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第一章
第10話 工房建設
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尾張国、清洲城下の朝は早い。
まだ空が白み始めたばかりだというのに、町ではすでに人の声が響いていた。
荷車を押す農民。
水を汲む女。
魚を売る商人。
その城下町の外れ、五条川のほとりに、十数人の男たちが集まっていた。
鍛冶職人たちである。
そして、その中央に立つ一人の女。
望月梓。
「ここが工房になります」
梓は川を指差した。
緩やかに流れる五条川。
その流れを見て、職人の一人が首をかしげる。
「川はあるが……」
「鍛冶場なら町の中でも良いのでは?」
梓は微笑んだ。
「いいえ」
「ここでなければ駄目です」
職人たちは顔を見合わせる。
梓は続けた。
「川の力を使うからです」
「川の力?」
職人たちは意味がわからない顔をした。
梓は木の枝を拾い、地面に図を描いた。
円。
そして棒。
「水車です」
職人の一人が言う。
「水車なら米を搗くのに使うが……」
梓は頷いた。
「同じです」
「ただし」
「鉄を打つために使います」
男たちは黙った。
鉄を打つ。
それは人の力で行うものだ。
大きな槌を振り上げ、何度も叩く。
重労働。
だから鍛冶職人は少ない。
梓は言った。
「水車が回れば」
「槌が動きます」
職人の一人が驚く。
「……人が振らなくても?」
「はい」
梓は静かに頷いた。
「川が振ります」
沈黙。
そして。
「そんなことができるのか……?」
梓は答える。
「できます」
頭の中でアイリスが補足する。
『水車動力式ハンマーは技術的に実現可能です』
『戦国期の技術水準でも再現できます』
梓は小さく息を吐いた。
(よし)
理屈は通る。
あとは形にするだけ。
⸻
そこへ一頭の馬が近づいてきた。
乗っているのは武士。
木下藤吉郎。
後の豊臣秀吉である。
「おーい!」
藤吉郎は馬から降りると、にこにこと笑った。
「進んでおるか?」
梓は軽く頭を下げる。
「はい」
藤吉郎は周囲を見回した。
まだ何もない土地。
草が生えているだけだ。
「ここに鉄砲工房ができるのか」
「はい」
梓は頷く。
藤吉郎は感心したように言う。
「殿も期待しておられるぞ」
「鉄砲は戦を変える」
梓は静かに答えた。
「はい」
(もう変わる)
歴史を知っている彼女にはわかる。
鉄砲の大量運用。
それが戦国の戦術を大きく変える。
やがて訪れる。
長篠の戦い。
三段撃ち。
だが。
もしその前に大量の鉄砲があれば――
歴史はさらに変わる。
藤吉郎が言った。
「必要なものはあるか?」
梓は少し考えた。
「あります」
「何だ?」
「鉄」
「炭」
「木材」
藤吉郎は笑う。
「それなら任せよ」
「尾張国には山がある」
「すぐ集める」
さすが調達の天才である。
梓は頭を下げた。
「助かります」
⸻
その日の夕方。
清洲城の客間。
梓は一人で座っていた。
目の前にはショップ画面。
彼女は商品一覧を眺めていた。
「……工具は揃った」
だが。
まだ足りないものがある。
梓は検索した。
「測定工具」
表示されたのは。
ノギス。
金属定規。
測定ゲージ。
戦国時代には存在しない精密工具だ。
(これがあれば)
部品のサイズを完全に揃えられる。
つまり。
部品交換式の鉄砲が作れる。
梓は値段を見る。
「銀二貫」
安い。
この時代では奇跡の道具なのに。
梓は購入した。
光。
工具がアイテムボックスに入る。
梓は静かに考えた。
(次は火薬)
火薬の材料は。
硝石。
硫黄。
木炭。
この時代でも手に入る。
だが。
純度が低い。
つまり威力が安定しない。
梓は検索する。
「精製硝石」
未来の化学材料が並ぶ。
彼女は少しだけ購入した。
「これで研究できる」
梓は小さく笑う。
戦国の人々はまだ知らない。
科学という力を。
化学。
物理。
工業。
それらが組み合わさった時。
戦は完全に変わる。
梓は窓の外を見る。
夜の清洲城。
城の灯り。
その奥には、戦国の闇が広がっている。
だが。
(もうすぐ変わる)
工房が完成すれば。
鉄砲は増える。
さらに。
大砲。
火薬兵器。
やがて。
海軍。
そして。
海外。
梓は静かに呟いた。
「まずは百丁」
その数字が意味するものを。
まだ誰も理解していない。
鉄砲百丁。
それは。
一つの軍隊を壊滅させる力。
そして。
織田軍はやがて――
戦国最強の軍隊になる。
すべては。
この小さな工房から始まるのだった。
まだ空が白み始めたばかりだというのに、町ではすでに人の声が響いていた。
荷車を押す農民。
水を汲む女。
魚を売る商人。
その城下町の外れ、五条川のほとりに、十数人の男たちが集まっていた。
鍛冶職人たちである。
そして、その中央に立つ一人の女。
望月梓。
「ここが工房になります」
梓は川を指差した。
緩やかに流れる五条川。
その流れを見て、職人の一人が首をかしげる。
「川はあるが……」
「鍛冶場なら町の中でも良いのでは?」
梓は微笑んだ。
「いいえ」
「ここでなければ駄目です」
職人たちは顔を見合わせる。
梓は続けた。
「川の力を使うからです」
「川の力?」
職人たちは意味がわからない顔をした。
梓は木の枝を拾い、地面に図を描いた。
円。
そして棒。
「水車です」
職人の一人が言う。
「水車なら米を搗くのに使うが……」
梓は頷いた。
「同じです」
「ただし」
「鉄を打つために使います」
男たちは黙った。
鉄を打つ。
それは人の力で行うものだ。
大きな槌を振り上げ、何度も叩く。
重労働。
だから鍛冶職人は少ない。
梓は言った。
「水車が回れば」
「槌が動きます」
職人の一人が驚く。
「……人が振らなくても?」
「はい」
梓は静かに頷いた。
「川が振ります」
沈黙。
そして。
「そんなことができるのか……?」
梓は答える。
「できます」
頭の中でアイリスが補足する。
『水車動力式ハンマーは技術的に実現可能です』
『戦国期の技術水準でも再現できます』
梓は小さく息を吐いた。
(よし)
理屈は通る。
あとは形にするだけ。
⸻
そこへ一頭の馬が近づいてきた。
乗っているのは武士。
木下藤吉郎。
後の豊臣秀吉である。
「おーい!」
藤吉郎は馬から降りると、にこにこと笑った。
「進んでおるか?」
梓は軽く頭を下げる。
「はい」
藤吉郎は周囲を見回した。
まだ何もない土地。
草が生えているだけだ。
「ここに鉄砲工房ができるのか」
「はい」
梓は頷く。
藤吉郎は感心したように言う。
「殿も期待しておられるぞ」
「鉄砲は戦を変える」
梓は静かに答えた。
「はい」
(もう変わる)
歴史を知っている彼女にはわかる。
鉄砲の大量運用。
それが戦国の戦術を大きく変える。
やがて訪れる。
長篠の戦い。
三段撃ち。
だが。
もしその前に大量の鉄砲があれば――
歴史はさらに変わる。
藤吉郎が言った。
「必要なものはあるか?」
梓は少し考えた。
「あります」
「何だ?」
「鉄」
「炭」
「木材」
藤吉郎は笑う。
「それなら任せよ」
「尾張国には山がある」
「すぐ集める」
さすが調達の天才である。
梓は頭を下げた。
「助かります」
⸻
その日の夕方。
清洲城の客間。
梓は一人で座っていた。
目の前にはショップ画面。
彼女は商品一覧を眺めていた。
「……工具は揃った」
だが。
まだ足りないものがある。
梓は検索した。
「測定工具」
表示されたのは。
ノギス。
金属定規。
測定ゲージ。
戦国時代には存在しない精密工具だ。
(これがあれば)
部品のサイズを完全に揃えられる。
つまり。
部品交換式の鉄砲が作れる。
梓は値段を見る。
「銀二貫」
安い。
この時代では奇跡の道具なのに。
梓は購入した。
光。
工具がアイテムボックスに入る。
梓は静かに考えた。
(次は火薬)
火薬の材料は。
硝石。
硫黄。
木炭。
この時代でも手に入る。
だが。
純度が低い。
つまり威力が安定しない。
梓は検索する。
「精製硝石」
未来の化学材料が並ぶ。
彼女は少しだけ購入した。
「これで研究できる」
梓は小さく笑う。
戦国の人々はまだ知らない。
科学という力を。
化学。
物理。
工業。
それらが組み合わさった時。
戦は完全に変わる。
梓は窓の外を見る。
夜の清洲城。
城の灯り。
その奥には、戦国の闇が広がっている。
だが。
(もうすぐ変わる)
工房が完成すれば。
鉄砲は増える。
さらに。
大砲。
火薬兵器。
やがて。
海軍。
そして。
海外。
梓は静かに呟いた。
「まずは百丁」
その数字が意味するものを。
まだ誰も理解していない。
鉄砲百丁。
それは。
一つの軍隊を壊滅させる力。
そして。
織田軍はやがて――
戦国最強の軍隊になる。
すべては。
この小さな工房から始まるのだった。
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