ハイツ沈丁花の食卓

盆地パンチ

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 明が席を立ち、孝太郎に距離を詰めようとする。しかし孝太郎は立ち上がり、後ずさる。

「駄目ですって、触るのはだめです」

「お前なんやねん腹立つなー!」

 明は座って、もうええわ、と言った。

「お前なんかこっちから捨てたるわ。いらん」

「その方がいいですよ。そもそもなんですけど、おれと明さん付き合うのは合ってへんと思いますよ。おれ地味やし、たぶん明さん満足できひんと思います。付き合ってもすぐ愛想尽かしてたと思いますよ」

 明が、は、と笑った。

「愛想つかさんわ。一緒に豪遊しまくって、おれ好みの派手なイケメンに育ててる」

「育ちませんて。根が地味ですから」

「なんで見た目だけそんな派手やねん詐欺やんけ」

「明さんがこっちのが似合うって言うたんやないですか。性格辛気臭いから見た目くらい派手にしとけって」

 そやったかなぁ、すっとぼけた明はつまらなそうに言った。

「……見た目だけ派手になっても、お前変わらんな。中身は、高校卒業したての時の芋臭いガキのまんまや。早よ夜に染めたろ思ってゲイバーからキャバクラからあちこち連れ回したけど全く染まらんかったな」

「ああ、行きましたね」

 明がじっと、孝太郎を見つめる。その視線の熱さにようやく孝太郎は特別な好意を向けられていることを実感した。明が言った。

「お前、東京でやってけてんの。お前がいろいろ傷ついて東京の暮らしにほとほと参ったくらいのタイミングでこっち来たつもりやったんやけど……あてが外れたわ」

 はは、と孝太郎は笑った。

「なんとかやってけてますよ。常連さんに優しくしてもらって、毎日スーパー行ってご飯作って普通に生活してます」

「……コタローはおれがおらなあかん奴や思ってたのに」

 孝太郎は顔をしかめて、正直、と切り出す。

「大阪おった時は明さんに甘えすぎてたと思います。東京来てから困ったときに思い出すことありましたよ。あの人とおったときはこんなんちゃうかったなって。さりげなくお客さんの紹介回してもらえてたし、同じ卓でもたくさんフォローしてくれて代わりにお酒も飲んでくれて。ありがたみ感じました。でも……ありがたみ感じるほど離れたの正解やと確信しました。明さんとおったら楽すぎて思考停止して成長止まってしまうし。おれは……もっとかっこいいええ男になりたいんです」

 は、と明は鼻で笑った。

「生意気ー」

「すみません」

 孝太郎が謝ると、まぁええわ、と明は笑った。ふと会話が途切れてカラオケのBGMが部屋に響く。明は、帰るわ、と立ち上がった。

「売り掛け消したる。100万円」

「ほんまですか」

「気ぃ済んだからお前の顔立てたるわ。その代わり1発シバかせて」

「えぇ……」

 目ぇ瞑れ、と言われた孝太郎は目を閉じる。

「ッ顔ですか? あんまり跡が残るのは……」

「うるさい、いくで」

 孝太郎がぎゅっと目を閉じていたらぐいっと抱き寄せられた。明が……チッと舌打ちする。

「なんやねんこの手ぇ」

 不意打ちで孝太郎の唇にキスしようとした明だったが、孝太郎に手のひらでガードされてできなかった。抱き寄せられたまま明の口を手で覆う孝太郎は言った。

「寸前で思い出しました。これ、明さんがおれのファーストキス奪ったときと同じやり口やないですか。おれあれめちゃくちゃショックやったんですよ。初めてする時は好きな人と付き合ってからって思ってたのに、店の営業中に先輩に悪ノリでされて」

「何がファーストキスや値打ちこきやがって……ええやろ。そのへんの変な酔っ払いに奪われるよりは自分の事好きで好きでたまらんくて東京まで追っかけてくるアホな男にやる方が」

 好きで好きでたまらん、と真正面から言われて動揺する孝太郎から離れ、明は孝太郎のトートバッグからスープジャーを掠め取った。

「帰るわ。別れたら連絡してこいよ。おれに相手できるまでは身体空けて待っといたるわ」

 
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