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第五章:スヴェン公国都市
その71 奴隷商
しおりを挟む<土曜の日>
「あふう……」
「あはは、大変でしたね……」
「すみません、ウチのバス子が」
「いいじゃあありませんか、女同士なんだし!」
昨晩の宿ではお風呂に入るのも、トイレをするのも勝手が違うので相当苦労した。トイレはまあいいとして問題はお風呂で、一人で入っていたのにバス子がベルゼラを騙して入ってきたのだ。
すぐあがろうとするもバス子の口車に乗せられ、目隠しをして入っていると、ここぞとばかりに僕の胸を揉み始めたという訳である。
……まあ、最終的に血の涙を流していたので溜飲は下がったけども。
それはさておき今日も情報収集をするため町へと繰り出す。今日一緒に行動するのは――
「いやあ、いい天気ですね! 絶好のデート日和!」
「うん。バス子は能天気だね」
「え? それは酷くないですか?」
バス子である。
同じ組み合わせよりは生産性があるかもとエリィはレジナさん、ベルゼラはルビアと出て行ったのだ。となると残るのはこの子だけということになるのは必然であろう。
「まあいいや、今日は最近できた奴隷商に行くけど大丈夫?」
「ええ。ソレイユちゃんを売って大儲け! ですよね?」
「違うよ!? 最終的にはそうするかもだけど、探るのがメインだよ! むしろ現状ならバス子を売るよ!?」
「またまたぁ~わたしのこと好きなく・せ・に」
「さ、早く行こう」
「ま、待ってくださいよー」
シナを作って寄ってきたバス子を置いて僕はスタスタと歩き出し、バス子が慌てて付いてきた。宿の受付で聞いた奴隷商のお店はやはりというか、ひっそりとした裏通りにあるらしい。
治安は悪くないこの町だけど、女の子だけで行くなら一応気を付けてと言われていたりする。
「人通りが全然ないですねえ。本当にこんなところに店があるんですかね」
「奴隷商なんてあまり表立ってするような商売じゃないし、こういうものだと思うよ?」
まあ奴隷っていっても借金のカタとか殺人でない犯罪でなった人ばかりだから、よほど悪徳でもない限り潔白な人が奴隷になることはないんだけどね。
そうこうしているうちに目的の場所へと到着し、僕は扉を開けて挨拶をする。
「こんにちはー」
シーン――
「ありゃ、誰もいませんねえ。それにテーブルと椅子だけしかないですよ? 奴隷はどこ! プリーズ!」
「奴隷は見えないところに居させていることが多いんだよ。鍵付きの部屋とか格子がついた部屋とかね。おや?」
テーブルを見ると『御用の方は叩いてください』と書かれたベルのようなものがあったので僕はそれを叩いてみる。
ズシン! ドンガラガッシャン!
「なんでさ!?」
「げっひゃひゃひゃ! ひっでぇ音ですねえ!」
チーン、という音を期待していたのにモノを投げる夫婦げんかのような音がして脱力していると、地下へ通じる階段からモノクルをつけたカイゼル髭のおじさんがやってきた。
「ようこそいらっしゃいました! 奴隷がご入用で? ああ、申し遅れましたわたくし、店主でございます」
名乗らないところを見ると、用心しているのかモブのどちらかだなと思っていると、店主は続けて話しかけてくる。
「当店、安心安全の売買を心がけております! 見たところいいところのお嬢様ですね? 本日はどういったご用件でしょう? 健康な男の玩具ですか? それとも……」
チラリとバス子を見て、
「お売りいただけるのでしょうか? ちょうどそういった体つきの娘が欲しいと思っておりました。需要が多いので高く買いますよ?」
「白金貨二十枚で?」
「ぜひ」
がっちり握手をする僕達の手を無理やり引きはがすバス子。
「うおおおおい!? ソレイユさん、それだけはやめてぇぇぇぇ?! 身も心も捧げますから売るのだけはっ!」
「冗談だよ。すみません、今日は売買に来たわけではないんです。公王様が奴隷商を好んでいないのに許可が下りたと聞いて、その時の話を聞きたくて。あ、僕も商人なんで、今後の参考にと」
「ほう、ボクっ娘……」
「え?」
「いえ、何でもありませんよ」
……何か僕を見てモノクルが光ったような? 僕が訝しんでいると、店主はそのまま続ける。
「そうですね、奴隷商というのは町長の許可を得て、奴隷の健康状態を調べてもらい、虐待などが無ければたいていすぐに許可が下りるんですね。だけど、この町は町長ではなく王族が管理しているので通常の手続きもお城でやることになったくらいでしょうか。というかわたくしめはこの町に来たのは最近初めてでしたから、公王様が奴隷を好まないことを知らなかったですぞ。それとその場で見せてくれと言われて、数人をすぐに買い取ってもらいましたが」
やっぱり公王様……というかセーレは奴隷を欲しているみたいだね。オークションで戯れに買おうとした訳ではないことがよくわかる。後は奴隷を何に使おうとしているのか気になるかな。
「どうった奴隷を買っていきましたか?」
「ははは、流石にプライバシーに関わるのでそれはお教えできませんね。まあ、奴隷商はわたくしだけしかいないようなので、奴隷さえ手に入れば手続きは簡単だということです。後学のためわたくしの奴隷を見ていきますか?」
「あ、はい。相場とかも教えてもらえると」
「悪徳奴隷商レ……ソレイユさんの誕生、か……」
「遠い目をして誤解を生むようなこと言わないでね? ほら、行くよ」
「あ、わたしちょっとお花を摘みにいきたいんですけど」
もじもじしながら僕を上目づかいで見てくるバス子が気持ち悪いなと思いつつ、僕は返事をする。
「? バス子の頭の中がお花畑なのは知ってるけど……」
「ちげーよ!? さりげなく失礼ですね! しっこだよ! トイレだよちくしょー!」
「お、お手洗いのことなの? 店主さん、ありますか?」
「すみません、この店舗には無いのですよ。広場まで行くか、他のお店で借りてくださいませ」
「チッ、お手洗いとかお高くとまりやがって、にわかめ……」
「にわかとか言わないの!? 口悪いなあ。それじゃ、僕はここで待ってるから行ってきなよ」
「はいはーい。すぐに戻りますよ!」
ガチャ、バタン!
「早っ!? ……まあいいや、それでは案内をお願いできますか?」
「ええ、もちろんですとも」
僕の肩に手を置き、地下室へ案内を始めてくれる店主さん。
「奴隷商は日陰者がやるイメージが強いのでお嬢さんのような若い方、それも女性がやるなら少しは変わると思うのですが」
「は、はあ……」
肩にあった手が背中に回されちょっと嫌だなと思っていると、階段を降り切って、広めの通路が目の前に広がっていた。脇にはのぞき窓がついた鉄製の扉がいくつか並ぶ。
「どうぞ」
「失礼して……」
「……」
部屋はベッドとテーブルだけという簡素なもので、地下故に窓はない。奴隷はいかにも戦士でした! という感じの男や猫耳娘、人間の男女にエルフの男(見た目女の人っぽいけど)などで、凶悪そうな人はまったくいないという感じだった。
僕が窓から覗くと、諦めた顔をするか買ってくれと懇願するかどちらかに決まっていた。
「今のところはこんな感じですね。騎士団に捕まればそのままお城で奴隷になりますが、自警団や町の犯罪だと持て余すのでわたくし達のような奴隷商が引き取るのです」
「そ、そうですか」
「そういえば男女ペアになるよう買っていましたね、公王様は……」
男女ペア……? 組み合わせに何か意味が……というか、いつの間にか店主の手が腰に回され、稀にお尻を撫でてくるので手を払い店主から離れる。
「べ、勉強になりましたわ! それでは僕はこれで――」
と、後ろを振り向き立ち去ろうとしたところで手首を掴まれる。
「フフフ、世間知らずのお嬢さん。ここまで教えたのですから、授業料を払っていただかないと。こちらも慈善事業ではありませんからね」
「へ、へえ、お、おいくらくらいでしょうか?」
「お金は必要ありませんよ。ちょっとわたくしと一緒にベッドまで行ってくれればいいのです。あのちんちくりんが出て行ったのは幸いでした。興味があるのはあなたです!」
ひぃっ!? この人元からそのつもりだったのか!? 背筋がぞわっとして肌が泡立つ。僕は男だよ!! あ、今は違うのか!?
「ベッドの中でもっと色々教えて差し上げますよ!」
気持ち悪いぃぃ! さっさと振りほどいて逃げよう! そう思った瞬間――
ゴゴゴゴ……
「うわ!?」
「何ですか!?」
地下室に轟音が響いた。
「地上が揺れた音……? 何があったんだろう」
「あ、お待ちなさい!?」
「色々教えてくれてありがとう! さようならー!」
ここぞとばかりに階段を駆け上がり店の外へ。
「ふう、別に何とかなったけど危なかった。それよりさっきの振動は……?」
ズシン……ズシン……
「げ!? あれって確か……ウッドゴーレム、だっけ!?」
僕の冒険者試験の時に森で襲い掛かってきたものより大きなウッドゴーレムが建物の間から頭を出していた――
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