私がネズミになって世界の行方を見守ってみた

南野海風

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66.平凡なる超えし者、決勝戦を見守る……

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 同じ条件となった二人は、熱狂する闘技場のど真ん中で睨みあう。

 都合その時間が、これから行われるドラマティックな激闘を期待させるかのごとく焦らすように長くなったのは、審判の気遣いで兄アクロとアルカが捨てた装備品を回収する時間が入ったからである。
 制服を着た、恐らく運営側の男子生徒が駆け足で落し物を拾い、はけて行った。

 ――審判の手が上がる。

 異様な盛り上がりを見せている今年の闘技大会、いよいよ最後の試合が始まる。

「――始めぇぇぇい!!」

 審判のおっさんもだいぶ熱くなっているのか、開始の声に気合が感じられた。わからんでもない。きっと審判がいる場所が一番試合を見ることができる、貴賓席以上の特等席だからね。




 合図と同時に、兄アクロとアルカが一気に距離を詰めた。

 そして――兄アクロのストレートが、まともに入った。

 距離が空いているのに、ここまで骨を打つ音が聞こえそうなほど、強烈な一撃だった。
 それも顔面だ。
 アルカの上半身が傾いた。
 だがまだだ。
 一瞬で体勢を整え、笑っていた。

 次の瞬間には、兄アクロの顔面にアルカの拳がめり込んでいた。
 これも強烈だった。
 相手が貴族だのなんだの考えていない、何の遠慮も躊躇もない一撃だった。

 ああ……うん。そういう方向でいくんだ。

 闘技には見合わぬ、あまりにも原始的な殴り合いが始まった。
 お互い回避も防御もしない。
 ただ、本当に、殴りあうだけの試合だった。

 お兄ちゃんは一度もボクサーらしい動きをしなかったし、アルカは瞬きさえせず自分が殴られる瞬間を味わっていた。

 これ完全なバトルジャンキーの殴りあいだわ。
 荒事専門の冒険者辺りが、酒に酔ってやり出すやつだわ。
 酔ってるから感覚が麻痺してて、酔いが覚めてから後悔するやつだわ。

 熱狂は、一度、覚めた。
 ここまでの試合、かなり派手にやってきたサンライト仮面のただの殴りあいに。
 そして通好みの戦い方で危なげなく勝ち抜いてきたレベルが高いアルカの戦い方に。
 完全に呆気に取られていた。

 だが、わかりやすい。
 そう、わかりやすいのだ。誰の目にも。

 こういうわかりやすさを好む層も、それなりにいる。

「――いけー!! 潰せー!!」

「――仮面女ぁ!! 俺ぁてめえに金貨賭けてんだぞ! 絶対負けんな!!」

 血の気の多い男たちが声を上げ、野次が飛び、さっきまで沸騰していた闘技場が再び煮えたぎってきた。

 華麗な試合にはない、泥臭いから熱くなれるって感覚、わかりやすいよね。だって一目瞭然で殴り合ってるだけなんだから。

「――アルカ!! オークと殴りあった時より余裕だろうが! 引くなよ!!」
 
 え? アルカってオークと殴りあったことあるの? とんだ脳筋キャラじゃないかよ……お兄ちゃん、選択間違ったんじゃない?

「――サンライト仮面さまぁ!! 負けないでぇ!!」

 相変わらず黄色い声も飛んでいる。……王族がいる方から聞こえた気がするけど気のせいだよ。

 時折輝くのは、飛び散る血と汗が太陽に反射しているからだろう。
 遠目なので詳しくは見えないが、お互い首元が赤く染まってきている。そりゃそうだ、あそこまで無遠慮に殴り合えば簡単に流血する。

 つーかさあ、アレだよね。

 こんなの女同士のケンカじゃないよね。
 なんで美女と美少女が普通に殴り合ってるんだよ。
 こんな大舞台で、王族まで来ているのに。

 ……楽しそうにやりやがって。こんなの同じバトル好きが見たら疼くぞ。




 打ち上げられた魚のように全身で動いていた二人が、次第に鈍くなってくる。

 余裕で15分以上休みなく動いていたから、いろんな意味でそろそろお互いエネルギーが切れてきたのだ。
 酸欠か、それともダメージか、ただの体力の消耗か。きっと全部だな。

 兄アクロは、殴る拳も握れないほど握力が落ちてきたのか、もしくは拳が潰れたのだろう。半端なグーでアルカを殴り。

 アルカは、まぶたの上が腫れ、左目が見えなくなっているようだ。うわこわっ。それでも笑ってるのかよ。

 ゆっくりとした動きで、ぐらぐら揺れながら、それでも殴り合う動きをやめない。
 ほぼほぼお互い一歩も引かず、動くこともなかった二人の周りには、飛び散った血が転々と跳ねていた。

 そろそろ限界だろう。

 果たしてやり合っている二人も同じことを思ったのか。
 最後はお互い、渾身のストレートを相手に叩き込んでいた。

 いわゆるクロスカウンターである。
 伸長差があるので、兄アクロの方が深くアルカにダメージを与えただろう。

 さすがのアルカも両膝を着いた。
 肩で息をし、両腕も力なくだらりと下げ、笑みも消えていた。

 ――完全に電池が切れたアルカの虚ろな瞳の先で、兄アクロは倒れていた。




 審判の声が上がり、熱狂はピークを迎えた。耳を塞ぎたくなるほど、空が割れるんじゃないかってほど観客は沸いた。

「うおーーーー!!」

 王族の誰かも騒いでいるみたいだ。……見ない方がいいと思ったけどつい見てしまった。ギラギラした剣呑な目をした王妃が立ち上がって騒いでいたような気がするが、幻覚だろう。

 闘技場に残っている二人は、駆けてきた担架を断り、光る魔法――たぶん回復魔法でお互いを治し合っていた。
 座り込んで、笑いながら。
 担架を持ってきた生徒たちなど気にもしないで。

 微塵も後腐れはないようだ。
 そういや仲は悪くないって話だったっけ。

「……だ、大丈夫?」

 静かな、静かすぎる隣のアクロディリアを見ると、もう放心も怒りも通りすぎたらしく、能面のような無表情だった。美貌が美貌だけに、本物の人形のように生気を感じられない。

「……どうせなら優勝すればよかったのに」

 どうやら諦めの境地に至り、そう考えちゃったようだ。




 これで闘技大会は終わりだ。
 優勝者は、エキシビジョンとして、この国の騎士と試合ができる。
 それに勝てば、あるいは善戦したら、騎士への道が開かれたりするらしい。まあそれだけの実力があれば国としても放っておく理由はないからね。

 本来なら、攻略キャラのラディアスがここで自身の兄と戦い勝つんだけど、色々とシナリオに変更があったからなぁ。

 ラディアスは準決勝敗退。
 優勝者はアルカで、準優勝は謎の美少女剣士サンライト仮面だ。

 そのアルカだが、エキシビジョンを辞退したようだ。
 王様が閉会の挨拶でそう言っていた。なので、兄アクロとアルカの試合で今年の闘技大会は終わりである。

 たぶんアルカは燃え尽きたんだろう。
 体力やらダメージとかは魔法で回復できるかもしれないが、心情的にね。
 ここで終わってもいい、くらい後を考えずにケンカしたんだと思う。

「――今年の闘技大会は、例年にない盛り上がりを見せた。余は民の熱を見た。若人の力を見た。来年もきっと、憂い無く、このような闘技大会を行えるよう尽力すると約束しよう」

 王様の挨拶も終わり、これで本当に闘技大会は終了だ。

 さて。

「これからどうする? 帰るなら寮まで送ろうか?」

「別にいい」

「いや、なんか、さすがにほっとけないし」

 うちの兄がごめんね、と。心の中で付け足しておく。ほんとすんません。うちの兄が。

「……もう好きにしたら?」

 なんだか投げやりなアクロディリアが本当に心配になってきたので、寮まで一緒に行くことにする。うちの兄が原因だと思うとそらほっとけないし。

 混雑する闘技場を出て、アクロディリアを送り届けると。
 監視についている10人ほどを撒いて、私もクローナの部屋に帰ることにした。

 ――まあ、それなりに楽しかったかな。見せ物としては。

 お兄ちゃんの出場した目的とか理由が色々気になるなぁ。なんとか聞き出す方法ないかなぁ。







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