テミスの娘たち~Article・Girls

Toshiaki・U

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11 「私が残ってるよ」

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 九十九(つくも)護(まもる)の前に進み出る、三年生の娘たち三人。
 「二年生にならって、三人掛けで、お願いします!」
 肩まで小さく右手を挙げ、飯岡(いいおか)権子(のりこ)が告げる。
 うなずく九十九。
 ただちに九条(くじょう)和水(なごみ)が、ボクシングの足づかいで、前に出る。
 「しゃ――っ!! 後輩たちのあだ討ちっ!」
 気合いを上げる和水を、あわてて止める、権子と一条(いちじょう)主(おも)。
 「ナゴミちゃん、三人掛けはあと、あと! 最初は、出題!」
 「いけね」
 和水が動きを止め、一歩、後ろに下がる。
 笑いをこらえて床に視線を下ろしていた九十九が、顔を上げ、口を開く。
 「まず、一条。俺、『日本国』が、この青クマ少年を、まあ日本国民だとして、長年監禁したまま一八歳になっても、選挙に行かせないようにするぞ。どう判断する?」
 「日本国憲法の一条、『国民主権』に、明白な違反です。違憲です!」と主。
 「ふん、いいぞ、主。わかりやすかったな。次っ、九条!」
 「ほいっ!」
 「ほいー? か。っま、いい。俺は、アメリカばりの世界最強の『正式な軍隊』を新たに創設し、この青クマくんが成人になり次第、強制的に入隊させるぞ。外国と外交上いざこざが起きたら、ただちに軍隊を外国に派遣する。攻め込まれる前に、先手必勝を狙う。さっ、どうだ」
 「ええと、あれっ?」と和水。
 防具で顔が見えないが、自分の面に右手のグローブを当てたままの姿勢だ。
 「えっ」と主。
 「まさか、なん条か、わかんないの?」と権子。
 二人を交互に、防具の面のなかから見やる和水。
 「いざこざだったら、出していいんじゃんか? うちのオヤジ、自衛官だから、出ないと、立つ瀬がないで」
 かすかに首を振る主と権子。
 「担当の条文は? 忘れないで」と主。
 びくっと反応する和水。脳裏に、条文のエッセンスが浮かぶ。
 ――戦争放棄、戦力不保持、平和主義――
 「くっ、引っ掛けじゃんか! 答えるで!」
 和水の強がりに、九十九が口の右端を上げ、にんまりする。
 「日本国憲法九(きゅう)条で、違憲じゃいっ!!」
 おお――っ、と手をたたく娘たち。ちょっと、ひやひやしたようだ。
 「ご名答っ! 次っ、飯岡!」
 「は、はい!」
 「では、行く。俺は、この青クマ君に対し、つねに『あーしろ、こーしろ』と命じて従わせ、青クマくんの意思をすべて無視する。どうだ?」
 「私、きょうに備えて、ネットで『けんわか』を読んできたよ」
 お、お――、と娘たち。
 「私の担当、いー、いー。憲法十一条って、『基本的人権』だよ。ええと、――広く、誰もが、生まれながらに自由平等――っていう権利なんだよ」
 うん、うんとうなずく九十九。
 「だから、違憲! じゃあ、ナゴミちゃん、作戦開始っ!」
 高島裕子が「三人掛け、乱取り、初め」と告げるか告げないかの瞬間に、三年生の娘三人が動き出す。
 和水が右フックを繰り出すと見せつつ、すぐに姿勢を低くして、九十九の左すねを両腕で抱え込む。
 「いまだっ、オモ!」
 ダッシュで九十九の背後に回った主。九十九を後ろから、力いっぱい、羽交い締めにする。
 「さあっ、ノンコの番よ!」
 やったあ――っ!
 二年生や一年生が、歓声を上げる。
 「しまったっ、青グマ、取られるっ」
 つぶやいた九十九が、こうした場合の受け身技に切り替える。
 九十九が腰を落とし、体重を前に傾けつつ、主を背負う感じで持ち上げると、同時に右足を踏み出して、和水が組み付いたままの左足を引きずる。
 数歩、このような動きを続けると、和水は横転して、両手が離れてしまった。
 すると九十九は、右肩を前方に突き出し、背負った主を床に投げ落とした。
 受け身をとる主。
 高島裕子が、「足取り投げ、そして羽交い締め投げです」と告げる。
 九十九が、「合気道は、受け技ばかりだが、どのような攻撃にも、対処できる」と言い放つ。
 「せんせーい。まだ、私が残ってます」と権子。
 「あっ、飯岡。やっぱり、右肩、痛いんだな。ぬいぐるみ、取りに来なかったな」と九十九。
 ふふぅーん、とほほ笑む権子。
 「違うよ、先生。二年生の不動(ふどう)琴葉(ことは)ちゃん担当の権利を使うんだよ」
 んっ、と九十九。すぐに、
 「おいっ、やめろ! そりゃ、『言論の自由』だな。嫌な予感がする!」と両手を突き出す。
 「作戦どおり! オモちゃん、ナゴミちゃん!」
 三年生の娘三人が、両手をほおに当て、体育館の出入り口に向かって一斉に叫ぶ。
 「きゃあ――っ、変態オヤジ――っ! 股間にぶら下げた、卑猥(ひわい)なぬいぐるみ、外せ――っ!!」
 悲鳴に反応して、屋外にいた陸上や野球、テニスの部活動の男子生徒たち、一般のスポーツ愛好家たちが、どたどたと駆け寄ってくる気配がする。
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