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17 未来へのコンペ(後)
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プロジェクターの映像は、原生保存林地区のプロモーションに移る。難民キャンプと思われるテントの連なりの片隅に、青い四駆のパジェロが乗り付けるシーンから入った。停車したテントは、やや大型で、パジェロから降り立ったメンバーが中に入ると、何段もの引き出しを備えたロッカーが何列も並んでいる。一郭にカウンターがしつらえられていて、パジェロから降り立ったメンバーから受付スタッフがビニール袋を受け取ると、背後に仕切られた無菌室に続く開閉棚に置き、扉を閉じた。
原生保存林地区の地区リーダー、アーサがハンドマイクを通じてアナウンスを始める。
「難民キャンプに逃れてきた農民たちから、土着の作物、伝統的な果実の生息地を教えてもらい、PPLCメンバーが国連の支援や政府軍・武装勢力の許可を得て、出かけて行って、そうした作物や果実の種子を採取し、特設テント内の無菌室で滅菌し、保管します。この種子クリーニングには、戦災による身体障碍(しょうがい)者たちも採用し、職業を提供したいと思います。
難民たちの健康が回復し、地域の紛争も沈静化したのちに、帰農する農民たちや職を失った住民たちに、野菜や果物の種子を配布し、故郷の土地や移転先の土地で、自給自足的に栽培してもらいます。もともと土着の、伝統的な作物や野菜を復活するので、本来の植生を復原することが可能だと考えます。紛争の原因になりやすい貧困問題も、作物の代替生息地づくりによって予防できると考えます。
このテント型シード・バンク(種子銀行)は、危急の事態が過ぎたら、村落に寄付します。農民参加型のコミュニティ・シード・バンクとして地域適応品種の復活に取り組むことになります」
映像は、難民たちが何種類もの作物の種子が分けて入れられた袋を頭陀(ずだ)袋(ぶくろ)に入れて、晴れやかな表情を浮かべて担いで帰郷していく光景に切り替わった。どうやら、アフリカ大陸のどこかの国らしい。原生保存林地区お得意の「シード・バンク」の機能を難民救済に活用しようという意欲的な試みだ。
そして水源林地区。遥樹は、多分、水源林地区だから他国の秘境のような山奥の原生林の中で、開発による汚染の危機に瀕した水源地をナショナル・トラストのような土地の買い上げによって保全する、というプロジェクトを想像したが、またも予想が裏切られた。
プロジェクターは、ジャングルの上を低空で何条もの白い霧状の煙を左右の翼から後方に引きながら飛行している大型の軍事輸送機の編隊と、そしてジャングルが消失した後日の地上の光景とを映し出した。枯葉剤に含まれる猛毒の不純物ダイオキシンに起因すると思われる先天的奇形児や疾病に苦しむ患者たちの近況が映し出される。水源林地区リーダーのジュリーが語り始める。
「私の母国アメリカは、ベトナムの熱帯雨林を戦時中の枯葉作戦で破壊し、農地のための貴重な水源である河川や池も汚染しました。戦闘が終結し、四〇年以上が経過しましたが、いまだに森林の消失、奇形児の誕生など、生物学的な被害が収まっていません。ダイオキシンのホットスポットは、国内に二八カ所もあると言われています。そこでPPLCの持てる叡智(えいち)を結集し、スーパー・プラントによる土壌のダイオキシン除染、河川の水質浄化の実施を訴えたいと思います。水源林地区には皆さんのような際立った生命工学の知見はありませんが、この浄化プロジェクトに向けて、水源林地区にどうか現地と皆さんとのコーディネート役を務めさせてください!」
コンペとあって、これまで喝采などは皆無だったが、ジュリーの身につまされる訴えに、他の地区からも拍手の音が起きる。
映像は、またも切り替わる。何本かの椰子の木をシルエットに、大きな真紅の夕陽がまさに沈み行こうとする光景だ。息を呑むような輝きに、講堂内のそこここから溜め息が漏れる。完全に太陽が水平線に没すると、画面が真っ暗になった。と、いきなり横殴りの風雨に人家や椰子の木があおられている映像に切り替わった。講堂内に低く悲鳴のような声が流れる。尋常な暴風雨ではない。人家の床上まで海水らしき波が、あっと言う間に押し寄せた。それだけではない。人家の近くの地面から水柱が垂直に噴出する。チラ島のPPLCブランチを代表してフォウ・イエレミアがハンドマイクで解説する。
「これは、暴風雨と私たちが『キング・タイド』と呼ぶ大規模な高潮がまさに重なろうとしている間際のツヴァル諸島、フォンガファレ島のある一郭の様子です。私は異常気象、とくに地球温暖化が大きな原因だと信じています。ツヴァル諸島だけでなく、太平洋上には地球温暖化による海面の上昇により、近い将来に水没を免れないと予測されている島々がいくつも存在します。
スーパー・プラント化した植物性プランクトンを生きたままブロック化し、植物プランクトンが海に流れ出ないように逆浸透膜の丈夫な膜で覆った消波ブロックを、沈みゆく島々の周囲、いえ、世界中の海に設置しましょう。可能であれば、復原地区のスーパー・プラント化技術により、島々の地盤を固めて地盤沈下も防ぎ、防潮や波砕の効果も期待できるスーパー・マングローブも植えたいと思っています。
幸か不幸か、日本の南端、オキノトリ島でその効果は実証されています。チラ島でも実証試験した上で、フォンガファレ島の一郭で実地試験をしたいと考えていますが、事態は切迫しています。どうか、ツナミのような高潮に沈みゆこうとする南太平洋の島国に力を貸してください」
画像は、まさしく津波に襲われた後のような、ぐしゃぐしゃに破壊された人家と、散らばった生活用品の間に、倒れた椰子の木が何本も転がった地面の様子に切り替わった。倒壊した自宅の前で、放心したような面持ちを浮かべてたたずむ中年夫婦の姿が映し出された。講堂内に、どよめきが沸き起こった。
あまりの光景に遥樹がプロジェクターの電源を切る操作を忘れていると、スクリーンが数分間、真っ白な状態になってしまった。照明係が講堂内の照明を点灯したので、あわててプロジェクターの電源を切った。
遥樹が気付くと、ステージ上からフォウ・イエレミアが自分のほうを見ている。プロジェクターの電源操作ミスを見とがめたものか、それともスーパー・プラント化したマングローブの威力への期待からなのか、わからない。
ナオミがハンドマイクを口元に寄せる。
「それぞれ地区ごとの海外で取り組みたいプロジェクトの目的と概要は、伝えられたわね。発表中に資料も配られたと思いますので、そちらもご参照を。海外プロジェクトの実現性の鍵は、現地との協力関係だと思いますので、現地のパートナーが決まっているかどうか、各地区から回答してもらいましょう。じゃあ、復原地区、都市林施業地区、原生保存林地区、水源林地区、チラ島ブランチの順番に」
「中国の黄土高原・楡林(ユーリン)市で長年にわたって砂漠緑化プロジェクトを進めているベテランの農業普及員の秋樹人さんです」 はっきりと大きな声でジョージ。次に、ややもったいぶった口調でヘルダーが答える。
「ええと、いいですか。よく聞いてください。パートナーは、ナショナル・エアロノーティクス・アンド・スペース・アドミニストゥレイション(National Aeronautics and Space Administration アメリカ航空宇宙局)、NASAです」
講堂内がどよめきで満ちる。「本当かよ!」「PPLCの予算を使うな、NASAから資金をもらえ!」といった野次が飛ぶ。「皆さん、静粛に」とナオミが注意する。
続いて、アーサが答える。
「FAO(世界食糧農業機関)の造林専門家セルワレプティ・マケバ氏と企画を詰めているところです。彼は、ケープタウン大学自然科学部出身の国連職員です」
さらに、ジュリーが続く。
「ベトナムでここ一〇年ほど身体障碍者の自立や農業振興で支援に取り組んでいる日本の市民団体『ベトナムの大地に未来の森を』です。小さなグループですが、地道に広域に調査を実施し、地元から信頼されています」
最後に、フォウが答える番だ。
「申し訳ありません。誠に身勝手なようですが、私が主宰(しゅさい)する『ツヴァル・カナダ環境保護友好基金』に資金協力をお願いします。スタッフも活動も、一〇年以上の実績を積んでいますので」
四人の答えを受け、ナオミが進行していく。
「はい、どの地区も現地パートナーが決まっているようね。費用対効果については、手元の資料に各地区の一覧があるわね」
参加メンバーが手元の資料を盛んにめくって、めいめいに確かめている。
ナオミが整理に入る。
「客観的にみて、私の地区の砂漠緑化は土木工事や整地・灌漑に大きな費用がかかるけど、農地に転換して農作物の販売を通じて費用を回収する計画よ。都市林施業地区の宇宙エレベーター空中線路用セルロース・ナノ・ファイバー事業は、NASAが繊維を定期購入するようになれば安泰だけど、どちらかというと〝未来への投資〟ね。アーサの案は、現地での種子採取とその保管と対面配布なので、簡易な保管管理施設がありさえすればいいので実現性が高そうだけど、種子の収集中に戦闘に巻き込まれるリスクを防ぐ十分な配慮が必要ね。でも、ここ平和国家コスタリカにふさわしい案だとも言えるわね。ベトナムでのダイオキシン除染は、規模や期間が未知数だけど、適合するスーパー・プラントはPPLCが開発した既存の樹種でも対応できる可能性があるわ。うちのジョージのスーパー・プラント・カンファーを使ったカーボン・ナノ・チューブの散布も、除染に有効かもしれません。そしてフォウの植物性プランクトン消波ブロック、スーパー・プラント・マングローブ植林は、実現性が半分は証明できているということね」
ひと息置いて、ナオミが両ひざに手を突いて、椅子から立ち上がって続ける。
「皆さん、シノハラ名誉所長とクサノ所長がPPLCを開設されたときの理想や祈念に想いを馳(は)せて、現在だけでなく、未来の世代にも心を配って、スコアを付けて投票してください。ええと、これで本日の近況報告会と海外プロジェクト・コンペティションを終わりますが、最後にどうしても質問という人はいるかしら」
講堂の最後方のオブザーバー席から、ゆっくりと手が挙がった。よく日焼けした、地元の農家らしい高齢の男性だ。脇から夫人らしき高齢な女性が何やら促している。女性スタッフがスロープを駆け上がって、高齢の男性にハンドマイクを手渡す。スイッチ操作を間誤付(まごつ)きながら、高齢の男性が話し出す。
「地元でコーヒー豆を生産している農家です。おふた方ともハポン(日本)名なので、お名前を失念しまして申し訳ないですが、名誉所長さんと所長さんのご信条をお聞きしたところ、人々のための科学が重要というお考えなのならば、今度の祭日の一般観覧日に、来場者にも投票をさせてみてはいかがでしょうかな。うちの婆さんも、この通り投票に乗り気になっておりましてな」
「私は絶対、あの子に票を入れるよ。あなたも、そうしなさいな」と落ち着かない高齢のご夫人の様子に、参加メンバーから笑いのさざめきが起きる。ナオミが受け取る。
「皆さん、今のご紳士のご提案について、いかがでしょうか」
講堂内いっぱいに拍手が満ちあふれた。ナオミがステージにたたずんで、満足そうにほほ笑んでいる。
「じゃあ、今度の祝祭日、『クリストバール・コロンによるアメリカ大陸発見の日』に予定されてます一般開放日に来場していただける見学者たちからも投票を受け付けることにしましょう。事務関係のスタッフのかたがたは、今日の投票を受け付けたあと、簡単に打ち合わせね。
それでは、解散。参加メンバーの皆さんは、投票用紙の提出を忘れないように。今日は、皆さん、長い時間、会のスムーズな進行への協力を、ありがとう」
一斉に大きな拍手が起きる。続いて椅子がガタガタ動く音とともに、声を挙げながら伸びをする者、同じ地区の研究メンバーと談笑を始める者、ハイタッチをし合う者、「腹、減ったー」と大声で独り言を口に出す者などの姿が見え、講堂内に緊張が緩んだ雰囲気が流れる。講堂の左右と後方の出入り口に投票箱を両手で抱えたスタッフが一人ずつ立っていて、出ていく参加メンバーから投票用紙を入れてもらっている。
遥樹がプロジェクターにかじり付いて片付けに手間取っているさなか、ふと見上げると、ラウラがバインダー・ノートを胸に抱くようにして持って、脇に立っているのに気付いた。
「手伝おうかしら?」
「あっ、いいよ、大丈夫」
少し間を置いて、ラウラが「私、ハルキに謝らなくちゃね」と言う。
「何? あ、さっきのこと? そうだな、さっきのことは、さっき聞いての通り、篠原名誉所長との話で踏ん切りが付いた。だから何でもないよ。それより、今度の祝祭日に、提案してくれたモンテベルデ散策のほう、案内をよろしく」
ラウラが元気にうなずく。そこへ、ステージのほうからまっすぐに歩み寄って来る姿があった。チラ島ブランチの特別招待研究員フォウ・イエレミアだ。癖なのか、右手の甲で顔の右の長い黒髪を背中に払う。日本語で話しかけてくる。
「お久しぶりです、『心が優しそうなライバルさん』。まだ今日のコンペの結果、資金のこと、決まってません。けれど、海外プロジェクトが始まったら、あなたの力を借りたいです。どうか、協力をお願いします」と言って、右手を差し出してくる。遥樹も、日本語で答える。
「元気そうで何よりです。僕の国の農水省の選考では、悪いことをしました。僕はうまく助成案件に採択されたのに、結果的に訳のわからないことに巻き込まれちゃって…。こんな僕でも、できることがあれば、何でも」と言って、遥樹はフォウと短く握手した。
ラウラは、日本語を聞き取れないが、先ほどの海外プロジェクト発表の流れから、会話の内容が想像できた。遥樹が人から頼られるのは、誇らしい気持ちがしたが、遥樹をどこかに連れていかれそうで、少し不安になる。バインダー・ノートを抱える両手に思わず力がこもる。
ちょうど、その時だ。講堂の前方、ステージの右側の出入り口に、小太りで季節外れの防寒ジャンパーを着た大柄な中高年の白人男性が大きな登山リュックを背負い、両肩にぱんぱんに詰まったボストンバッグを担ぎ、左手には重そうな車輪付きキャリーバッグをドタドタと引きずりながら、息を切らして現れた。
「ああ、間に合わなかったか!」と素(す)っ頓狂(とんきょう)な声を上げる。講堂内に残った参加メンバーが一斉に講堂の前方右側を見やる。
「副所長!」と声を上げたのは、ナオミだ。
「やあ、マックス・ブリッジマンくん、随分と遅かったね」と草野所長も声をかけて、近づいていく。篠原老人も、「地球の円周の四分の一を渡って飛んできたんだ。時間もかかるじゃろうて。ご苦労じゃった」と車椅子の上から労をねぎらう。
マックス・ブリッジマンは、アラスカ大学国際北極圏研究センター(IARC)の上級研究員だが、植物可能性研究センター(PPLC)の副所長を非常勤で兼務している。顧問としての助言や、対外的なロビーイングが主な役割だ。
ナオミが、演台に載っていた水差しから水を注いだコップを捧げて運び、ブリッジマン副所長に差し出す。これを受け取って、副所長が一気に飲み干す。
「やあ、生き返った。ありがとう。ですが、諸君。こんなことをしている場合では、ないですぞ。極北の状況が、大変なことになってますぞ!」
これを聞いて、草野所長、車椅子の上の篠原老人、そして上席研究員のナオミは、互いに顔を見合わせた。
原生保存林地区の地区リーダー、アーサがハンドマイクを通じてアナウンスを始める。
「難民キャンプに逃れてきた農民たちから、土着の作物、伝統的な果実の生息地を教えてもらい、PPLCメンバーが国連の支援や政府軍・武装勢力の許可を得て、出かけて行って、そうした作物や果実の種子を採取し、特設テント内の無菌室で滅菌し、保管します。この種子クリーニングには、戦災による身体障碍(しょうがい)者たちも採用し、職業を提供したいと思います。
難民たちの健康が回復し、地域の紛争も沈静化したのちに、帰農する農民たちや職を失った住民たちに、野菜や果物の種子を配布し、故郷の土地や移転先の土地で、自給自足的に栽培してもらいます。もともと土着の、伝統的な作物や野菜を復活するので、本来の植生を復原することが可能だと考えます。紛争の原因になりやすい貧困問題も、作物の代替生息地づくりによって予防できると考えます。
このテント型シード・バンク(種子銀行)は、危急の事態が過ぎたら、村落に寄付します。農民参加型のコミュニティ・シード・バンクとして地域適応品種の復活に取り組むことになります」
映像は、難民たちが何種類もの作物の種子が分けて入れられた袋を頭陀(ずだ)袋(ぶくろ)に入れて、晴れやかな表情を浮かべて担いで帰郷していく光景に切り替わった。どうやら、アフリカ大陸のどこかの国らしい。原生保存林地区お得意の「シード・バンク」の機能を難民救済に活用しようという意欲的な試みだ。
そして水源林地区。遥樹は、多分、水源林地区だから他国の秘境のような山奥の原生林の中で、開発による汚染の危機に瀕した水源地をナショナル・トラストのような土地の買い上げによって保全する、というプロジェクトを想像したが、またも予想が裏切られた。
プロジェクターは、ジャングルの上を低空で何条もの白い霧状の煙を左右の翼から後方に引きながら飛行している大型の軍事輸送機の編隊と、そしてジャングルが消失した後日の地上の光景とを映し出した。枯葉剤に含まれる猛毒の不純物ダイオキシンに起因すると思われる先天的奇形児や疾病に苦しむ患者たちの近況が映し出される。水源林地区リーダーのジュリーが語り始める。
「私の母国アメリカは、ベトナムの熱帯雨林を戦時中の枯葉作戦で破壊し、農地のための貴重な水源である河川や池も汚染しました。戦闘が終結し、四〇年以上が経過しましたが、いまだに森林の消失、奇形児の誕生など、生物学的な被害が収まっていません。ダイオキシンのホットスポットは、国内に二八カ所もあると言われています。そこでPPLCの持てる叡智(えいち)を結集し、スーパー・プラントによる土壌のダイオキシン除染、河川の水質浄化の実施を訴えたいと思います。水源林地区には皆さんのような際立った生命工学の知見はありませんが、この浄化プロジェクトに向けて、水源林地区にどうか現地と皆さんとのコーディネート役を務めさせてください!」
コンペとあって、これまで喝采などは皆無だったが、ジュリーの身につまされる訴えに、他の地区からも拍手の音が起きる。
映像は、またも切り替わる。何本かの椰子の木をシルエットに、大きな真紅の夕陽がまさに沈み行こうとする光景だ。息を呑むような輝きに、講堂内のそこここから溜め息が漏れる。完全に太陽が水平線に没すると、画面が真っ暗になった。と、いきなり横殴りの風雨に人家や椰子の木があおられている映像に切り替わった。講堂内に低く悲鳴のような声が流れる。尋常な暴風雨ではない。人家の床上まで海水らしき波が、あっと言う間に押し寄せた。それだけではない。人家の近くの地面から水柱が垂直に噴出する。チラ島のPPLCブランチを代表してフォウ・イエレミアがハンドマイクで解説する。
「これは、暴風雨と私たちが『キング・タイド』と呼ぶ大規模な高潮がまさに重なろうとしている間際のツヴァル諸島、フォンガファレ島のある一郭の様子です。私は異常気象、とくに地球温暖化が大きな原因だと信じています。ツヴァル諸島だけでなく、太平洋上には地球温暖化による海面の上昇により、近い将来に水没を免れないと予測されている島々がいくつも存在します。
スーパー・プラント化した植物性プランクトンを生きたままブロック化し、植物プランクトンが海に流れ出ないように逆浸透膜の丈夫な膜で覆った消波ブロックを、沈みゆく島々の周囲、いえ、世界中の海に設置しましょう。可能であれば、復原地区のスーパー・プラント化技術により、島々の地盤を固めて地盤沈下も防ぎ、防潮や波砕の効果も期待できるスーパー・マングローブも植えたいと思っています。
幸か不幸か、日本の南端、オキノトリ島でその効果は実証されています。チラ島でも実証試験した上で、フォンガファレ島の一郭で実地試験をしたいと考えていますが、事態は切迫しています。どうか、ツナミのような高潮に沈みゆこうとする南太平洋の島国に力を貸してください」
画像は、まさしく津波に襲われた後のような、ぐしゃぐしゃに破壊された人家と、散らばった生活用品の間に、倒れた椰子の木が何本も転がった地面の様子に切り替わった。倒壊した自宅の前で、放心したような面持ちを浮かべてたたずむ中年夫婦の姿が映し出された。講堂内に、どよめきが沸き起こった。
あまりの光景に遥樹がプロジェクターの電源を切る操作を忘れていると、スクリーンが数分間、真っ白な状態になってしまった。照明係が講堂内の照明を点灯したので、あわててプロジェクターの電源を切った。
遥樹が気付くと、ステージ上からフォウ・イエレミアが自分のほうを見ている。プロジェクターの電源操作ミスを見とがめたものか、それともスーパー・プラント化したマングローブの威力への期待からなのか、わからない。
ナオミがハンドマイクを口元に寄せる。
「それぞれ地区ごとの海外で取り組みたいプロジェクトの目的と概要は、伝えられたわね。発表中に資料も配られたと思いますので、そちらもご参照を。海外プロジェクトの実現性の鍵は、現地との協力関係だと思いますので、現地のパートナーが決まっているかどうか、各地区から回答してもらいましょう。じゃあ、復原地区、都市林施業地区、原生保存林地区、水源林地区、チラ島ブランチの順番に」
「中国の黄土高原・楡林(ユーリン)市で長年にわたって砂漠緑化プロジェクトを進めているベテランの農業普及員の秋樹人さんです」 はっきりと大きな声でジョージ。次に、ややもったいぶった口調でヘルダーが答える。
「ええと、いいですか。よく聞いてください。パートナーは、ナショナル・エアロノーティクス・アンド・スペース・アドミニストゥレイション(National Aeronautics and Space Administration アメリカ航空宇宙局)、NASAです」
講堂内がどよめきで満ちる。「本当かよ!」「PPLCの予算を使うな、NASAから資金をもらえ!」といった野次が飛ぶ。「皆さん、静粛に」とナオミが注意する。
続いて、アーサが答える。
「FAO(世界食糧農業機関)の造林専門家セルワレプティ・マケバ氏と企画を詰めているところです。彼は、ケープタウン大学自然科学部出身の国連職員です」
さらに、ジュリーが続く。
「ベトナムでここ一〇年ほど身体障碍者の自立や農業振興で支援に取り組んでいる日本の市民団体『ベトナムの大地に未来の森を』です。小さなグループですが、地道に広域に調査を実施し、地元から信頼されています」
最後に、フォウが答える番だ。
「申し訳ありません。誠に身勝手なようですが、私が主宰(しゅさい)する『ツヴァル・カナダ環境保護友好基金』に資金協力をお願いします。スタッフも活動も、一〇年以上の実績を積んでいますので」
四人の答えを受け、ナオミが進行していく。
「はい、どの地区も現地パートナーが決まっているようね。費用対効果については、手元の資料に各地区の一覧があるわね」
参加メンバーが手元の資料を盛んにめくって、めいめいに確かめている。
ナオミが整理に入る。
「客観的にみて、私の地区の砂漠緑化は土木工事や整地・灌漑に大きな費用がかかるけど、農地に転換して農作物の販売を通じて費用を回収する計画よ。都市林施業地区の宇宙エレベーター空中線路用セルロース・ナノ・ファイバー事業は、NASAが繊維を定期購入するようになれば安泰だけど、どちらかというと〝未来への投資〟ね。アーサの案は、現地での種子採取とその保管と対面配布なので、簡易な保管管理施設がありさえすればいいので実現性が高そうだけど、種子の収集中に戦闘に巻き込まれるリスクを防ぐ十分な配慮が必要ね。でも、ここ平和国家コスタリカにふさわしい案だとも言えるわね。ベトナムでのダイオキシン除染は、規模や期間が未知数だけど、適合するスーパー・プラントはPPLCが開発した既存の樹種でも対応できる可能性があるわ。うちのジョージのスーパー・プラント・カンファーを使ったカーボン・ナノ・チューブの散布も、除染に有効かもしれません。そしてフォウの植物性プランクトン消波ブロック、スーパー・プラント・マングローブ植林は、実現性が半分は証明できているということね」
ひと息置いて、ナオミが両ひざに手を突いて、椅子から立ち上がって続ける。
「皆さん、シノハラ名誉所長とクサノ所長がPPLCを開設されたときの理想や祈念に想いを馳(は)せて、現在だけでなく、未来の世代にも心を配って、スコアを付けて投票してください。ええと、これで本日の近況報告会と海外プロジェクト・コンペティションを終わりますが、最後にどうしても質問という人はいるかしら」
講堂の最後方のオブザーバー席から、ゆっくりと手が挙がった。よく日焼けした、地元の農家らしい高齢の男性だ。脇から夫人らしき高齢な女性が何やら促している。女性スタッフがスロープを駆け上がって、高齢の男性にハンドマイクを手渡す。スイッチ操作を間誤付(まごつ)きながら、高齢の男性が話し出す。
「地元でコーヒー豆を生産している農家です。おふた方ともハポン(日本)名なので、お名前を失念しまして申し訳ないですが、名誉所長さんと所長さんのご信条をお聞きしたところ、人々のための科学が重要というお考えなのならば、今度の祭日の一般観覧日に、来場者にも投票をさせてみてはいかがでしょうかな。うちの婆さんも、この通り投票に乗り気になっておりましてな」
「私は絶対、あの子に票を入れるよ。あなたも、そうしなさいな」と落ち着かない高齢のご夫人の様子に、参加メンバーから笑いのさざめきが起きる。ナオミが受け取る。
「皆さん、今のご紳士のご提案について、いかがでしょうか」
講堂内いっぱいに拍手が満ちあふれた。ナオミがステージにたたずんで、満足そうにほほ笑んでいる。
「じゃあ、今度の祝祭日、『クリストバール・コロンによるアメリカ大陸発見の日』に予定されてます一般開放日に来場していただける見学者たちからも投票を受け付けることにしましょう。事務関係のスタッフのかたがたは、今日の投票を受け付けたあと、簡単に打ち合わせね。
それでは、解散。参加メンバーの皆さんは、投票用紙の提出を忘れないように。今日は、皆さん、長い時間、会のスムーズな進行への協力を、ありがとう」
一斉に大きな拍手が起きる。続いて椅子がガタガタ動く音とともに、声を挙げながら伸びをする者、同じ地区の研究メンバーと談笑を始める者、ハイタッチをし合う者、「腹、減ったー」と大声で独り言を口に出す者などの姿が見え、講堂内に緊張が緩んだ雰囲気が流れる。講堂の左右と後方の出入り口に投票箱を両手で抱えたスタッフが一人ずつ立っていて、出ていく参加メンバーから投票用紙を入れてもらっている。
遥樹がプロジェクターにかじり付いて片付けに手間取っているさなか、ふと見上げると、ラウラがバインダー・ノートを胸に抱くようにして持って、脇に立っているのに気付いた。
「手伝おうかしら?」
「あっ、いいよ、大丈夫」
少し間を置いて、ラウラが「私、ハルキに謝らなくちゃね」と言う。
「何? あ、さっきのこと? そうだな、さっきのことは、さっき聞いての通り、篠原名誉所長との話で踏ん切りが付いた。だから何でもないよ。それより、今度の祝祭日に、提案してくれたモンテベルデ散策のほう、案内をよろしく」
ラウラが元気にうなずく。そこへ、ステージのほうからまっすぐに歩み寄って来る姿があった。チラ島ブランチの特別招待研究員フォウ・イエレミアだ。癖なのか、右手の甲で顔の右の長い黒髪を背中に払う。日本語で話しかけてくる。
「お久しぶりです、『心が優しそうなライバルさん』。まだ今日のコンペの結果、資金のこと、決まってません。けれど、海外プロジェクトが始まったら、あなたの力を借りたいです。どうか、協力をお願いします」と言って、右手を差し出してくる。遥樹も、日本語で答える。
「元気そうで何よりです。僕の国の農水省の選考では、悪いことをしました。僕はうまく助成案件に採択されたのに、結果的に訳のわからないことに巻き込まれちゃって…。こんな僕でも、できることがあれば、何でも」と言って、遥樹はフォウと短く握手した。
ラウラは、日本語を聞き取れないが、先ほどの海外プロジェクト発表の流れから、会話の内容が想像できた。遥樹が人から頼られるのは、誇らしい気持ちがしたが、遥樹をどこかに連れていかれそうで、少し不安になる。バインダー・ノートを抱える両手に思わず力がこもる。
ちょうど、その時だ。講堂の前方、ステージの右側の出入り口に、小太りで季節外れの防寒ジャンパーを着た大柄な中高年の白人男性が大きな登山リュックを背負い、両肩にぱんぱんに詰まったボストンバッグを担ぎ、左手には重そうな車輪付きキャリーバッグをドタドタと引きずりながら、息を切らして現れた。
「ああ、間に合わなかったか!」と素(す)っ頓狂(とんきょう)な声を上げる。講堂内に残った参加メンバーが一斉に講堂の前方右側を見やる。
「副所長!」と声を上げたのは、ナオミだ。
「やあ、マックス・ブリッジマンくん、随分と遅かったね」と草野所長も声をかけて、近づいていく。篠原老人も、「地球の円周の四分の一を渡って飛んできたんだ。時間もかかるじゃろうて。ご苦労じゃった」と車椅子の上から労をねぎらう。
マックス・ブリッジマンは、アラスカ大学国際北極圏研究センター(IARC)の上級研究員だが、植物可能性研究センター(PPLC)の副所長を非常勤で兼務している。顧問としての助言や、対外的なロビーイングが主な役割だ。
ナオミが、演台に載っていた水差しから水を注いだコップを捧げて運び、ブリッジマン副所長に差し出す。これを受け取って、副所長が一気に飲み干す。
「やあ、生き返った。ありがとう。ですが、諸君。こんなことをしている場合では、ないですぞ。極北の状況が、大変なことになってますぞ!」
これを聞いて、草野所長、車椅子の上の篠原老人、そして上席研究員のナオミは、互いに顔を見合わせた。
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