帝国少尉の冒険奇譚

八神 凪

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FILE.2 ワスレラレタムラ

27. 

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 「で、話ってなんだエリザ大佐?」
 
 「休暇が終わってすぐにすまない。先日、総務にこのような手紙が届いたのだ」

 一週間の休暇を終えたカイルを待っていたのはエリザからの呼び出しだった。向かい合うエリザが封が切られた封筒をカイルにスッと差し出し、カイルは手紙を読む。


 ”わたしは『フィリュード島』に住んでいるマーサと言うものです。この島では今、魔獣が異常に増え危機的状況に陥っています。島にはいくつかの町がありますが、通常であれば港の町から物資を売りに行くのですが、先の魔獣が増えたため交易がしにくく、物品が滞っており町から悲鳴が上がっています。帝国領になるこの島をどうか救ってはいただけませんでしょうか”


 「……裏は?」

 「取れている。実際、現地にいる帝国兵も同じことを言っていたらしい。増え始めたのは一週間ほど前かららしい」

 「ふむ、まあそれはわかった。なら俺にこれを見せたのは――」

 「……お前に白羽の矢が立ったからだ」

 「……」

 カイルは渋い顔をしてエリザに向かって目を細めると、エリザは慌てて口を開く。

 「わ、私も抗議はしたんだ! 帰ってきてすぐまた遠征などあり得ないと。だけど、父上……陛下の鶴の一声でお前の遠征が決まったんだ……」

 カイルはその言葉で眉を片側だけ上げてエリザへ言う。

 「皇帝が……? やつが自ら指名してきたってのか?」

 「ああ。昨日の会議で派遣部隊を決めるため集まっていたのだが、その時にな」

 「ありえねぇ……」

 上層部の誰かならまだしも皇帝自らが進言をすることはほぼないのをカイルもエリザも知っている。だからこそ困惑していた。しばらく沈黙が訪れた時、エリザの膝から声が聞こえる。

 『私はいつまでこうしていればいいんでしょうか?』

 「気にしないでいつまででもいてくれていいんだぞ」

 『いえ……それは流石に、ねえ? シュー』

 「きゅふん」

 エリザの膝にイリスが、そしてイリスの膝にシュナイダーという状況に、いよいよイリスが口を開いたのだった。『遺跡』から脱出したときは眠っていたため相手にできなかったが、カイルと一緒に執務室へ来た際、エリザが目を輝かせてイリスを可愛がった。

 「ジュースのおかわりはどうだ?」

 『……それはいただきます』

 「イリスはお子様だからな」

 カイルがそう言った時、エリザの顔色が変わった。嬉しそうな、泣きそうな、そんな顔で。

 「……イリス……イリスと言うのかこの子は」

 「ああ」

 「……そうか……」

 カイルは少し寂しそうな顔で話題を戻す。

 「行くのは構わないが、皇帝の真意が読めないな。『遺跡』なら俺が行くのはまだ分からんでもないけど、魔獣退治は他の部隊の方が効率がいいだろ」

 「それは――」

 と、エリザが何か言いかけた時、執務室の扉がカチャリと開き、エリザはそちらに気をまわして言う。

 「誰だ? ノックくらいしたらどう、だ……」

 「あん? ……!?」

 エリザが口を噤み、カイルが振り返ると目を大きく見開いて息を飲むんだ。なぜなら――

 「愛する娘に会いに来ただけだ。父にノックは不要だろう? ……久しぶりだなカイル少尉?」

 「……どうも」

 執務室に入ってきたのは皇帝その人だったからである。皇帝はカイルの横に立ってから話し出す。

 「さて、どうも私の話をしていたようだが、他意はない。『遺跡』と違い、魔獣退治なら誰でもやることだろう?」

 「それはそうですが……父上、カイルは戻ったばかりです。やはり他の任務を与えたいのですが……」

 「一週間も与えたんだ、いいじゃないか。それに、その娘のことも目を瞑っているんだ、ひとつくらい言うことを聞いて欲しいものだ。……その子が『遺跡』で見つけた?」

 皇帝がカイルに目を向けると、カイルは真っすぐに皇帝を見て頷き答える。

 「……そうですよ。記憶喪失の迷子、そう報告したはずですが?」

 「……ふふ、まあいい。可愛い娘の前で大人の喧嘩は良くないからな。どれ、お嬢ちゃん名前は?」

 イリスがカイルに目を向け、言ってもいいのか? という合図を送り、カイルは肯定する。

 『……初めましてイリスです。隊長さんのお父上なのですね?』

 「……! イリスというのか。いい名前だ」

 くしゃりとイリスの頭を撫でてから、皇帝は出口へと歩き出す。

 「カイル少尉、私はまだアレを諦めてはいない。そして必ず必要な時が来る。そのため生かしているということを忘れるなよ……?」

 「そりゃどうも。俺はあんたを殺すまで死ぬつもりはない」

 「では、私を殺すため、まずは魔獣退治を頑張ってくれたまえよ。はっはっは」

 そう高笑いしながら皇帝は執務室を後にする。カイルは舌打ちをして口を開く。

 「……嫌なやつだぜ相変わらず。それで、現地へ行くのは他に誰が居るんだ? まさか俺だけじゃないだろ」

 「あ、ああ……そうだな……えっと……」

 「?」

 『や、やめてください……!』

 「きゅん!」

 エリザが口ごもり、わしゃわしゃとイリスの頭を撫でまわしイリスとシュナイダーがエリザの膝から脱出し、カイルの背に回る。

 「――だ」

 「ん?」

 「フルーレ中尉と一緒だ」

 「はあ!? なんで彼女が? お前ならまだしも別部隊だろ? 魔獣退治なら同部隊のメンツが合わせやすいだろう? まさかこれも――」

 「――これも父上の決定だ。意図はわからない。ただ、カイル達の名目は魔獣退治ではなく現地調査。どの程度多く、どれくらい厳しい状況かを調べて欲しい」

 「……なるほど、なら後は現地兵だよりってことか」

 カイルが顎に手を当てて言うと、エリザが頷いて続けた。その表情は大佐としての職務に戻り、凛とし顔だった。

 「出発は明後日、自動車でミュールの町へ行き、そこからから船でフィリュード島向かう」

 「了解だ。船旅だな、イリス」

 『はい』

 「きゅんきゅん!」

 「待て、イリスも連れて行くつもりか? 危ないから私が預かるぞ」

 『いえ、私はマ……お父さんと一緒がいいです』

 「で、でも……」

 「責任は保護者の俺にある。なに、お前が心配するようなことにはならないさ」

 ……こいつは強いからな、と胸中で付け加え、カイルは執務室を後にした。そして執務室に残ったエリザはデスクに座り、顔の前で手を組む。

 「……ううむ……フルーレ中尉か……あの様子だとカイルが危ない……どうする……」

 
 こうしてカイルは休暇が終わってすぐ、遠征任務に駆り出されることになった。数が増えた魔獣、その理由とは――
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