世界を変える女

momo

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第一章

第12話 兵糧策動

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 夜の清洲城きよすじょうは、昼とはまるで別の顔を見せていた。

 城内の灯明はところどころに揺れ、静まり返った廊下の奥からは、遠く見張りの足音だけがかすかに響いてくる。

 尾張おわりの夜風が格子窓から入り込み、畳の上を静かに撫でていった。

 その一室で、あずさは腕を組んで座っていた。

「……やっぱり、まだ慣れないな」

 小さく呟く。

 数日前まで、自分は現代日本で普通に生活していた。

 だが今いるのは戦国時代――それも織田信長おだのぶながの治める尾張国おわりのくに

 そして運命のいたずらか、あずさはすでに信長のぶながと対面し、家臣として召し抱えられている。

 普通なら信じられない話だ。

 だがそれ以上に信じがたいことが、あずさの身には起きていた。

 それは――

 売買の力。

 ふとあずさが手を前に出すと、空中に淡く光るものが浮かび上がった。

 それは板のような形をしている。

 しかし完全な物体ではない。

 光で出来たかのように、向こう側が透けて見える。

 まるで半透明の板だ。

 そこには文字が浮かび上がっている。

 だがこの板は――

 他人には見えない。

 何度も確かめた。

 人前で試したこともある。

 しかし誰も反応しない。

 つまりこれは、あずさにしか見えない謎の売買の板なのだ。

 そこに表示されているのは、簡単な項目だった。

 ――購入

 ――売却

 ただそれだけ。

 そしてもう一つ。

 所持金。

 この数字は、この時代の銭や金銀の価値と連動している。

 つまり。

 現地の金銭を使って、板の中にある品を買うことができる。

 逆に。

 物を売ることもできる。

 あずさは試しに尾張おわりの農家から米を買い、それを売却してみた。

 すると半透明の板に文字が浮かんだ。

 ――売却確認

 ――米 一石

 ――換算価値 〇〇

 次の瞬間。

 手に持っていた米俵が、まるで霧のように消えた。

 そして数字が増えた。

 その瞬間、あずさは確信した。

「……これは、商売が出来る」

 戦国の世で。

 しかも誰にも知られずに。

 もし大量の米を扱えばどうなるか。

 もしそれを売買し、蓄財すれば。

 兵糧を支配する者は戦を支配する。

 これは歴史の常識だ。

 そしてその兵糧の中心は――

 米。

 あずさは静かに息を吐いた。

「まずは信用を得ることだ」

 いきなり大きなことをすれば怪しまれる。

 だから少しずつだ。

 米を集め、流通させる。

 その流れの中で、板を使って利益を生む。

 その時だった。

あずさ殿」

 廊下から声がした。

 襖を開けると、そこにいたのは――

 木下藤吉郎きのしたとうきちろうだった。

 まだ粗末な身なりだが、どこか底知れない男。

 後に豊臣秀吉とよとみひでよしとなる人物である。

「夜分失礼致す」

「どうされました?」

「殿がお呼びじゃ」

 殿。

 つまり。

 織田信長おだのぶなが

 あずさは立ち上がった。

「すぐ参ります」

 二人は廊下を進む。

 夜の清洲城きよすじょうは静かだ。

 だが静けさの中に、戦国の緊張が漂っている。

 やがて信長のぶながの部屋へ到着した。

「殿、あずさ殿をお連れ致しました」

「入れ」

 低い声が返る。

 部屋に入ると、織田信長おだのぶながが酒を飲んでいた。

 灯明の光に照らされた顔は、鋭く、そしてどこか楽しげだった。

「来たか、あずさ

「はっ」

 あずさは頭を下げる。

 信長のぶながはしばらくこちらを見ていた。

 そして言った。

「おぬし、米を集めておるそうだな」

 一瞬、空気が止まった。

 だがあずさは落ち着いて答えた。

「はい」

「なぜだ」

 短い問い。

 しかし試されているのは明らかだった。

 あずさは言う。

「兵は腹が減れば戦えませぬ」

 信長のぶながの目が細くなる。

「続けよ」

「米を備えれば兵は動き、民も安心します」

「……」

「豊かな国は強い国になります」

 信長のぶながは静かに杯を置いた。

 そして突然――

 笑った。

「ははははは!」

 藤吉郎とうきちろうも驚いている。

「面白い」

 信長のぶながは立ち上がった。

「戦は刀だけでは勝てぬ」

 そう言ってあずさを見た。

「兵糧を握る者が戦を握る」

 そして言う。

「米を集めよ」

 あずさは顔を上げた。

「殿……?」

「銭も米も使ってよい」

 信長のぶながは笑う。

「ただし結果を出せ」

「出来ねば首が飛ぶ」

 静かな声だった。

 しかし冗談ではない。

 これが戦国だ。

 あずさは頭を下げた。

「承知致しました」

 信長のぶながは満足そうに頷いた。

「よい」

藤吉郎とうきちろう

「はっ」

「この男を手伝え」

 藤吉郎とうきちろうは笑った。

「面白くなってきましたな」

 その夜。

 あずさは兵糧管理の役目を任された。

 米の流通。

 備蓄。

 売買。

 すべて自由に任されたのである。

 部屋へ戻ったあずさは、一人静かに座った。

 そして手を前に出す。

 すると再び。

 空中に半透明の板が現れた。

 光のように揺れるその板には文字が浮かぶ。

 ――売却

 ――購入

 ――所持金

 誰にも見えない。

 触れることもできない。

 だが確かに存在している。

 あずさは小さく笑った。

「……これを使えば」

 米を集める。

 売る。

 買う。

 そして資金を増やす。

 やがては――

 兵糧を支配する。

 あずさは空中の板を見つめながら呟いた。

「戦国の商売……始めるか」

 その夜。

 清洲城きよすじょうの空には、静かな月が昇っていた。

 だが尾張おわりの未来は、これから大きく動こうとしていた。

 米を巡る商い。

 兵糧を巡る策。

 そして。

 織田信長おだのぶながという稀代の英雄。

 そのすべてが交わる時――

 乱世は、新しい形で動き始める。

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