樹上の未来録(樹上都市 ~スーパー・プラントの冒険~改題)

Toshiaki・U

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17 未来へのコンペ(前)

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 短い休憩の間に、ステージの左端に折りたたみ椅子が一つ加えられた。ここに〝特別招待研究員〟が腰掛けるという。講堂内の座席から見て、演台の左側に三人、右側に司会のナオミを含め三人が座る形になる。ステージ奥の壁際の天井からプロジェクターの画像を投影するためのスクリーンが降ろされた。機械のことは日本人が得意だろう、ということで、遥樹が海外プロジェクトの発表者たちのためにプロジェクターを操作することになっている。遥樹は、僕は機械音痴なので、と断ったのだが、ナオミの口説き落としに押し切られたのだった。
 休憩の始まりに、ステージから降りた篠原老人はマイケル青年に指示を出し、自分が語り始める直前に講堂の後ろから抜け出していった人物がこの研究管理棟、生物学ステーションの中にとどまって何かしていないか確かめるよう、追跡を命じた。マイケル青年も自分なりに気になっていたようで、服装や人相を篠原老人に確認し、同一人物だとわかるや、「イエッサー!」と力強く答え、講堂から足早に出ていった。
 ナオミが左手首の内側の小さな腕時計を見ながら、演台に戻った。マイクのスイッチを入れる。金属的な反響音が生じた。
 「ハイ、休憩は終了よ。時間が押してるから、海外プロジェクトの発表者は、急いでステージに戻って。特別招待研究員のかたも、ステージの左端の席にどうぞ」
 水源林地区のジュリー・ミード、保存地区のアーサ・シクウォイアがステージ上の右側に、都市林施業地区のヘルダー・ヴィリャロボス、復原地区のジョージ・ホフマンがステージの左側に次々と進む。プロジェクターの手前に座っている遥樹は、最後に続いて登壇する淡い水色のワイシャツに黒のスーツで身を包んだ女性の姿を見て、自分の目を疑った。
 「フォウ・イエレミアさん? まさか」
 ナオミが司会を再開する。
 「それでは、海外プロジェクト・コンペティションに移ります。先ほどの近況報告が基礎研究だとしたら、これからは現実の社会に活かすための応用科学ということになります。
 初めに、各地区からプロジェクターでスライドやムービーによる説明を五分ずつ行ってもらいます。必要最低限の質疑のあと、みんなの手元にある採点用紙に、プロジェクトの目的、内容の実現性、費用対効果の三項目について五段階評価を記入してもらい、この会の終わりに講堂から退出する際に投票箱に入れてもらいます。
 さっきも言いましたが、得点の多い順に研究資金が比例配分されます。記名投票ですから、自分の地区にだけ五点ばかり付けて、他の地区を零点ばかりにするような身贔屓(みびいき)な票は無効とします。地区ごとに参加者数にばらつきがありますが、人数の差を補正して四分の一、いけない、特別招待枠があるから五分の一ね、五分の一ずつに人数の比率を揃えますので、派手に参加に動員をかけた地区があったとしても、有利になるということは、断じて、あり得ませんからねっ」
 ナオミが都市林施業地区のメンバーが固まって座っている辺りに顔を向けると、「ワーオッ」だの、「オプスッ」だのという反応が起き、続いて軽いブーイングが起きる。都市林施業地区では、研究メンバーたちに今日のコンペにできるだけ参加するよう、声を掛け合って動員をかけていたのだ。
 ナオミがあらためて演台の右側に座る水源林地区のジュリー、その手前の原生保存林地区のアーサ、演台左側の手前の復原地区のジョージ、奥の都市林施業地区のヘルダーを紹介すると、それぞれ各地区の研究メンバーからひときわ高い拍手が起き、指笛や歓声なども交じる。
 ステージ左隅の発表者の順番になる。ナオミが「こちらへ」と演台に呼び出すと、その女性が軽く会釈したあと、弾かれたように立ち上がって、長い黒髪を背中になびかせながら、演台の脇に進んで来る。ナオミがにっこりとした表情で迎え、正面に向き直って説明する。
 「皆さん、PPLCがコスタリカ西岸にあるニコヤ湾のチラ島にブランチ(支所)を設置したことは、連絡を受けているわね。ブランチ・リーダーは形式的に私が務めていますが、実際にツヴァル諸島からのメンバー四人を束ねているのは、こちらの研究員、出身はツヴァルで国籍はカナダのフォウ・イエレミアさんです。じゃあ、自己紹介ね」
 フォウがしっかりとした足取りで演台のマイクの前に立つ。アーサやラウラより少し小柄に見える。顔の右側の髪が気になったのか、右手の甲で首の後ろに流した。
 「ツヴァル諸島のフナフティ出身のフォウ・イエレミアです。幼少時に高潮で両親を亡くし、カナダ人の養父母に育てられました。高校時代から地球温暖化を抑制することを目指した環境保護運動のリーダーを務めています。高校時代に日本語を学び、交換留学で日本の大学に通い、地球環境学を専攻しました。研究分野は、高機能植物プランクトンによる二酸化炭素吸収による地球温暖化抑制とプランクトン由来食物による飢餓の回避です。それと、これは植物ではないのですが、最近とくにサンゴ・有孔虫(ゆうこうちゅう)の成長促進技術を少しばかり。皆さん、よろしくお願いします」
 フォウは、日本の大学生時代に癖になったのか、まさしく日本式のお辞儀をした。かつてのグリセリアの姿と重なったのか、篠原老人が小さく、ああ、という声を漏らしたが、聞き止めた者は少なかったろう。フォウは上半身を起こすと、また長い黒髪が顔の脇で邪魔になったようで、今度は両手の甲で左右の髪をはねて背中に流した。
 フォウの仕草を見て、「若いわね」とナオミが声をかける。
 「はい、今そこのプロジェクターのところにスタンバイしている『心が優しそうなライバルさん』より少し年下の二四歳です」と言って、ほほ笑んだ。ナオミがフォウと遥樹を交互に見ながら、「二人は知り合いなの?」と尋ねる。
 「日本の役所『マッフ(MAFF)』、ミニストリー・オブ・アグリカルチャー・フォレストリー・アンド・フィッシャリー(Ministry of Agriculture, Forestry and Fisheries  農水省)のコンペで、彼と一緒でした」
 講堂内に、冷やかしのような「ヒュー」という歓声がいくつか上がる。遥樹があわてて、「面接で一度、会っただけですから」と言い換える。ラウラは、座席の簡易テーブルに両肘を突いて両手で顔を挟んで支えながら、膨れっ面だ。
 ナオミが、続ける。
 「私が所長から聞いているのは、ハルキの指導教官のプロフェッサー・タカダ(鷹田教授)の推薦を受けて、シノハラ名誉所長とクサノ所長が判断してチラ島ブランチに招くことを決定した、ということです。PPLCは、これまで陸上の植物しか研究対象にしてこなかったけど、これからは水生植物、海藻や海草、植物性プランクトンも対象に加えるべき、と判断されたということです。じゃあ、フォウ、席に着いていいわよ」
 フォウは、うなずくと、足早に左端の折りたたみ椅子に戻った。
 ナオミが進行する。
 「はい、では、プロジェクター映像による五分ずつのプロモーションに移ります。司会の権限で、今度は私の復原地区から左回りにプレゼンすることにしましょう。最後にチラ島ブランチ。いいですね。そのあと、質疑、そして決戦投票よ。じゃ、気合いを入れましょう。みんなの良い思い出になるようにね」
 講堂内が、怒涛(どとう)のような喚声に包まれた。「今年こそはファースト・プライズ(優勝)だ!」「フライング・プレジデントのプロジェクトに負けないぞ!」「勝利の女神よ、われわれにほほ笑みたまえ」など、次々と気勢が上がる。やや大袈裟(おおげさ)と受け取れるような掛け声が続き、遥樹は気恥ずかしい思いと同時に、気が引き締まる感じがした。
 ナオミがステージ右隅の折りたたみ椅子に移動する。数人のスタッフによって演台がスクリーンの左脇に移された。スタッフの一人が、発表者の一人ひとりにハンドマイクを手渡していく。トップ・バッターを務める復原地区サブ・リーダーのジョージが遥樹に合図を送る。
 復原地区の海外プロジェクト紹介ムービーは、ペルーのインカ文明の象徴、マチュピチュ遺跡をアップで空撮するオープニングから始まった。BGMには、遥樹が選んだシンセサイザー奏者のヒーリング・ミュージックが当てられている。講堂内に、神秘的な光景に動かされて漏れるため息とともに、「家系の役得だ」「予算の無駄遣い」とやっかむ声も誘った。
 映像は、カタウアシ村のアンデネス(段々畑)をさまざまな方向から撮影した風景に移行していく。ジョージがハンドマイクを通じ、アンデネスの年間長期にわたって作物を収穫できる永続性の理由が、高低差を利用した蒸気や水の循環にあると指摘しながら、これを砂漠の緑化に応用するプロジェクトを立ち上げる必要性を訴えた。
 「砂丘の移動速度の遅い地域を選定し、スーパー・プラント化した雑草を砂丘の斜面に定着させ、次いでアンデネス状に高低差を着けたテラスを造成し、作物を植えていきます。砂丘の下に地下水が流れる地域が理想的で、これを汲み上げ、テラスに灌漑を引きます。それだけでなく、砂丘の山が動かないようにするため、スーパー・プラント化した樹木を砂丘の風上に防砂林として植え付け、ここにも汲み上げた地下水が届くようにします。水源滋養林を育てることが二次的な目的です。これを幾重にも、そして何列も設置していくことで、やがては砂漠を林とアンデネスで織りなす縞模様の地帯に転換できると考えます。地球の地表は三分の一が砂漠だと言われており、砂漠緑化に有効な手立てを確立できれば、生物の生存圏が大きく広がることになります」と力強く語った。
 映像は、ペルーのアンデネスと砂丘の丘とを左右から中央で重ね合わせるアニメーションで終わった。
 続く都市林施業地区のプロジェクター映像は、「ツァラトゥストラはかく語りき」の重厚な音楽とともに、かの有名な映画「二〇〇一年宇宙の旅」の一シーン、人類の祖先たるサルが、同類のサルを撲殺(ぼくさつ)するのに使った骨を空中に高く放り上げる場面から始まった。実際の本編では、画面上方に外れた骨が宇宙船になって画面内に滑り落ちてくるのだが、ここからは違った。画面の右上から左下に、画面を分かつように真っ白な直線が走る。白い直線の先には、アポロ計画で有名になった、あの地球全景の写真映像が映り込んでいる。その地球に向かって、白線伝いに白亜の宇宙列車が走っていく。講堂内のそこここから、「宇宙エレベーターだ」「PPLCに関係あるの?」といった声が起きる。都市林施業地区のリーダー、ヘルダー・ヴィリャロボスがハンドマイクで得意げに説明する。
 「皆さんもご存知の通り、植物の細胞壁には微細な繊維、『セルロース微繊維』が存在します。これを取り出し、化学的に処理した繊維はとても強靭(きょうじん)なことで知られています。この繊維を従来の加工方法ではなく、植物生体内の維管束(いかんそく)に凝集(ぎょうしゅう)させ、セルロース・ナノ・ファイバー・チューブの束として取り出します。これは、ちょっとやそっとの長さでは、ありません。メタセコイアの生体内で、これを合成します。メタセコイアの樹高、すなわち一〇〇メートル長のセルロース・ナノ・ファイバー・チューブの束を大量に生産し、それを編み上げることによって宇宙エレベーターの空中機動線路に生まれ変わらせるのです」
 プロジェクターの映像は、何十本ものメタセコイアの写真が無数の繊維の束のイメージ図に切り替わり、これが縦に連らなって月まで届くというアニメーションに切り替わった。
 「皆さん、『耕して天に至る』と言いますが、『耕して宇宙に至る』を実現しませんか。植物がわれわれを宇宙にまで押し上げてくれるのです」とヘルダーは、プレゼンを締めくくった。
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