The Three copper coin's Tawdry Tales 「異邦人の書」

まるこめX

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混血の放浪者 1-3

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口に含んだ麦粥は疲れた胃にすうっと染み入る、なるほど、確かにこれは美味い。ほどよい塩気が失われていた活力を与えるようだ。

改めて運ばれた暖かな食事は放浪者の滋養を高めた、対岸で食い入るように見る少年は放浪者がひとさじ口に含むたびに、感想を投げかけてくる。

「ね……おいしいでしょ村の麦、麦を育てるのが上手なおじいさんが居てね、土作りが大切なんだって……!で、それを教えてもらったんだ!そう、その麦、ぼくが育てたんだ」

「駄目よダヤン、そうも急くように訪ねては。旅人さんもゆっくり食べられないじゃない」

「ごめんなさいね、旅人さん……この子ったらあなたが目覚めたのがうれしかったようで、今朝からこうなの、慌てずにゆっくり召し上がってくださいな」

その隣に座って居るのは、ダヤンと呼ばれた少年の母親だ名はラナと言うらしい。
子を産んだとは思えないほど若く見えるが、母たる所以か落ち着いて見える。
何よりも放浪者の懸念は消えた、母親は盲目だったのだ。そしてダヤンいわく、この家に担ぎ込んだ時には誰にも見られておらず、ハーフオークである事を知って居るのはダヤン一人だった。

「でも、よかったわ。あなたがここに運ばれてきた時にはどうしようかと思ったもの、3日間も眠っていたから……目が覚めてホッとしました」

「本当に!もう目覚めないかと思ってぼく怖かったよ、だっておじさんに助けられたんだから、そんな人にもしもの事があったらと思うと……」

「そうね、これもナジカ様の導きかもしれないわね」

そう語るとラナは、両手を掲げ小さく祈りをささげた。
彼女のその佇まいには堂に入った所作を感じる。そしてその胸元には若木の苗のシンボルが描かれたアミュレットが在った。

「……クレリックなのか、ナジカの」

ナジカとは、この世界における神格の一人。
その中でも森、繁殖、自然保護、守護をつかさどる自然神だ。
つまり今居るこの村は豊穣の姫神の保護の元にあるらしい。

「えぇ、そうです……。でも、あなたが歩いてきた道、あそこをご覧になられたでしょう。かつてはあの一体は豊かな森が広がる森林地帯でした、でも今では・・・」

ラナはそう胸が詰まる思いで語った。
ナジカの守護する領域の自然保護、それとはかけ離れた光景を目にしたからだ、そしてこの村はその生き地獄の中に唯一残された聖域なのだという。

「ダヤン、今更このような事をいうのも何だが……村の外でお前は何をしていたんだ」

ダヤンはその表情に少し影を落とした、尋ねてくるであろう言葉が来たからだ。
心配げにみる母を少年は見上げ、その手を取り声の震えを抑え呟いた。

「助けを呼びに行ったんだ……」

放浪者は少年の語りに耳をすませ、さじを置いた。
双眸は静かにダヤンが落ち着いて話し始めるのを待った。

「母さんは、クレリックとしての力を失ってしまっているんだ。ぼくを産んだ時に……」

ラナは息子の手を握り返し、その先の語りを変わった。息子の口から語らせるには酷な内容だった。

「ダヤンの父……私の夫は、伐採者でした、彼はこの村の外から15年前やってきてこの村で林業を営み始めました。この村の付近の木々は非常に丈夫でいい木材になるそうでした。彼は私の母……先代のナジカのクレリックと折り合いが悪かったのです。ナジカ様は文明の発展に寛大ではありますが、それを破壊しすぎることには目をつぶることはできないお方。そう夫……カマルは事業がうまく行き過ぎたのです」

放浪者は納得がいったが、腑に落ちてはいなかった。
外の荒野の景色は人の手によるとすれば、それは余りにも退廃的すぎたのだ。

「そんなカマルに私は惹かれていました、確かに村の中しか知らない私には彼は魅力的に映りました、しかし……それ以上に彼にはやさしさがあったのです、真心が」

「……力を失ったのは……」

 その先を尋ねる事に放浪者は憚られた、一瞥をダヤンに向けないように努力しながら。

「いいえ……決して、それが原因ではありません」

その努力を悟られたかのように、ラナは力強く否定した。そしてわずかに息を整え続けた。

「10年前の事です、外から夫は人を招いたのです。当時、新しい林業の手法の助言者だと語って居ました。でも今でも思います、彼は決してそんな者ではなかったと」

かつての自然神の使徒の声はわずかに震えていた、それは怒りでもなく悲しみでもなく。後悔にも似たような声色だった。放浪者は話の続きを促した。

「夫が連れてきた者は、森林の育成を助長する手法を提示したそうです。えぇ、確かに木々は驚くべき速度で成樹になりました、恐ろしいほどのはやさで。それはまさに自然の摂理を無視していました、ナジカ様のその意志を破るかのように」

「彼は最初の一年でそののち、姿を消しました。その後どこでどうしているのか今ではわかりかねます、しかし……異変は1年、また1年と経つに連れて現れていきました」

「最初は木々がやせ細り始めました、村に古くからいた木工師達は気に詳しいので即座に調べて回りました、大地が与える栄養が過剰だったのです。そしてそれは加速し、木の成長はあっという間に過ぎ去り、すぐに枯れ果ててしまうようになりました。そして……あれが現れ始めたのです」

放浪者はその言葉を聞いて目を細めた。
対峙したあの異形、その姿は今でも忘れない。
獰猛かつ執念深く獲物を追いかけ仕留めるそのハンターはまさに脅威であった、仕留めたのは個別で数体。
あれがもっと多くの群を成していたとすれば、その恐ろしさは計り知れない。

「そう、この子が襲われ、あなたが退治したサグ達……あれらが現れました」

「夫は村の若い衆を集め、すぐさまその対策に乗り出しました。武具を集め、村の周囲を掘りで固め、当時の村長にその脅威を訴えかけました。自らが招いた者がしてしまった事に、罪の意識を感じたのでしょうか。でも当時の村長はそんな夫にひややかでした、そして私にも」

「でも、さすがに目の前の脅威には対策を講じなければなりません、その折に母が亡くなりました。彼女はナジカ様への信仰を高めようと日々祈りを捧げていました、それに無理が祟ったのでしょう。そしてナジカ様のクレリックの役目は私の番になりました」

ラナはアミュレットを握りしめての震えに堪えていた、ダヤンが握るその手が僅かに温かみを増す。
そうして過去をしっかりと見定めたのだ。

「ナジカ様と語る事ができるようになった私は、彼女に懺悔しました。そしてその罪を償いたいと請うたのです。慈悲深い姫神は……罪を問うてはいませんでした。ただ脅威を退ける方法を伝えてくださいました。ナジカの祠、古くからあるその場所で村に私の力を預ける事だと教えてくださったのです、そうすればこの村は守護され。腐敗していく木々の脅威からは守れると」

「……『清浄の地』ハロウの信仰術、それを永久化させたのか」

清浄の地、それはクレリックが用いる信仰の業により邪悪なものを退ける術。そして土地の清浄化を成す上級のクレリックのみがなしえる業でもある。

そのさらに個人に限定したクレリックの業として、『聖域』とサンクチュアリ言うものがある。
『清浄の地』はその『聖域』よりも扱える者を限定し、その神格の真の信奉者のみが扱える。

そしてそれを永久化パーマネンシィさせる業を用いるにはそれ相応の代償が必要とされる。

この世界における秘術とよばれる業、そして信仰術とよばれるクレリックたちの術にはそれ相応の代償が必要なのだ。

目の前のラナは少なくとも並大抵のクレリックではないと言うことだ、かつては。

「その眼は……」

放浪者は合点がいった面持ちで改めてラナの目元を見た。その薄くなり光を失った眼差しは間違いなくその代償によるものだろう、そして同時にクレリックの力を失ったと知った。

「えぇ、その通りです……。ですがカマルはそんな私を止めようとしたのです。別の方法を見つけたと言って、それを待ってからにしてくれと……それが3年前です」

「……つまり、カマルは……」

どのような事を考えたのかはうかがい知れないが、ラナの眼が視力を失っていることからして、カマルの目論見は失敗したのだろう。放浪者は返す言葉が見つからず、ひとりごちに唸り、冷えてしまった粥をまたひとさじ食べた。

「逃げたんだ……父さんはッ!!」

黙っていたダヤンが堰を切ったように叫んだ。
その声は食卓を張り詰めさせ今にも弾けさせようとしていた。
ラナは、止めるように声を挙げようとしたがそれは押しとどめられた。
彼女の中でもそれは信じ切れていない部分があったのだろう、そして夫を信じたい部分も。

「ダヤン……それは……」

母として、やっとの思いで必死に挙げた声は震えていた。
そしてその先は出せずにいた、ただただ首を振って……。
ダヤンは自分が上げた声に、それが母に抱かせた感情に、そして自分自身の湧き上がる感情の雨に思わず席を立ち家を飛び出した。

「おいッ……!」

放浪者はその背を見送る事しかできなかった。
開かれたままの扉の外では、陽の光が影を作っていたいつのまにか夕刻になりつつあったのだ。

「……ダヤンはクレリックを探しに行っていたんだな、ナジカの」

涙を袖でぬぐい、ラナは頷いた。
力なく項垂れた姿は弱々しく、己の無力さを悔いているような、そして自らの過去を許せずにいるようなそうした儚さを感じ取った。

「きっと、ナジカ様のクレリックならばなんとかしてくださると考えたのでしょう・・・私は母親失格ですね、そうさせてしまったあの子に・・・そしてこの目では追いかける事もできない」

放浪者は少年の影を思い描きながら、ラナの方を見た。
ぼろのフードをかぶり口元にマスクをたくし上げてその存在を秘匿した。この家を出れば自らの存在を明かすことになるだろうが、盲目の未亡人の代わりに行かねばならない。
そして一人の時間が必要なのは家出少年だけではない。

「悪いな、おれはクレリックではない」

「えぇ、そうですね、あなたは……旅人ですから」

「彼の行く先の心当たりは?」

「あの子は……ひとりになりたい時は、いつもあのお方の祠に行きます、ナジカ様のお膝元へ……」

放浪者はわかったと頷き、扉をくぐった。肩越しに振り返れば、こちらへと振り向いたラナと視線が合った。
見えて居ないはずのその眼は不安げにまっすぐとこちらを見上げ、そして彼女は静かにうなずいて見せた。

「あいつは勇敢だラナ、心配するなおれが連れて帰る。よく似ている親子だおまえ達は……」

「あの子は私よりも心優しいのです。よろしくお願いします旅人さん、どうか・・・ダヤンを」

小さく見える母親に頷きを返し、放浪者は夕陽が差す村の中へと歩み行った。
一歩踏み出した外の世界は放浪者に僅かな不安を覚えさせる、鳥一匹飛ぶ姿は無い、あるのは白く塗られた建物達とそれをオレンジに染めはじめている陽の傾きだった。

放浪者は道に影を落とす、できるだけ誰にも会わずに済めばいい。
ナジカの祠は村のはずれ、自らの存在を消しながら歩くすべは心得ている。
足跡を一歩残し、白塗りの影へと身を投じ放浪者は静かな夕暮れの村へと歩みを進めた。


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