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小学校
第10話 ミュンミュンのモデル
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更衣室の椅子に腰掛け、泥だらけになった衣装を脱いだ瞬間、ふっと現実感が薄れた。
――ああ、やっぱり来たか。
鏡の中の私は、いつも通りの顔をしている。泣いてもいないし、怒ってもいない。ただ少しだけ、目が冷えていた。
「燈由ちゃん、ごめんね。本当にごめんね」
myun myunのスタイリスト、我妻さんが何度も頭を下げる。
「我妻さんのせいじゃないです」
むしろ助けてくれたのはスタッフの方々だ。
だが問題はそこではない。
あの子達が口にした名前。
――宮園さん。
◇◇◇
翌日、学校に行くと空気が明らかに違った。
ひそひそ声。
視線。
スマホを隠す仕草。
嫌な予感しかしない。
机に鞄を置いた瞬間、光が青ざめた顔で近付いてきた。
「燈由……これ」
差し出されたスマホ画面。
そこに映っていたのは、昨日の私。
泥だらけで転んだ瞬間の写真。
タイトルは――
《人気子役、撮影中に自爆転倒?》
悪意の塊のような文章が添えられている。
“星宮裕翔に色目を使い失敗したらしい”
“センターを奪った罰では?”
胸の奥がじわりと冷える。
「誰が上げたの?」
「分からない。でも発信元、宮園さんのファンアカと繋がってる」
……なるほど。
偶然、ね。
◇◇◇
昼休み。
トイレに入った瞬間、背後から水を掛けられた。
冷たい。
制服が濡れる。
振り返ると、例のファンの子達。
「昨日は災難だったね?」
嘲笑。
「でも泥の方が似合ってたよ?」
くすくす笑い。
私は黙ってハンカチで顔を拭いた。
「何とか言いなさいよ!」
「言うことないから」
淡々と答える。
すると、背後から別の声。
「やめなさいよ」
振り向けば、宮園春香。
彼女は腕を組み、こちらを見下ろしていた。
「学校で問題起こしたら面倒でしょ」
味方?
いや違う。
彼女は私の耳元に顔を寄せ、囁いた。
「ネットって怖いわよね。いつ炎上するか分からないもの」
ぞわり、と背筋が粟立つ。
確信した。
直接手は出していない。
だが火種を撒いたのは彼女だ。
「忠告ありがとう」
私は微笑んだ。
彼女の目が細まる。
◇◇◇
嫌がらせはエスカレートした。
机の中に入れられた破られた雑誌の切り抜き。
“偽りの天才”
上履きが隠される。
レッスンバッグに落書き。
そして決定的だったのは――
ドラマのオーディション情報のリーク。
私が極秘参加するはずだった企画が、事前に噂として流されたのだ。
結果、“出来レースでは?”と騒がれる。
事務所は火消しに追われた。
マネージャーが眉間を押さえる。
「燈由、学校で何かあったか?」
「別に」
本当は山ほどある。
だが言わない。
これは、私の問題だ。
◇◇◇
放課後、屋上。
呼び出したのは私の方だった。
風が強い。
フェンス越しに立つ宮園春香。
「何?ついに泣き言?」
「違うよ」
私はスマホを取り出した。
画面には、昨日のトイレでの音声データ。
彼女の囁き声。
そしてファンの子達の会話。
「ネットに上げたらどうなるかな?」
彼女の顔色が変わる。
「……脅す気?」
「事実を出すだけ」
淡々と告げる。
前世で学んだ。
感情で動いた方が負ける。
宮園さんは唇を噛んだ。
「何が望み?」
「やめて」
ただそれだけ。
「私はあなたの席を奪う気はない。来年辞めるって言ったでしょ」
沈黙。
彼女の拳が震えている。
「……怖いのよ」
小さな声。
「何が?」
「あなたみたいなのがいると、自分が空っぽに見える」
初めて聞く、本音。
私は息を吐いた。
「努力してるの知ってるって言ったよね」
「慰めいらない!」
叫ぶ。
風が彼女の髪を揺らす。
「私は勝ちたいの!主役になりたいの!親の名前じゃなくて!」
――ああ。
そういうことか。
彼女は私を憎んでいるのではない。
自分の影と戦っている。
「じゃあ正面から勝負しよう」
私は言った。
「いじめじゃなくて、舞台で」
彼女の瞳が揺れる。
「逃げない?」
「逃げない」
しばらく睨み合い。
やがて彼女は視線を逸らした。
「……今回のは、止める」
小さな声。
「ファンにも言う」
完全な謝罪ではない。
だが十分だ。
◇◇◇
翌日から、嫌がらせはぴたりと止んだ。
ネットの投稿も削除され、発信元アカウントは沈黙。
学校の空気も徐々に元に戻る。
けれど傷は残る。
机に残った薄い傷跡。
バッグの消えないペンの跡。
そして心の奥の、冷たい感触。
放課後、星宮裕翔が声を掛けてきた。
「大丈夫か?」
「何が?」
「全部」
不器用な優しさ。
私は少し笑った。
「平気。慣れてる」
「慣れるなよ」
真っ直ぐな目。
一瞬、前世の自分が胸を刺す。
――本当に慣れていいのか?
答えは出ない。
だが一つだけ確かなのは。
私は負けない。
いじめにも、嫉妬にも、噂にも。
来年引退するその日まで。
舞台の上で、堂々と立つ。
屋上から見上げた空は高かった。
その青さは、昨日より少しだけ澄んで見えた。
――ああ、やっぱり来たか。
鏡の中の私は、いつも通りの顔をしている。泣いてもいないし、怒ってもいない。ただ少しだけ、目が冷えていた。
「燈由ちゃん、ごめんね。本当にごめんね」
myun myunのスタイリスト、我妻さんが何度も頭を下げる。
「我妻さんのせいじゃないです」
むしろ助けてくれたのはスタッフの方々だ。
だが問題はそこではない。
あの子達が口にした名前。
――宮園さん。
◇◇◇
翌日、学校に行くと空気が明らかに違った。
ひそひそ声。
視線。
スマホを隠す仕草。
嫌な予感しかしない。
机に鞄を置いた瞬間、光が青ざめた顔で近付いてきた。
「燈由……これ」
差し出されたスマホ画面。
そこに映っていたのは、昨日の私。
泥だらけで転んだ瞬間の写真。
タイトルは――
《人気子役、撮影中に自爆転倒?》
悪意の塊のような文章が添えられている。
“星宮裕翔に色目を使い失敗したらしい”
“センターを奪った罰では?”
胸の奥がじわりと冷える。
「誰が上げたの?」
「分からない。でも発信元、宮園さんのファンアカと繋がってる」
……なるほど。
偶然、ね。
◇◇◇
昼休み。
トイレに入った瞬間、背後から水を掛けられた。
冷たい。
制服が濡れる。
振り返ると、例のファンの子達。
「昨日は災難だったね?」
嘲笑。
「でも泥の方が似合ってたよ?」
くすくす笑い。
私は黙ってハンカチで顔を拭いた。
「何とか言いなさいよ!」
「言うことないから」
淡々と答える。
すると、背後から別の声。
「やめなさいよ」
振り向けば、宮園春香。
彼女は腕を組み、こちらを見下ろしていた。
「学校で問題起こしたら面倒でしょ」
味方?
いや違う。
彼女は私の耳元に顔を寄せ、囁いた。
「ネットって怖いわよね。いつ炎上するか分からないもの」
ぞわり、と背筋が粟立つ。
確信した。
直接手は出していない。
だが火種を撒いたのは彼女だ。
「忠告ありがとう」
私は微笑んだ。
彼女の目が細まる。
◇◇◇
嫌がらせはエスカレートした。
机の中に入れられた破られた雑誌の切り抜き。
“偽りの天才”
上履きが隠される。
レッスンバッグに落書き。
そして決定的だったのは――
ドラマのオーディション情報のリーク。
私が極秘参加するはずだった企画が、事前に噂として流されたのだ。
結果、“出来レースでは?”と騒がれる。
事務所は火消しに追われた。
マネージャーが眉間を押さえる。
「燈由、学校で何かあったか?」
「別に」
本当は山ほどある。
だが言わない。
これは、私の問題だ。
◇◇◇
放課後、屋上。
呼び出したのは私の方だった。
風が強い。
フェンス越しに立つ宮園春香。
「何?ついに泣き言?」
「違うよ」
私はスマホを取り出した。
画面には、昨日のトイレでの音声データ。
彼女の囁き声。
そしてファンの子達の会話。
「ネットに上げたらどうなるかな?」
彼女の顔色が変わる。
「……脅す気?」
「事実を出すだけ」
淡々と告げる。
前世で学んだ。
感情で動いた方が負ける。
宮園さんは唇を噛んだ。
「何が望み?」
「やめて」
ただそれだけ。
「私はあなたの席を奪う気はない。来年辞めるって言ったでしょ」
沈黙。
彼女の拳が震えている。
「……怖いのよ」
小さな声。
「何が?」
「あなたみたいなのがいると、自分が空っぽに見える」
初めて聞く、本音。
私は息を吐いた。
「努力してるの知ってるって言ったよね」
「慰めいらない!」
叫ぶ。
風が彼女の髪を揺らす。
「私は勝ちたいの!主役になりたいの!親の名前じゃなくて!」
――ああ。
そういうことか。
彼女は私を憎んでいるのではない。
自分の影と戦っている。
「じゃあ正面から勝負しよう」
私は言った。
「いじめじゃなくて、舞台で」
彼女の瞳が揺れる。
「逃げない?」
「逃げない」
しばらく睨み合い。
やがて彼女は視線を逸らした。
「……今回のは、止める」
小さな声。
「ファンにも言う」
完全な謝罪ではない。
だが十分だ。
◇◇◇
翌日から、嫌がらせはぴたりと止んだ。
ネットの投稿も削除され、発信元アカウントは沈黙。
学校の空気も徐々に元に戻る。
けれど傷は残る。
机に残った薄い傷跡。
バッグの消えないペンの跡。
そして心の奥の、冷たい感触。
放課後、星宮裕翔が声を掛けてきた。
「大丈夫か?」
「何が?」
「全部」
不器用な優しさ。
私は少し笑った。
「平気。慣れてる」
「慣れるなよ」
真っ直ぐな目。
一瞬、前世の自分が胸を刺す。
――本当に慣れていいのか?
答えは出ない。
だが一つだけ確かなのは。
私は負けない。
いじめにも、嫉妬にも、噂にも。
来年引退するその日まで。
舞台の上で、堂々と立つ。
屋上から見上げた空は高かった。
その青さは、昨日より少しだけ澄んで見えた。
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