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ホストの端くれとして今まで誰に何を言われてもめったに言葉に詰まることなどなかった孝太郎だが、今だけは言葉を失わざるを得なかった。春が男同士の恋愛を描くと言っただけでも動揺したのに、あまつさえそのモデルを自分と孝太郎にしたと言われたのだ。つまり春の頭の中で春と孝太郎が恋愛関係になる空想を1度はされたということだ。いや、漫画にするにあたって数回されたかもしれない。そのあまりの衝撃レベルに孝太郎の脳は著しく処理が遅れた。固まってしまった孝太郎に、春は慌てて弁明した。
「気持ち悪いことして本当にごめんなさい。ただかっこいい男の子を描こうとしたときにぼくが知る中で1番素敵な男性が孝太郎くんで……相手役がぼくみたいになったのはただ漫画にしやすい駄目さというかあと主人公が自分に似たタイプだとかなり動かしやすくて……それだけで……」
ぼくが知る中で1番素敵、という言葉にまたまた孝太郎はフリーズした。素直に嬉しい気持ちと深読みしそうになる気持ちが戦う。黙りこくって固まってしまった孝太郎に、春は萎縮し縮こまった。今まで孝太郎がこんな反応を春に見せたのは初めてだったからだ。
「……ごめんなさい。もう片付けて帰りますね」
そう言って春は立ち上がり食器を片付け始めた。動き出した春が視界から消えたことでようやく孝太郎は我に返り、キッチンまで春を追いかけた。
「すみません。びっくりして反応が遅れてしまいまして……」
春は黙ったまま、食器を洗っていた。その反応に違和感を覚えて食器を洗っている春を覗き込むと春の瞳には涙が溜まっていた。それが、パタパタ、と次から次へと溢れている。孝太郎はそれを咄嗟に指で涙をすくってしまい、指先に触れたその生々しく温かな温度に、わー!と声を上げた。春は言った。
「ごめんなさい、ティッシュもらっていいですか……」
手についた泡を洗い流し、受け取ったティッシュで涙を拭いて春は言った。
「怒りましたよね。こんなによくしてもらっている人に、売れたい一心でその恩を仇で返すようなことを……」
そう言った春に、いえいえ、と孝太郎は慌ててフォローした。
「本当にびっくりしただけで怒ってないです! BL漫画いいんじゃないですかって後押ししたのおれですし。ただモデルがその……春さんとおれっていうのが想定外すぎただけで」
もしかして春さん的にそれは絶対に無しではない事なのだろうか、と、自分たちをBL漫画のモデルにしたと聞いてからずっと孝太郎の頭の中はそれでいっぱいだった。期待したくないのに期待してしまうのは、一緒に時間を過ごすに連れて孝太郎は初対面の時よりいっそう春に惹かれていたからだ。春は容姿だけでなく内面も孝太郎のタイプだった。ご飯を食べる時の箸の持ち方の綺麗さや、いただきます、を必ず言うところ、美味しそうに食べてくれるところ。仕事を頑張っているところも応援したくなる。それらの淡い想いは春がノンケだからという理由1つで封印していた。それゆえに春も同じ気持ちを持ってくれるのならば、孝太郎が想いを封印する必要はなくなる。そんな孝太郎の胸の内を知らない春は言った。
「あの、でも誓って、ぼくはゲイじゃないですから」
そうはっきりと宣言された孝太郎はやましさから数センチ後ずさり、溢れかけていた自らの想いをまた急ぎ封印する。いきなり後ずさった孝太郎に、まだ妙な誤解をさせているのでは、と危惧した春はさらに念を押した。
「孝太郎くんはかっこいいけどぼくはゲイじゃないので、君を変な目で見ることは今までもなかったしこれからも絶対に絶対に絶対にありませんから。それだけは信じてください」
恋愛対象外だと何回も切実に訴える春に孝太郎は、はい、となんとか笑顔を取り繕って答えた。そして勘違いしなくてよかった、と胸を撫で下ろす。春はホッとしたように言った。
「よかった。ぼくチビで女顔だから男子校の時からちょっとゲイじゃないかって疑われがちだったので……ただモテないだけで好きなのは女性ですから!」
「はは……わかりましたって。いつも通り応援してるのでおれのことは気にせずもう思いっきり描いちゃってください。読むの楽しみにしてます」
春はいつもよく読ませてくれるので今回も見せてくれるのだろうと思って孝太郎は言ったのだが、春は口ごもった。
「春さん?」
「……ごめんなさい。今回は見せにくいシーンがあるので……無しでお願いします! じゃあまた明日」
そう言って春は逃げるように部屋を出ていってしまった。孝太郎はぼうっとしたまま歯磨きして、部屋の遮光カーテンを閉める。閉めてから、ずるずる、とその場にしゃがみこんだ。
「見せにくいシーンって何や……」
つい方言が溢れてしまうほど、孝太郎はそのことが気になっていた。もしかして少しエッチなシーンでもあるのか、などと想像してしまい、いや純粋な春さんはそういうのは書かないだろう、と否定する。横になって1秒で寝られる特技を持つ孝太郎だったがこの日はベッドに入ってもなかなかすぐには寝付けなかった。後日、その見せにくいシーンとはただ主人公が孝太郎モデルの子を平手打ちするシーンだと聞き、孝太郎は己の心の汚れを恥じたのだった。
「気持ち悪いことして本当にごめんなさい。ただかっこいい男の子を描こうとしたときにぼくが知る中で1番素敵な男性が孝太郎くんで……相手役がぼくみたいになったのはただ漫画にしやすい駄目さというかあと主人公が自分に似たタイプだとかなり動かしやすくて……それだけで……」
ぼくが知る中で1番素敵、という言葉にまたまた孝太郎はフリーズした。素直に嬉しい気持ちと深読みしそうになる気持ちが戦う。黙りこくって固まってしまった孝太郎に、春は萎縮し縮こまった。今まで孝太郎がこんな反応を春に見せたのは初めてだったからだ。
「……ごめんなさい。もう片付けて帰りますね」
そう言って春は立ち上がり食器を片付け始めた。動き出した春が視界から消えたことでようやく孝太郎は我に返り、キッチンまで春を追いかけた。
「すみません。びっくりして反応が遅れてしまいまして……」
春は黙ったまま、食器を洗っていた。その反応に違和感を覚えて食器を洗っている春を覗き込むと春の瞳には涙が溜まっていた。それが、パタパタ、と次から次へと溢れている。孝太郎はそれを咄嗟に指で涙をすくってしまい、指先に触れたその生々しく温かな温度に、わー!と声を上げた。春は言った。
「ごめんなさい、ティッシュもらっていいですか……」
手についた泡を洗い流し、受け取ったティッシュで涙を拭いて春は言った。
「怒りましたよね。こんなによくしてもらっている人に、売れたい一心でその恩を仇で返すようなことを……」
そう言った春に、いえいえ、と孝太郎は慌ててフォローした。
「本当にびっくりしただけで怒ってないです! BL漫画いいんじゃないですかって後押ししたのおれですし。ただモデルがその……春さんとおれっていうのが想定外すぎただけで」
もしかして春さん的にそれは絶対に無しではない事なのだろうか、と、自分たちをBL漫画のモデルにしたと聞いてからずっと孝太郎の頭の中はそれでいっぱいだった。期待したくないのに期待してしまうのは、一緒に時間を過ごすに連れて孝太郎は初対面の時よりいっそう春に惹かれていたからだ。春は容姿だけでなく内面も孝太郎のタイプだった。ご飯を食べる時の箸の持ち方の綺麗さや、いただきます、を必ず言うところ、美味しそうに食べてくれるところ。仕事を頑張っているところも応援したくなる。それらの淡い想いは春がノンケだからという理由1つで封印していた。それゆえに春も同じ気持ちを持ってくれるのならば、孝太郎が想いを封印する必要はなくなる。そんな孝太郎の胸の内を知らない春は言った。
「あの、でも誓って、ぼくはゲイじゃないですから」
そうはっきりと宣言された孝太郎はやましさから数センチ後ずさり、溢れかけていた自らの想いをまた急ぎ封印する。いきなり後ずさった孝太郎に、まだ妙な誤解をさせているのでは、と危惧した春はさらに念を押した。
「孝太郎くんはかっこいいけどぼくはゲイじゃないので、君を変な目で見ることは今までもなかったしこれからも絶対に絶対に絶対にありませんから。それだけは信じてください」
恋愛対象外だと何回も切実に訴える春に孝太郎は、はい、となんとか笑顔を取り繕って答えた。そして勘違いしなくてよかった、と胸を撫で下ろす。春はホッとしたように言った。
「よかった。ぼくチビで女顔だから男子校の時からちょっとゲイじゃないかって疑われがちだったので……ただモテないだけで好きなのは女性ですから!」
「はは……わかりましたって。いつも通り応援してるのでおれのことは気にせずもう思いっきり描いちゃってください。読むの楽しみにしてます」
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「春さん?」
「……ごめんなさい。今回は見せにくいシーンがあるので……無しでお願いします! じゃあまた明日」
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「見せにくいシーンって何や……」
つい方言が溢れてしまうほど、孝太郎はそのことが気になっていた。もしかして少しエッチなシーンでもあるのか、などと想像してしまい、いや純粋な春さんはそういうのは書かないだろう、と否定する。横になって1秒で寝られる特技を持つ孝太郎だったがこの日はベッドに入ってもなかなかすぐには寝付けなかった。後日、その見せにくいシーンとはただ主人公が孝太郎モデルの子を平手打ちするシーンだと聞き、孝太郎は己の心の汚れを恥じたのだった。
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