9 / 14
9話「アサガオは今も」
しおりを挟む
それは、もう一つの視点。
かけがえのない親友の前日譚から始まる昔話。
縁には弟が居た。名前は、結。
二人は仲睦まじく、あの残酷な世界を生きていた。
「お兄ちゃん、これ……」
ある日、結の元に一通の招待状が届いた。
政府のマークが書かれた、小さな白い封筒が。
「どうして……」
それは二人にとって、いや……この世界の住人にとって受け入れがたい運命だった。
拒否することはもちろん、ただ一言の異を唱えることすら許されはしない。
政府が主催する、「人口管理ゲーム」。
結は、その参加者として選ばれたのだ。
未来のため、より強い個体のみを残すため……。
そんな口実で、全ての行為が正当化される血の祭典。
「大丈夫だよ、お兄ちゃん。僕、頑張ってくる!」
「結……!」
気丈に振る舞う結に対して、縁は何も言えなかった。
生きるために、誰かを殺すか?
それとも……信念のために、死を選ぶか?
何のためにそんな選択をしなくてはいけない?
でも、それがこの世界の決まりだから。
民衆が疑問を抱けど、今際の後悔を嘆こうと、世界は変わらず回り続ける。
「行ってきます」
奮える声で、ぎこちない笑顔で結はそう言った。
縁は何も言わず、その小さな体を抱きしめる。
「お兄ちゃん、大好きだよ」
振り払うように離れていった弟の背中を、いつまでも、いつまでも見守っていた。
*****
残るのは後悔か、それとも復讐心か。
抑えきれない感情のまま、縁は政府に対する反乱組織に参加した。
戦況は絶望的だが、そんなことはどうでもよかった。
(もう、帰ってくる弟はいないから)
すぐに、結の後を追うつもりだった。
前線に躍り出た同志たちは一人、また一人と散って行く。
その裏で、別の同志たちが手筈通りに自爆テロを決行する。
占拠したラジオから、同志のプロパガンダが高らかに鳴り響いている。
(あとはこの起爆スイッチを押せば、俺も──)
不思議と、恐怖心は無かった。
最愛の弟の元へ逝けるのだから。
「結、大好きだよ」
手に、最期の力を込める。
『死にたくない──』
その時、頭の中に声が響いた。
幻聴なんかじゃない。
こんな喧騒の中で、確かに聴こえた誰かの声。
思わず辺りを見渡せば、一人の青年が重症を負い倒れていた。
『まだ、生きたい──』
間違いない、この声の主はあの青年だ。
助ける道理などなかった。
だけど、何故だろう?
その声が、まるで俺の声を代弁しているように思えてしまって……。
「大丈夫!? 待っててね、今助けるから……!」
気づいた時には、青年の元に駆け寄って必死に声をかけていた。
まだ、逝ってはダメだ──!
そのまま、彼を病院に連れて行き、傍で見守った。
『生きたい──』
頭の中では、その声がずっと響き続けていた。
「……俺も、生きたい」
誰にも届かないよう、そっと呟いた。
一時的な気の迷いでも、なんでもいい。
今はこの小さな願いに縋り付きたい気分だった。
「ん……」
やがて目を覚ました青年が、きょとんとした顔でこちらを見た。
今は、これでいいんだ。
それが、綾辻ユンとの出会い。
*****
あの後、縁は反乱組織を抜けた。
抜けたと言っても正確に言えば脱走なのだが、あの日、あの場に居合わせた組織の構成員の生死など今更気にされることもなかった。
元より、組織からは捨て石扱いだったのだ。
何人もの人間が、犬死に同然の最期を迎えた。
こんな事件ですら、人々は三日も経てばそう気に留めることはなくなる。
この世界では、これはよくある日常に過ぎなかった。
「俺、弟がいたんだ」
どうして、ユンにそんなことを打ち明けようと思ったのだろう?
悲しみのはけ口だとか、八つ当たりとか、そういうものとは少し違っていた。
ただ、誰かに言わないと堪え切れなかったんだ。
結が、確かにこの世界に居たことを知ってほしいというこの想いを。
「弟さん?」
ユンはそのまま、この話を静かに聴いていた。
自慢の弟だってことを、そんな弟を襲った悲劇を、思いつく限りたくさん語った。
「多分、結はもう……」
その続きは、言えなかった。
言えば、それを認めてしまう気がしたから。
やがて感情が溢れ出して、そのまま声にならない想いを嘆き続けた。
「……ねえ、縁。そのままでいいから、聞いて」
やがて、ユンがそっと語りかけてきた。
そして、結がまだ生きているという、賭ける気力も起こらないほど絶望的な可能性を提示する。
「だからさ、縁。俺も、一緒に結を待つよ」
「ユン……?」
「縁の気が済むまで。何日でも、何年でも……何十年でも」
その眼差しは真っ直ぐで、本気でそれを言っていることが解った。
どんな形でもいいから、力になりたいという気持ちが伝わって来る。
ユンは、ずるい。
そうやって、どんな時も信じることを諦めない心を持っているのだから。
だけど、希望を持ち続ければ、あるいは……?
「俺も、その可能性を信じたい……いや、信じなければいけない。
だからそれまでの間、一緒に居て欲しい」
「勿論だよ、縁」
その言葉に、少しだけ救われた気がした。
震える両手を取ったユンが、眼を閉じて静かに言ったんだ。
「ずっと、傍にいるからね」
かけがえのない親友の前日譚から始まる昔話。
縁には弟が居た。名前は、結。
二人は仲睦まじく、あの残酷な世界を生きていた。
「お兄ちゃん、これ……」
ある日、結の元に一通の招待状が届いた。
政府のマークが書かれた、小さな白い封筒が。
「どうして……」
それは二人にとって、いや……この世界の住人にとって受け入れがたい運命だった。
拒否することはもちろん、ただ一言の異を唱えることすら許されはしない。
政府が主催する、「人口管理ゲーム」。
結は、その参加者として選ばれたのだ。
未来のため、より強い個体のみを残すため……。
そんな口実で、全ての行為が正当化される血の祭典。
「大丈夫だよ、お兄ちゃん。僕、頑張ってくる!」
「結……!」
気丈に振る舞う結に対して、縁は何も言えなかった。
生きるために、誰かを殺すか?
それとも……信念のために、死を選ぶか?
何のためにそんな選択をしなくてはいけない?
でも、それがこの世界の決まりだから。
民衆が疑問を抱けど、今際の後悔を嘆こうと、世界は変わらず回り続ける。
「行ってきます」
奮える声で、ぎこちない笑顔で結はそう言った。
縁は何も言わず、その小さな体を抱きしめる。
「お兄ちゃん、大好きだよ」
振り払うように離れていった弟の背中を、いつまでも、いつまでも見守っていた。
*****
残るのは後悔か、それとも復讐心か。
抑えきれない感情のまま、縁は政府に対する反乱組織に参加した。
戦況は絶望的だが、そんなことはどうでもよかった。
(もう、帰ってくる弟はいないから)
すぐに、結の後を追うつもりだった。
前線に躍り出た同志たちは一人、また一人と散って行く。
その裏で、別の同志たちが手筈通りに自爆テロを決行する。
占拠したラジオから、同志のプロパガンダが高らかに鳴り響いている。
(あとはこの起爆スイッチを押せば、俺も──)
不思議と、恐怖心は無かった。
最愛の弟の元へ逝けるのだから。
「結、大好きだよ」
手に、最期の力を込める。
『死にたくない──』
その時、頭の中に声が響いた。
幻聴なんかじゃない。
こんな喧騒の中で、確かに聴こえた誰かの声。
思わず辺りを見渡せば、一人の青年が重症を負い倒れていた。
『まだ、生きたい──』
間違いない、この声の主はあの青年だ。
助ける道理などなかった。
だけど、何故だろう?
その声が、まるで俺の声を代弁しているように思えてしまって……。
「大丈夫!? 待っててね、今助けるから……!」
気づいた時には、青年の元に駆け寄って必死に声をかけていた。
まだ、逝ってはダメだ──!
そのまま、彼を病院に連れて行き、傍で見守った。
『生きたい──』
頭の中では、その声がずっと響き続けていた。
「……俺も、生きたい」
誰にも届かないよう、そっと呟いた。
一時的な気の迷いでも、なんでもいい。
今はこの小さな願いに縋り付きたい気分だった。
「ん……」
やがて目を覚ました青年が、きょとんとした顔でこちらを見た。
今は、これでいいんだ。
それが、綾辻ユンとの出会い。
*****
あの後、縁は反乱組織を抜けた。
抜けたと言っても正確に言えば脱走なのだが、あの日、あの場に居合わせた組織の構成員の生死など今更気にされることもなかった。
元より、組織からは捨て石扱いだったのだ。
何人もの人間が、犬死に同然の最期を迎えた。
こんな事件ですら、人々は三日も経てばそう気に留めることはなくなる。
この世界では、これはよくある日常に過ぎなかった。
「俺、弟がいたんだ」
どうして、ユンにそんなことを打ち明けようと思ったのだろう?
悲しみのはけ口だとか、八つ当たりとか、そういうものとは少し違っていた。
ただ、誰かに言わないと堪え切れなかったんだ。
結が、確かにこの世界に居たことを知ってほしいというこの想いを。
「弟さん?」
ユンはそのまま、この話を静かに聴いていた。
自慢の弟だってことを、そんな弟を襲った悲劇を、思いつく限りたくさん語った。
「多分、結はもう……」
その続きは、言えなかった。
言えば、それを認めてしまう気がしたから。
やがて感情が溢れ出して、そのまま声にならない想いを嘆き続けた。
「……ねえ、縁。そのままでいいから、聞いて」
やがて、ユンがそっと語りかけてきた。
そして、結がまだ生きているという、賭ける気力も起こらないほど絶望的な可能性を提示する。
「だからさ、縁。俺も、一緒に結を待つよ」
「ユン……?」
「縁の気が済むまで。何日でも、何年でも……何十年でも」
その眼差しは真っ直ぐで、本気でそれを言っていることが解った。
どんな形でもいいから、力になりたいという気持ちが伝わって来る。
ユンは、ずるい。
そうやって、どんな時も信じることを諦めない心を持っているのだから。
だけど、希望を持ち続ければ、あるいは……?
「俺も、その可能性を信じたい……いや、信じなければいけない。
だからそれまでの間、一緒に居て欲しい」
「勿論だよ、縁」
その言葉に、少しだけ救われた気がした。
震える両手を取ったユンが、眼を閉じて静かに言ったんだ。
「ずっと、傍にいるからね」
0
あなたにおすすめの小説
僕は今日、謳う
ゆい
BL
紅葉と海を観に行きたいと、僕は彼に我儘を言った。
彼はこのクリスマスに彼女と結婚する。
彼との最後の思い出が欲しかったから。
彼は少し困り顔をしながらも、付き合ってくれた。
本当にありがとう。親友として、男として、一人の人間として、本当に愛しているよ。
終始セリフばかりです。
話中の曲は、globe 『Wanderin' Destiny』です。
名前が出てこない短編part4です。
誤字脱字がないか確認はしておりますが、ありましたら報告をいただけたら嬉しいです。
途中手直しついでに加筆もするかもです。
感想もお待ちしています。
片付けしていたら、昔懐かしの3.5㌅FDが出てきまして。内容を確認したら、若かりし頃の黒歴史が!
あらすじ自体は悪くはないと思ったので、大幅に修正して投稿しました。
私の黒歴史供養のために、お付き合いくださいませ。
《完結》僕が天使になるまで
MITARASI_
BL
命が尽きると知った遥は、恋人・翔太には秘密を抱えたまま「別れ」を選ぶ。
それは翔太の未来を守るため――。
料理のレシピ、小さなメモ、親友に託した願い。
遥が残した“天使の贈り物”の数々は、翔太の心を深く揺さぶり、やがて彼を未来へと導いていく。
涙と希望が交差する、切なくも温かい愛の物語。
【完】君に届かない声
未希かずは(Miki)
BL
内気で友達の少ない高校生・花森眞琴は、優しくて完璧な幼なじみの長谷川匠海に密かな恋心を抱いていた。
ある日、匠海が誰かを「そばで守りたい」と話すのを耳にした眞琴。匠海の幸せのために身を引こうと、クラスの人気者・和馬に偽の恋人役を頼むが…。
すれ違う高校生二人の不器用な恋のお話です。
執着囲い込み☓健気。ハピエンです。
【完結済】あの日、王子の隣を去った俺は、いまもあなたを想っている
キノア9g
BL
かつて、誰よりも大切だった人と別れた――それが、すべての始まりだった。
今はただ、冒険者として任務をこなす日々。けれどある日、思いがけず「彼」と再び顔を合わせることになる。
魔法と剣が支配するリオセルト大陸。
平和を取り戻しつつあるこの世界で、心に火種を抱えたふたりが、交差する。
過去を捨てたはずの男と、捨てきれなかった男。
すれ違った時間の中に、まだ消えていない想いがある。
――これは、「終わったはずの恋」に、もう一度立ち向かう物語。
切なくも温かい、“再会”から始まるファンタジーBL。
全8話
お題『復縁/元恋人と3年後に再会/主人公は冒険者/身を引いた形』設定担当AI /c
望まれなかった代役婚ですが、投資で村を救っていたら旦那様に溺愛されました。
ivy
BL
⭐︎毎朝更新⭐︎
兄の身代わりで望まれぬ結婚を押しつけられたライネル。
冷たく「帰れ」と言われても、帰る家なんてない!
仕方なく寂れた村をもらい受け、前世の記憶を活かして“投資”で村おこしに挑戦することに。
宝石をぽりぽり食べるマスコット少年や、クセの強い職人たちに囲まれて、にぎやかな日々が始まる。
一方、彼を追い出したはずの旦那様は、いつの間にかライネルのがんばりに心を奪われていき──?
「村おこしと恋愛、どっちも想定外!?」
コミカルだけど甘い、投資×BLラブコメディ。
愛してやまなかった婚約者は俺に興味がない
了承
BL
卒業パーティー。
皇子は婚約者に破棄を告げ、左腕には新しい恋人を抱いていた。
青年はただ微笑み、一枚の紙を手渡す。
皇子が目を向けた、その瞬間——。
「この瞬間だと思った。」
すべてを愛で終わらせた、沈黙の恋の物語。
IFストーリーあり
誤字あれば報告お願いします!
【完結済】極上アルファを嵌めた俺の話
降魔 鬼灯
BL
ピアニスト志望の悠理は子供の頃、仲の良かったアルファの東郷司にコンクールで敗北した。
両親を早くに亡くしその借金の返済が迫っている悠理にとって未成年最後のこのコンクールの賞金を得る事がラストチャンスだった。
しかし、司に敗北した悠理ははオメガ専用の娼館にいくより他なくなってしまう。
コンサート入賞者を招いたパーティーで司に想い人がいることを知った悠理は地味な自分がオメガだとバレていない事を利用して司を嵌めて慰謝料を奪おうと計画するが……。
やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。
毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。
そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。
彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。
「これでやっと安心して退場できる」
これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。
目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。
「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」
その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。
「あなた……Ωになっていますよ」
「へ?」
そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て――
オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
