前世は悪神でしたので今世は商人として慎ましく生きたいと思います

八神 凪

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第五章:スヴェン公国都市

その77 本能のままに

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 「……」

 「……」

 「……」

 扉を開けてこそっと入った僕達三人はササっと壁に張り付き周囲を見渡す。立派な執務机には誰も座っておらず、部屋はもぬけの殻だった。

 「居ない……?」

 「待って、話し声が聞こえるわ。こっち」

 ルビアがスッと見事な足さばきで別室の扉の前に行き、問題ないと手招きをして僕とエリィを呼んだのでそちらへ向かう。ルビアが口に指を当てて『静かに』というジェスチャーをし、開いた手で扉を指さしたので耳を傾けると――


 「さあ、儀式の始まりです。あなた方が最初の生贄……光栄に思いなさい」

 「きゅんきゅん! いい加減にわたしをお母さんとにいちゃのところに返して!」

 「そうですよ! 監禁していたと思ったら今度はいたいけな幼女と私だけ連れ込んで何をするつもりですか! ……ハッ!? さては、え、えっちなことですね!?」

 「黙りなさい! どんなに叫ぼうと城の中まで助けは来ません。それに破廉恥目的でもありません。大食いのエルフに獣臭いフェンリルウルフの子供など抱けませんね? あなたの食費に一体いくらかかるか分かりません」

 「だ、だってお腹が空くんだから仕方ありませんよ! ねえシロップちゃん」

 「うん! それにシロップ知ってるよ、このおじさん『ヘンタイ』って言うんだよね? がるるるる」

 

 セーレ、それとシロップに女の子の声がする。良かった、シロップは無事だった。中へ攻撃を仕掛けようとしたところでセーレが話を続ける。

 「あなたたち二人だけなのは余計な不純物を混ぜないためです。そこのエルフ娘、あなたの空腹は膨大な魔力量が関係しています。魔力の量に体がついていっていないのでしょう。だから栄養という分かりやすいエネルギーを燃焼しているのです。そしてそっちの子狼は強靭な肉体を持つフェンリルウルフ。復活のためには生命力が必要ですからね、ただの人間の奴隷と一緒にはできなかったんですよ」

 「わたし達をどうするつもりですか……?」

 エルフの女の子が少し怯えた感じで声を出すと、セーレは淡々と返す。

 「もちろん魔力を毟り取って生贄として主に捧げます。子狼の肉体も媒介としては優秀でしょうしね!」

 「えっと、そしたらもしかして……死にます?」

 「はい。もちろん」

 「いやぁ! まだ死にたくないですよぉ! やっといい人に出会って『あ、この人と一生を遂げるんだな』と思った矢先だったのに! お腹いっぱいご飯をくれたのにぃ!」

 「死んじゃう? わたしも死んじゃうの? ううう……お母さん……お兄ちゃん……お父さん……」

 あっさりと死を肯定したセーレは泣き出した二人には興味を示さずにため息を吐いてから、

 「ま、この数日はいい思いができたでしょう? 最後の晩餐、というやつです。それでは始めますよ、公王」

 「……たの、む」

 と、言った。

 ええ!? 公王様も近くに居るの!? ルビアとエリィも険しい表情になり顔を見合わせていると、

 「『命絶せし肉体に魂の息吹を返すために贄を以て馳せ参じる』」

 セーレが呪文のような、知る人ならお経のようなものを口にし始めた。その瞬間、僕は背筋が寒くなる感覚に襲われる。それはエリィとルビアも同じらしく、瞬時に冷や汗を流す。

 「う、うう……き、気持ち悪い……た、助けて……カクェールさん……」

 「あうう……お母さん……にいちゃ……レオスにいちゃ……苦しいよう……」

 二人の言葉にハッとなり、僕はカバンからセブン・デイズを取り出し部屋の扉を蹴破って中へ転がり込む!

 「セーレ! シロップは返してもらうよ!」

 「な、何者!? ってメイド! チィ!」

 避けた! いい勘をしているね。

 僕の攻撃でセーレが何かを唱えるのをやめたところで、シロップ達のうめき声も聞こえなくなった。セーレはそのまま公王様の前へ立ち、僕を睨みつける。

 そして僕に続きエリィとルビアが突入し、
 
 「大丈夫ですか! 《キュアヒーリング》」

 エリィが二人のフォロー、

 「とりあえずの目的は達したわね。さて、あんたの言う通りここには誰も助けが来ない。セーレ、覚悟してもらうわよ」

 啖呵を切ったルビアが構えた。

 「……あなた達、ただのメイドではありませんね?」

 「僕達の顔を忘れたのかい? ……ってそうか、僕達の姿じゃ分からないんだ」

 「……?」

 僕が剣を剥けると、目の前に立つセーレは顎に手を当てて首を傾げ、思い出そうとしていた。そこへシロップ達を回収したエリィが僕の背後で声を出す。

 「私達は髪の色を変えてますし、レオス君に至ってはすでに性別から違いますからね。はい、ルビアお薬です。レオス君もどうぞ」

 エリィがセリアさんにもらった薬をポケットから取り出し、僕とルビアに差し出しそれを受け取る。エリィとルビアは早々に飲み干し、僕も蓋を開けて呟く。

 「そうだったね。これでやっと元の姿に――」

 「あ、ごめん手が滑った!」

 「うわああああ!? 何するのさ!」

 徐々に髪の色が戻って行くルビアが突然僕の手を叩き、僕は瓶を取り落としてしまう。となると当然薬は床に散らばり……

 「ああ! 絨毯に染みこんで! あああ!」

 「落ち着いてレオス。その恰好で男に戻ったら困るのはあなたよ? 大丈夫、セリアさんに頼めば薬は用意してくれるわ」

 「今戻りたかったんだけど!? ルビアが僕を女の子のままにしたいだけだよね……まったく……」

 すると、ルビアとエリィを見てセーレが驚愕の声を上げた。

 「なんと、賢聖に拳聖!? 大胆にも変装して入ってくるとは……するとそこの可愛い金髪娘は私を追い詰めた小僧……!」

 「可愛いって言うな! そ、そういうことだから今度こそ捕まえて色々吐いてもらうよ!」

 「ふむ、これはこれで私にも利がありますかね。あなたの魔力と強さは異質……あなたを贄にすれば復活は早いかもしれません。どうです? その二人と引き換えに贄になってもらえませんかね?」

 「何の生贄だか分からないけど、そんな条件を飲むと思う? 二人はこっちに返してもらった。後はお前を捕まえれば終わりだよ!」

 「くく……おめでたいですね。私の能力をお忘れですか?」

 「え?」

 僕が聞き返す間もなく、パチン、と指を鳴らした瞬間――

 「あ!」

 エリィが小さく声を上げ、

 「私の能力は『モノを運ぶ』のです。印をつけたものは全て」

 セーレの手にシロップとエルフの女の子が移動していた。厄介な能力を……!
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