樹上の未来録(樹上都市 ~スーパー・プラントの冒険~改題)

Toshiaki・U

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24 隻眼の兵士

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 原生保存林地区の丸太ロッジに、いつもの照明が戻った。
 入り口と部屋の仕切り用のストリング・カーテンのビーズにショットガンやライフル、カービン銃がへばり付いてぶら下がり、四つあったテーブルの一つが食器ともどもひっくり返された異様な状況の室内の中央に木製の椅子が置かれ、隻眼の兵士が両手を後ろ手に手錠を掛けられたまま、縄で胴を背もたれにくくり付けられ、腰掛けさせられている。激しく首を振って抵抗するので、まだ目出し帽を脱がせていない。兵士の正面にマイケル青年が篠原五郎老人の腰掛けた車椅子を押して進んで行く。
 数台のパトカーに分乗して駆け付けた武装警官たち、ロドリゲス警部補とサンチェス特捜刑事、草野所長、ブラウン上席研究員、ブリッジマン副所長、鷹田教授、そして隻眼の兵士をとっさに護身術の合気道で投げ飛ばした高島裕子が、篠原老人の後ろに半円を描くように囲んで立っている。武装警官たちは、M―一六ライフルを構え、いつでも発砲できるように、至近距離から隻眼の兵士の頭部に照準を合わせている。
 「ほかのテロリストたちも警察署に移送したところだ。こいつも取り調べのため、ただちに連行させてくれ。プロフェッサー・タカダの技術情報ファイルが盗まれた以上、事件は終わっていない」とロドリゲス警部補。篠原老人がやんわり、しかしながら威厳を持って食い下がる。
 「一味を捕らえた手柄に免じて、こやつと少し話させてもらえんかの」
 マイケル青年が通訳した内容にロドリゲス警部補がぎょろりとした目をめぐらし、左手首の腕時計を見ながら、「じゃあ、一〇分だけだ」と言い捨てた。
 篠原老人が左手でつかんだ杖を隻眼の兵士の目先に鋭く突き付ける。
 「名は何という」
 しばし沈黙が流れる。篠原老人が杖を降ろす。
 「悔しいのじゃろうな。この国も、このごろ夜間は治安が悪くなってきての。丸太ロッジには、夜間はネオジム磁石を隣同士くっ付かないように下っ端や中間にばらして仕込んだ縄のれんを下げるようにしとるのじゃ。わしと同じ日本人が発明した強力な人工永久磁石じゃ。知っとるかの、ネオジム磁石一グラム当たり一キログラムの鉄を持ち上げられると言われとる。銃身の素材、クローム・モリブデン鋼という鋼鉄は、よく磁石にくっ付くでの。この磁石は、確か、ここの実験林で使っとるものじゃったな?」
 篠原老人がナオミのほうを振り返る。
 「復原地区で微小磁場環境による植物の生長促進実験に使ってます。水の採り入れ口に数珠つなぎにして並べています」
 「縄のれんの紐、階段の防犯用ロープも、特殊なものじゃったな」
 ナオミが眉間に戸惑いの色を浮かべながら答える。
 「アメリカのNASAとうちの都市林施業地区が共同開発しているカーボン・ナノチューブを密に編み上げたものですから、引っ張りならダイヤモンド並みの強さ。横方向からの切断にも普通の金属以上の丈夫さがあります。…グランパ(お祖父さん)、何も、こんな奴に教えてやらなくても…」
 篠原老人が軽くうなずき、隻眼の兵士に向き直る。
 「うむ。あと、高島くんが小学生の時分から合気道に打ち込んでいたことは、こちらにとって嬉しい誤算じゃったと付け加えておこう。ここまで種明かしをしてやったのじゃ、名前と今回の突入の理由を教えてくれんかの。鷹田教授の植物生長促進技術を奪い取ることと、実験手技を心得た高島くんの誘拐が作戦の直接の目的じゃったのは、もう知れておる。この二つをそろえて、どうするつもりじゃった。殊に、お前たちに命令を下した者は誰なんじゃ」
 目出し帽を付けたままの隻眼の兵士が左に顔を背ける。
 ここで入り口のドアのところでフラッシュ・ライトを消して、数人の人影が現れた気配がした。一人の警官に護衛されて戻って来た原生保存林地区のリーダー、アーサ・シクウォイアと、鷹田教授の姪、結だ。結がどうしても犯人の顔を見る、と言って聞かないので、アーサが付き添って、付いて来たのだ。結がお下げ髪の頭を右に左に傾けて、人垣の間から犯人をのぞき見ようとしている。「あっ、銀行泥棒さんの黒マスク…」とつぶやいて結が黙る。
 人の入って来た気配にナオミが振り向く。
 「あっ、アーサ、ユイ! 大丈夫? よく無事だったわね。無理しないで、休んでいたら?」 アーサが受け取って答える。左手にフラッシュ・ライトを握り締めている。
 「大丈夫よ、ナオミ。ユイったら、気持ちが強いのよ。どうしても現場に戻って、犯人の顔を見るって」
 結の右肩に右手を置いて抱き寄せつつ、人垣の間から押し出すようにしながら、アーサが姿を現した。人々の視線がアーサと結に注がれる。
 「よく無事で」「無理するな」「休んでなさい」「結ちゃん!」といった声が、人々の口から漏れ聞こえる。
 「ア… アーサ…?」
 隻眼の兵士が力なく言葉を漏らしたのを、篠原老人は聞き逃さない。やや斜めに上目遣いの視線を兵士に送りながら尋ねる。
 「お前、この娘さんの、何なのかの?」
 業を煮やしたロドリゲス警部補が、隻眼の兵士に駆け寄り、背後に回る。
 「お前、何者だ?!」 一気に目出し帽をはぎ取りにかかる。兵士が激しく顔を振って抵抗する。「や、やめてくれ!」
 目出し帽がむしり取られた。紛うことなく、沖ノ鳥島で鷹田教授、マイケル青年が出くわした右目に黒いアイパッチをはめた黄色人種の肌の顔が現れた。やや長めの髪。海賊の風貌(ふうぼう)を思わせる。ただし、憔悴(しょうすい)の表情が色濃い。
 「お前は、あの時の」と言いかけた鷹田教授の声を、完全にかき消す女性の悲鳴が室内に響き渡った。
 「ヴァ、ヴァル兄さん、どうして? こんなの、いやあ――っ!」
 アーサが両手で顔を覆って、崩れ落ちる。投げ出されたフラッシュ・ライトが床で激しく弾み、ひっくり返されたテーブルの台の縁まで転がって止まった。

 「叔父さま! しっかり支えて!」
 床に倒れかかったアーサを、結と鷹田教授が両脇から支え、部屋の隅のテーブルの座席に運んでいく。邪魔にならないようにと、部屋の中の者たちが左右に分かれる。何とか席に着かせると、斜め後ろに結が回り、落ち着かせてあげようと、泣きじゃくるアーサの頭をゆっくりとなでている。
 「お前、自分の妹がこの施設にいることを知らんかったのか」
 篠原老人が強い口調で質す。隻眼の兵士、ヴァル・シクウォイアは、これに直接は答えず、むしろアーサに問いかける。妹に横顔を見せた態勢のままだ。
 「五年ぶりか…。アーサ、お前、アメリカの大学院に通ってたんじゃなかったのか」
 アーサがみぞおちの辺りに両手を当てて、息を落ち着かせながら答える。
 「ヴァル兄さんの送金のおかげで、MIT(マサチューセッツ工科大学)を順調に卒業できたのよ。卒業後は大学院には進まずに、ここで、研究を続けてるのよ」
 しばらく置いて、ヴァルが口を開いた。
 「俺は、ここをバイオ・テロの首謀者どもの巣窟(そうくつ)だと聞いて、やって来た。とくに、日本のオキノトリ・アイランド(沖ノ鳥島)で使われた植物生長促進技術が危険極まりない代物で、その技術が普及する前に、未然に回収する必要があるということで、今回の作戦を実行することになった」
 アーサが激しく首を振る。結が思わず髪から手を放す。
 「ここは私の子供の頃からの夢を果たせる研究施設、学びの場よ。兄さんこそ、何をしてるの。以前、アメリカの海兵隊に入隊したとは聞いていたけど、確か、後方勤務と言っていたはずよ…」 ヴァルが鼻で一つ笑う。
 「お前がMITを卒業したように、俺も海兵隊の後方勤務を〝卒業〟したのさ。後方勤務の事務屋では、稼ぎが悪くて、お前に大した金を送ってやれない。前線に送られる特殊部隊に志願したのさ」
 「シールズ…」 マイケル青年がつぶやく。ヴァルが軽くうなずく。
 「ただし、それも、訓練と実戦の数カ月ずつの期間を何度か繰り返して戦闘の何たるかをつかんだあと、辞めた。別の意味での〝後方勤務〟、決して表舞台には現れない影の実働部隊とでも言うべきものに傭兵として加わり、世界を股にかけて転戦する日々を送るようになったのさ。このほうが、稼ぎがいい」
 アーサが呼吸を乱しながら、意を決したように問いを投げかける。
 「ヴァル兄さん、まさか、人を殺したことがある、なんて、言わないで。まして、人を殺した報酬で、私に、送金したなんて、言わないで、お願い…」
 ヴァルが、哀れむような視線を妹に送る。
 篠原老人が、すかさず、「お前、その問いに無分別に答えてはならん!」と釘を刺したが、もはや遅かった。反射的にヴァルが答えた。
 「イラクで三人、アフガニスタンで五人。どいつもこいつも、テロリストばかりだ。だが、この戦果は、俺個人の手柄じゃない。俺たちの部隊、チーム全体の功績だ。命がけで情報をくれた現地の諜報員たちにも恩義がある。当然、送金の原資となった報酬の金額には、作戦の成功に対する評価が上乗せされている」
 「い、嫌よ、そんなの」 アーサが首を左右に揺すっている。
 「かわいそうな、俺の妹、世間知らずなアーサ」
 「どうして、人を傷つけて、命を奪ってまで、お金を欲しいと思うの」
 ヴァルが口の右端を上げ、一瞬にやりとした表情を見せる。
 「言ったろう、お前に学費の足しになる金を送るためだった」
 「そんなの、私が喜ぶと思って?」
 「思わんな。お前の生き物好きは、子供の頃から知っている」
 「なのに、なぜ…」 ここで隻眼の兵士は、顔だけでなく、上半身全体をねじって、妹に向き合った。
 「背後にいる刑事! 俺の右目のアイパッチを外せ!」
 アーサが両手で口を押さえて、ゆっくり首を左右に振る。
 ロドリゲス警部補の悪趣味な性格の側面が、はっきり立ち現れる瞬間だった。
 「いいだろう」 何の躊躇もなく、アイパッチをむしり取った。
 上下のまぶたがざっくり裂け、黒目を失った白い眼球が痛々しく現れた。居合わせた者たちが、深いため息を漏らす。目を閉じたアーサが、ゆっくりと目を開いていく。
 「アーサ、覚えているな。俺たちの一家は暮らし向きが良くなかった。お前が子供のころ、家の近くの空き地で白人の子供たちから石を投げられていたとき、お前を抱きすくめて、俺が背中で石を受け止めたことがあったな。振り向きざまに、最後に人のこぶしぐらいの石つぶてを右目に受けて以来、このざまだ。あれ以来、何があってもお前を守りたい感情と、何とか俺が強くなってこの狂った社会に見返してやりたいという願望だけで、俺の人格が出来上がってきたと言っていい。虐げられた民族の男が名を上げようとしたら、そう、戦場以外にない」
 「でも、人を殺していい、ということにはならないわ、兄さん。どんな人にだって、家族がいて…」
 「人殺しじゃない、戦争だ。テロの撲滅だ。正義の戦いを、俺たち先住民族が主導する。それによって、白人、いや、世界中の人間が尊敬の目をこちらに向けることになる…。こう見えても、この見えない右目で、お前には見えないものを、俺は見てきたつもりだ」
 アーサが顔を伏せたまま、ゆらゆらと椅子から立ち上がった。いきなりの動作に、結が後ろに後ずさる。
 「退いてください」 意外としっかりしたアーサの物言いに、高田教授も思わず通り道を空ける。入り口のドアに向かう気配を見て取って、「外の空気を吸うといい。きのうから緊張しっ放しだったろう」と声をかける。
 うつむきがちに兄妹のやり取りを聞いていた篠原老人が、目を見開き、後ろに立って会話を通訳していたマイケル青年に鋭く命じる。
 「マイケル、何しとる。彼女を守らんか!」
 入り口のドアのストリング・カーテンをくぐると見えたアーサは、ビーズに張り付いてぶら下がったままの、銃身の短い散弾銃を素早くつかみ、「兄さん!」と叫んで、ヴァルに銃口を向けて構えた。警官たちは、一瞬の状況変化で、ヴァルに照準を合わせたまま、動きが取れない。突然の展開に、室内の誰もが体を硬直させる。ストリング・カーテンのビーズが揺れ、じゃらじゃらと鳴っている。
 アーサの構える散弾銃の射線上に、マイケル青年が飛び込み、駆け寄ろうとする。
 「だめよ、アーサ!」
 ナオミが叫ぶと同時に、高島裕子も独りでに体が動いて、右手の先から右肩へと床に付けて前転し、左手で床をたたき払う「前回り受け身」の身ごなしでアーサに近づいたが、伸ばした右手が散弾銃には届かず、むなしく床に倒れ込んで両手を突く。
 アーサは、ストリング・カーテンにぶら下がった散弾銃を持ち替えて銃身を左手で支えて、銃口を自分ののどに押し当て、「人の命を犠牲にしたお金で、無邪気に研究なんかできない」と言い放つと、引き金を囲う金属製のトリガー・ガード(用心金)の輪の中に右手の親指を差し入れ、「大好きだった兄さん…」とつぶやくと、一気に引き金を押し込んだ。乾いた破裂音が、皆の耳を突き刺した。
 「アーサ!」 足を踏み鳴らし、身を乗り出しながら、兄が叫ぶ。室内に女性たちの甲高い悲鳴がいくつも響く。
 破裂音とともに硝煙と血しぶきが上がり、アーサがひざを折って崩れ落ちる。マイケルが追い着いて、両ひざを床に突き、左腕でアーサの背を受け止める。マイケルは無駄と思いながらも、無意識に右手でアーサののどを押さえている。
 血の気を失った結がふらっと倒れかけるのを、鷹田教授が抱き止めた。
 静寂と、血と火薬の焼けた匂いが、室内に満ち広がる。
 静けさを突き破ったのは、兄の猛獣のような咆哮(ほうこう)だ。見えない右目からも涙があふれている。何度も、何度も、叫び声が続く。
 兄以外には、瞑目(めいもく)の数分間が過ぎていった。
 マイケルが恐るおそる右手をアーサののどから離すと、手のひらが血に濡れていない。
 出血は、どこから? アーサの上半身をよく観察すると、半袖Tシャツからのぞいた左の二の腕に深い裂傷があり、脇から首の周りまで血で染めていることがわかった。一番近くにいる警官に、マイケル青年が叫ぶ。
 「救急車の救命士を、早く! 彼女は死んでない。左腕に重傷だ! 気絶している」
 呼ばれた警官がすぐにトランシーバーで外部の同僚に連絡を取る。
 「銃の暴発だったか…」 誰からともなく、つぶやきが漏れる。
 泣き止まないヴァルの右肩をロドリゲス警部補が右手で強くたたいている。
 「コスタリカ警察だって、仕事はする。現場を押さえたとき、二次的な被害が起きないように、銃器類の銃口には、すべてマズル・カバー(銃口ふた)をはめておいた」
 「うーむ、ロドリゲス刑事、今日の唯一のお手柄じゃな」 篠原老人が大きく息を吐く。「今日の一日だけで、わしは何度、寿命を縮めたことか…」
 すぐに数人の救急救命士たちがドアの辺りに現れ、一人が手際良くアーサの左腕を止血し、もう一人がペンライトで瞳孔反応を確かめる。あと一人が、しゃがんだ鷹田教授の腕のなかで意識を失った結にも気づき、外傷の有無や手首の脈を確認する。ただちに二人の救命士がアーサを担架に乗せ、屋外へ運び出す。結を診ていた救命士は、「ただの失神ですが、脈拍が異常に少なく、極度の貧血状態です。念のため、連れていきます」と鷹田教授に告げる。救命士が結を両腕で抱き上げ、ドアから出ていく。救急車のサイレンが鳴り始め、次第に遠ざかっていく。
 遠ざかるサイレンの音にかぶせて、やつれ切った表情のヴァルに篠原老人が静かに呼びかける。篠原老人のそばに、マイケル青年が戻って来た。半袖のワイシャツやジーンズの所どころが、アーサの鮮血で染まっていて、痛々しく見える。
 「ヴァルとやら、われわれで妹さんを守り切れず、済まんかったの。だが、そもそものきっかけは、お前じゃ。もうこれで十分じゃろう。わし達に、本当のことを話してもらえんかの」
 「…け、刑事。ア、アイパッチをくれ」 正面から見据える篠原老人に気後れしたのか、ヴァルがロドリゲスに懇願した。ぎょろり目をむき出して鼻で笑いながら、ロドリゲス警部補が応じる。
 「いまさら、格好つけてる場合かあ?」
 アイパッチを戻してもらうと、ヴァルは深呼吸を一つして、ゆっくりと話し出した。
 「俺たちは、今回の作戦では、囮(おとり)にしかすぎない」
 「お、囮じゃと?」 篠原老人が額に右手を当てる。
 「午後六時半を過ぎて、俺たちから連絡がない場合、第二波が出ることになっている」
 丸太ロッジの部屋の中に、どよめきが流れる。警官隊の隊長とみられる武装警官が急いでトランシーバーを取り出し、外のパトカーに警戒レベルを引き上げるよう通報を入れた。口の右端を上げて苦笑しながら、ヴァルが続ける。
 「あわてるな。第二波は、戦闘を目的にした武装勢力ではない。まあ、警護の私服警官を伴って、護身用に短銃ぐらいは所持してくるかもしれないが…」
 「どういうことじゃ」
 「よく知れた近隣の超大国の外交官だ。正確には、大統領の外交補佐官だね。事態の収拾にかこつけて、増援部隊を申し入れる名目でやって来る手はずだ。ドンパチのあとは外交――、軍事行動の鉄則だろ? その外交補佐官から直接には今回の作戦を俺たちは依頼されてはいないのだが、多分、黒幕はあいつだろう。直接俺たちに依頼を寄越してきたエージェントが誰なのかは、業界の秘密だから、ここで明かすわけにはいかない」
 「黒幕はアメリカじゃな。増援部隊と言ったの」
 「申し出に応じるな。その増援部隊で、この研究所は事実上、制圧される。今回の作戦のターゲット、ヒロコといったな。彼女も、保護の名目で連れ去る段取りになっている。純粋な武装勢力よりも、ある意味、厄介だぞ」
 「なぜ、そこまで、われわれを狙う…」 草野所長が思わず横から問いを差し込んだ。
 「オキノトリ・アイランドであんたらが見せた植物の生長促進技術にご執心のようだ」
 「このセンターじゃない! お、俺が原因だ!」 部屋の隅にいた鷹田教授が頭を両手で抱える。
 「でも、あんたの生徒の一人が技術を受け継いで、この研究施設に入っている。大統領の外交補佐官にとって、いろいろと使い道があるんだろう。外交補佐官は、民間の多国籍バイオ化学メーカーと深い関係がある。俺たちはいつ裏切りに遭うかわからない日陰者の存在だから、依頼主の背景は、あらかじめ詳細に調べておくのさ」
 「その外交補佐官の名は?」 草野所長と篠原老人がほぼ同時に尋ねた。
 篠原老人のほうをまっすぐ見て、ヴァルが答える。
 「キャサリン。キャサリン・ペリー」
 部屋の中に、「女? 女なのか」「ペリー? どこかで聞いた名前だ」といったざわつきが起きる。
 「爺さん、もう、ここまで話せば、いいだろう。早く俺を警察署に運んでくれ。俺とその外交補佐官が鉢合わせすると、事が紛らわしくなる。見ての通り、俺は、感情が顔や態度に表れやすくってな」
 ロドリゲス警部補が、「はっきり、自分は馬鹿だと言えっ」と言って、右手のこぶしでヴァルの頭を強めに小突く。「よしっ、お前の望み通り、引っ立ててやる。監獄で頭を冷やせっ」
 ロドリゲス警部補が警官を二人、手招きで呼んで、ヴァルを両脇から押さえさせ、立たせる。「とっとと署に連行しろ!」
 「い、妹のことを頼む! 伝えてくれ、俺が謝っていると」 引きずられるように引き立てられながら、ヴァルが篠原老人の背中に叫ぶ。
 「うむ」と篠原老人。
 ドアの脇にジャージ姿で爪先立ちのままで深く腰を降ろして両ひざを開けて蹲踞(そんきょ)の姿勢で控えていた高島裕子が、すっくと立ち上がり、すれ違いざま、ヴァルに声をかける。
 「刑務所でお勤めを果たしたら堅気(かたぎ)に戻って、自分でじかにアーサさんに謝ることね。しゃんとしないなら、また私がぶん投げるから、覚悟しなさい。合気道をもっと練習して、達人みたいに素手の手刀(しゅとう)だけで、突いてくるあなたを吹き飛ばしてあげる」
 ヴァルが、思わず吹き出しながら答える。
 「だな。女は強いな。どうか、妹のことを頼む」
 ドアを出るとヴァルは大きな唸り声を一つ上げ、「俺は自分の足で歩く!」と怒鳴り、半ば両脇の警官たちを引っ張るようにしながら、手近に停まるパトカーに自ら向かっていった。
 「草野くん、おるかの?」 篠原老人が草野所長に呼びかける。
 「はい、篠原さん」 草野所長が右手を少し上げ、篠原老人の背後から呼び返す。
 「まったく、厄介じゃの」
 「厄介ですな」 草野所長が肩を落とす。
 ブリッジマン副所長が、熊のように体を揺すりながら、一歩前に踏み出す。
 「ここは、渉外担当にしてロビーイング担当の、私の出番ですな」
 篠原老人が握った右手の親指を立て、あごの下に当てる。
 「ブリッジマンくん、ただちに対策を協議じゃ」
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