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第二章 訓練と内部調査
――さて、あれから三日ほど経過した。
プランを練ると言った割に、姫さんは登場せず、俺達は部屋と食堂の往復が基本となり、たまに庭へ出てよいということで歩かせてもらっていた。
とはいえ、風太と夏那の二人は『期待』されているので問題ないが、俺と水樹ちゃんは冷たい視線を受ける。
なので二日目の時点で風太と夏那だけで城を徘徊してもらい、俺と水樹ちゃんは当初の予定を早めて部屋の中で訓練を開始することにした。まあ、要するに好都合だったってことだ。
「それじゃ、適当に散歩してくるわね」
「また後で」
「おう、気をつけてな」
「またね」
「水樹に変なことするんじゃないわよ?」
夏那が笑いながらそんなことを言って出て行く。まだ知り合って三日程度だが、信用を得ることはできたようでホッとする。
ここで変に関係がこじれると、つまんない死に方をしちまう可能性が高いからな……。
「リクさん?」
「ん、ああ、ちょっと考え事をしていた。じゃ、今日も魔力を使うところからスタートしよう」
『まどろっこしいわねえ』
「仕方ないだろ、おおっぴらにやるわけにもいかないしな」
「リーチェちゃんも外に出られないからつまらないよね」
『あんたは呑気すぎるのよミズキ! もうちょっと緊張感を持ちなさい!』
リーチェが水樹ちゃんの鼻先でぷんすかと怒り、フラストレーションのはけ口にしていた。
実際、リーチェを城の奴に見られたら、なんと言われるか分かったもんじゃない。
「ま、お前はそのうち、俺と出て行くからいいだろ? それじゃ昨日の続きだ。魔力を手に集めてイメージを」
「はい……! むむむ……」
昨日、基礎を教えたが彼女は水や氷と相性がいいようだ。四大元素である火・水・土・風の出し方をレクチャーしたんだが、一番上手くできたのがコップに水を出すということだった。
……初日でそれができるとは思わなかったのは内緒だ。
現地人や、俺のように最初から勇者としての素質があるなら、なんとなくできるものだと理解できるのだが、彼女はそういうのがなくとも俺の説明だけで水を出せたのだ。
実は彼女も勇者として喚ばれた可能性もあって、あの姫さんが勘違いしているかもしれないという推測が立ったが、とりあえずそれはいいだろう。
『今日はどうするの? 攻撃魔法いっちゃう? 〈水弾〉とか』
「かっこいい……! 私、そういうのが出てくる小説とか好きなんです」
「あれ、意外とノリ気?」
「はい! 先生、続きを」
水樹ちゃんのいつもの大人しい雰囲気はなりをひそめ、目が輝いていた。俺は苦笑しながら続ける。
「なら、俺が知っている魔法を使えるようにしておくかな。得意ではなくても他の元素も使えるようにしないといけねえ」
「そうなんですか?」
「……こういっちゃなんだが、奴らが水樹ちゃんをどっかのタイミングで捨てる可能性もある。その時、土魔法で穴を掘って住処にしたり、火を熾したりできれば助かるだろ」
「……あり得る、でしょうか……」
「風太と夏那ちゃん次第ってのもある。あの二人が役に立たなければ三人とも追い出されるかもしれないし、ヘタをすると証拠隠滅で消されちまうかもな」
「……っ」
「悪ぃ、脅かしたな。だけどあり得ない話じゃない。ここは日本じゃないし、俺の知っている異世界でもない。だから常に最悪の結果を考えて行動した方がいいって話だ」
俺が言いすぎたなと後ろ頭を掻きながらフォローを入れると、水樹ちゃんが俺の目を見て口を開いた。
「前の世界ではどうだったんですか? やっぱり常識が違って苦労を?」
「だなあ。ガキでも酒が飲めたりするし、人は売られている。喧嘩は日常茶飯事みたいなところがあったから殺伐としてたよ。いい奴も多いから慣れはあるかもしれないけどな」
「……私、頑張ります。もしみんなが危ない目に遭った時に助けられるように……」
「……結構だ、続けるとしよう」
『あー、退屈ぅ』
見た目と性格に反して芯は強いのかもしれない。
魔法を覚えるにはやる気が一番大事な要素なので、今を逃す手はない。リーチェは放置でいい。
さて、今日のトレーニングはコップに同じ量で水を出すことが目標だ。
コントロールして出すことで魔力の操作というものを覚えてもらう。
水樹ちゃんは集中力があるし、モノにするのは難しくなさそうだが数をこなす必要がある。風太や夏那の訓練が始まったら、城の連中の意識がこっちに向かなくなるだろうから、その間に一気に教えたい。
水を出すだけなら今のでもいいけど、攻撃魔法とか系統が違うと色々面倒臭いんだよな……どこかで一度、こっちの魔法がどんなものか見ておくか?
「リクさんー、これでどうですか!」
「おお、早いな。その調子でゴーだ。〈操作〉」
「あ、凄いです!」
俺は満たされた水を、カバンに入れていたペットボトルに吸い込ませてから口に含む。
自然な水と変わらない、いいクオリティだ。
「ぷは! よし、この調子でどんどん使っていけ」
「分かりました! 今みたいな魔法も使えるようになりますか?」
「修業次第だろうな。素質はありそうだ」
「……やった」
小さくガッツポーズをする水樹ちゃんを見て俺は微笑む。若いってのはいいことだな、と。
俺みたいな目には遭わせたくないもんだぜ、風太も夏那も。さて、あいつらが帰ってきたら、ちと『嫌われ』に行くかねえ。
そして水樹ちゃんの魔法訓練が一段落したあたりで風太と夏那が戻ってきた。
特に収穫は……と思っていたが風太は意外なことを口にする。
「隣国との冷戦状態は本当みたいですね。五年くらい前に会談を行った時に、向こうがロカリス国の出した条件が呑めず、襲いかかるような仕草を見せたから、というのが理由らしいです」
どうやら状況の調査をしてくれたようだ。
しかし、横で拗ねている夏那はいったいどうしたことだろうと声をかけてみる。
「サンキュー、その会談内容を知りたいもんだが、五年前か。で、なんで夏那ちゃんは不貞腐れているんだ?」
「聞いてよ! 二人で庭を歩いていたらメイドさん? それが群がって来てきゃーきゃー言うわけ! 取り囲まれて風太も満更じゃない顔をしてるし!」
「それで怒ってたのか……」
「分かってなかったの⁉」
「わぁ⁉ ダメだよ、首を絞めちゃ!」
騒がしい三人を見ながら肩を竦める俺に、リーチェが耳元で話しかけてきた。
『で、どうするのよ? 時間はありそうだけど、このまま足踏みしても仕方ないんじゃない?』
「もちろんだ。とりあえずお前はついてこい」
『なによ? ……うひゃあ⁉』
俺はリーチェをスーツの内ポケットに突っ込むと、ソファから立ち上がって、もみくちゃになっている三人に目を向けて口を開く。
「落ち着けお前ら。ちょっと出てくるから大人しくしているんだぞ?」
「どうしたのよ、トイレ?」
「そんなところだ、羨ましいねえ風太。あ、そうだ、なんか訓練場みたいなところはなかったか」
「え? えっと、そういったのはちょっと見なかったですね……。そ、それより助けてくださいよー!」
風太の首を絞めている夏那が不思議そうな顔で聞いてきて、風太が手を伸ばしてくるが、俺は手をシュッと上げてから入り口に向かう。
「あ、誰かお付きの人を連れて行かないと――」
と言う水樹ちゃんにウインクをしながら、扉をゆっくり閉めて部屋を出る。
確かに誰かを呼んでからってのが基本だが『緊急時』ならそれは適用されない。
「あ、どこへ行く!」
「悪い、漏れそうなんだ、先を急ぐぜぇ!」
「ま、待ちなさい!」
兵士とメイドが俺を追いかけてくるが、お構いなしに廊下を走り、奴らを撒くことに成功。
トイレはとりあえず置いといて、俺は城の探索を始める。
できればお姫さんの部屋とかを探っておきたいが、まずは訓練している騎士や兵士の練度が知りたいところだ。
特に魔法については、今は我流で教えているだけなので、水樹ちゃんに変な癖を付けないためにも知っておきたい。
「さあて、城ってのはだいたい似たような造りになっていると思うがどうかねえ」
『ぷは! このままここから逃げてもいいんじゃないの?』
「んなことできるか。一緒に帰るべきだろ」
『ま、それもそうね……』
内ポケットのリーチェがなにか言いたげだったが、俺は廊下を進んでいく。
庭に訓練場がなかったってことは建物内か? 俺は〈集中〉を使い、周囲の音を聞き分けるため目を閉じる。
すると――
「腰が引けておるぞ! 戦場で敵に待ったなど通用せんからな!」
「はい……!」
「もう一本……!」
――ビンゴ。
俺が居る二階の廊下から、コの字型になっている中庭で騎士達が訓練しているのが見えた。
ふむ、木剣や盾を持ち、防具はなし。
痛みを覚えさせて緊張感を持たせる訓練方法はどこも変わらねえなあ。木でもマジで殴り合うと痛いんだよな。
過去の訓練を思い出し苦い顔で舌を出していると、目的を果たせそうな声が耳に入ってくる。
「〈ファイアビュート〉!」
「〈ヘイルクラスター〉」
おー、やってるな。
あんな隅っこでやらなくてもよかろうに。俺は素早く中庭へと向かい、植栽の中に隠れて様子を見る。
「〈アクアランス〉」
「なんだそれは? もっとイメージをしろ、硬く、速く、鋭いイメージだ!」
「はい……!」
……なるほど、魔力をイメージで形にして放つ感じだな。
俺が使う魔法に近いけど、より簡単だな。向こうの世界ではクリエイトして『自分の魔法』を確立していくスタイルだったから、簡単じゃなかったりする。だからこそリーチェを創ることができたわけで柔軟性は高い。
『なによ?』
「いんや、心強いなって思ってよ」
『そ、そう? ふふん、そこまで言われちゃ働いてあげてもいいわよ!』
調子のよさは変わってなくてホッとする。
「おい、貴様そこでなにをしている?」
「……⁉」
マジか。
これでも気配を消すのは得意なんだが、頭半分くらいしか出ていない俺を見つけたってのか? 振り返ると、金髪ロン毛、青い瞳の騎士が立っていた。中々のイケメンだ。
さて、どう切り抜けるかなっと……。
「い、いやあ、トイレを探していたら迷っちまいましてねえ」
「……その恰好、お前はエピカリス様が喚んだという異世界人か。トイレは侍女かメイドに声をかければよかろう」
「いや、もう我慢できず」
「……‼ 貴様ッ! 訓練場で野グソをするつもりか!」
「声でけぇよ⁉ わ、悪かった、トイレまで案内してくれると助かるんだが……」
俺がそう言うと金髪騎士は凄く嫌な顔をして口を開く。
「仕方あるまい……野グソは困るからな」
「何回も言うんじゃねえよ!」
まだ若そうだが腕は悪くなさそうだな、所作がそれを物語っている。
だが、俺の嘘を真に受けるあたり生真面目ってところかねえ? ついでになんか教えてくれねえかな。
というわけでイケメンに見つかってしまった俺は、大人しくトイレへと連行され用を足した。
トイレから出ると、待っていてくれたイケメンが俺を見て口を開く。
「済んだか、では部屋に戻るぞ。異世界人にあまりウロウロされてはかなわん。……お前、名は?」
「高柳陸。リクでいいぜ」
「リクだな。私はプラヴァスという。お前は『勇者』なのか?」
「おいおい、不躾だな。それに、こんなおっさんが勇者に見えるってか?」
「私には判別がつかんよ。姫が喚んだ、ということしか知らんからな」
「聞かされてないのか? あんた、強そうなのに」
俺の見立てじゃ騎士団長とかそういうレベルの匂いがするなと思い口にすると、プラヴァスはそれを裏付ける発言をした。
「……私は『白光騎士団』の団長を務めている。異世界人がよく分かったな? ちなみに『召喚の儀』は我らには与り知らんことでな。いずれ紹介すると言われているだけなのだ」
ふむ、やっぱ騎士団長か。俺の気配を捉えるあたり、やるだろうなとは思っていたが納得だ。
一応、姫さんから勇者を召喚したことは聞いているようだが、どうも不服があるような口ぶりだな? 少しつついてみるか。
「なるほどなあ。なんか考えがあるんだろうけど、隣国を攻めるのに今から鍛えるのは大変じゃねえか? 教えるのはあんた達なんだろ。それより自分達だけで攻めた方が楽じゃねえ?」
「……! ふん、異世界人になにが分かる」
「まあ、確かに分からねえけどよ。魔王を倒すのが最終目標なんだから、つべこべ言わずに和解するのが筋かなって思うわけ。こんな状態でその魔王の配下とやらに攻められたら危ない――」
「そんなことは分かっている! ……すまない」
声を荒らげたプラヴァスだったが、すぐに冷静さを取り戻して謝罪してきた。
「あー、いや構わないぜ」
この様子だと、こいつもキナ臭いって思ってんだろうな……。
あんまり刺激するのも良くないと思い、俺は後ろ頭に手を組んでゆっくりついていく。
「……和解は交渉次第。勇者を立てて、それでもダメなら戦争だ。向こうには私の親友が居る。正直、攻め入る真似はしたくない。しかし姫が……国が決めたことだ……」
「ふーん、大変だねえ……」
俺がそう返すと、
「ふん、異世界人も同じだろう」
と、困った顔で笑っていた。プラヴァスね、覚えとくか。
面白い情報が聞けたので俺が満足していると、前方から見知った顔……エピカリスが歩いてくるのが見えた。
「おや、異世界の客人ではありませんか。このようなところでいかがいたしましたか? それに、プラヴァスと一緒とは」
「いやあ、トイレへ行くのに迷っちまいましてね。ウロウロしていた俺を見つけてくれたんですよ」
「……そうでしたか。あなたは勇者ではありませんし、なんの力も持たないのですからあまり出歩かないでくださいね?」
「……へいへい。勝手に召喚しといてその言い草かい? 一国のお姫様が呆れるねえ」
「おい! 口が過ぎるぞ!」
プラヴァスがそう言って肩を掴んでくるが、俺は目を細めると姫さんに指を向けて続ける。
「勇者以外を必要としないなら、もうちょっと精度を上げて召喚してほしかったって話だ。水樹ちゃんもそうだが、必要ない人間を喚んでおいて冷遇するってのはどういうつもりなんだ? こっちは巻き込まれて困ってんだ、本来はもっと丁重に迎えるべきじゃねえか?」
「……」
おおう、めちゃくちゃ冷たい目を向けてくるね、エピカリス様?
そのうちにと思っていたが丁度いい、ついでに嫌われておく……つーか、思ったよりも嫌悪されてて思わず戦慄しちまった。
こりゃ水樹ちゃんをしっかり鍛えておかないと、なにをされるか分かんねえな。
「……ふふ、確かにそうですね。失礼いたしました。リク様」
「いや、俺も言いすぎた。申し訳ない」
俺は企業戦士として鍛えた見事なお辞儀をして謝罪する。まあ、とりあえずはこんなところでいいだろう。
「それでは、プラヴァス、よろしく頼みましたよ」
「ええ。行くぞリク」
「あいよ」
俺とプラヴァスは道を開けてやり過ごし、そのまま部屋へ向かう。
「……お前、恐ろしい奴だな。勇者でもないのによく姫にあんなことを……」
「ま、この世界の人間じゃねえから恐れがないんだ。向こうが客人と言ったし、主張してもいいだろ?」
「面白い奴だ。でも姫を怒らせるのはやめておけ。下手をすると陛下よりもその権限は重い」
「へえ……? そういや国王や王妃様の姿を見ないな。二人共どうしてるんだ?」
「……陛下はお忙しい。王妃様は姫が小さい頃に亡くなられている」
なるほどな、それで出てこないのか。
他に子供が居そうだがそこまで聞くと怪しいかと口を噤んでおく。流れで色々聞けたのは収穫だったな。
とそこへメイドが慌ただしく駆けつけてきた。
「あ、プラヴァス様⁉ それに異世界人! 捜しましたよ!」
「いやあ、漏れそうだったからなあ」
「野グソしようとしていたぞ」
「ま!」
「おいこらやめてください!」
メイドが赤くなり、俺が抗議の声を上げるとプラヴァスは踵を返し、片手を上げて去っていった。お前も十分面白いよ。
さて、少し前進したな……風太達の訓練も始まるだろうし、俺も準備を急ぐか。
◆ ◇ ◆
「あの男……リクと言いましたか。勇者でもない異世界人の癖に生意気な口を利きますわね」
リクと遭遇した後、エピカリスは自室で不快感をあらわにしながらヨームに話しかけていた。
「とんでもない人間が交じったものですな……姫に不敬をはたらくとは」
「自分の命がわたくし達に握られているということを理解していないのかしらね?」
「どうでしょう。勇者様に比べて歳をくっているので、子供達に舐められないよう虚勢を張っている、とか?」
大臣のヨームが神妙な顔でそう言うと、エピカリスは目を丸くして口を閉じた後、コロコロと笑いながら答える。
「ああ、確かにそれはあるかもしれませんわね。……心の拠り所になられても困るかしら? いや、逆に――」
「は?」
「いいえ、なんでも。とりあえず訓練が始まれば全員別室にしようかと思いましたが、このままでいいでしょう」
「承知いたしました」
「勇者の二人は明日から訓練を開始します。お肉など体力が付く物を用意させるのですよ」
エピカリスはヨームに指示を出すと、窓の外に目を向ける。
「勇者の育成が終わったら、面白いことになりますわね。早く戦争をしたいですわ」
◆ ◇ ◆
「今日はなにをしようか……」
風太がテーブルの上で両手を組みながら笑う。
男女別に部屋を分けているが、寝る時以外は基本的に四人集まっている。だいたい会話か昼寝で時間を潰すのだが、今日は夏那がベッドの上でぐったりしながらブツブツと呟く。
「外にも勝手に出れない、ゲームも漫画もないしお洒落なカフェもない……カラオケ、行きたい……」
「そういやログインボーナスが切れちまったな……」
「なにソシャゲ? リクもやるんだ? おっさんなのに」
「いや、むしろおっさんだからやるんだぞ? 彼女も居ない、休みにすることがない奴ぁだいたいこんなもんだ」
『うわあ……』
「性格のせいね」
馬が合うのか夏那がリーチェとジト目を向けてきたので、なにか反論しようと思ったが先に水樹ちゃんが口を開いた。
「さ、寂しいですね……」
「……お、おう」
『きっついわね……』
割とショックな言葉を投げかけられ、夏那達の方がまだダメージが少ないなと感じる。俺が項垂れていると、まだ食事の時間でもないのに部屋の扉がノックされる。
「……開いてますよ」
風太が返すとゆっくり扉が開き、エピカリスが微笑みながら入ってきた。横にはもちろん侍女がついている。
「集まっておりましたか。勇者のお二人はわたくしについてきていただけますか? 遅くなりましたが、剣と魔法の訓練を始めたいと思いまして」
「わ、分かりました」
「……はい。行ってくるわね、水樹。こいつに気をつけなさいよ?」
「あはは、リクさんは大丈夫だよ」
「気をつけてな。なあに、部活の練習と同じだって」
「あー、なるほどね。それじゃ!」
不安そうな面持ちだったが、俺の言葉に風太と夏那は苦笑して部屋を後にする。
そこで水樹ちゃんが胸元に手を置いてぽつりと呟く。
「大丈夫ですよね?」
「後は覚悟の問題だ。こればっかりは自分達で持ってもらうしかない」
「はい……」
トイレ事件から二日……ついに風太と夏那の訓練がスタートするらしい。
なにか心境の変化があったのか、エピカリスは本来の訓練日を少し延ばすとその日の夕食時に言っていた。
俺と水樹ちゃんを見る目が変わったこともあるし、考えを変えたと見るべきだろうか?
とりあえず扉に耳を当てて近くに誰もいないことを確認してから、俺は部屋の真ん中へ移動して水樹ちゃんを呼ぶ。
「……よし、それじゃ俺達も訓練といくか」
「はい!」
◆ ◇ ◆
――Side:風太――
いよいよこの時が来た……。
僕は夏那を後ろに置いてエピカリス様の後をついていく。
僕達四人はこっちの世界の服に着替えていて、制服や財布、鞄なんかはリクさんと水樹に預けている。
正直な話、リクさんが居なかったら正気じゃなくなってもおかしくない状況なのは間違いないと、傍らにいる騎士を見てそう思う。
これはゲームじゃなくて現実で、さらに包丁よりも大きくて鋭い剣を振り回して人を殺せというのだ。
……正気の沙汰じゃないよ。
だけど彼らはお構いなしに中庭へと連れていき、僕達はずらりと並んだ騎士達の中へ放り込まれた。
ここまで案内してきたエピカリス様は、一緒に居た赤い短髪の男に目を向けて柔らかく微笑む。
「では、お願いしますよ、レゾナント」
「ハッ! エピカリス様の仰せのままに。立派に戦えるように尽力いたしますのでご安心ください」
「頼もしいですわ、ではフウタ様、カナ様、お願いいたしますね」
「はあ……」
「分かっているわ」
生返事しかできない僕と、ハッキリ嫌悪感を出した夏那。
それでも笑みを絶やさずに会釈をしてこの場を去っていくエピカリス様は、少し不気味だった。
改めて、リクさんが僕達と同じ歳の頃に異世界へ召喚され、魔王を倒して帰還したという話が信じがたいものに感じる。
もし僕と夏那だけだったり、水樹を含む三人だけでこの世界へ来ていたら泣き出していただろう。
だから一人で召喚され、全て自分で考えて行動し、ここに至るというのは尊敬に値する人である。
魔法も使えているので疑う余地もない。
そんなことを考えていると、レゾナントと呼ばれた騎士の男が僕達へ顔を向け、歯を見せて笑う。
――さて、あれから三日ほど経過した。
プランを練ると言った割に、姫さんは登場せず、俺達は部屋と食堂の往復が基本となり、たまに庭へ出てよいということで歩かせてもらっていた。
とはいえ、風太と夏那の二人は『期待』されているので問題ないが、俺と水樹ちゃんは冷たい視線を受ける。
なので二日目の時点で風太と夏那だけで城を徘徊してもらい、俺と水樹ちゃんは当初の予定を早めて部屋の中で訓練を開始することにした。まあ、要するに好都合だったってことだ。
「それじゃ、適当に散歩してくるわね」
「また後で」
「おう、気をつけてな」
「またね」
「水樹に変なことするんじゃないわよ?」
夏那が笑いながらそんなことを言って出て行く。まだ知り合って三日程度だが、信用を得ることはできたようでホッとする。
ここで変に関係がこじれると、つまんない死に方をしちまう可能性が高いからな……。
「リクさん?」
「ん、ああ、ちょっと考え事をしていた。じゃ、今日も魔力を使うところからスタートしよう」
『まどろっこしいわねえ』
「仕方ないだろ、おおっぴらにやるわけにもいかないしな」
「リーチェちゃんも外に出られないからつまらないよね」
『あんたは呑気すぎるのよミズキ! もうちょっと緊張感を持ちなさい!』
リーチェが水樹ちゃんの鼻先でぷんすかと怒り、フラストレーションのはけ口にしていた。
実際、リーチェを城の奴に見られたら、なんと言われるか分かったもんじゃない。
「ま、お前はそのうち、俺と出て行くからいいだろ? それじゃ昨日の続きだ。魔力を手に集めてイメージを」
「はい……! むむむ……」
昨日、基礎を教えたが彼女は水や氷と相性がいいようだ。四大元素である火・水・土・風の出し方をレクチャーしたんだが、一番上手くできたのがコップに水を出すということだった。
……初日でそれができるとは思わなかったのは内緒だ。
現地人や、俺のように最初から勇者としての素質があるなら、なんとなくできるものだと理解できるのだが、彼女はそういうのがなくとも俺の説明だけで水を出せたのだ。
実は彼女も勇者として喚ばれた可能性もあって、あの姫さんが勘違いしているかもしれないという推測が立ったが、とりあえずそれはいいだろう。
『今日はどうするの? 攻撃魔法いっちゃう? 〈水弾〉とか』
「かっこいい……! 私、そういうのが出てくる小説とか好きなんです」
「あれ、意外とノリ気?」
「はい! 先生、続きを」
水樹ちゃんのいつもの大人しい雰囲気はなりをひそめ、目が輝いていた。俺は苦笑しながら続ける。
「なら、俺が知っている魔法を使えるようにしておくかな。得意ではなくても他の元素も使えるようにしないといけねえ」
「そうなんですか?」
「……こういっちゃなんだが、奴らが水樹ちゃんをどっかのタイミングで捨てる可能性もある。その時、土魔法で穴を掘って住処にしたり、火を熾したりできれば助かるだろ」
「……あり得る、でしょうか……」
「風太と夏那ちゃん次第ってのもある。あの二人が役に立たなければ三人とも追い出されるかもしれないし、ヘタをすると証拠隠滅で消されちまうかもな」
「……っ」
「悪ぃ、脅かしたな。だけどあり得ない話じゃない。ここは日本じゃないし、俺の知っている異世界でもない。だから常に最悪の結果を考えて行動した方がいいって話だ」
俺が言いすぎたなと後ろ頭を掻きながらフォローを入れると、水樹ちゃんが俺の目を見て口を開いた。
「前の世界ではどうだったんですか? やっぱり常識が違って苦労を?」
「だなあ。ガキでも酒が飲めたりするし、人は売られている。喧嘩は日常茶飯事みたいなところがあったから殺伐としてたよ。いい奴も多いから慣れはあるかもしれないけどな」
「……私、頑張ります。もしみんなが危ない目に遭った時に助けられるように……」
「……結構だ、続けるとしよう」
『あー、退屈ぅ』
見た目と性格に反して芯は強いのかもしれない。
魔法を覚えるにはやる気が一番大事な要素なので、今を逃す手はない。リーチェは放置でいい。
さて、今日のトレーニングはコップに同じ量で水を出すことが目標だ。
コントロールして出すことで魔力の操作というものを覚えてもらう。
水樹ちゃんは集中力があるし、モノにするのは難しくなさそうだが数をこなす必要がある。風太や夏那の訓練が始まったら、城の連中の意識がこっちに向かなくなるだろうから、その間に一気に教えたい。
水を出すだけなら今のでもいいけど、攻撃魔法とか系統が違うと色々面倒臭いんだよな……どこかで一度、こっちの魔法がどんなものか見ておくか?
「リクさんー、これでどうですか!」
「おお、早いな。その調子でゴーだ。〈操作〉」
「あ、凄いです!」
俺は満たされた水を、カバンに入れていたペットボトルに吸い込ませてから口に含む。
自然な水と変わらない、いいクオリティだ。
「ぷは! よし、この調子でどんどん使っていけ」
「分かりました! 今みたいな魔法も使えるようになりますか?」
「修業次第だろうな。素質はありそうだ」
「……やった」
小さくガッツポーズをする水樹ちゃんを見て俺は微笑む。若いってのはいいことだな、と。
俺みたいな目には遭わせたくないもんだぜ、風太も夏那も。さて、あいつらが帰ってきたら、ちと『嫌われ』に行くかねえ。
そして水樹ちゃんの魔法訓練が一段落したあたりで風太と夏那が戻ってきた。
特に収穫は……と思っていたが風太は意外なことを口にする。
「隣国との冷戦状態は本当みたいですね。五年くらい前に会談を行った時に、向こうがロカリス国の出した条件が呑めず、襲いかかるような仕草を見せたから、というのが理由らしいです」
どうやら状況の調査をしてくれたようだ。
しかし、横で拗ねている夏那はいったいどうしたことだろうと声をかけてみる。
「サンキュー、その会談内容を知りたいもんだが、五年前か。で、なんで夏那ちゃんは不貞腐れているんだ?」
「聞いてよ! 二人で庭を歩いていたらメイドさん? それが群がって来てきゃーきゃー言うわけ! 取り囲まれて風太も満更じゃない顔をしてるし!」
「それで怒ってたのか……」
「分かってなかったの⁉」
「わぁ⁉ ダメだよ、首を絞めちゃ!」
騒がしい三人を見ながら肩を竦める俺に、リーチェが耳元で話しかけてきた。
『で、どうするのよ? 時間はありそうだけど、このまま足踏みしても仕方ないんじゃない?』
「もちろんだ。とりあえずお前はついてこい」
『なによ? ……うひゃあ⁉』
俺はリーチェをスーツの内ポケットに突っ込むと、ソファから立ち上がって、もみくちゃになっている三人に目を向けて口を開く。
「落ち着けお前ら。ちょっと出てくるから大人しくしているんだぞ?」
「どうしたのよ、トイレ?」
「そんなところだ、羨ましいねえ風太。あ、そうだ、なんか訓練場みたいなところはなかったか」
「え? えっと、そういったのはちょっと見なかったですね……。そ、それより助けてくださいよー!」
風太の首を絞めている夏那が不思議そうな顔で聞いてきて、風太が手を伸ばしてくるが、俺は手をシュッと上げてから入り口に向かう。
「あ、誰かお付きの人を連れて行かないと――」
と言う水樹ちゃんにウインクをしながら、扉をゆっくり閉めて部屋を出る。
確かに誰かを呼んでからってのが基本だが『緊急時』ならそれは適用されない。
「あ、どこへ行く!」
「悪い、漏れそうなんだ、先を急ぐぜぇ!」
「ま、待ちなさい!」
兵士とメイドが俺を追いかけてくるが、お構いなしに廊下を走り、奴らを撒くことに成功。
トイレはとりあえず置いといて、俺は城の探索を始める。
できればお姫さんの部屋とかを探っておきたいが、まずは訓練している騎士や兵士の練度が知りたいところだ。
特に魔法については、今は我流で教えているだけなので、水樹ちゃんに変な癖を付けないためにも知っておきたい。
「さあて、城ってのはだいたい似たような造りになっていると思うがどうかねえ」
『ぷは! このままここから逃げてもいいんじゃないの?』
「んなことできるか。一緒に帰るべきだろ」
『ま、それもそうね……』
内ポケットのリーチェがなにか言いたげだったが、俺は廊下を進んでいく。
庭に訓練場がなかったってことは建物内か? 俺は〈集中〉を使い、周囲の音を聞き分けるため目を閉じる。
すると――
「腰が引けておるぞ! 戦場で敵に待ったなど通用せんからな!」
「はい……!」
「もう一本……!」
――ビンゴ。
俺が居る二階の廊下から、コの字型になっている中庭で騎士達が訓練しているのが見えた。
ふむ、木剣や盾を持ち、防具はなし。
痛みを覚えさせて緊張感を持たせる訓練方法はどこも変わらねえなあ。木でもマジで殴り合うと痛いんだよな。
過去の訓練を思い出し苦い顔で舌を出していると、目的を果たせそうな声が耳に入ってくる。
「〈ファイアビュート〉!」
「〈ヘイルクラスター〉」
おー、やってるな。
あんな隅っこでやらなくてもよかろうに。俺は素早く中庭へと向かい、植栽の中に隠れて様子を見る。
「〈アクアランス〉」
「なんだそれは? もっとイメージをしろ、硬く、速く、鋭いイメージだ!」
「はい……!」
……なるほど、魔力をイメージで形にして放つ感じだな。
俺が使う魔法に近いけど、より簡単だな。向こうの世界ではクリエイトして『自分の魔法』を確立していくスタイルだったから、簡単じゃなかったりする。だからこそリーチェを創ることができたわけで柔軟性は高い。
『なによ?』
「いんや、心強いなって思ってよ」
『そ、そう? ふふん、そこまで言われちゃ働いてあげてもいいわよ!』
調子のよさは変わってなくてホッとする。
「おい、貴様そこでなにをしている?」
「……⁉」
マジか。
これでも気配を消すのは得意なんだが、頭半分くらいしか出ていない俺を見つけたってのか? 振り返ると、金髪ロン毛、青い瞳の騎士が立っていた。中々のイケメンだ。
さて、どう切り抜けるかなっと……。
「い、いやあ、トイレを探していたら迷っちまいましてねえ」
「……その恰好、お前はエピカリス様が喚んだという異世界人か。トイレは侍女かメイドに声をかければよかろう」
「いや、もう我慢できず」
「……‼ 貴様ッ! 訓練場で野グソをするつもりか!」
「声でけぇよ⁉ わ、悪かった、トイレまで案内してくれると助かるんだが……」
俺がそう言うと金髪騎士は凄く嫌な顔をして口を開く。
「仕方あるまい……野グソは困るからな」
「何回も言うんじゃねえよ!」
まだ若そうだが腕は悪くなさそうだな、所作がそれを物語っている。
だが、俺の嘘を真に受けるあたり生真面目ってところかねえ? ついでになんか教えてくれねえかな。
というわけでイケメンに見つかってしまった俺は、大人しくトイレへと連行され用を足した。
トイレから出ると、待っていてくれたイケメンが俺を見て口を開く。
「済んだか、では部屋に戻るぞ。異世界人にあまりウロウロされてはかなわん。……お前、名は?」
「高柳陸。リクでいいぜ」
「リクだな。私はプラヴァスという。お前は『勇者』なのか?」
「おいおい、不躾だな。それに、こんなおっさんが勇者に見えるってか?」
「私には判別がつかんよ。姫が喚んだ、ということしか知らんからな」
「聞かされてないのか? あんた、強そうなのに」
俺の見立てじゃ騎士団長とかそういうレベルの匂いがするなと思い口にすると、プラヴァスはそれを裏付ける発言をした。
「……私は『白光騎士団』の団長を務めている。異世界人がよく分かったな? ちなみに『召喚の儀』は我らには与り知らんことでな。いずれ紹介すると言われているだけなのだ」
ふむ、やっぱ騎士団長か。俺の気配を捉えるあたり、やるだろうなとは思っていたが納得だ。
一応、姫さんから勇者を召喚したことは聞いているようだが、どうも不服があるような口ぶりだな? 少しつついてみるか。
「なるほどなあ。なんか考えがあるんだろうけど、隣国を攻めるのに今から鍛えるのは大変じゃねえか? 教えるのはあんた達なんだろ。それより自分達だけで攻めた方が楽じゃねえ?」
「……! ふん、異世界人になにが分かる」
「まあ、確かに分からねえけどよ。魔王を倒すのが最終目標なんだから、つべこべ言わずに和解するのが筋かなって思うわけ。こんな状態でその魔王の配下とやらに攻められたら危ない――」
「そんなことは分かっている! ……すまない」
声を荒らげたプラヴァスだったが、すぐに冷静さを取り戻して謝罪してきた。
「あー、いや構わないぜ」
この様子だと、こいつもキナ臭いって思ってんだろうな……。
あんまり刺激するのも良くないと思い、俺は後ろ頭に手を組んでゆっくりついていく。
「……和解は交渉次第。勇者を立てて、それでもダメなら戦争だ。向こうには私の親友が居る。正直、攻め入る真似はしたくない。しかし姫が……国が決めたことだ……」
「ふーん、大変だねえ……」
俺がそう返すと、
「ふん、異世界人も同じだろう」
と、困った顔で笑っていた。プラヴァスね、覚えとくか。
面白い情報が聞けたので俺が満足していると、前方から見知った顔……エピカリスが歩いてくるのが見えた。
「おや、異世界の客人ではありませんか。このようなところでいかがいたしましたか? それに、プラヴァスと一緒とは」
「いやあ、トイレへ行くのに迷っちまいましてね。ウロウロしていた俺を見つけてくれたんですよ」
「……そうでしたか。あなたは勇者ではありませんし、なんの力も持たないのですからあまり出歩かないでくださいね?」
「……へいへい。勝手に召喚しといてその言い草かい? 一国のお姫様が呆れるねえ」
「おい! 口が過ぎるぞ!」
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「……」
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「いや、俺も言いすぎた。申し訳ない」
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「それでは、プラヴァス、よろしく頼みましたよ」
「ええ。行くぞリク」
「あいよ」
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「……お前、恐ろしい奴だな。勇者でもないのによく姫にあんなことを……」
「ま、この世界の人間じゃねえから恐れがないんだ。向こうが客人と言ったし、主張してもいいだろ?」
「面白い奴だ。でも姫を怒らせるのはやめておけ。下手をすると陛下よりもその権限は重い」
「へえ……? そういや国王や王妃様の姿を見ないな。二人共どうしてるんだ?」
「……陛下はお忙しい。王妃様は姫が小さい頃に亡くなられている」
なるほどな、それで出てこないのか。
他に子供が居そうだがそこまで聞くと怪しいかと口を噤んでおく。流れで色々聞けたのは収穫だったな。
とそこへメイドが慌ただしく駆けつけてきた。
「あ、プラヴァス様⁉ それに異世界人! 捜しましたよ!」
「いやあ、漏れそうだったからなあ」
「野グソしようとしていたぞ」
「ま!」
「おいこらやめてください!」
メイドが赤くなり、俺が抗議の声を上げるとプラヴァスは踵を返し、片手を上げて去っていった。お前も十分面白いよ。
さて、少し前進したな……風太達の訓練も始まるだろうし、俺も準備を急ぐか。
◆ ◇ ◆
「あの男……リクと言いましたか。勇者でもない異世界人の癖に生意気な口を利きますわね」
リクと遭遇した後、エピカリスは自室で不快感をあらわにしながらヨームに話しかけていた。
「とんでもない人間が交じったものですな……姫に不敬をはたらくとは」
「自分の命がわたくし達に握られているということを理解していないのかしらね?」
「どうでしょう。勇者様に比べて歳をくっているので、子供達に舐められないよう虚勢を張っている、とか?」
大臣のヨームが神妙な顔でそう言うと、エピカリスは目を丸くして口を閉じた後、コロコロと笑いながら答える。
「ああ、確かにそれはあるかもしれませんわね。……心の拠り所になられても困るかしら? いや、逆に――」
「は?」
「いいえ、なんでも。とりあえず訓練が始まれば全員別室にしようかと思いましたが、このままでいいでしょう」
「承知いたしました」
「勇者の二人は明日から訓練を開始します。お肉など体力が付く物を用意させるのですよ」
エピカリスはヨームに指示を出すと、窓の外に目を向ける。
「勇者の育成が終わったら、面白いことになりますわね。早く戦争をしたいですわ」
◆ ◇ ◆
「今日はなにをしようか……」
風太がテーブルの上で両手を組みながら笑う。
男女別に部屋を分けているが、寝る時以外は基本的に四人集まっている。だいたい会話か昼寝で時間を潰すのだが、今日は夏那がベッドの上でぐったりしながらブツブツと呟く。
「外にも勝手に出れない、ゲームも漫画もないしお洒落なカフェもない……カラオケ、行きたい……」
「そういやログインボーナスが切れちまったな……」
「なにソシャゲ? リクもやるんだ? おっさんなのに」
「いや、むしろおっさんだからやるんだぞ? 彼女も居ない、休みにすることがない奴ぁだいたいこんなもんだ」
『うわあ……』
「性格のせいね」
馬が合うのか夏那がリーチェとジト目を向けてきたので、なにか反論しようと思ったが先に水樹ちゃんが口を開いた。
「さ、寂しいですね……」
「……お、おう」
『きっついわね……』
割とショックな言葉を投げかけられ、夏那達の方がまだダメージが少ないなと感じる。俺が項垂れていると、まだ食事の時間でもないのに部屋の扉がノックされる。
「……開いてますよ」
風太が返すとゆっくり扉が開き、エピカリスが微笑みながら入ってきた。横にはもちろん侍女がついている。
「集まっておりましたか。勇者のお二人はわたくしについてきていただけますか? 遅くなりましたが、剣と魔法の訓練を始めたいと思いまして」
「わ、分かりました」
「……はい。行ってくるわね、水樹。こいつに気をつけなさいよ?」
「あはは、リクさんは大丈夫だよ」
「気をつけてな。なあに、部活の練習と同じだって」
「あー、なるほどね。それじゃ!」
不安そうな面持ちだったが、俺の言葉に風太と夏那は苦笑して部屋を後にする。
そこで水樹ちゃんが胸元に手を置いてぽつりと呟く。
「大丈夫ですよね?」
「後は覚悟の問題だ。こればっかりは自分達で持ってもらうしかない」
「はい……」
トイレ事件から二日……ついに風太と夏那の訓練がスタートするらしい。
なにか心境の変化があったのか、エピカリスは本来の訓練日を少し延ばすとその日の夕食時に言っていた。
俺と水樹ちゃんを見る目が変わったこともあるし、考えを変えたと見るべきだろうか?
とりあえず扉に耳を当てて近くに誰もいないことを確認してから、俺は部屋の真ん中へ移動して水樹ちゃんを呼ぶ。
「……よし、それじゃ俺達も訓練といくか」
「はい!」
◆ ◇ ◆
――Side:風太――
いよいよこの時が来た……。
僕は夏那を後ろに置いてエピカリス様の後をついていく。
僕達四人はこっちの世界の服に着替えていて、制服や財布、鞄なんかはリクさんと水樹に預けている。
正直な話、リクさんが居なかったら正気じゃなくなってもおかしくない状況なのは間違いないと、傍らにいる騎士を見てそう思う。
これはゲームじゃなくて現実で、さらに包丁よりも大きくて鋭い剣を振り回して人を殺せというのだ。
……正気の沙汰じゃないよ。
だけど彼らはお構いなしに中庭へと連れていき、僕達はずらりと並んだ騎士達の中へ放り込まれた。
ここまで案内してきたエピカリス様は、一緒に居た赤い短髪の男に目を向けて柔らかく微笑む。
「では、お願いしますよ、レゾナント」
「ハッ! エピカリス様の仰せのままに。立派に戦えるように尽力いたしますのでご安心ください」
「頼もしいですわ、ではフウタ様、カナ様、お願いいたしますね」
「はあ……」
「分かっているわ」
生返事しかできない僕と、ハッキリ嫌悪感を出した夏那。
それでも笑みを絶やさずに会釈をしてこの場を去っていくエピカリス様は、少し不気味だった。
改めて、リクさんが僕達と同じ歳の頃に異世界へ召喚され、魔王を倒して帰還したという話が信じがたいものに感じる。
もし僕と夏那だけだったり、水樹を含む三人だけでこの世界へ来ていたら泣き出していただろう。
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魔法も使えているので疑う余地もない。
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本当に、ありがとうございます。
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