老竜は死なず、ただ去る……こともなく人間の子を育てる

八神 凪

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第317話 竜、むくれる

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「うー……」
「ほら、リコット拗ねないの」
「リコットー、ほーらライル君ぬいぐるみも増えたぞー」
「きゃう!」
「あ、それは貰うのね」
 
 場所は変わってここはハバラとソレイユ、そしてリコットの自宅である。
 ディラン達の家から戻って、半日が経過したところだが目の覚めたリコットはリヒトとライルが居ないことに気づき、へそを曲げていた。
 ベッドの上でリヒトのぬいぐるみを持っておすわりをしているのだが、ソレイユが話しかけてもそっぽを向くばかりである。
 そこへハバラができたてのライルぬいぐるみを差し出すと、チラリと見たリコットがそれを回収して手元へ置いた。

「いつものことだけど、泣かなくなった代わりに拗ねるようになっちゃったなあ」
「ふふ、でも私達が連れて帰っているのは理解していて賢いと思うわ。普通ならここに二人が居ないことで泣くけど、帰ったことに対してむくれているんだもの」
「確かに……リコット、ごめんな。でも、ここがお前のお家なんだ」
「ぶー」

 ソレイユとしては賢いのと、むくれている娘はそれはそれで可愛いけどと、リコットを見る。
 ハバラはというと困った顔で口を尖らせているリコットの頭を撫でて諭していた。
 もちろん機嫌は治らないが、パパを邪険にはしない。

「さて、リコットはしばらくこのままだろうし、陽が暮れる前に食材でもとってくる。キノコだけでいいか?」
「ええ。お肉はお義母さんに分けてもらったものがあるし、お野菜もお義父さんがたくさんくれたわ。卵もジェニファーさんのがあるし、それくらいでいいかも?」
「オッケー、それじゃ大人しく待っているんだぞ? あ、そうだ果物も探してみよう」
「リコット、パパに行ってらっしゃいは?」
「うー」

 ソレイユがリコットを抱っこして手を振る。
 山の見回りの際は必ずそうやって見送るので、不満げな顔をしてはいるもののちゃんと見送った。

「それじゃあママはお洗濯へ行くわね。リコットは一緒に行く?」
「きゃう」

 首を振るリコット。
 まだボイコットを続けるつもりのようだ。ソレイユはひとまず移動式ベッドの上にリコットを降ろして外へ行く。
 一人にしておくには怖いため、ボイコットをされても見えるところに置いておきたい。

「きゃーう」
「ごめんね、すぐ終わらせるから」

 リコットがリヒトのお家へ行ってはしゃぎ、帰りたくない理由。それは遊び相手が居るからである。
 もちろんリヒトが好きということもあるし、ハバラもソレイユも遊んでくれる。
 だが、お仕事中は一人になることが多いので、遊び相手が居ない。
 だからリヒトの家から帰りたくないのだった。

「きゃうー」

 ベッドの上でゴロゴロとリコットが転がって暇を潰す。
 ガラガラのおもちゃをたまに振ったり、双子と自分のぬいぐるみを撫でたりするがそれほど時間が経つことはない。
 後は赤ちゃんよろしく寝るしかないのだ。

「ふあー……」
「あ、大きなあくび。ふふ、寝るかしら?」
「きゃーい……」
「リヒト君ちのお庭にあるようなおもちゃを買ってあげないといけないわね。一人遊びは大切だけど、遊ぶ方法がないものね」

 寝そうになっているリコットを見て、ソレイユが苦笑する。
 手はかからない子だが、遊ばせるための道具などを用意してあげられていないことは悩んでいた。

「お金を稼ぐために養蜂でもしようかしら? エルフの森ではよくやっていたし、ハニービーのお家を作りましょうか」
「きゃーう……」

 近くの川に到着し、リコットの様子を見ながら洗濯をする。作業中、おもちゃを買うにもお金は必要だと仕事を考えていた。
 山の管理者とはいえお金をもらっているわけではない。だからディラン達のように自力でなにかしら稼ぐ手段が必要なのだ。
 しかし、そろそろリコットが寝入るかと思った瞬間、とんでもないことが起きた。

「ぴよー……?」
「きゃう? きゃーい♪」
「あら、ひよこの声が聞こえたような?」

 ドラゴンパジャマを着ているリコットの懐からトコトが顔を覗かせたのだ。
 リヒトとライルと一緒に昼寝をした際、どうもリコットの服に紛れ込んでいたらしい。
 リコットは顔を綻ばせてから起き上がると、寝ぼけまなこのトコトを両手に乗せた。

「きゃーい!」
「ぴよ? ぴよー♪」
「あら、トコトちゃん! 服にまぎれちゃっていたのね」

 リコットの顔は知っているので、起き抜けでもトコトは元気よく鳴く。洗濯を中断して移動式ベッドを覗き込むとトコトが居てびっくりするソレイユ。

「きゃい♪」
「ぴよー♪」
「送り届けるのは無理だし、今日はお泊りね。リコットの機嫌が治って良かったわ♪」

 それから洗濯を終えて家へ戻ると、ぬいぐるみを広げてトコトと遊びだした。
 ハバラが帰ってきたら相談をしようと料理を作りながら帰りを待つ。

「ただいまー」
「ぴよー!」
「きゃーい!」
「お、リコット。機嫌が治ったのか……って、ひよこが居る!?」
「ぴよー?」
「おかえりなさい。パジャマの中で寝入っていたのを連れて帰ってきちゃったみたいなの」

 リコットが帰って来たハバラを出迎えに走っていく。ハバラはほっとしたようで抱っこすると、肩にトコトが乗っていることに気づき目を丸くしていた。
 事情をソレイユが話すと、ハバラはリビングの椅子に座りながら口を開く。
 
「そりゃ大変だ。もしかしたら心配しているかもしれないな……」
「暗くなったから明日でもいいかもと思っているのだけど、どうかしら?」
「うーん」

 ハバラはすぐに唸る。
 今ごろひよこを探していたらと思うと悩むといったところだ。徒労に終わるし、心配するだろう。

「ぴよ? ……ぴよー」
「きゃう?」

 そこで遊んでいた時には気づかなかったが、トコトはここでリヒトやダル達が居ないことに気づいた。
 肩から降りてウロウロしだし、リコットが気にしだした。

「ぴよー……」
「自宅じゃないことに気づいたみたいね」
「きゃーう?」
「ぴよ……」

 項垂れるトコト。
 ハバラの家が嫌というわけではなく、いつもの仲間がいないことが寂しいようだ。

「やっぱりお家へ帰してあげようか」
「きゃう! きゃーう!」
「ぴよー」
「あ、リコット!」

 そこでリコットがトコトを両手でつかんで部屋へ逃げた。帰ってしまうと直感したようだ。

「リコット、トコトはリヒト君のおうちに返さないと」
「やー」
「ぴよー」
「どうしようかしら。取り上げるのも可哀想だし」

 部屋の隅でトコトとぬいぐるみを持って座り込んだリコットを見て考えるソレイユ。
 するとそこで玄関がノックされた。

「ん? 誰だ……? 俺が出る。リコットを頼む」
「ええ」
「きゃう……?」
「大丈夫よ」

 何者か分からないがハバラに任せておけば安心なのでリコットの頭を撫でる。

 そして――

「ぴよー!」
「ぴよぴー!」
「ぴー♪」
「わん!」
「きゃーう♪」

 ――部屋にレイタとソオン、ルミナスが入って来た。

「こけー!」
「ぴよー!」

 さらにジェニファーが駆けつけ、トコトはリコットの手から出てジェニファーの下へ行く。

「きゃーう」
「ママのところに行ったのよ。リコットもパパとママが居なくなったら怖いものね?」
「きゃうー……」

 ソレイユにそう言われて、指を咥えてから抱き着いた。
 『お家へ帰る』ということが、パパとママのところへ行くのだと、なんとなくそう思ったらしい。
 
「きゃう」
「リコット?」
「ぴよ?」
「こけ?」

 するとリコットはトコトをジェニファーの背に乗せてあげた。お家へ帰るようにしているらしい。
 
「偉いぞいリコット」
「きゃー♪」
「お義父さんだったんですね」

 そこで部屋にディランが顔を覗かせた。リコットはおじいちゃんを見て喜ぶ。

「うむ。トコトが居ないから探しておったのじゃが、外に単独で出ることは考えにくい。もしやと思って尋ねてきた形じゃ。無事みたいで良かったわい」
「ぴよー♪」
「こけー♪」
「すまんのうリコット。この子はウチの子じゃから連れて帰るわい」
「きゃう」
「またウチに来てリヒト達と遊んでくれ」
「あい!」
「ぴよっ!」

 そんなやり取りの後、ディランはペット達を連れて家へと帰っていった。
 ハバラが抱っこしたリコットは飛んでいく彼等に手を振って見送る。

「ぬいぐるみは手放さないけど、機嫌は普通だな」
「多分、お家へ帰るという意味が分かったのかもしれないわね? 私達が居るからね、リコット?」
「きゃい!」
「元気だな」

 ひとまず機嫌が治ったから良かったとハバラは苦笑するのだった。
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