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38-1 最終章・ハンバーグと恋人たち
しおりを挟む明と別れ、孝太郎がハイツの外階段を上がる。すると孝太郎の帰宅に気づいて春が自分の家から飛出してきた。
「おかえりなさい」
心配でたまらなかった、という顔をする春に駆け寄り孝太郎は抱きしめた。
「ただいま、帰りました。春さん」
孝太郎は、ぎゅう、と春のことを強く抱きしめる。
「……終わったんですか?」
「終わりました。心配かけて、ごめんなさい。ちゃんとはっきりとお断りしました」
よかった、と安堵の笑みを見せる春の唇に孝太郎は、自分からキスをした。孝太郎は玄関で春の頬を包み込むようにキスを繰り返す。
「春さん、好きです、好き……。変なことしてきてませんよ。潔白です。ほんまに。疑わないで下さいね」
春は、ふ、と笑った。
「疑ってません。もし何かしてきてたら孝太郎くん、今ごろぼくと目合わせられないでしょう。触って、キスしてくれてるって事は大丈夫だったんだなって思いました。ね、シャワーしてきて下さい。タバコの匂い、嫌です。いつもの孝太郎くんの匂いがいい……」
すみません、と急いでシャワーをして着替えた孝太郎が部屋に戻ると、春はぼうっとローテーブルの前のクッションに座っていた。
「すみません……なんか、気が抜けちゃって。あの人の方がぼくより付き合いも長いしもし孝太郎くんが揺れちゃったらどうしようってちょっと不安だったから……」
泣きそうな声で話す春の隣に来た孝太郎は、ごめんなさい、と謝った。
「春さんのこと悲しくさせてごめんなさい」
「いいです。ぼくが勝手にそうなってただけですから」
「それでも……嫌です。ごめんなさい」
気まずい空気が流れる中春は、ぽつりと呟いた。
「……ハンバーグ」
「え?」
春が顔を上げて、言った。
「ハンバーグが食べたいです。デミグラスソースの。中に、チーズも入れて。それでチャラにします」
孝太郎は、すぐにやります! と立ち上がった。孝太郎はまず炊飯器にご飯をセットする。その後エコバッグを持って家を出ようとした孝太郎を春が引き留める。
「ぼくも行きます」
「春さんも?」
初めてのことに孝太郎は少し驚いたがすぐに笑顔で、行きましょう、と答えた。靴を履いて、外に出る。外はもう暗く、ハイツの横の草むらから虫の音が聴こえる。誰もいない道で、春は孝太郎の手を握った。孝太郎は握り返し、人が前から歩いて来るまで繋いでいた。明るい駅前のスーパーについて、カゴを手に取った孝太郎が慣れた様子で粗挽き肉やパン粉、玉葱、デミグラス缶など足りない材料を次々かごに放り込んでいく。
「材料、覚えてるんですか」
「なんとなく。あ、ナツメグ買います」
レジでお会計を済ませてから孝太郎が言った。
「これは割り勘しませんので」
「……わかりました」
孝太郎のエコバッグに買った食材を全て詰めて、帰途につく。孝太郎が言った。
「一緒にスーパー行くの、初めてでしたね」
「買い物早すぎてびっくりしました」
「いつも行くスーパーだからですよ。どこに何があるかだいたい覚えてますし」
「昔なにか自炊しようとしてノープランでスーパーに行った時がありまして、ちんぷんかんぷんで立ち尽くし途方に暮れて何も買わずに帰ったことがあります」
「その春さん見つけたかったです」
そう言った孝太郎が、春の手を握った。
「帰りも、いいですか? 人が来たら離しますから」
こくん、と春はうなずく。
「スーパーで途方に暮れてたのは、孝太郎くんが引っ越してくるより前のことですよ」
「そっか春さんおれより長く住んでるんですもんね」
繋いだ手の甲を指でさりげなく撫でた孝太郎に、春は言った。
「実はハンバーグ、ぼくの1番の好物なんです。ホルモンも好きなんですけど1番はハンバーグで……」
そう言った春に孝太郎は、え! と声を上げた。
「早く言ってくださいよ! 初耳です! てっきり和食が好きなのかと」
「和食も好きですよ。なんとなく、言いそびれました。だってハンバーグって時間も手間もかかりそうでリクエストするの申し訳なくて……でも、今日は……いいかなってリクエストしちゃいました」
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