ファイナルアンサー、Mrガリレオ?

ちみあくた

文字の大きさ
5 / 6

しおりを挟む


 数秒後、聖堂だった場所から高僧も衛兵も消え、景色が完全に様変わりしている。

 ガリレオは周りを見回し、電子機器を多数備えた六角形の部屋にいて、分厚い金属壁に囲まれているのを知った。
 
「……何処だ、ここは?」

「僕とシンプリチオが所属する、EU統合科学省のラボさ」

「……EUって何だ? そんなの聞いたこともない」

「イタリア半島を含む国の集合体だよ。20世紀にヨーロッパはその形でまとまり、21世紀のイギリス離脱、ロシアによる隣国への侵略をきっかけにして一旦分裂するが、第三次世界大戦後、辛うじて生き残った人々の手で再統合を果す」

「……それじゃ、やっぱり君達、未来の人間なんだね?」

 頷くサグレドとシンプリチオの衣装は、如何にも科学者らしい純白のボディスーツに変っている。

 そしてガリレオ自身、何時の間にか66才から18才の、本来の姿へ戻っていた。

「あ、僕、老けてない!?」

「そう、単に暗示をかけていただけだからな。高齢者の体で、時間旅行には耐え切れん」

 シンプリチオが穏やかに答える。かなりの強面でサグレドより年上に見えるが、素顔は気さくな男であるらしい。

「サグレド、あの審問会は何?」

「ちょっとした座興さ」

「この部屋は三次元映像を壁に投射し、どんな光景でも作り出す事ができる。人の姿や声も思うがままに、な」

 シンプリチオが指を鳴らすと、その外観は枢機卿、異端審問官へ瞬時に変り、また元の姿へ戻る。

「ドゥオモ広場の騒ぎは? あれも幻?」

「いや、現実に起きた事だよ」

 らしからぬ自嘲がサグレドの口元を歪めた。

「ちょっとしたイレギュラー。僕の計算違いだけど、お陰でガリレオ君を25世紀へ連れて来られた。結果オーライ、さ」

「あのなぁ、お前の耳から煙が出た時は慌てたぞ。咄嗟に審問官を名乗り、民衆を鎮めたから良い様なものの」

「感謝してます、シンプリチオ殿」

 二人の会話から耳を背け、ガリレオは近くの椅子へ座って、溜息を漏らす。異常な展開に疲れ、投げ遣りな心境になっているのであろう。

 その心境を察し、サグレドは壁際にあるスイッチを押した。

「ご覧あれ。君が切り開いた科学の、行き付く先がここにある」

 金属壁がスライド。

 四囲に開いた大きな窓から、部屋の外が見えてくる。





 そこに青空は無かった。

 暖色系の光を放つカクテルライトと、穏やかなカーブを描く天井が広がるのみだ。
 
 どうやら三人のいる部屋は巨大なドーム状建築物の内部にあり、シャンデリアさながら中央の天頂部より吊られているらしい。
 
 下方へ視線を移すと、差し渡し1㎞を超える楕円形の人造湖があり、水面上で何か長い物が蠢いていた。
 
 
 
 
 
 興味を惹かれたガリレオは、窓へ顔を押し付け、思い切り目を凝らす。
 
 それは機械仕掛けの伸縮する触手で、半透明のカプセルを湖の各所へ異動させ、半濁の水中へ沈めたり、取り出したりを繰り返している様だ。
 
「サグレド、あの容器は?」

「ん~、君、一度見ている筈だけど」

 サグレドが自ら頭のスイッチを押すと、開いていく隙間からカプセルが覗いた。
 
 同時に、ガリレオの口から小さな悲鳴が漏れる。
 
 カプセルにはプールと同じ色の溶液が満ち、中に浮かぶ物体は、生きた人間の脳髄だったのである。
 
「僕達の体で自前の部分は脳だけ。後はお察しの通り、機械で出来ている」

 頭を閉じ、サグレドは平然と言った。
 
「……君達の時代の人間は、皆、こうなっているの?」

「いや、全人類ではないぞ。あくまで自ら志願し、厳しい選抜を通過した科学者のみである」

 呆然自失のガリレオを落ち着かせようと、シンプリチオが静かに語りかけた。

「我々の脳は、体から取り外しが可能。そして、神経細胞のパルスを伝達するに適した水質の人造湖へ沈める事で、25世紀最大の有機コンピューターと接続できる」

「……こんぴゅうたぁ?」

「人の考える力を補う機械とでも言おうか」

「あの湖全体が?」

「脳へBMI(ブレイン・マシン・インターフェイス)と呼ばれるデバイスを埋め込み、外部機器と情報をやり取りする実験が始まったのは2023年で、その進化の至る先があの湖だ。人のDNAを構成する四つの塩基を、演算素子として利用する仕組みになっている」

 シンプリチオの声は高らかに響き、サグレドも誇らしげに言葉を継いだ。

「この場所は科学という僕らの神に己を捧げる場所、言わば聖堂なんだよ。繋がると、それまで理解できなかった全てが見える。時間や空間の広がりさえ、明確な実体として把握する事ができるのさ」

 人造湖を見下ろすガリレオの瞳は、何時しか恐怖から憧れの光を湛え始めていた。

「……それにしても、25世紀の科学者は、何故ここまでやるの?」

「君が突破口を穿つ科学は、17世紀以降、驚異的な進歩を遂げる。宗教を乗り越え、倫理のタブーを祓い、遂には言語の壁さえ破壊してしまう」

「言葉の上に重なる言葉で?」

「そう、メタ言語。しかも、言葉の再創造は一度で終わらなかった。二度、三度……言語の上にメタ言語を乗せ、そのまた上にメタメタ言語を乗せ……」

「それ、切りが無い」

「ああ、思考ツールとしての言語は幾らでも多層化でき、その度に思考の領域は拡大されたが、残念ながら人の脳が扱えるのは一層のメタ言語で精一杯なんだ。
君さ、たとえば不慣れな外国語を話す時、まず自国語で考え、頭の中で外国語へコンバートするだろ?」

「ああ」

「思考内容のメタ変換は、言うなれば、それの数百倍複雑な作業を脳内でこなさなきゃ駄目だからねぇ。まったくもって楽じゃない」

 サグレドの視線を追い、人造湖の外縁へ目をやると、棺状の寝床が数えきれないほど設置されており、中に横たわる男女の姿も確認できた。

 皆、頭が中央で割れている。
 
「脳とコンピューターとの相互リンクは、科学の進歩の過程において、いずれは至るべき必然。古い器を乗り越えるという意味じゃ、君達の時代の、宗教と科学の対立にも似た現象と言えるだろう」

 ガリレオには、眠る異形の体がとても安らかで自信に満ち溢れている様に思えた。
 
 それに比べて、ピサ大学の授業に飽き、退学まで考えている己の現状がひどく惨めに感じられた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

熟女愛好家ユウスケの青春(熟女漁り)

MisakiNonagase
恋愛
高校まで勉強一筋で大学デビューをしたユウスケは家庭教師の教え子の母親と不倫交際するが、彼にとって彼女とが初の男女交際。そこでユウスケは自分が熟女好きだと自覚する。それからユウスケは戦略と実戦を重ねて、清潔感と聞き上手を武器にたくさんの熟女と付き合うことになるストーリーです。

ビキニに恋した男

廣瀬純七
SF
ビキニを着たい男がビキニが似合う女性の体になる話

性別交換ノート

廣瀬純七
ファンタジー
性別を交換できるノートを手に入れた高校生の山本渚の物語

還暦の性 若い彼との恋愛模様

MisakiNonagase
恋愛
還暦を迎えた和子。保持する資格の更新講習で二十代後半の青年、健太に出会った。何気なくてLINE交換してメッセージをやりとりするうちに、胸が高鳴りはじめ、長年忘れていた恋心に花が咲く。 そんな還暦女性と二十代の青年の恋模様を書いたストーリーです。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

『続・聖パラダイス病院』

菊池昭仁
現代文学
『聖パラダイス病院』の続編です。こんな病院なら入院生活も悪くはありません。

日本の運命を変えた天才少年-日本が世界一の帝国になる日-

ましゅまろ
歴史・時代
――もしも、日本の運命を変える“少年”が現れたなら。 1941年、戦争の影が世界を覆うなか、日本に突如として現れた一人の少年――蒼月レイ。 わずか13歳の彼は、天才的な頭脳で、戦争そのものを再設計し、歴史を変え、英米独ソをも巻き込みながら、日本を敗戦の未来から救い出す。 だがその歩みは、同時に多くの敵を生み、命を狙われることも――。 これは、一人の少年の手で、世界一の帝国へと昇りつめた日本の物語。 希望と混乱の20世紀を超え、未来に語り継がれる“蒼き伝説”が、いま始まる。 ※アルファポリス限定投稿

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

処理中です...