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番外編 二人の時間 ※
しおりを挟む「…あの、草哉君。ここって…」
「入ろうか。…ね?」
にっこりと微笑まれたまま手を引かれ、そのまま建物の中に連れ込まれた。
草哉と結婚して3年。
夏休みに入ったばかりの7月下旬の話。
小学5年生になった菜穂は、今日から2泊3日の林間学校で元気に出掛けて行った。
早朝に起きてお弁当を作って菜穂を見送った理恵子に、有給をとった草哉が提案したのは、『二人だけのデート』。
あれよあれよという間に、2歳の幸斗を草哉の実家に預けて、久しぶりに草哉とデートすることになったのはいいのだが…。
「あの。確か、お昼を食べるって言ってなかった?」
「うん、食べるよ。お腹空いたね。はい、メニューをどうぞ」
ニコニコと上機嫌でメニューを開く草哉とは対照的に困惑する理恵子。
それもそのはず。
理恵子たちが今いるのは、レストランでもフードコートでもなく、二人きりの広い部屋の中。
ガラステーブルとソファがあり、一見すると普通のリビングのようだが、普通じゃないのが部屋の隅にある大きなベッドとガラス張りの浴室。自動販売機のような機械の中には、いわゆる大人の玩具が揃っていて、ここがどういう場所かすぐにわかる。
(ここって、ラブホテルだよね?)
「何でラブホテル?」
「ここ、食事が美味しいって評判なんだ。一回来てみたかったんだけど子連れだと来られないから、今日はちょうどいいかなって思って」
「な、なるほど。…あ。ほんとに美味しそう」
食事の評判がいいというだけあって、メニューは豊富なだけではなく、カフェのようにお洒落なものが写真付きで載っている。
「ね?今日も朝からお弁当作りを頑張っていたからさ。お昼はラクしようよ。ほら。理恵子さんの好きなオムライスもあるよ」
優しい声で優しい言葉をかけられて、胸がキュンとした。
草哉が優しいのは出会った時からだが、子供が生まれても変わらず理恵子を大切に扱ってくれている。
育児に仕事に忙しい毎日だけど、パートナーのこういう細かな心遣いが、疲れた心に染みていく。
「ありがとう。草哉君」
「どういたしまして」
(ああ、もう大好き)
にっこりと微笑むその顔に、惚れ直した理恵子だったのだが…。
雲行きが怪しくなったのは、食事後のこと。
満腹になってソファでのんびりしていた理恵子に、草哉は一緒にお風呂に入ることを提案してきた。
ラブホテルまで来て食事だけなんてことはないだろうとは思っていたので、戸惑いながらも了承したのはいいのだが。
「洗ってあげる」と言いながら体のあらゆる場所を触られ、ぐったりとしながらお風呂をようやく出たと思ったら、今度は部屋の隅にあったコスプレ衣装を着るように要求してきたのだ。
しかも彼が選んだ服というのが…。
「…そ、草哉君。これはやっぱり無理があるんじゃないかな?」
「そんなことないよ。すっごく可愛い」
部屋に備え付けられた大きな鏡には、困惑した顔で立つ理恵子の姿が映っている。
その服装は、緑と紺のチェックスカート。白ブラウスの上に緑色のリボンをつけて、紺色のブレザーを羽織っている。ご丁寧に黒のハイソックスまで履いて、女子高生の制服姿の完成だ。
ちなみにこの靴下は、草哉が何故か自宅から持ってきた理恵子の私物だったりする。
(うう。まさかこの年になって制服を着るなんて思わなかった)
草哉は褒めてくれているが、理恵子から見ると鏡の中の自分は痛々しい。
「やっぱりこれ、脱いでも…」
「俺、ずっとね、理恵子さんが同じ学校だったらよかったのにって思ってたんだ。同じ演劇部の先輩後輩で、学年も1つくらいしか差がなくて、放課後にデートをしたりして…。そういうの、叶わないからせめて理恵子さんの可愛い制服姿が見たかったんだけど…駄目かな?」
「う」
そんなことを言われたら、脱ぐに脱げない。
「…写真を撮ったりしないなら…いいよ」
「ありがとう。…じゃあ折角だから、『先輩後輩ごっこ』しよっか?」
「へ?」
何かを企んでいる子供のように笑った草哉に、理恵子はぽかんと口を開けた。
***
「あっ!それだめっ!ああっ!」
「ほんとに乳首弱いですね。指でカリカリしているだけなのに…あ、またイッた。駄目ですよ、先輩。イクときはイクって言わないと」
「イクっ!イッてるから!指止めて!」
「んー、どうしよっかな」
楽しそうに言いながら一向に指を止める気配のない彼のせいでまた絶頂し、ぐったりとベッドに体を預ける。
先ほどから草哉は、理恵子の事を『先輩』と呼びながら身体中を愛撫している。
付き合いたての同じ部活の先輩後輩が、勉強会と称して彼氏の家に行ってえっちをする、という設定らしい。細かい。
「その恰好、めちゃめちゃエロいですね。興奮します」
はだけたブラウスから見えるピンク色のブラジャーはずり上がり、乳首が露出している。
少し短めのスカートからは白い太ももがのぞき、きっちりと履いた黒のハイソックスがどこか情欲的だ。
「ブラウスとブラジャー、脱がしますね。…あ、リボンとスカートと靴下はそのままでいいですよ、可愛いので。…ああ、こっちも取っちゃいましょうか?」
「…あ……んぅっ」
止める暇もなく、スカートの中のピンク色のショーツが足からするりと抜けていく。
そのまま、ぬかるみを確かめるように指で触れる。
「ぐちゃぐちゃですね」
「っ」
耳元で囁かれて顔が赤くなる。
結婚して3年経つというのに、理恵子は草哉の声や顔に未だにドキドキしてしまう。
「ちょっと待ってて」と言って彼がベッドから降りて避妊具を取りに行くのをぼんやりと見つめる。
服を脱いで再びベッドに上がってきた彼が、ちゅっと理恵子の頬にキスをして囁いた。
「好きですよ、先輩」
(…あれ?なんか…)
その言葉に違和感を覚える。
『先輩後輩ごっこ』は背徳的でドキドキするけれど、やっぱり何かが違う。
「名前…」
「え?」
「先輩じゃ嫌だ。いつもみたいに名前を呼んで、草哉君」
「っ」
目に涙を溜めて見上げると、彼は一瞬驚いたように固まった後、理恵子を安心させるように微笑んで、目尻にキスを落とす。
「…ごめんね。楽しかったけど、やっぱり名前がいいですよね。大好きですよ。理恵子さん」
「んっ」
名前で呼ばれた事と優しいキスで、力が抜けていく。
そのあまりの気持ちよさに目を瞑った瞬間、彼の手が太ももに触れて、そのままぬかるんだ中心に熱いものが割って入ってきた。
「んあっ!!」
「はぁ、理恵子さんのナカ、さいっこう…」
低く呟かれた色気のある声に、ぎゅっと胸が締め付けられる。
好きな人が自分の体で気持ちよくなってくれるって、なんて嬉しいんだろう。
「草哉君、好き♡大好き♡」
甘えるように体を密着させながら彼の耳元で囁くと、彼は困ったように笑った。
「こら。すぐに出ちゃうからそういう可愛いことをするのは駄目って言ったでしょ?困った奥さんですね」
「んっ…だってぇ…あっ!待って!」
予告なく腰をぐんっと動かされたかと思ったら、彼が中に挿入っている陰茎の抽送を速めた。
突然の激しい快楽に、必死に彼にしがみつきながら声をあげる。
「あっ…あっ…はげしっ…だめっ…イクっ…」
「…くっ…俺もイクっ…」
耐え切れずに理恵子の身体が絶頂した時、子宮が収縮した刺激につられて、ゴム越しに彼の精液が吐き出されたのがわかった。
汗だくのまま、くたっと草哉の胸に倒れこむ。
「愛してますよ♡理恵子さん」
「ん…私もだいすき♡」
そのまま優しく頭を撫でられながら、理恵子は幸せな気持ちで目を閉じた。
***
「それでね!キャンプファイヤーは楽しかったんだけど、山登りは本当にきつかったの!虫に刺されまくるし。持っていった虫よけスプレーは全然効かなかったよ!」
翌々日、林間学校から帰ってきた菜穂が、いつもよりもテンション高く饒舌に話す。
「…あれ?お母さんも蚊に刺されたの?」
「え?」
菜穂の視線が理恵子の首筋に向かったので、鏡で確認すると、そこには小さな赤い痕。
虫刺されにも見えるが、理恵子にはそうではないことがわかっている。
「っ!?」
(草哉君!見える場所はやめてって言ったのに!)
「ほ、ほんとだ。…やだなぁ。気づかなかった。まぁ、蚊はどこにでもいるしね」
「だよね。お母さんも使う?痒み止め」
「あ、ありがとう」
「ぷっ」
本当の事を言うわけにいかずにいたたまれない気持ちになっていると、一連の会話を聞いていた草哉が笑ったのが聞こえたので、睨みつけてやる。
(っ、もう!誰のせいだと思ってるの!)
「お父さん、今、笑った?」
「笑ってないよ。…それより、菜穂。お土産を買いすぎじゃない?」
「ちゃんと予算内ですー。あ、見て見て!これ、ゆきくんに買ったの!くまのキーホルダー!可愛いでしょ?」
「可愛いけど、これ、どこでも買えるよね」
「ひど!でも、いいの!買いたい時に買うのが正解なの!」
(まぁ、いっか)
楽しそうに話す2人を見ていると、些細なことなんてどうでもよくなってくるから不思議だ。
だけどその後、凝りもせずに見える位置にキスマークをつけようとした夫に怒り、彼の好物のおかずの量を減らすという地味な仕返しをしたのは、また別の話。
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