夜のシンパシー ヘルズ・キッチンで趣味を求めるのは間違っているだろうか

ちみあくた

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ギャングにだってバカはいる

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 名は体を表すと言う。

 だが、ニューヨーク・マンハッタンの八番街辺りからハドソン川流域までを指す「ヘルズキッチン」という名称ほど、見事に当を得たものは珍しい。

 犯罪の横行や大都市の一画と思えぬ荒んだ雰囲気の為、アメリカ大陸で最も危険と言われる地は、今日も幾多のアウトローの命を咀嚼し続けている。

 マニー・トートも又、いずれ汚れた血を大地へ捧げる骸の一人となるであろう。

 長くこの地を縄張りとするレオタルド・ファミリーに名を連ね、25才の若さで幹部にのし上がった狡猾な手腕は「地獄の台所」の土と化すに相応しい。

 だが今夜はまだ、彼の順番は回ってきていない様だ。

 ある古い縫製工場の裏手に停めたステーションワゴンの運転席から、マニーは、助手席の方へ目をやった。

 イタリア系の白い肌に、アジア系の血を偲ばせる黒い瞳を持つ男が、鷹揚な態度で見返してくる。

 組織専属の殺し屋・タールマン。

 年齢は四十代半ばという所だが、その本名と素性を知る者は少ない。

 黒革のハンチング帽、レザージャケットを愛用し、異様に長い手足を閃かせて相手を捕殺する姿は、レオタルド・ファミリーの力を象徴する漆黒の毒蜘蛛として、裏社会に悪名を轟かせている。

「おい、小僧、ここからターゲットの確認は可能か?」

 2mを優に超える痩躯を狭い座席へ据え、タールマンは窮屈そうに口を開いた。張り込みに焦れた細い双眸が、苛立ちで吊り上っていく。

 この男だけは怒らせないのが得策。

 マニーは慌てて懐から愛用のスマートホンを取り出し、アプリの一つを立ち上げた。

 指先でタッチセンサーを撫でると、バン車内に搭載されたモニターテレビに、解像度の低い映像が映し出される。

「これは……縫製工場の内部だな」

「ええ、不況で操業不能に陥った所を奴らが借り、時々、アジト代りに使っているという情報を得ましてね。昼間の内に潜り込み、監視カメラとマイクを物陰へ設置しておいたんです」

「凄ぇな。流石、大学出。一家のIT担当って言われるだけの事はある」

 マニーが謙遜して肩を竦めた時、映像の中央、古いミシンと一体化したデスクの向うに一人の男の影が蠢く。

「アップで見たい」

「仰せのままに」

 スマートホンの操作に連動し、画面上、男の顔が大写しになった。今風のファッションをセンス良く着こなすアフリカ系アメリカ人の若者だ。

 奴ら……即ち、ファミリーに逆らうストリートギャング「ティニー・クラック」の一員、サム・レイブン・ティカーである。

 一口にストリートギャングと言っても「ティニー・クラック」は全米にまたがる組織を持つ最大手。

 サムもかなりの凄腕で、サウスブロンクスからヘルズキッチンへ乗込んで以来、地元に住むアフリカ系の不良を手勢に加え、麻薬密売ルートを奪おうとしている。

 レオタルド一家は当初、相手にしていなかったが、何時までも放って置けない。

 ここで舐められたら最後、青臭いルーキー共が、次々と大事なシマを荒しに訪れる事だろう。
 
「ビンゴだ、マニー。俺のターゲットに間違いない」

 画面を確認したタールマンは口元を歪めて笑い、乾いた声音が車内に響いた。

 それは言わば、この街が下す絶対的な死の宣告。

 今夜、毒蜘蛛の手で地獄の台所へ魂を捧げる順番は、工場で一人、退屈そうに口笛を吹く哀れなサムに回ってきたという訳だ。





 だが、マニーとタールマンがステーションワゴンを降りようとした時、邪魔者が画面上に出現した。

 サムの手下二人、極めて動きにくそうな短いズボンをはくエディ・ローレンスとウィル・ショーティが、縫製工場へ駆け込んできたのだ。

 ティーンエージャー特有の甲高い声を掛け合い、ドタバタ足音を立てる様は、裏社会の住民と思えぬお気楽さ。

 しかも背中に、ゴミ捨て用の青いビニール袋を幾つも背負っている。

「……何だ、ありゃ?」

 助手席に戻ったタールマンが、早速、素朴な疑問をぶつけてきた。

「朝、出し忘れた生ゴミじゃないですか」

「もう真夜中なのに、か」

「明日の朝の分、持ってきたのかもしれません」

「それに、あのズボンは何だ!? 股下が膝の少し上から始まるなんて」

「最近の流行りです」

「はみ出してる、尻が」

「そういうファッションなんで」

「色っぽい姉ちゃんならまだしも、男のハンケツを誰が見たい、え? 今の若い奴ら、ケツ出して楽しいか?」

「え~、それは、ですね……」

 又も機嫌が悪くなってきた殺し屋への答えに困り、マニーの額に冷や汗が滲んだ。同世代を代表して語る自信が彼には無い上、何を言っても理解して貰えそうにない。

 常識をウンネンするには、そもそもタールマン自身の趣味が、世間から大きく隔たっているのだ。

 常に黒革のハンチングとジャケット。

 見栄と面子を重んじる暗黒街の住民は意外にお洒落なものだが、中でもタールマンの拘りは強い。

 何着、同じデザインを持っているやら? マニーはその身なりに一縷の汚れや傷さえ見た記憶がなかった。

 特異な体型と見事にマッチしている所を見ると、何処かでオーダーメイドしている筈なのだが、そんな腕のある仕立て屋はこの街にいない。

 少なくともマニーは知らない。

「全く……若いモンの趣味は、俺には理解不能だな」

 有り触れた言回しでひとまず疑問を棚上げする殺し屋の傍ら、やるせない吐息が、若きマフィアの口から漏れた。





 一方、縫製工場の中では、サムが出来の悪い部下二人を激しく睨みつけている。

「おい、お前ら、カルロはどうした?」

「……はぁ」

「67ストリートの老いぼれ売人カルロ、ここへ連れてこいと言ったよな?」

「……はぁ」

「あのクソ親父、レオタルド一家に義理立てしやがって! 二度と邪魔しない様、ヤキ入れなきゃならねぇ」

「あ~、それなら俺達が」

「兄貴の代りに、良い感じで、ハイ」

 モジモジしていたエディとウィルが、肩のビニール袋を逆さにした。

 小さな塊が床へ落ちる。

 禿げ上がったオデコと高い鼻、だれしなく垂れ下がった舌、そして、恨めしそうに見開かれた瞳。
 
 初老の男の生首だ。
 
 しかも、二人が抱える袋の中には、手首やら胴体やら、細かく分断された人体が一通り揃っている。
 
「な、何しやがった、このバカ共!?」

「だから、その……ヤキをね、ちょっとばかし、キツ目に」

「殺せと言ったか、一言でも?」

「いや~、こっちもそんな気、無かったんスよ~」

 頭をかきながら、ウィルはだらしなく唇を歪め、掌で涎を拭った。

 何とも軽いノリだ。

 幼稚と愚鈍、そして凶悪さが野放図にブレンドされた笑み。多分、生ゴミの出し忘れをママに言い訳する時も、こいつら、こんな顔をするに違いない。

 隣で相方のエディも、大げさにお手上げポーズを決めてみせる。
 
「俺ら、凄ぇ優しく説得しました。で、ヤサから連れ出そうとしたんスけど、野郎、逃げやがって」

「お仕置きに軽~くぶん殴ったら、そのままあっさり」

「死んじまったのか?」

「良い感じで、ハイ」

「……お前らなぁ、何処が……何処が良い感じなんだよ!?」

 サムは絶句した。

 胸の奥で沸騰する苛立ちを噛み殺し、何とか冷静さを取り戻そうとする。

 だが、手下二人に空気なんか読めない。相も変わらず、無責任な良い訳を垂れ流し続けている。
 
「やっぱホラ、俺らって、引き受けた仕事は最後までやり抜くキャラなんで」

「カルロ、連れてきたんス」

「かさ張らない様、奴の家のバスルームでバラバラにして、ハイ」

「ね~、中々、切れるっしょ?」

「死体の切断だけに」

「キレキレ」

 二度ハイタッチし、イェーイと握り拳を合わせるバカ共を前に、サムの口からやるせない吐息が漏れた。


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