ハイツ沈丁花の食卓

盆地パンチ

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 ピンポーン、と彼の家のインターフォンを押す。しかし応答はなかった。どこかに出かけてしまったのか、まあそれならそれで縁が無かったということだ、と孝太郎が立ち去ろうとしたら中から薄っすらと、助けてください、と聞こえてきた。びっくりしてドアノブに手を掛けるとドアには鍵がかかっておらず、簡単に開いた。部屋の中は未開封のダンボールがごちゃごちゃと散らかっていた。


「助けてください……ッここです」


 その声と共にドアを叩く音が聞こえる。段ボールの山が崩れたのか通路にハマりこみ、トイレのドアが開かなくなっているようだった。孝太郎は靴を脱いで中に入り、重い段ボールをどけた。トイレのドアを開けるとあの隣人の彼は孝太郎を見るなりいきなり……ボロボロッと泣き出した。


「あれ、ごめんなさ……ありがとうございます……。気が緩んじゃって……普段家を尋ねてくる人がもう数ヶ月に1人いるかいないかなのでもう当分出られないかと覚悟してて……」

「いや、一人暮らしでこれは怖いですよねふつーに、よかった……はは」

 
 普通に話しているようで、孝太郎は理性を総動員していた。なぜなら彼は裸だったからだ。これが大阪ならば、何でトイレで全裸やねん、などと突っ込めたのだが相手は初対面の美人なのでそんなことも言えずただ目をそらす事しかできなかった。彼は、服着てきます、と言ってトイレから出てその場に脱ぎ捨ててあったTシャツと下着とジャージを身に着けていた。


「……裸族なんですか?」


 どうしても気になって孝太郎が尋ねたら彼は、違います、と恥ずかしそうに笑った。


「トイレだけ服を脱ぐ癖があって」


 なんでやねん、と言いたいのを堪えて孝太郎は、なるほど、と返す。彼は言った。


「男の人でよかった。まぁ女の人が家に来ることなんてもっと無いんですけど……」


 その言葉に、この人はノンケ、つまり異性愛者だと孝太郎は察した。ノンケに恋しても不毛だと孝太郎は学生時代の手酷い失恋で学んだばかりだ。もうノンケは絶対に好きにならない、と心に決める孝太郎に彼は尋ねた。


「もしかして隣に引っ越すんですか? 昼間にも内見来てましたよね」

「え?あぁ~……」

「優しい人で良かった! よかったら仲良くしてくださいね」


 ――…そう春に笑いかけられた孝太郎は気づけばマダムに連絡していて、気づけば契約して、引っ越していた。随分早まった気もするがおかげでこうして好みの男の子を家に呼ぶという目標は果たせているし、と孝太郎は思い直す。ケチャップライスを皿に盛ってから、生クリームを混ぜてフワフワにしたオムレツを作って上に乗せる。それを真ん中で綺麗に割ってケチャップライスを覆って、春の待つテーブルに持って行った。オムライスとコンソメスープを置くと春は、おお、と声を上げた。


「凄い……お店みたい……しかもスープまで……」


 孝太郎も自分の分を持って向かいに座り、いただきます、と手を合わせる。一口食べて、美味しい、と春は目を輝かせた。美味しいですね、と彼と笑い合い手料理を振る舞う一時に孝太郎は幸せを感じていた。春はおずおずと言った。


「食費、ちゃんと請求してくださいね。いつも安すぎるから心配で……」

「きっちり割り勘にしてますよ! てか生クリームとかも使っちゃうからちょい高くなってるくらいだし。自炊だとそんなものですから!」

「こんなに美味しいのに安いなんて……凄すぎます」


 春は、ウーバーって高かったんですねぇ、としみじみと言っていた。春は売れない漫画家だ。連載などは無く広告のPR漫画などの仕事で食えてはいるらしい。しかしお金の管理が苦手で月の前半はウーバーで好きなものを食べて月の後半になるといつも納豆と食パンで食いつないでると聞いた孝太郎が提案したのがこの会だ。

 孝太郎の仕事終わりの、在宅仕事で家にいる春とブランチを食べる。それが2人のルーティンだ。


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