仮面さまぁ!! 負けないでぇ!!」

 相変わらず黄色い声も飛んでいる。……王族がいる方から聞こえた気がするけど気のせいだよ。

 時折輝くのは、飛び散る血と汗が太陽に反射しているからだろう。
 遠目なので詳しくは見えないが、お互い首元が赤く染まってきている。そりゃそうだ、あそこまで無遠慮に殴り合えば簡単に流血する。

 つーかさあ、アレだよね。

 こんなの女同士のケンカじゃないよね。
 なんで美女と美少女が普通に殴り合ってるんだよ。
 こんな大舞台で、王族まで来ているのに。

 ……楽しそうにやりやがって。こんなの同じバトル好きが見たら疼くぞ。




 打ち上げられた魚のように全身で動いていた二人が、次第に鈍くなってくる。

 余裕で15分以上休みなく動いていたから、いろんな意味でそろそろお互いエネルギーが切れてきたのだ。
 酸欠か、それともダメージか、ただの体力の消耗か。きっと全部だな。

 兄アクロは、殴る拳も握れないほど握力が落ちてきたのか、もしくは拳が潰れたのだろう。半端なグーでアルカを殴り。

 アルカは、まぶたの上が腫れ、左目が見えなくなっているようだ。うわこわっ。それでも笑ってるのかよ。

 ゆっくりとした動きで、ぐらぐら揺れながら、それでも殴り合う動きをやめない。
 ほぼほぼお互い一歩も引かず、動くこともなかった二人の周りには、飛び散った血が転々と跳ねていた。

 そろそろ限界だろう。

 果たしてやり合っている二人も同じことを思ったのか。
 最後はお互い、渾身のストレートを相手に叩き込んでいた。

 いわゆるクロスカウンターである。
 伸長差があるので、兄アクロの方が深くアルカにダメージを与えただろう。

 さすがのアルカも両膝を着いた。
 肩で息をし、両腕も力なくだらりと下げ、笑みも消えていた。

 ――完全に電池が切れたアルカの虚ろな瞳の先で、兄アクロは倒れていた。




 審判の声が上がり、熱狂はピークを迎えた。耳を塞ぎたくなるほど、空が割れるんじゃないかってほど観客は沸いた。

「うおーーーー!!」

 王族の誰かも騒いでいるみたいだ。……見ない方がいいと思ったけどつい見てしまった。ギラギラした剣呑な目をした王妃が立ち上がって騒いでいたような気がするが、幻覚だろう。

 闘技場に残っている二人は、駆けてきた担架を断り、光る魔法――たぶん回復魔法でお互いを治し合っていた。
 座り込んで、笑いながら。
 担架を持ってきた生徒たちなど気にもしないで。

 微塵も後腐れはないようだ。
 そういや仲は悪くないって話だったっけ。

「……だ、大丈夫?」

 静かな、静かすぎる隣のアクロディリアを見ると、もう放心も怒りも通りすぎたらしく、能面のような無表情だった。美貌が美貌だけに、本物の人形のように生気を感じられない。

「……どうせなら優勝すればよかったのに」

 どうやら諦めの境地に至り、そう考えちゃったようだ。




 これで闘技大会は終わりだ。
 優勝者は、エキシビジョンとして、この国の騎士と試合ができる。
 それに勝てば、あるいは善戦したら、騎士への道が開かれたりするらしい。まあそれだけの実力があれば国としても放っておく理由はないからね。

 本来なら、攻略キャラのラディアスがここで自身の兄と戦い勝つんだけど、色々とシナリオに変更があったからなぁ。

 ラディアスは準決勝敗退。
 優勝者はアルカで、準優勝は謎の美少女剣士サンライト仮面だ。

 そのアルカだが、エキシビジョンを辞退したようだ。
 王様が閉会の挨拶でそう言っていた。なので、兄アクロとアルカの試合で今年の闘技大会は終わりである。

 たぶんアルカは燃え尽きたんだろう。
 体力やらダメージとかは魔法で回復できるかもしれないが、心情的にね。
 ここで終わってもいい、くらい後を考えずにケンカしたんだと思う。

「――今年の闘技大会は、例年にない盛り上がりを見せた。余は民の熱を見た。若人の力を見た。来年もきっと、憂い無く、このような闘技大会を行えるよう尽力すると約束しよう」

 王様の挨拶も終わり、これで本当に闘技大会は終了だ。

 さて。

「これからどうする? 帰るなら寮まで送ろうか?」

「別にいい」

「いや、なんか、さすがにほっとけないし」

 うちの兄がごめんね、と。心の中で付け足しておく。ほんとすんません。うちの兄が。

「……もう好きにしたら?」

 なんだか投げやりなアクロディリアが本当に心配になってきたので、寮まで一緒に行くことにする。うちの兄が原因だと思うとそらほっとけないし。

 混雑する闘技場を出て、アクロディリアを送り届けると。
 監視についている10人ほどを撒いて、私もクローナの部屋に帰ることにした。

 ――まあ、それなりに楽しかったかな。見せ物としては。

 お兄ちゃんの出場した目的とか理由が色々気になるなぁ。なんとか聞き出す方法ないかなぁ。







しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

転生ヒロインは不倫が嫌いなので地道な道を選らぶ

karon
ファンタジー
デビュタントドレスを見た瞬間アメリアはかつて好きだった乙女ゲーム「薔薇の言の葉」の世界に転生したことを悟った。 しかし、攻略対象に張り付いた自分より身分の高い悪役令嬢と戦う危険性を考え、攻略対象完全無視でモブとくっつくことを決心、しかし、アメリアの思惑は思わぬ方向に横滑りし。

断罪まであと5秒、今すぐ逆転始めます

山河 枝
ファンタジー
聖女が魔物と戦う乙女ゲーム。その聖女につかみかかったせいで処刑される令嬢アナベルに、転生してしまった。 でも私は知っている。実は、アナベルこそが本物の聖女。 それを証明すれば断罪回避できるはず。 幸い、処刑人が味方になりそうだし。モフモフ精霊たちも慕ってくれる。 チート魔法で魔物たちを一掃して、本物アピールしないと。 処刑5秒前だから、今すぐに!

【完結】兄の事を皆が期待していたので僕は離れます

まりぃべる
ファンタジー
一つ年上の兄は、国の為にと言われて意気揚々と村を離れた。お伽話にある、奇跡の聖人だと幼き頃より誰からも言われていた為、それは必然だと。 貧しい村で育った弟は、小さな頃より家の事を兄の分までせねばならず、兄は素晴らしい人物で対して自分は凡人であると思い込まされ、自分は必要ないのだからと弟は村を離れる事にした。 そんな弟が、自分を必要としてくれる人に会い、幸せを掴むお話。 ☆まりぃべるの世界観です。緩い設定で、現実世界とは違う部分も多々ありますがそこをあえて楽しんでいただけると幸いです。 ☆現実世界にも同じような名前、地名、言葉などがありますが、関係ありません。

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

裏切られ続けた負け犬。25年前に戻ったので人生をやり直す。当然、裏切られた礼はするけどね

竹井ゴールド
ファンタジー
冒険者ギルドの雑用として働く隻腕義足の中年、カーターは裏切られ続ける人生を送っていた。 元々は食堂の息子という人並みの平民だったが、 王族の継承争いに巻き込まれてアドの街の毒茸流布騒動でコックの父親が毒茸の味見で死に。 代わって雇った料理人が裏切って金を持ち逃げ。 父親の親友が融資を持ち掛けるも平然と裏切って借金の返済の為に母親と妹を娼館へと売り。 カーターが冒険者として金を稼ぐも、後輩がカーターの幼馴染に横恋慕してスタンピードの最中に裏切ってカーターは片腕と片足を損失。カーターを持ち上げていたギルマスも裏切り、幼馴染も去って後輩とくっつく。 その後は負け犬人生で冒険者ギルドの雑用として細々と暮らしていたのだが。 ある日、人ならざる存在が話しかけてきた。 「この世界は滅びに進んでいる。是正しなければならない。手を貸すように」 そして気付けは25年前の15歳にカーターは戻っており、二回目の人生をやり直すのだった。 もちろん、裏切ってくれた連中への返礼と共に。 

親友面した女の巻き添えで死に、転生先は親友?が希望した乙女ゲーム世界!?転生してまでヒロイン(お前)の親友なんかやってられるかっ!!

音無砂月
ファンタジー
親友面してくる金持ちの令嬢マヤに巻き込まれて死んだミキ 生まれ変わった世界はマヤがはまっていた乙女ゲーム『王女アイルはヤンデレ男に溺愛される』の世界 ミキはそこで親友である王女の親友ポジション、レイファ・ミラノ公爵令嬢に転生 一緒に死んだマヤは王女アイルに転生 「また一緒だねミキちゃん♡」 ふざけるなーと絶叫したいミキだけど立ちはだかる身分の差 アイルに転生したマヤに振り回せながら自分の幸せを掴む為にレイファ。極力、乙女ゲームに関わりたくないが、なぜか攻略対象者たちはヒロインであるアイルではなくレイファに好意を寄せてくる。

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

俺に王太子の側近なんて無理です!

クレハ
ファンタジー
5歳の時公爵家の家の庭にある木から落ちて前世の記憶を思い出した俺。 そう、ここは剣と魔法の世界! 友達の呪いを解くために悪魔召喚をしたりその友達の側近になったりして大忙し。 ハイスペックなちゃらんぽらんな人間を演じる俺の奮闘記、ここに開幕。

処理中です...