魔兵機士ヴァイスグリード

八神 凪

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第一章

第30話 準備

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「ということで町の防衛をすることが決まった。怖いが、協力してくれるそうだ」
「そりゃよかった! 町の外壁を壊されなければ俺がなんとかできる。この辺に穴を掘っていいか聞いてもらっていいかい?」
「ほう、面白そうなことを考えているな? もちろんだ、後でガエイン殿も来ると言っていたから伝達をしておくよ」

 外に出て二時間ほど経った。
 少し暗くなってきたなと思っていた俺に、エトワール王国の騎士がやってきて状況を教えてくれた。
 戦うとなれば準備は必要だ。ただ黙って町の中に居るだけというわけにはいかないのである。

<塹壕というやつですか?>
「いや、純粋に落とし穴だ。これだけでも十分嫌がらせになる」

 騎士を見送った後、サクヤがそんなことを聞いてきた。通常ならそういう感じで使うだろうが今の俺は人型機動兵器。深い穴を掘るだけで牽制になる。
 ヴァイスの全高がだいたい十六メートルくらいなので五メートルくらいの穴を掘ってみるか。人間が落ちたらすぐに這い上がってこれないように。

<あまり時間がないので三メートルくらいでもいいかもしれませんね>
「そうだなあ」

 下手に高低差をつけるより一定の穴がいいんだよな。幅も手足を広げて登れないようにしないとな。

<レーダーを二十キロ範囲に設定。こちらは私が監視しますので、穴掘りに集中してもらって構いませんマスター>
「オッケーだ」

 とりあえず周辺を確認し、どこがいいかあたりをつけておこう。渓谷に囲まれているだけあって崖が多い。それでも飛んで町へ入るのは難しいので上はとりあえず気にしないでいいか。

 となるとやはり町の周辺、特に門の周りに掘っておくのが良さそうだ。

<いっそ町をぐるりと穴を掘ってみては?>
「後で困らないかねえ」
<今、敵を退けたとしてもエトワール王国を取り戻さなければ襲撃はいくらでもあるはずです。使い方を教えておけばいいと思います>
「それもそうか……」

 人の出入りはことが済んだ後、木の板みたいなもので通れるようにすればいいとサクヤは言う。

「ま、とりあえず許可を……」
「おおーい! リクー!」
「お、ガエイン爺さん。話し合いは終わったのかい?」
「うむ。ワシら騎士団は基本的に外で迎え撃つ形にした。お主が落とし穴を掘ると聞いておる。町長には許可を得ているがどうだ、いけそうか?」
「そのことなんだが、町の周辺を全部穴にしようと思う。どうせあいつらが来るとしたら夜で暗闇だろ? 落とし穴に布でも被せとけば一網打尽にできそうだ」

 俺がそう言うとガエイン爺さんは鼻の穴を広げて笑い出す。

「はっはっは! それはいいな。その身体だからこそできることじゃな。ならワシらは弓を用意するか。おいそれと近寄れんようにするのいいからのう。……頼むぞ」
「任せといてくれ、みんなを死なさないようにしないとな」

 ガエイン爺さんが町へ引き返していく。それを見届けてから俺は門から5メートルほど離れた位置から穴を掘り始める。
 穴の深さは3メートルで幅は2.5メートルってところだ。計算をサクヤがやってくれるので助かる。

<壁面はきれいにして登れないようにしたいところですね>
「まあ町の周り全部だから時間がそれほどない。レーダーに反応はないけど、急ごう」
<そうですね>

 クレイブの町へ到着したのはだいたい昼くらいだった。話し合いと待ち時間で少し消費したがまだ陽が高い。暗くなったらサーチライトで照らしながらやればいいけど。

 となると後は――

「エネルギー問題だな」
<現状、96%を維持。戦闘がなければしばらくは問題なさそうです>
「随分燃費がいい気がするけど……まあいいか。エネルギーが切れたら俺も喋れなくなるのかねえ」
<私もですよ>

 そりゃあそうだな。俺より電子だし。
 マーズナイトは交換してテスト出撃したから新品のはずだ。部品関連も全部。

「そういやなんであの時、俺のフェイズドライブの出力が上がらなかったんだろうな」
<恐らくですがなにか細工をされていたのではと考えます>
「エルフォルクさんがそういうのを許すとは思えないけどなあ。ガルシア隊長がなんとかしてくれたと思うけど、それこそ鹵獲されたら大変なことになっていたと思うし、他の人間でもやるかね?」
<AIの私にはわかりませんが、人間の感情は複雑だと考えます>

 確かにその通りだが、わざわざ自分が不利になるようなことをすることに意味があるだろうか。よほどの考え無しか焦っているか……。
 一人になったことでふと考える余裕ができた俺達は穴を掘りながら向こうがどうなっているか思いを馳せるのだった――

◆ ◇ ◆

 ――グレイスⅢ フェルゼ・ゼネラルカンパニー内

「だ、大丈夫だ……俺のせいじゃない……ヴァイスが消えたのは俺のせいじゃ……」

 ヴァイスのテスト起動は七割ほどの成果を出して終了した。テストを狙って奇襲をしてきたメビウスに対し、ガルシアが一機で三機以上を撃墜したからだ。
 しかし、そのうち神代 凌空の搭乗した機体は大破。その後、いずこかへ消えてしまった。
 それを目の当たりにしたエルフォルクの補佐であるギルは逃げるようにモニタールームを出て通路を浮遊していた。顔色は青く、大量の冷や汗をかいている。

「中古のマーズナイトをあのジャパニーズの機体に組み込んだだけだ……メビウスにやられたのは俺のせいじゃない……」

 ギルはエルフォルクに拒否されたことに腹を立て、真司と同じ日本人である凌空の機体に細工を施していた。
 技術主任のエルフォルクの補佐という立場なら怪しまれることも無かった。
 テストでヴァイスが一機でも無様な姿を偉い人達に見せつけてエルフォルクを笑ってやろうという算段だったのだが――

「危うく鹵獲されるところだったとか言っていやがったな……。パイロットは中国女がズタボロなのを見たらしいが……なんで機体が消えた? まあ、証拠がなくなってちょうどいいが――」

「いいや、我々がそんなことを見逃すとでも思っているのかね? 全て、君のせいだよギル」
「……!? あ、あなたは――」

 暗い通路。前方から声が聞こえ、顔を見た瞬間左肩に鋭い痛みを覚えるギル。
 そこだ段々と熱を持って来たところで自分は撃たれたのだと気づく。

「あぐ……!? い、いきなりなんのつもりですかスッダー総司令……! け、警備を……」

 銃を構えたまま歩いて来たのはスッダー総司令だった。ヴァイスのテストのためフェルゼへ来ていたのは知っていたがどうして彼が? そう思っていると――

「その必要は無い。さっきも言ったが我々がそんなことを見逃すとでも思っているのか?」
「あ、あんた――」
「そういうことだギル。カミシロの機体がおかしいと感じた時に全てのデータを照合した。細工をしたのみならず、君は別のグレイスに居る友人に愚痴を通信していたな? そこでヴァイスのテストのことも話していた」
「あ、あ……」

 さらに暗闇から出て来たエルフォルクが冷ややかな目でギルに告げる。思い当たる節はあった。テストする宙域で面白いものが見れる、と。

「聞かれていたのだよメビウスに。まあ、そのおかげで民間の通信にプロテクトをかける必要があるというのが分かったのは僥倖だったけどね。だからすべては君の責任、ということになる。随分酔っていたみたいだから気づかなかったかい? 通信履歴を全部洗ってもいいけど」
「……」
「大人しくしろよ」

 ギルはなにも言わずにガクリと項垂れた。スッダー総司令とエルフォルクの後ろから現れた警備兵によりギルは拘束され、通路は静かになった。

「……残念だな」
「いえ、振られた腹いせにくだらないことをする人間に興味などありません。たとえ能力があったとしても」
「そうか……そうだな。それにしてももう一機のヴァイスは一体どこへ行ったのだろうか」
「……わかりません。取り付けてあるGPSは無反応。地球圏内なら検知できるものですがなんの反応も見せないのです」
「カミカクシ。日本で消えるのをそういうらしいな。敵に鹵獲されていないことを祈るしかあるまい」
「はい。では仕事の続きがあるのでこれで」

 エルフォルクはそう言って頭を下げるとスッダー総司令の下から離れていく。

「(別の星系へ移動したとでもいうのか? しかし誰が、どうやって? メビウスの連中が犯人なら消失した時点で消えるはず。……最後にカミシロ君の通信に入っていた『助けて』という女性の声……あれもわからん。しかし――)」

 居なくなってしまったものはどうしようもない。スッダー総司令の言う通り鹵獲されていないことを祈るだけだと、ガルシア隊の下へ向かう。

「……」
「ん? 君は……」

 そこで制服を着た女性が気づき止まるエルフォルク。その人影はゆっくりと口を開く。

「凌空さんは見つからないんですか……?」

 それは若菜だった。オペレーターとして凌空達をサポートしていた矢先、彼が消えてしまいエルフォルクの下へ来たのだ。

「……真司の娘さんか。ガルシア隊のオペレーターだったな。ああ、わからない。捜索する手がかりも、ない」
「そんな……!? わ、私が凌空さんの代わりにパイロットになります……! いつか探せるために――」
「……! そういうところはあいつによく似ているな……。ダメだ、君は優秀なオペレーター。ヴァイスの適正も無かったろう?」

 一瞬驚くエルフォルク。だが、すぐに首を振って進みだす。

「でもそれじゃあ!」

 横を通り過ぎようとしたエルフォルクに激高する若菜。そんな彼女の肩に手を置いて言う。

「……こちらでも努力はする。だから死に急ぐな。彼が帰って来た時に君が死んでいたらカミシロ君が困るだろう?」
「……」

 若菜はそう言われて体をビクッと震わせた。反論が無いことを確認してからエルフォルクはまた、灯りのない通路を進む――
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