1 / 2
ギャングにだってバカはいる
しおりを挟む名は体を表すと言う。
だが、ニューヨーク・マンハッタンの八番街辺りからハドソン川流域までを指す「ヘルズキッチン」という名称ほど、見事に当を得たものは珍しい。
犯罪の横行や大都市の一画と思えぬ荒んだ雰囲気の為、アメリカ大陸で最も危険と言われる地は、今日も幾多のアウトローの命を咀嚼し続けている。
マニー・トートも又、いずれ汚れた血を大地へ捧げる骸の一人となるであろう。
長くこの地を縄張りとするレオタルド・ファミリーに名を連ね、25才の若さで幹部にのし上がった狡猾な手腕は「地獄の台所」の土と化すに相応しい。
だが今夜はまだ、彼の順番は回ってきていない様だ。
ある古い縫製工場の裏手に停めたステーションワゴンの運転席から、マニーは、助手席の方へ目をやった。
イタリア系の白い肌に、アジア系の血を偲ばせる黒い瞳を持つ男が、鷹揚な態度で見返してくる。
組織専属の殺し屋・タールマン。
年齢は四十代半ばという所だが、その本名と素性を知る者は少ない。
黒革のハンチング帽、レザージャケットを愛用し、異様に長い手足を閃かせて相手を捕殺する姿は、レオタルド・ファミリーの力を象徴する漆黒の毒蜘蛛として、裏社会に悪名を轟かせている。
「おい、小僧、ここからターゲットの確認は可能か?」
2mを優に超える痩躯を狭い座席へ据え、タールマンは窮屈そうに口を開いた。張り込みに焦れた細い双眸が、苛立ちで吊り上っていく。
この男だけは怒らせないのが得策。
マニーは慌てて懐から愛用のスマートホンを取り出し、アプリの一つを立ち上げた。
指先でタッチセンサーを撫でると、バン車内に搭載されたモニターテレビに、解像度の低い映像が映し出される。
「これは……縫製工場の内部だな」
「ええ、不況で操業不能に陥った所を奴らが借り、時々、アジト代りに使っているという情報を得ましてね。昼間の内に潜り込み、監視カメラとマイクを物陰へ設置しておいたんです」
「凄ぇな。流石、大学出。一家のIT担当って言われるだけの事はある」
マニーが謙遜して肩を竦めた時、映像の中央、古いミシンと一体化したデスクの向うに一人の男の影が蠢く。
「アップで見たい」
「仰せのままに」
スマートホンの操作に連動し、画面上、男の顔が大写しになった。今風のファッションをセンス良く着こなすアフリカ系アメリカ人の若者だ。
奴ら……即ち、ファミリーに逆らうストリートギャング「ティニー・クラック」の一員、サム・レイブン・ティカーである。
一口にストリートギャングと言っても「ティニー・クラック」は全米にまたがる組織を持つ最大手。
サムもかなりの凄腕で、サウスブロンクスからヘルズキッチンへ乗込んで以来、地元に住むアフリカ系の不良を手勢に加え、麻薬密売ルートを奪おうとしている。
レオタルド一家は当初、相手にしていなかったが、何時までも放って置けない。
ここで舐められたら最後、青臭いルーキー共が、次々と大事なシマを荒しに訪れる事だろう。
「ビンゴだ、マニー。俺のターゲットに間違いない」
画面を確認したタールマンは口元を歪めて笑い、乾いた声音が車内に響いた。
それは言わば、この街が下す絶対的な死の宣告。
今夜、毒蜘蛛の手で地獄の台所へ魂を捧げる順番は、工場で一人、退屈そうに口笛を吹く哀れなサムに回ってきたという訳だ。
だが、マニーとタールマンがステーションワゴンを降りようとした時、邪魔者が画面上に出現した。
サムの手下二人、極めて動きにくそうな短いズボンをはくエディ・ローレンスとウィル・ショーティが、縫製工場へ駆け込んできたのだ。
ティーンエージャー特有の甲高い声を掛け合い、ドタバタ足音を立てる様は、裏社会の住民と思えぬお気楽さ。
しかも背中に、ゴミ捨て用の青いビニール袋を幾つも背負っている。
「……何だ、ありゃ?」
助手席に戻ったタールマンが、早速、素朴な疑問をぶつけてきた。
「朝、出し忘れた生ゴミじゃないですか」
「もう真夜中なのに、か」
「明日の朝の分、持ってきたのかもしれません」
「それに、あのズボンは何だ!? 股下が膝の少し上から始まるなんて」
「最近の流行りです」
「はみ出してる、尻が」
「そういうファッションなんで」
「色っぽい姉ちゃんならまだしも、男のハンケツを誰が見たい、え? 今の若い奴ら、ケツ出して楽しいか?」
「え~、それは、ですね……」
又も機嫌が悪くなってきた殺し屋への答えに困り、マニーの額に冷や汗が滲んだ。同世代を代表して語る自信が彼には無い上、何を言っても理解して貰えそうにない。
常識をウンネンするには、そもそもタールマン自身の趣味が、世間から大きく隔たっているのだ。
常に黒革のハンチングとジャケット。
見栄と面子を重んじる暗黒街の住民は意外にお洒落なものだが、中でもタールマンの拘りは強い。
何着、同じデザインを持っているやら? マニーはその身なりに一縷の汚れや傷さえ見た記憶がなかった。
特異な体型と見事にマッチしている所を見ると、何処かでオーダーメイドしている筈なのだが、そんな腕のある仕立て屋はこの街にいない。
少なくともマニーは知らない。
「全く……若いモンの趣味は、俺には理解不能だな」
有り触れた言回しでひとまず疑問を棚上げする殺し屋の傍ら、やるせない吐息が、若きマフィアの口から漏れた。
一方、縫製工場の中では、サムが出来の悪い部下二人を激しく睨みつけている。
「おい、お前ら、カルロはどうした?」
「……はぁ」
「67ストリートの老いぼれ売人カルロ、ここへ連れてこいと言ったよな?」
「……はぁ」
「あのクソ親父、レオタルド一家に義理立てしやがって! 二度と邪魔しない様、ヤキ入れなきゃならねぇ」
「あ~、それなら俺達が」
「兄貴の代りに、良い感じで、ハイ」
モジモジしていたエディとウィルが、肩のビニール袋を逆さにした。
小さな塊が床へ落ちる。
禿げ上がったオデコと高い鼻、だれしなく垂れ下がった舌、そして、恨めしそうに見開かれた瞳。
初老の男の生首だ。
しかも、二人が抱える袋の中には、手首やら胴体やら、細かく分断された人体が一通り揃っている。
「な、何しやがった、このバカ共!?」
「だから、その……ヤキをね、ちょっとばかし、キツ目に」
「殺せと言ったか、一言でも?」
「いや~、こっちもそんな気、無かったんスよ~」
頭をかきながら、ウィルはだらしなく唇を歪め、掌で涎を拭った。
何とも軽いノリだ。
幼稚と愚鈍、そして凶悪さが野放図にブレンドされた笑み。多分、生ゴミの出し忘れをママに言い訳する時も、こいつら、こんな顔をするに違いない。
隣で相方のエディも、大げさにお手上げポーズを決めてみせる。
「俺ら、凄ぇ優しく説得しました。で、ヤサから連れ出そうとしたんスけど、野郎、逃げやがって」
「お仕置きに軽~くぶん殴ったら、そのままあっさり」
「死んじまったのか?」
「良い感じで、ハイ」
「……お前らなぁ、何処が……何処が良い感じなんだよ!?」
サムは絶句した。
胸の奥で沸騰する苛立ちを噛み殺し、何とか冷静さを取り戻そうとする。
だが、手下二人に空気なんか読めない。相も変わらず、無責任な良い訳を垂れ流し続けている。
「やっぱホラ、俺らって、引き受けた仕事は最後までやり抜くキャラなんで」
「カルロ、連れてきたんス」
「かさ張らない様、奴の家のバスルームでバラバラにして、ハイ」
「ね~、中々、切れるっしょ?」
「死体の切断だけに」
「キレキレ」
二度ハイタッチし、イェーイと握り拳を合わせるバカ共を前に、サムの口からやるせない吐息が漏れた。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
至れり尽くせり!僕専用メイドの全員が溺愛してくる件
こうたろ
青春
普通の大学生・佐藤健太は目覚めると、自宅が豪華な洋館に変わり10人の美人メイドたちに「お目覚めですか、ご主人様?」と一斉に迎えられる。いつの間にか彼らの“専属主人”になっていた健太は戸惑う間もなく、朝から晩までメイドたちの超至れり尽くせりな奉仕を受け始める。
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
『専属メイド全員が重すぎる愛で迫ってくる!~大学生の僕、11人?の美女に24時間甘やかされ尽くす生活~』
まさき
青春
僕は、ちょっと普通じゃない日常を送ることになった――それは、専属メイドが全員僕のことを溺愛してくれる暮らしだ。
朝は髪を整えてくれるリナ、朝食で笑顔を見せてくれるミユ、どの瞬間も全力で僕を甘やかす。掃除、料理、悩み相談まで、僕のためだけに動くメイドたち。
「ご主人様の笑顔が見たいんです」
その一言で、僕の毎日はちょっとドキドキ、ちょっと幸せ。
全員が僕を独占したいと競い合う日常の中、僕はどうやってこの溺愛地獄(?)を生き抜けばいいのか――!?
甘々、至れり尽くせりの日常ラブコメ、開幕。
同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。
ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。
真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。
引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。
偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。
ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。
優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。
大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。
夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い
青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。
神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。
もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。
生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。
過去世と同じ轍を踏みたくない……
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる