この声は秘密です

星咲ユキノ

文字の大きさ
31 / 31

番外編 二人の時間 ※

しおりを挟む

「…あの、草哉君。ここって…」
「入ろうか。…ね?」

にっこりと微笑まれたまま手を引かれ、そのまま建物の中に連れ込まれた。

草哉と結婚して3年。
夏休みに入ったばかりの7月下旬の話。
小学5年生になった菜穂は、今日から2泊3日の林間学校で元気に出掛けて行った。
早朝に起きてお弁当を作って菜穂を見送った理恵子に、有給をとった草哉が提案したのは、『二人だけのデート』。
あれよあれよという間に、2歳の幸斗を草哉の実家に預けて、久しぶりに草哉とデートすることになったのはいいのだが…。

「あの。確か、お昼を食べるって言ってなかった?」
「うん、食べるよ。お腹空いたね。はい、メニューをどうぞ」

ニコニコと上機嫌でメニューを開く草哉とは対照的に困惑する理恵子。
それもそのはず。
理恵子たちが今いるのは、レストランでもフードコートでもなく、二人きりの広い部屋の中。
ガラステーブルとソファがあり、一見すると普通のリビングのようだが、普通じゃないのが部屋の隅にある大きなベッドとガラス張りの浴室。自動販売機のような機械の中には、いわゆる大人の玩具が揃っていて、ここがどういう場所かすぐにわかる。

(ここって、ラブホテルだよね?)

「何でラブホテル?」
「ここ、食事が美味しいって評判なんだ。一回来てみたかったんだけど子連れだと来られないから、今日はちょうどいいかなって思って」
「な、なるほど。…あ。ほんとに美味しそう」

食事の評判がいいというだけあって、メニューは豊富なだけではなく、カフェのようにお洒落なものが写真付きで載っている。

「ね?今日も朝からお弁当作りを頑張っていたからさ。お昼はラクしようよ。ほら。理恵子さんの好きなオムライスもあるよ」

優しい声で優しい言葉をかけられて、胸がキュンとした。
草哉が優しいのは出会った時からだが、子供が生まれても変わらず理恵子を大切に扱ってくれている。
育児に仕事に忙しい毎日だけど、パートナーのこういう細かな心遣いが、疲れた心に染みていく。

「ありがとう。草哉君」
「どういたしまして」

(ああ、もう大好き)

にっこりと微笑むその顔に、惚れ直した理恵子だったのだが…。

雲行きが怪しくなったのは、食事後のこと。
満腹になってソファでのんびりしていた理恵子に、草哉は一緒にお風呂に入ることを提案してきた。
ラブホテルまで来て食事だけなんてことはないだろうとは思っていたので、戸惑いながらも了承したのはいいのだが。
「洗ってあげる」と言いながら体のあらゆる場所を触られ、ぐったりとしながらお風呂をようやく出たと思ったら、今度は部屋の隅にあったコスプレ衣装を着るように要求してきたのだ。
しかも彼が選んだ服というのが…。

「…そ、草哉君。これはやっぱり無理があるんじゃないかな?」
「そんなことないよ。すっごく可愛い」

部屋に備え付けられた大きな鏡には、困惑した顔で立つ理恵子の姿が映っている。
その服装は、緑と紺のチェックスカート。白ブラウスの上に緑色のリボンをつけて、紺色のブレザーを羽織っている。ご丁寧に黒のハイソックスまで履いて、女子高生の制服姿の完成だ。
ちなみにこの靴下は、草哉が何故か自宅から持ってきた理恵子の私物だったりする。

(うう。まさかこの年になって制服を着るなんて思わなかった)

草哉は褒めてくれているが、理恵子から見ると鏡の中の自分は痛々しい。

「やっぱりこれ、脱いでも…」
「俺、ずっとね、理恵子さんが同じ学校だったらよかったのにって思ってたんだ。同じ演劇部の先輩後輩で、学年も1つくらいしか差がなくて、放課後にデートをしたりして…。そういうの、叶わないからせめて理恵子さんの可愛い制服姿が見たかったんだけど…駄目かな?」
「う」

そんなことを言われたら、脱ぐに脱げない。

「…写真を撮ったりしないなら…いいよ」
「ありがとう。…じゃあ折角だから、『先輩後輩ごっこ』しよっか?」
「へ?」

何かを企んでいる子供のように笑った草哉に、理恵子はぽかんと口を開けた。

***

「あっ!それだめっ!ああっ!」
「ほんとに乳首弱いですね。指でカリカリしているだけなのに…あ、またイッた。駄目ですよ、先輩。イクときはイクって言わないと」
「イクっ!イッてるから!指止めて!」
「んー、どうしよっかな」

楽しそうに言いながら一向に指を止める気配のない彼のせいでまた絶頂し、ぐったりとベッドに体を預ける。

先ほどから草哉は、理恵子の事を『先輩』と呼びながら身体中を愛撫している。
付き合いたての同じ部活の先輩後輩が、勉強会と称して彼氏の家に行ってえっちをする、という設定らしい。細かい。

「その恰好、めちゃめちゃエロいですね。興奮します」

はだけたブラウスから見えるピンク色のブラジャーはずり上がり、乳首が露出している。
少し短めのスカートからは白い太ももがのぞき、きっちりと履いた黒のハイソックスがどこか情欲的だ。

「ブラウスとブラジャー、脱がしますね。…あ、リボンとスカートと靴下はそのままでいいですよ、可愛いので。…ああ、こっちも取っちゃいましょうか?」
「…あ……んぅっ」

止める暇もなく、スカートの中のピンク色のショーツが足からするりと抜けていく。
そのまま、ぬかるみを確かめるように指で触れる。

「ぐちゃぐちゃですね」
「っ」

耳元で囁かれて顔が赤くなる。
結婚して3年経つというのに、理恵子は草哉の声や顔に未だにドキドキしてしまう。

「ちょっと待ってて」と言って彼がベッドから降りて避妊具を取りに行くのをぼんやりと見つめる。
服を脱いで再びベッドに上がってきた彼が、ちゅっと理恵子の頬にキスをして囁いた。

「好きですよ、先輩」

(…あれ?なんか…)

その言葉に違和感を覚える。
『先輩後輩ごっこ』は背徳的でドキドキするけれど、やっぱり何かが違う。

「名前…」
「え?」
「先輩じゃ嫌だ。いつもみたいに名前を呼んで、草哉君」
「っ」

目に涙を溜めて見上げると、彼は一瞬驚いたように固まった後、理恵子を安心させるように微笑んで、目尻にキスを落とす。

「…ごめんね。楽しかったけど、やっぱり名前がいいですよね。大好きですよ。理恵子さん」
「んっ」

名前で呼ばれた事と優しいキスで、力が抜けていく。
そのあまりの気持ちよさに目を瞑った瞬間、彼の手が太ももに触れて、そのままぬかるんだ中心に熱いものが割って入ってきた。

「んあっ!!」
「はぁ、理恵子さんのナカ、さいっこう…」

低く呟かれた色気のある声に、ぎゅっと胸が締め付けられる。
好きな人が自分の体で気持ちよくなってくれるって、なんて嬉しいんだろう。

「草哉君、好き♡大好き♡」

甘えるように体を密着させながら彼の耳元で囁くと、彼は困ったように笑った。

「こら。すぐに出ちゃうからそういう可愛いことをするのは駄目って言ったでしょ?困った奥さんですね」
「んっ…だってぇ…あっ!待って!」

予告なく腰をぐんっと動かされたかと思ったら、彼が中に挿入っている陰茎の抽送を速めた。
突然の激しい快楽に、必死に彼にしがみつきながら声をあげる。

「あっ…あっ…はげしっ…だめっ…イクっ…」
「…くっ…俺もイクっ…」

耐え切れずに理恵子の身体が絶頂した時、子宮が収縮した刺激につられて、ゴム越しに彼の精液が吐き出されたのがわかった。

汗だくのまま、くたっと草哉の胸に倒れこむ。

「愛してますよ♡理恵子さん」
「ん…私もだいすき♡」

そのまま優しく頭を撫でられながら、理恵子は幸せな気持ちで目を閉じた。

***

「それでね!キャンプファイヤーは楽しかったんだけど、山登りは本当にきつかったの!虫に刺されまくるし。持っていった虫よけスプレーは全然効かなかったよ!」

翌々日、林間学校から帰ってきた菜穂が、いつもよりもテンション高く饒舌に話す。

「…あれ?お母さんも蚊に刺されたの?」
「え?」

菜穂の視線が理恵子の首筋に向かったので、鏡で確認すると、そこには小さな赤い痕。
虫刺されにも見えるが、理恵子にはそうではないことがわかっている。

「っ!?」

(草哉君!見える場所はやめてって言ったのに!)

「ほ、ほんとだ。…やだなぁ。気づかなかった。まぁ、蚊はどこにでもいるしね」
「だよね。お母さんも使う?痒み止め」
「あ、ありがとう」
「ぷっ」

本当の事を言うわけにいかずにいたたまれない気持ちになっていると、一連の会話を聞いていた草哉が笑ったのが聞こえたので、睨みつけてやる。

(っ、もう!誰のせいだと思ってるの!)

「お父さん、今、笑った?」
「笑ってないよ。…それより、菜穂。お土産を買いすぎじゃない?」
「ちゃんと予算内ですー。あ、見て見て!これ、ゆきくんに買ったの!くまのキーホルダー!可愛いでしょ?」
「可愛いけど、これ、どこでも買えるよね」
「ひど!でも、いいの!買いたい時に買うのが正解なの!」

(まぁ、いっか)

楽しそうに話す2人を見ていると、些細なことなんてどうでもよくなってくるから不思議だ。

だけどその後、凝りもせずに見える位置にキスマークをつけようとした夫に怒り、彼の好物のおかずの量を減らすという地味な仕返しをしたのは、また別の話。

しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜

来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。 望んでいたわけじゃない。 けれど、逃げられなかった。 生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。 親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。 無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。 それでも――彼だけは違った。 優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。 形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。 これは束縛? それとも、本当の愛? 穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

あなたがいなくなった後 〜シングルマザーになった途端、義弟から愛され始めました〜

瀬崎由美
恋愛
石橋優香は夫大輝との子供を出産したばかりの二十七歳の専業主婦。三歳歳上の大輝とは大学時代のサークルの先輩後輩で、卒業後に再会したのがキッカケで付き合い始めて結婚した。 まだ生後一か月の息子を手探りで育てて、寝不足の日々。朝、いつもと同じように仕事へと送り出した夫は職場での事故で帰らぬ人となる。乳児を抱えシングルマザーとなってしまった優香のことを支えてくれたのは、夫の弟である宏樹だった。二歳年上で公認会計士である宏樹は優香に変わって葬儀やその他を取り仕切ってくれ、事あるごとに家の様子を見にきて、二人のことを気に掛けてくれていた。 息子の為にと自立を考えた優香は、働きに出ることを考える。それを知った宏樹は自分の経営する会計事務所に勤めることを勧めてくれる。陽太が保育園に入れることができる月齢になって義弟のオフィスで働き始めてしばらく、宏樹の不在時に彼の元カノだと名乗る女性が訪れて来、宏樹へと復縁を迫ってくる。宏樹から断られて逆切れした元カノによって、彼が優香のことをずっと想い続けていたことを暴露されてしまう。 あっさりと認めた宏樹は、「今は兄貴の代役でもいい」そういって、優香の傍にいたいと願った。 夫とは真逆のタイプの宏樹だったが、優しく支えてくれるところは同じで…… 夫のことを想い続けるも、義弟のことも完全には拒絶することができない優香。

ハイスペックでヤバい同期

衣更月
恋愛
イケメン御曹司が子会社に入社してきた。

甘い束縛

はるきりょう
恋愛
今日こそは言う。そう心に決め、伊達優菜は拳を握りしめた。私には時間がないのだと。もう、気づけば、歳は27を数えるほどになっていた。人並みに結婚し、子どもを産みたい。それを思えば、「若い」なんて言葉はもうすぐ使えなくなる。このあたりが潮時だった。 ※小説家なろうサイト様にも載せています。

苦手な冷徹専務が義兄になったかと思ったら極あま顔で迫ってくるんですが、なんででしょう?~偽家族恋愛~

霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
「こちら、再婚相手の息子の仁さん」 母に紹介され、なにかの間違いだと思った。 だってそこにいたのは、私が敵視している専務だったから。 それだけでもかなりな不安案件なのに。 私の住んでいるマンションに下着泥が出た話題から、さらに。 「そうだ、仁のマンションに引っ越せばいい」 なーんて義父になる人が言い出して。 結局、反対できないまま専務と同居する羽目に。 前途多難な同居生活。 相変わらず専務はなに考えているかわからない。 ……かと思えば。 「兄妹ならするだろ、これくらい」 当たり前のように落とされる、額へのキス。 いったい、どうなってんのー!? 三ツ森涼夏  24歳 大手菓子メーカー『おろち製菓』営業戦略部勤務 背が低く、振り返ったら忘れられるくらい、特徴のない顔がコンプレックス。 小1の時に両親が離婚して以来、母親を支えてきた頑張り屋さん。 たまにその頑張りが空回りすることも? 恋愛、苦手というより、嫌い。 淋しい、をちゃんと言えずにきた人。 × 八雲仁 30歳 大手菓子メーカー『おろち製菓』専務 背が高く、眼鏡のイケメン。 ただし、いつも無表情。 集中すると周りが見えなくなる。 そのことで周囲には誤解を与えがちだが、弁明する気はない。 小さい頃に母親が他界し、それ以来、ひとりで淋しさを抱えてきた人。 ふたりはちゃんと義兄妹になれるのか、それとも……!? ***** 千里専務のその後→『絶対零度の、ハーフ御曹司の愛ブルーの瞳をゲーヲタの私に溶かせとか言っています?……』 ***** 表紙画像 湯弐様 pixiv ID3989101

【完結済】25億で極道に売られた女。姐になります!

satomi
恋愛
昼夜問わずに働く18才の主人公南ユキ。 働けども働けどもその収入は両親に搾取されるだけ…。睡眠時間だって2時間程度しかないのに、それでもまだ働き口を増やせと言う両親。 早朝のバイトで頭は朦朧としていたけれど、そんな時にうちにやってきたのは白虎商事CEOの白川大雄さん。ポーンっと25億で私を買っていった。 そんな大雄さん、白虎商事のCEOとは別に白虎組組長の顔を持っていて、私に『姐』になれとのこと。 大丈夫なのかなぁ?

『冷徹社長の秘書をしていたら、いつの間にか専属の妻に選ばれました』

鍛高譚
恋愛
秘書課に異動してきた相沢結衣は、 仕事一筋で冷徹と噂される社長・西園寺蓮の専属秘書を務めることになる。 厳しい指示、膨大な業務、容赦のない会議―― 最初はただ必死に食らいつくだけの日々だった。 だが、誰よりも真剣に仕事と向き合う蓮の姿に触れるうち、 結衣は秘書としての誇りを胸に、確かな成長を遂げていく。 そして、蓮もまた陰で彼女を支える姿勢と誠実な仕事ぶりに心を動かされ、 次第に結衣は“ただの秘書”ではなく、唯一無二の存在になっていく。 同期の嫉妬による妨害、ライバル会社の不正、社内の疑惑。 数々の試練が二人を襲うが―― 蓮は揺るがない意志で結衣を守り抜き、 結衣もまた社長としてではなく、一人の男性として蓮を信じ続けた。 そしてある夜、蓮がようやく口にした言葉は、 秘書と社長の関係を静かに越えていく。 「これからの人生も、そばで支えてほしい。」 それは、彼が初めて見せた弱さであり、 結衣だけに向けた真剣な想いだった。 秘書として。 一人の女性として。 結衣は蓮の差し伸べた未来を、涙と共に受け取る――。 仕事も恋も全力で駆け抜ける、 “冷徹社長×秘書”のじれ甘オフィスラブストーリー、ここに完結。

【完結】育てた後輩を送り出したらハイスペになって戻ってきました

藤浪保
恋愛
大手IT会社に勤める早苗は会社の歓迎会でかつての後輩の桜木と再会した。酔っ払った桜木を家に送った早苗は押し倒され、キスに翻弄されてそのまま関係を持ってしまう。 次の朝目覚めた早苗は前夜の記憶をなくし、関係を持った事しか覚えていなかった。

処理中です...