前世は悪神でしたので今世は商人として慎ましく生きたいと思います

八神 凪

文字の大きさ
76 / 196
第五章:スヴェン公国都市

その71 奴隷商

しおりを挟む

 <土曜の日>

 
 「あふう……」

 「あはは、大変でしたね……」

 「すみません、ウチのバス子が」

 「いいじゃあありませんか、女同士なんだし!」

 昨晩の宿ではお風呂に入るのも、トイレをするのも勝手が違うので相当苦労した。トイレはまあいいとして問題はお風呂で、一人で入っていたのにバス子がベルゼラを騙して入ってきたのだ。
 すぐあがろうとするもバス子の口車に乗せられ、目隠しをして入っていると、ここぞとばかりに僕の胸を揉み始めたという訳である。

 ……まあ、最終的に血の涙を流していたので溜飲は下がったけども。

 それはさておき今日も情報収集をするため町へと繰り出す。今日一緒に行動するのは――

 「いやあ、いい天気ですね! 絶好のデート日和!」

 「うん。バス子は能天気だね」

 「え? それは酷くないですか?」

 バス子である。

 同じ組み合わせよりは生産性があるかもとエリィはレジナさん、ベルゼラはルビアと出て行ったのだ。となると残るのはこの子だけということになるのは必然であろう。

 「まあいいや、今日は最近できた奴隷商に行くけど大丈夫?」

 「ええ。ソレイユちゃんを売って大儲け! ですよね?」

 「違うよ!? 最終的にはそうするかもだけど、探るのがメインだよ! むしろ現状ならバス子を売るよ!?」

 「またまたぁ~わたしのこと好きなく・せ・に」

 「さ、早く行こう」

 「ま、待ってくださいよー」

 シナを作って寄ってきたバス子を置いて僕はスタスタと歩き出し、バス子が慌てて付いてきた。宿の受付で聞いた奴隷商のお店はやはりというか、ひっそりとした裏通りにあるらしい。
 治安は悪くないこの町だけど、女の子だけで行くなら一応気を付けてと言われていたりする。

 「人通りが全然ないですねえ。本当にこんなところに店があるんですかね」

 「奴隷商なんてあまり表立ってするような商売じゃないし、こういうものだと思うよ?」

 まあ奴隷っていっても借金のカタとか殺人でない犯罪でなった人ばかりだから、よほど悪徳でもない限り潔白な人が奴隷になることはないんだけどね。
 そうこうしているうちに目的の場所へと到着し、僕は扉を開けて挨拶をする。

 「こんにちはー」

 シーン――

 「ありゃ、誰もいませんねえ。それにテーブルと椅子だけしかないですよ? 奴隷はどこ! プリーズ!」

 「奴隷は見えないところに居させていることが多いんだよ。鍵付きの部屋とか格子がついた部屋とかね。おや?」

 テーブルを見ると『御用の方は叩いてください』と書かれたベルのようなものがあったので僕はそれを叩いてみる。

 ズシン! ドンガラガッシャン!

 「なんでさ!?」

 「げっひゃひゃひゃ! ひっでぇ音ですねえ!」

 チーン、という音を期待していたのにモノを投げる夫婦げんかのような音がして脱力していると、地下へ通じる階段からモノクルをつけたカイゼル髭のおじさんがやってきた。

 「ようこそいらっしゃいました! 奴隷がご入用で? ああ、申し遅れましたわたくし、店主でございます」

 名乗らないところを見ると、用心しているのかモブのどちらかだなと思っていると、店主は続けて話しかけてくる。

 「当店、安心安全の売買を心がけております! 見たところいいところのお嬢様ですね? 本日はどういったご用件でしょう? 健康な男の玩具ですか? それとも……」

 チラリとバス子を見て、

 「お売りいただけるのでしょうか? ちょうどそういった体つきの娘が欲しいと思っておりました。需要が多いので高く買いますよ?」

 「白金貨二十枚で?」

 「ぜひ」

 がっちり握手をする僕達の手を無理やり引きはがすバス子。

 「うおおおおい!? ソレイユさん、それだけはやめてぇぇぇぇ?! 身も心も捧げますから売るのだけはっ!」

 「冗談だよ。すみません、今日は売買に来たわけではないんです。公王様が奴隷商を好んでいないのに許可が下りたと聞いて、その時の話を聞きたくて。あ、僕も商人なんで、今後の参考にと」

 「ほう、ボクっ娘……」

 「え?」

 「いえ、何でもありませんよ」

 ……何か僕を見てモノクルが光ったような? 僕が訝しんでいると、店主はそのまま続ける。

 「そうですね、奴隷商というのは町長の許可を得て、奴隷の健康状態を調べてもらい、虐待などが無ければたいていすぐに許可が下りるんですね。だけど、この町は町長ではなく王族が管理しているので通常の手続きもお城でやることになったくらいでしょうか。というかわたくしめはこの町に来たのは最近初めてでしたから、公王様が奴隷を好まないことを知らなかったですぞ。それとその場で見せてくれと言われて、数人をすぐに買い取ってもらいましたが」

 やっぱり公王様……というかセーレは奴隷を欲しているみたいだね。オークションで戯れに買おうとした訳ではないことがよくわかる。後は奴隷を何に使おうとしているのか気になるかな。

 「どうった奴隷を買っていきましたか?」

 「ははは、流石にプライバシーに関わるのでそれはお教えできませんね。まあ、奴隷商はわたくしだけしかいないようなので、奴隷さえ手に入れば手続きは簡単だということです。後学のためわたくしの奴隷を見ていきますか?」

 「あ、はい。相場とかも教えてもらえると」

 「悪徳奴隷商レ……ソレイユさんの誕生、か……」

 「遠い目をして誤解を生むようなこと言わないでね? ほら、行くよ」

 「あ、わたしちょっとお花を摘みにいきたいんですけど」

 もじもじしながら僕を上目づかいで見てくるバス子が気持ち悪いなと思いつつ、僕は返事をする。

 「? バス子の頭の中がお花畑なのは知ってるけど……」

 「ちげーよ!? さりげなく失礼ですね! しっこだよ! トイレだよちくしょー!」

 「お、お手洗いのことなの? 店主さん、ありますか?」

 「すみません、この店舗には無いのですよ。広場まで行くか、他のお店で借りてくださいませ」

 「チッ、お手洗いとかお高くとまりやがって、にわかめ……」

 「にわかとか言わないの!? 口悪いなあ。それじゃ、僕はここで待ってるから行ってきなよ」

 「はいはーい。すぐに戻りますよ!」

 ガチャ、バタン!

 「早っ!? ……まあいいや、それでは案内をお願いできますか?」

 「ええ、もちろんですとも」

 僕の肩に手を置き、地下室へ案内を始めてくれる店主さん。

 「奴隷商は日陰者がやるイメージが強いのでお嬢さんのような若い方、それも女性がやるなら少しは変わると思うのですが」

 「は、はあ……」

 肩にあった手が背中に回されちょっと嫌だなと思っていると、階段を降り切って、広めの通路が目の前に広がっていた。脇にはのぞき窓がついた鉄製の扉がいくつか並ぶ。

 「どうぞ」

 「失礼して……」

 「……」

 部屋はベッドとテーブルだけという簡素なもので、地下故に窓はない。奴隷はいかにも戦士でした! という感じの男や猫耳娘、人間の男女にエルフの男(見た目女の人っぽいけど)などで、凶悪そうな人はまったくいないという感じだった。
 僕が窓から覗くと、諦めた顔をするか買ってくれと懇願するかどちらかに決まっていた。

 「今のところはこんな感じですね。騎士団に捕まればそのままお城で奴隷になりますが、自警団や町の犯罪だと持て余すのでわたくし達のような奴隷商が引き取るのです」

 「そ、そうですか」

 「そういえば男女ペアになるよう買っていましたね、公王様は……」

 男女ペア……? 組み合わせに何か意味が……というか、いつの間にか店主の手が腰に回され、稀にお尻を撫でてくるので手を払い店主から離れる。

 「べ、勉強になりましたわ! それでは僕はこれで――」

 と、後ろを振り向き立ち去ろうとしたところで手首を掴まれる。

 「フフフ、世間知らずのお嬢さん。ここまで教えたのですから、授業料を払っていただかないと。こちらも慈善事業ではありませんからね」

 「へ、へえ、お、おいくらくらいでしょうか?」

 「お金は必要ありませんよ。ちょっとわたくしと一緒にベッドまで行ってくれればいいのです。あのちんちくりんが出て行ったのは幸いでした。興味があるのはあなたです!」

 ひぃっ!? この人元からそのつもりだったのか!? 背筋がぞわっとして肌が泡立つ。僕は男だよ!! あ、今は違うのか!?

 「ベッドの中でもっと色々教えて差し上げますよ!」

 気持ち悪いぃぃ! さっさと振りほどいて逃げよう! そう思った瞬間――

 ゴゴゴゴ……

 「うわ!?」

 「何ですか!?」

 地下室に轟音が響いた。

 「地上が揺れた音……? 何があったんだろう」

 「あ、お待ちなさい!?」

 「色々教えてくれてありがとう! さようならー!」

 ここぞとばかりに階段を駆け上がり店の外へ。

 「ふう、別に何とかなったけど危なかった。それよりさっきの振動は……?」

 ズシン……ズシン……

 「げ!? あれって確か……ウッドゴーレム、だっけ!?」

 僕の冒険者試験の時に森で襲い掛かってきたものより大きなウッドゴーレムが建物の間から頭を出していた――
しおりを挟む
感想 448

あなたにおすすめの小説

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

第5皇子に転生した俺は前世の医学と知識や魔法を使い世界を変える。

黒ハット
ファンタジー
 前世は予防医学の専門の医者が飛行機事故で結婚したばかりの妻と亡くなり異世界の帝国の皇帝の5番目の子供に転生する。子供の生存率50%という文明の遅れた世界に転生した主人公が前世の知識と魔法を使い乱世の世界を戦いながら前世の奥さんと巡り合い世界を変えて行く。  

裏庭が裏ダンジョンでした@完結

まっど↑きみはる
ファンタジー
 結界で隔離されたど田舎に住んでいる『ムツヤ』。彼は裏庭の塔が裏ダンジョンだと知らずに子供の頃から遊び場にしていた。  裏ダンジョンで鍛えた力とチート級のアイテムと、アホのムツヤは夢を見て外の世界へと飛び立つが、早速オークに捕らえれてしまう。  そこで知る憧れの世界の厳しく、残酷な現実とは……?  挿絵結構あります

幼女はリペア(修復魔法)で無双……しない

しろこねこ
ファンタジー
田舎の小さな村・セデル村に生まれた貧乏貴族のリナ5歳はある日魔法にめざめる。それは貧乏村にとって最強の魔法、リペア、修復の魔法だった。ちょっと説明がつかないでたらめチートな魔法でリナは覇王を目指……さない。だって平凡が1番だもん。騙され上手な父ヘンリーと脳筋な兄カイル、スーパー執事のゴフじいさんと乙女なおかんマール婆さんとの平和で凹凸な日々の話。

三歳で婚約破棄された貧乏伯爵家の三男坊そのショックで現世の記憶が蘇る

マメシバ
ファンタジー
貧乏伯爵家の三男坊のアラン令息 三歳で婚約破棄され そのショックで前世の記憶が蘇る 前世でも貧乏だったのなんの問題なし なによりも魔法の世界 ワクワクが止まらない三歳児の 波瀾万丈

40歳のおじさん 旅行に行ったら異世界でした どうやら私はスキル習得が早いようです

カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
部長に傷つけられ続けた私 とうとうキレてしまいました なんで旅行ということで大型連休を取ったのですが 飛行機に乗って寝て起きたら異世界でした…… スキルが簡単に得られるようなので頑張っていきます

お前には才能が無いと言われて公爵家から追放された俺は、前世が最強職【奪盗術師】だったことを思い出す ~今さら謝られても、もう遅い~

志鷹 志紀
ファンタジー
「お前には才能がない」 この俺アルカは、父にそう言われて、公爵家から追放された。 父からは無能と蔑まれ、兄からは酷いいじめを受ける日々。 ようやくそんな日々と別れられ、少しばかり嬉しいが……これからどうしようか。 今後の不安に悩んでいると、突如として俺の脳内に記憶が流れた。 その時、前世が最強の【奪盗術師】だったことを思い出したのだ。

少し冷めた村人少年の冒険記 2

mizuno sei
ファンタジー
 地球からの転生者である主人公トーマは、「はずれギフト」と言われた「ナビゲーションシステム」を持って新しい人生を歩み始めた。  不幸だった前世の記憶から、少し冷めた目で世の中を見つめ、誰にも邪魔されない力を身に着けて第二の人生を楽しもうと考えている。  旅の中でいろいろな人と出会い、成長していく少年の物語。

処理中です...