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しおりを挟むその部屋は東北地方南部、険しい海岸線に面した岩島県富武市・富武第一原子力発電所の免震棟、一階の奥にある。
暗く、人の出入りが乏しい通路の突き当りに入口のドアがあり、二十畳程の窓の無い小部屋が設けられていた。
十三年前、東北全土を襲う大震災により冷却機能を喪失した原子炉が水素爆発。建屋の放射能汚染により管理機能は喪失し、急遽、復旧作業の為に設けられたのが、この免震棟である。
当初、この部屋には警備員が常駐し、敷地内を常時監視していたと言う。
五年前、管掌する極東電力の意向で危機管理が同棟二階の緊急時対策室に集約されて以来、特に使い道の無くなった代物だが、この日は測定用と思しき精密機械が搬入され、調子外れの口笛が響いていた。
吹いているのはタイベック防護服と顔を覆う全面マスクをつけた青年だ。
ほっそりした長身で、年は二十代の半ばと言った所か。
胸のIDカードには「兼光重工研究員・三矢公平」と黒マジックの下手な字で書き込まれている。
即ち、原発の作業員ではない。
壁際の机に向う公平のすぐ後ろには、ダックスフントそっくりの黒いロボットが、四つ足で立っていた。
愛用のノートパソコンを開き、公平の指がそのキーを叩くと、長いネットワークケーブルで繋がれたロボットが、ピポッと電子音を立てる。
即座に作業用マニュピレーターと高感度CMOSカメラを内蔵する頭部が起動し、操縦者の方を向いた。
「御目覚めかい、プルートゥ」
IDを兼ねた愛称を呼ぶと、ロボットの代りにパソコンの画面上、可愛い少女の顔をしたアバターが反応する。
「おはよう、コウヘイ。ご機嫌いかが?」
丁度、午後六時半を過ぎた頃合で朝の挨拶は相応しくないが、公平は気にしない。
ゆっくり左右に揺れる耐熱性高分子ポリマーの頭部を、手の平で柔らかく撫でた。
「プルートゥ、今日は宜しく」
カメラ上部のLEDライトが瞬き、マニュピレーターの先が公平の頬に触れる。まるでペットが戯れる仕草だ。
「薄気味悪いな、それ」
公平が振向くと半分開いたドアの隙間に、全面マスクを付けた中年男が立ち、部屋の中を覗き込んでいた。
「クネクネ勝手に動き回って、まるで生き物みてぇだわ」
「生きてます、僕のプルートゥは」
「ブルートゥ? それ、そいつの名前?」
「ええ」
「マンガのキャラみてぇだな」
「同じ名前のロボットが鉄腕アトムに出てますね。でも、名前の由来は冥王星です」
「あぁ、昔、覚えた。水金地火木土天海冥……」
「いえ、太陽系9番惑星と見なされていたのは2006年までの事。今は格下げされ、惑星とすら見なされていません。何だか憐れに思え、名前を貰いました」
「へぇ……」
目の前に立つ男へ、ロボットは頭部をピョコンと下げた。仏頂面で無愛想な公平の代りに、お辞儀したつもりらしい。
その動きにつられた男はお辞儀を返しかけ、途中で止めて唇を歪めた。
「よしてくれ。馬鹿らしい」
「礼に礼を返さない態度はフェアじゃありません。彼女がヘソを曲げたら困る」
「そいつ、感情、あるの?」
「プルートゥの筐体には、パソコン上のアバターと連動する自立AIが入っており、人の感情をシミュレートしています」
「へぇ……」
男がロボットを凝視すると、パソコン画面で少女のアバターが反応し、「見つめないで、恥ずかしいから」と電子音声を発する。
ギョッとした男は後方へ飛び退き、ずれた全面マスクの位置を慌てて戻した。
「俺は今回の検査担当主任、常田充。ここの……富武第一原発の古株だよ」
「免震棟から建屋の内側まで、プルートゥの道案内をしてくれる方ですよね」
「元々、この辺の出で、な。構内は隅々まで頭ン中だ」
「助かります。図面だけが頼りだと、不測の事態に対応できませんから」
目の前に立つ男へ向け、公平の唇が少しだけ折れ曲がる。どうやら、彼なりに愛想笑いをしたつもりらしい。
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