The Three copper coin's Tawdry Tales 「異邦人の書」

まるこめX

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混血の放浪者 3-5

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息が詰まる、背筋のゾクゾクが止まらない。手探りで暗闇を進む少年は、ランタンをカーヤに預けてしまった事を、心のどこかで後悔していた。そして、少女が一緒にこなくて良かったと、確信していた。

暗闇に目がなじみ、あたりをぼんやりと認識できるようになった。石造りの空間、敷き詰められた冷たい石の通路。触れた壁はひんやりとしている。一歩ずつ、怖さと戦いながら歩いているから、どれぐらい進んだかは分らない。

村の下に、こんな場所があっただなんて初耳だ。そもそも今が、村のどの場所に居るのかも見当がつかなかった。まだ好奇心、そして使命感が恐怖を上回っている。だが、それも足を進める度に目減りしていく。
進んでいる先から、いやな空気が流れている。その重苦しい空気が、濃くなっていく、それが少年の歩みに躊躇を与えていた。

点が見える、ぼんやりとした淡い光。それが灯りだと気づいても、少年の胸騒ぎは止まなかった。
手探りでポーチからスリングショットを取り出す。昔、父親がこしらえて彼に与えたおもちゃだ。簡単な造りではあるが、まともに当たれば怪我をする。武器を手にすれば、心強くなる思ったが思ったよりは効果は無かった。

灯りのある空間は行き止まりだった。シンプルな石造りの小部屋は、相変わらずその冷たさをたたえている。不思議に思ったのは、石造りの通路、その隙間には苔はおろか、砂粒やほこり一つ目立たなかった。まるで、最近作られたように綺麗なものだった。それがが不気味に感じる。

「……ッ……!」

『それ』を目にした瞬間に、心のざわつきが高まり、……ブーン……と低く唸る耳鳴りがしはじめる。空間に流れるぬるい空気が、少年の肌を内側からざわざわと一気に撫でた。

何かは分からない、だけれども、その石造りの『モノ』は、とてもよくないようなものに思える。その形状は形容しがたい、ねじれ、尖り、そして溶けて混ざりあっている。それが、台座に乗せられ丁寧に祀られており、その台には何か……骨のようなものが捧げられていた。

少年は即座にそれが、祭壇である事が分かった。『よくないもの』がそこには祀られている。早くここから立ち去らなければ、さきほどから耳鳴りが煩いぐらいに響いている。もはや鍵どころではない、少年は知ってはいけないものを見てしまった。それも、人が知ってはいけないもの。

そう思うのだが、体が動かない。その渦巻くような『モノ』から視線が外せない。まるで体が石になってしまったかのように、意識だけが焦りを感じて居る。

「美しいだろう……ナーダレスだよ、ダヤン……」

耳鳴りが一気に止んだ。知って居る声だ、だがその声は『知らない誰か』だった。その冷たい声に少年の警鐘が鳴る。その声の主は少年の後ろから、這うように両手を回しその顔を撫でた。

「あぁ……やっと君に触れる事ができた……。あぁ……かわいいダヤン……無垢なるダヤン……ナジカの寵愛を受けた少年……ここでなら、君に『触れる』事ができる……」

ハッバンはうっとりとした表情で、少年に頬ずりをした。普段の様子とはまったく違う、その様子は尊大で、無慈悲さを秘めた冷徹さがあった。

「……私は村では君に、触れる事さえ許されなかった。あの忌々しい売女の女神が、君に祝福を授けて居たんだ……知らなかっただろう?君は、ナジカからの祝福を授けられているんだ……」

少年の心は恐怖に支配されていた。しかし、その恐ろしさに声を挙げることはおろか、涙一つ流す事は出来ない。体が完全に硬直してしまっているのだ。

「……ンフフフ……自由が利かないだろう。君には、私の秘術を披露する事が出来なくてねェ……この私が作り出したこの空間は、外とは別の次元に存在する……君に在った加護も……ここでは効力を発揮しないというわけだ」

ハッバンは少年からぬるりと離れ、そのナーダレスと呼ばれた神像の前に立ち、張り付くように、その地面にかしずいた。その光景から少年は一刻も早く目を背けたかった。

「……あぁ、ナーダレス様。我が虚無の王子…すべてを無にするものよ……我が虚無の道を、いよいよあなた様に捧げる事ができます……長年待ち望んだ、時は満ちたり……!」

おぞましい光景であった。狂気に満ちたハッバンの歓喜は、いやと言うほど少年の耳に届いた。跪いたまま天を仰ぐ狂人は、ぐにゃりと背を曲げ、地面に頭を付けダヤンへと振り向いた、その血走った眼差しが少年の視線と合わさり、底知れぬ震えが襲う。

「思えば、長かった。……私がこの村に君の父親に連れられ、やって来たあの日から、十数年の時が経った。一目見て気にいったよ、この豊かな大地を。そしてその豊かさを生み出す至高の宝を……我が虚無の道に相応しいと、この豊かさを無に返そうとね」

狂気の男は少年に語り掛けるでもなく、ただ吐露していた。懐かしむようにうっとりとした表情で。

「君の父親は偉大だよ、ダヤン。この村の秘宝を見つけ出し、それを利用して財を成したのだ。愚かにも、それを他人に洩らしてしまったが……それが寄りによって、ウワサを聞きつけてやってきた私だったというわけだ」

「……あまつさえ、事自慢げにそれを披露したのだ。君の母親はその在りかへの鍵を持っていた、そうナジカの信仰の恩寵をね。かの庭園は美しかった……そうそれが虚無に返る事を想像するとなおさらね……!そこへ、私は種を植えた!」

そしてハッバンは意識を少年へと向け、語りだした。その声を遮る事もできない。上体を起こすと祭壇の台座へと歩み寄ったのだ。少年は意識の抵抗を試みたが、体の硬直は以前として解けないままだった。

「気づいたのは君の母親だ、ナジカの庭園を荒らされた事に気付くのは至極当然だ。もっとも、私は『心術』を得意としてね、記憶を改ざんする事など造作もない……だが、君の父親はそれを振り切った。そして愚かにも……仲間を伴って、邪魔をしようとしたのだ」

「おかげで私はこの村の滞在を決め込んだ、村の住民の記憶を改ざんし、かつて訪れた来訪者の顔を忘れさせ……このハッバンが、昔からここの住人だったとねェ」

「……だが、私もバカではない、ボロが出るのは必至だ。なので私自身にも術をかけた……その人格を毎晩酩酊させ、私を呼び覚ませる必要が生じたが……」

「ンフフフ……それにしても愚かな男達だ、ただの村人風情が、我が秘術の前では敵うはずも無い……あぁ君の父親には、すでに再会はしているだろうダヤン……あぁ、上の娘の父親だったか……彼女にも後で再会させよう……」

ハッバンは台座に置いてあった骨を持ち上げた。それは頭蓋が二つ、人間の骨だった。

意識が否定する、それではない。決してそれは、違う……! 

だがハッバンは、少年の前にしゃがみ込んで、無慈悲にもその頭骨を見せつけたのだ。

「ほらァ、パパですよォ…!」

ハッバンの高笑いが、少年の心を激しく揺さぶった。叫ぶ事も許されず、目の前の男に殴りかかる事も出来ない。ただ意識のみがそれを許し少年の心を慟哭させた。

「よかったなぁダヤン!君のパパは私が殺し、ナーダレスの貢ぎ物となったのだ!」

その瞳の奥から少年の悲しみと憎しみ、虚無感を見出し、狂気の男は満足する。そうして本来の目的に戻ろうと、再び少年の前で立ち上がった。

「君の母親は、見事な信仰心だった。ナジカに願い、この土地を浄化せしめ。私が植えた種の成長を妨げたのだから、おかげで私は計画を変更せざるを得なかった。あの女の信仰への力は失われたが、それは息子である君に受け継がれていた……それが成長しきるまで、私は待った」

「……そう、待ったのだ。君が産まれてから12年……君が大きく育つのを待った。いよいよ君を、私が植えた種へ捧げる最後の養分としよう!君の母が信仰力を失い、ナジカの庭園に続くポータルは閉じられた……だが、君が産まれたのだダヤン……!ナジカの寵愛を十分に受けた君がねェ!」

何度も続けていた意志の抵抗が失敗に続く。ハッバンはようやく、ひとしきり語り終え少年に向き直った。その冷徹な眼差しは、狂気を称えたまま恐ろしいほどの静けさだった。そしてその手には、禍々しい意匠をこめられた杖がどこからともなく取り出されていた。

ハッバンが言葉を紡ぎはじめた、織り紡ぐその言葉に反応し、杖の輝きが怪しく光り、ハッバンの手のひらの怪しい光源を増幅する。明らかに少年にとって害をなすもにに違いなかった。手の振りはまるで無から何かを生みだすように、少年の耳に、心にいやと言うほど入り込んできた。

「そんな……父ちゃん……!!」

背後から悲痛な声がした、上で待っていたはずのカーヤの声だ。

戻ってこない少年を心配して、降りてきてしまったのだろう、なぜこんな時に……どの辺りから聞いてしまったのか。それよりも、ハッバンが露骨に顔を歪め、カーヤに視線を見定めている。少年は渦巻く感情を抑え、恐怖を込みあげさせた。
目の前の男への恐怖でなく、カーヤを失う恐怖を。

それが少年の意志を、強固にした。

ハッバンの誤算は、少年が『金縛りの術』ホールド・パーソンを解く事であった。そしてその失態は、その手にスリングショットを握らせたままでいた事であった。体の自由を取り戻した少年は、後ろに倒れこみながらも、目いっぱいスリングショットの弦を引っ張り。

「……っめろッお!!!」

驚きの表情を向ける狂気の男に向けて、石を放った。

「ぬぉああああッ!——この……ガキめぇええ!!」

片目を撃ち抜かれたハッバンは身もだえした。少年の鼓動が早まる、体の自由は取り戻したがすぐには立てない。それはカーヤも同じだった、少女は泣き叫ぶ寸前だった。

「カーヤッ!にげて……!はやく!!」

少女がはっとしたように、意識をダヤンに向けた。少年は必至の思いでその少女の意志に訴えかけた。

「ダヤンッ……!」

「ぼくは大丈夫だ!この男はぼくに手出しはしないッ……!はやく―ーおじさんの所へ!!」

少女は、自らに襲い来る恐怖に飲み込まれそうになった。だがその少年に託された意志にそれを乗り越えさせた、今はその時ではないのだ。

カーヤは泣き叫ぶ事を堪え、来た道へ振り返り一目散に駆け出した。

「そうだ、走れ……走れカーヤ……」

駆け抜けていく少女が闇の中に消える、その姿を見つめ少年は、感情と涙を拭いハッバンに振り返った。

「クソ餓鬼が……!よくも俺の眼を!眼をッ!!!」

憎悪に満ちたハッバンの顔はダヤンをとらえていた。見事命中したスリングショットは、その片方の眼から、永久に光と色を奪ったのだ。高揚感と恐怖が入り混じり、少年は思わず笑みを浮かべた。

恐怖の存在は逃げたカーヤを追うではなく、詠唱の続きを素早く紡ぎだした。少年は立ち上がる事もせず、なんとかその隙にポーチから小石をまた取り出すも、焦りからか取り落としてしまった。その顔に、ハッバンの魔力の光を称えた手のひらが覆いかぶせられた。

「……まぁ良い、計画を早める事にしよう」
「君は、逃げることは出来ないのだダヤン。この村を出た時に思い知っただろう。『私のしもべ』サグが、君を見つけた事を……私の植えた種が芽吹きはじめ、この地を不毛に変え、あれを生みだしたのだ」

少年の瞳孔が見開かれる。村の外を徘徊している異形、あの恐ろしい生物が、この男の配下にあるのだと知った。この男の所業に、少年は怒りを覚えた。すべてはハッバンが仕組んだ事だったのだ。
その刹那、少年の体がビクンと跳ねる。その怪しい輝きは、少年の意志をするりと抜けて、記憶に介入した。過去にさかのぼり、その思い出を改ざんし、新しい認識を与えたのだ。

「安心しなさい、ダヤン。純朴なるダヤンよ。ここでの出来事はすべて忘れ、私の記憶操作マインドコントロールで塗り替えてあげよう」

光が収束し、少年はばたりと崩れ落ちる。少年の表情からは感情の色が抜け落ち、そしてその色は、男が与えた色へと塗りつぶされていく。

「……さぁ、ダヤン。このハッバンおじさんとの約束だったね、案内してくれないか。ナジカの庭園へ」

ダヤンの意識が戻る。まるで夢の中に居る様な気分だ、ハッバンの声にその気分を鮮明にさせ、約束を思い出させる。そうだ、約束していた。少年はゆっくりと立ち上がった。

「そうだねハッバンさん……。約束は守らなきゃね……!ぼくがちゃんと連れて行ってあげるからね!」

「おぉ、ありがとう、ダヤン……いい子だダヤン……。そうだ、はやく連れていっておくれ」

「……ハッバンさん、どうしたのその眼……?」

「……ッ!いやなに……追い詰めた子ネズミに、齧られてしまってねェ、……忌々しいネズミだ」
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