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混血の放浪者 4-2
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扉のかんぬきも、斧の一撃を前にしてはひとたまりもない。その木の板は放浪者が振り切る手斧の前に、激しく木の破片を散らした。数度繰り返し、扉はもはや意味を成さない程度に破壊された。
「はぁ、旦那……アンタやっぱ盗賊には向いてねえよ」
「おまえが扉に手こずる前に開いてやったんだ」
「今ので、アンタがハーフオークだったって事に得心がいったよ」
シェイガンは肩をすくめてその皮肉に返した。つま先で破片を退けて痩躯の男はハッバンの家に押し入った。
「あたしが出て行ってから、ちょっと時間が経っているから。もうどこかに行ったかもしれないけど、何か手がかりがあれば良いのだけど」
「いや、どうやらそう簡単には行かないらしいぜお嬢ちゃん」
腰に手を当てシェイガンは室内を示して見せた。ハッバンの家は、文字通りもぬけの殻だった。家具はおろか、床に積もったチリすらも残されていない。
「そ、そんなはずは……!だってここのはずよ!間違うはずがないわ!……そ、そうよここに……!」
カーヤは慌てた様子でシェイガンの脇に立って室内を見渡した。何度見ようが同じであった。床板がめくれた場所も、見えるのは床下の土だけであった。初めからそうであったように、家には誰も住んだ形跡は残されていない。
「ここに……あったのよ、地下室が……!ダヤンが居たのよ……この先に」
項垂れる少女の横で放浪者は、しゃがみ込みその土の底を視た。腰に備えたベルトポーチから小袋を取り出し、粉末を握りしめ、手のひらを上に向け掌を開いた。
『その残滓をここに表せ』
奏でられるように唱えた文言は、手の上の粉末をまるで燃焼させるように僅かに光らせた。
それを散らすように振るい、連なる鱗粉の発光は波のように広がり、室内に満ちた。
その輝きは魔力の残滓に触れ、かすかな瞬きを見せその痕跡を示す、ここで秘術が行使された痕跡を。その色のちらつきと光度が、行使された秘術の種別と強度を示して輝き、消えた。
「おいおい、旦那……アンタ秘術まで扱えるのかよッ。魔力探知か……こいつはおったまげたぜ……しかし、どうやらアタリのようだな」
「相手は、どうやら魔術師の類のようだ。幻術……そして召喚術を用いていたらしい。カーヤ、お前が言っていた空間とやらは、どうやらハッバンが生み出した一種の結界のようだ」
カーヤは今目の前で行われた事への理解は追いついていなかった、だが放浪者の言葉には納得をした。でなければ、さっきまで在ったものが跡形もなく消えている事実が説明できない。
「それにしても、魔術師か……そいつは随分と面倒な相手だな。直接やりあえりゃ、こっちのもんだが……ハッバンは随分と用意周到と見える。なんせ十数年の計画を練るような相手だからな」
「その通りだ、こちらが来ることも踏んでいるだろう。少なくとも、時間を掛ければ掛けるほど相手にとって有利な状況に持ち込める。問題は……奴がどこに向かったか……」
カーヤは、その言葉を聞いて慎重に記憶を辿っていった。焦りは今もあるが、恐怖に塗られていた状況からは脱し、今は冷静に振り返る事ができた。
「庭園……、そう。ハッバンはナジカの庭園がどうとか言っていたわ!」
「ナジカの庭園?なんだそりゃ、まぁ、確かにナジカの祠ならあるが、あそこにゃ畑しか無かったぞ。まぁ、確かに花は多少咲いていたが……庭園と呼ぶにゃ、ちょいとばかり大げさだな」
シェイガンは空っぽの部屋の中を歩き回り、顎をさすってしげしげと中を見て回った。特に何か期待が在るわけでもないが、それは癖の一つであった。そうした行為が時に、前に進むきっかけを生む事を知って居るのだ。
「……ほう、こいつは随分と殺風景な部屋だと思ってたが……あの男に花を生ける趣味が在ったとは思えねェな」
それは土に汚れた花びらだった、踏まれてブーツに土と一緒に付着したのだろう。本来なら何か家具があった場所、その部屋の隅からシェイガンは見つけ出したのだ。
「花びら……庭園か。案外、大げさとは言えないかもしれないぞ、シェイガン。その花びらはナジカの祠で咲いていたものだ……なるほど、確実にハッバンは足げく通っていたらしい」
「ナジカの祠ね……そう、村の人は誰もあそこに近寄らなくなったわ。この村の周囲の状況を見て、自然神を崇める事なんて忘れてしまったのよ」
「母ちゃんはよく言ってたわ、そんな事をする暇があるなら今日一日の糧をなんとか得る方が、村にとっては大事だって……でもダヤンだけは、あの子だけは毎日のように通い、皆の為に畑を耕していたわ。一人で……」
「一人?……本当にそうなのか?」
カーヤの言葉に、放浪者は怪訝な表情を向けた。そう、ダヤンは確か老人に畑の手入れを教わったと言っていたのだ。そして自分自身もその老人に一度邂逅している。カーヤはその言葉に不思議そうな表情を返した……。
「そう、一人よ。ダヤンったら、ある日突然畑を耕し始めて、種を植え始めたのよ。誰もそんな方法も知らないって言うのに……そもそも種もどこから」
「あっ……でも確か、デムっていうおじいさんに教わったって言ってたわ。でもそんなおじいさんこの村には住んでいないの。母ちゃんも、村の人も誰も知らないって言ってたわ……みんな気味悪がってたけど、ダヤンのおかげで村の人は飢え死にせずに済んでいるのよ」
「……そうか」
放浪者はカーヤのその言葉で浮かんだ疑問を解いた。だが、それはあくまでも無理やりな推測に過ぎない……だがそれを今は確かめている暇は無かった。
「……あのよォ、ご両人。お取込み中の所悪いんだが……ちょっとマズい状況になりそうだぜ」
二人はシェイガンの言葉に、思案の海を渡るのを中断させられた。指で示された外。シェイガンは鋭く気を張り始めている。壊れた家の入口の外で、足音がどんどん増え、そして焚火の灯りの列がまたひとつ加わり、その灯りの範囲を広げていった。村人達が放浪者達を追って来たのだ。
「……時間を掛けすぎたな、見つかってしまったようだ」
「まぁ、こんだけ派手にドアを叩いてお宅訪問してりゃ……、見つからない方が難しいってもんよ」
「ど、どうしよう…早く祠に行かなくちゃならないのに……!そうだわ!裏の窓から…!」
カーヤが行動に移そうとしたが、放浪者はそれを窘めた。足音の探りは既に裏手に数人回っている事を告げていたのだ。カーヤはそれを察し表情を青ざめた。
「おい!出てこい!居るのは分かってるんだぞハーフオーク!てめぇ!カーヤを人質に取りやがって!」
「この村で何をしようとしているかは知らねえが!とっ捕まえて磔にしてやる!」
外から村人の警告が飛んできた。シェイガンは舌打ちし、やれやれと両手を頭の上に乗せた……強行突破を試みるつもりだろう、その下ろした手には短剣が握られていた。
「……はやくダヤンの所へ行かなきゃならないのに!誤解を解かなきゃ……!」
「どうやら誘拐犯にされたようだぜ、旦那。ハッ!人質だとよ!えらく悪党らしくなってきたなオイ」
放浪者はシェイガンが踏み出そうとするのを手で制した。その視線は、入口からじりじりと距離を詰めてくる村人達に向けて。痩躯の男は舌打ちをして、素直に短剣をしまい込んだ。
「お、おじさん……!どうする気!?ま、まさか……」
最悪の状況を予想したカーヤの言葉に、放浪者は首を振って見せた。そしてそのまま静かに開け放たれた入口を潜り、村人達の前に出た。先頭に立ち虚勢を張って見せているのは、先日酒場に居た三人の木工師達だった。
「お……おう!?や……やるってのか!?こ、こっちには若い衆だって居るんだぞ!」
後ずさりをした木工師の一人は、戦意を僅かに保っている後ろの男達の背を叩き前に出した。だが、村人達の集合は放浪者が一歩進めば後ずさるように、その開きをさらに大きく後ろに広げた。先頭に立ち虚勢を張って見せているのは、先日酒場に居た三人の木工師達だった。
その緊張の面持ちを、放浪者は目を合わせ、落ち着いた声で語りだした。
「お前たちが望むのなら、おれは逃げも隠れもしない。先日の一件が罪だと言うならば、おれはその罰を受けるつもりだ。だが……今は、ダヤンが危ないのだ」
「ダヤンだぁ……!?あの、カマルの子せがれがどうしたって言うんだ!あいつは昨晩ラナの所にちゃあんと帰ってるんだぞ!そんな事を言っておれ達を騙そうとしやがって、さっさとカーヤを離しやがれ!」
放浪者は一筋縄ではいかない事を覚悟していた。見ず知らずの男、ましてやハーフオークの発言をすんなり受け入れるほど、村人達は寛容ではないのだ。だがその必死な様子は本気でカーヤの心配をしている事だけは悟った。
「だから、おっちゃん!違うんだって!本当にダヤンが危ないの!ハッバンが……!」
「おいカーヤ!大丈夫だ、おれ達が助けてやるからな!……この野郎!ハッバンにまで何かをしたんだな!あいつは腑抜けだが、この村の一員だ!」
「……おいおい、旦那……ラチが開かねえよ、ここはオレがなんとかするから、アンタ達はさっさと、祠に向かうこったな」
シェイガンが放浪者の脇に立つ、その眼は鋭く村人達を見据えているが。放浪者はそれを制した。一触即発の状態に割り込んだのは悲痛の声だった。
「ダヤン……!!ダヤン……!!どこに居るのッ!!??」
「ラナ!待ちな!アンタ目が見えないのに、走って怪我でもしたらどうするんだい!」
村人達は、ラナの只ならぬ様子にざわめきをあげた。その一心不乱に走る様子に村人達は盲目の未亡人の気遣いその場を開けた。息を乱しメイヤーナはやっと追いつきラナを抱え、やっと騒動に気が付いた。
「こいつはどういう訳だいッ!ロナム!……こんな大変な時にあんた達は何をやってるんだ!」
「おい、メイヤーナ……落ち着け、囚人がな……」
「はぁッ!何をねぼけた事言ってんだい!ダヤンが居ないんだよ!囚人が一人二人逃げ出したのがなんだい!こっちは子供が居なくなったんだよ!」
木工師の男が宿屋の主人に気圧されている。どうやら女主人は、木工師の言い分を受け入れない様子だった。
「あぁ、アンタ。ダヤンは来なかったかい?朝ラナの家に様子を見に行ったら、このありさまでね……」
「あ、あぁ……」
放浪者も圧倒されていた。まるで初めから抜け出す事はどうでもよかったというように。女主人は村人達をかき分け、ラナを導いた。彼女は憔悴しきっているようだった、その心配そうな表情は音しか聞こえない彼女の耳にはさらに不安を煽っている事だろう。
シェイガンは唖然として少女の傍に後ろ向きで戻り、その様子を見つめていた。
「なぁ……おまえの母ちゃん、なかなかの強引さだな」
「うん……そうだね、いつもの事。まぁでも……おかげでなんとか切り抜けられそう……かな」
カーヤはラナを支える自らの母に歩み寄って、事の詳細を伝えた。メイヤーナは目をぱちくりとさせ、怪訝な表情になり疑り深く少女の話を聞いたが、その顔から真実を語って居る事を悟った。ラナは気を失いそうなほどだったが、なんとか女主人に支えられ事なきを得ていた。
「……ハッバンが……、ダヤンを?なんだってそんな事するんだい、アイツ……脳みそまで酒浸りになっちまったのかね……!まったく、持ち帰りの酒に、腐ったエールでも混ぜといてやりゃよかったね!」
村人達はその様子を見つめ、どうしたものかと互いを見つめあっていた。いきり立っていた威勢のよさは、もはや鳴りを潜め、今ではただの野次馬のようにその様子を見てしかなかったのだ。
カーヤは安堵した、これでなんとかなると。母親の頼もしさに胸を撫でおろしたが、放浪者の背中を見あげ、その不安は高まった。彼はその視線を鋭くさせ……坂の上から見える村の外、陽が昇り始める地平線を見ていた、とても険しい表情で。
「おじさん……?」
怪訝に思った少女は、周囲の樹々が村の外側から急速に枯れていくのを見て取った。まるで外側の荒野の浸食で塗りつぶされていくように、足元の草木やホワイトシダー達がその葉を散らし、村の色を失わせていく、一息に村が死に始めているのだ。
「おい……ありゃ…なんだ?」
シェイガンは軽口を叩くのも忘れ、村の外側からくる『それら』を唖然として見ていた。昇る陽はその集団の影を焼き揺らめかせ、数を増していく異形の群れをはっきりと照らしていた。
「戦いに備えろ……ここに来るぞッ」
放浪者の口調が厳しいものになった。異形達は迷う事なく村にやってきている。
村に攻めて来たのだ、外から……枯れ木の化け物の集団が。
「はぁ、旦那……アンタやっぱ盗賊には向いてねえよ」
「おまえが扉に手こずる前に開いてやったんだ」
「今ので、アンタがハーフオークだったって事に得心がいったよ」
シェイガンは肩をすくめてその皮肉に返した。つま先で破片を退けて痩躯の男はハッバンの家に押し入った。
「あたしが出て行ってから、ちょっと時間が経っているから。もうどこかに行ったかもしれないけど、何か手がかりがあれば良いのだけど」
「いや、どうやらそう簡単には行かないらしいぜお嬢ちゃん」
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「そ、そんなはずは……!だってここのはずよ!間違うはずがないわ!……そ、そうよここに……!」
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「ここに……あったのよ、地下室が……!ダヤンが居たのよ……この先に」
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『その残滓をここに表せ』
奏でられるように唱えた文言は、手の上の粉末をまるで燃焼させるように僅かに光らせた。
それを散らすように振るい、連なる鱗粉の発光は波のように広がり、室内に満ちた。
その輝きは魔力の残滓に触れ、かすかな瞬きを見せその痕跡を示す、ここで秘術が行使された痕跡を。その色のちらつきと光度が、行使された秘術の種別と強度を示して輝き、消えた。
「おいおい、旦那……アンタ秘術まで扱えるのかよッ。魔力探知か……こいつはおったまげたぜ……しかし、どうやらアタリのようだな」
「相手は、どうやら魔術師の類のようだ。幻術……そして召喚術を用いていたらしい。カーヤ、お前が言っていた空間とやらは、どうやらハッバンが生み出した一種の結界のようだ」
カーヤは今目の前で行われた事への理解は追いついていなかった、だが放浪者の言葉には納得をした。でなければ、さっきまで在ったものが跡形もなく消えている事実が説明できない。
「それにしても、魔術師か……そいつは随分と面倒な相手だな。直接やりあえりゃ、こっちのもんだが……ハッバンは随分と用意周到と見える。なんせ十数年の計画を練るような相手だからな」
「その通りだ、こちらが来ることも踏んでいるだろう。少なくとも、時間を掛ければ掛けるほど相手にとって有利な状況に持ち込める。問題は……奴がどこに向かったか……」
カーヤは、その言葉を聞いて慎重に記憶を辿っていった。焦りは今もあるが、恐怖に塗られていた状況からは脱し、今は冷静に振り返る事ができた。
「庭園……、そう。ハッバンはナジカの庭園がどうとか言っていたわ!」
「ナジカの庭園?なんだそりゃ、まぁ、確かにナジカの祠ならあるが、あそこにゃ畑しか無かったぞ。まぁ、確かに花は多少咲いていたが……庭園と呼ぶにゃ、ちょいとばかり大げさだな」
シェイガンは空っぽの部屋の中を歩き回り、顎をさすってしげしげと中を見て回った。特に何か期待が在るわけでもないが、それは癖の一つであった。そうした行為が時に、前に進むきっかけを生む事を知って居るのだ。
「……ほう、こいつは随分と殺風景な部屋だと思ってたが……あの男に花を生ける趣味が在ったとは思えねェな」
それは土に汚れた花びらだった、踏まれてブーツに土と一緒に付着したのだろう。本来なら何か家具があった場所、その部屋の隅からシェイガンは見つけ出したのだ。
「花びら……庭園か。案外、大げさとは言えないかもしれないぞ、シェイガン。その花びらはナジカの祠で咲いていたものだ……なるほど、確実にハッバンは足げく通っていたらしい」
「ナジカの祠ね……そう、村の人は誰もあそこに近寄らなくなったわ。この村の周囲の状況を見て、自然神を崇める事なんて忘れてしまったのよ」
「母ちゃんはよく言ってたわ、そんな事をする暇があるなら今日一日の糧をなんとか得る方が、村にとっては大事だって……でもダヤンだけは、あの子だけは毎日のように通い、皆の為に畑を耕していたわ。一人で……」
「一人?……本当にそうなのか?」
カーヤの言葉に、放浪者は怪訝な表情を向けた。そう、ダヤンは確か老人に畑の手入れを教わったと言っていたのだ。そして自分自身もその老人に一度邂逅している。カーヤはその言葉に不思議そうな表情を返した……。
「そう、一人よ。ダヤンったら、ある日突然畑を耕し始めて、種を植え始めたのよ。誰もそんな方法も知らないって言うのに……そもそも種もどこから」
「あっ……でも確か、デムっていうおじいさんに教わったって言ってたわ。でもそんなおじいさんこの村には住んでいないの。母ちゃんも、村の人も誰も知らないって言ってたわ……みんな気味悪がってたけど、ダヤンのおかげで村の人は飢え死にせずに済んでいるのよ」
「……そうか」
放浪者はカーヤのその言葉で浮かんだ疑問を解いた。だが、それはあくまでも無理やりな推測に過ぎない……だがそれを今は確かめている暇は無かった。
「……あのよォ、ご両人。お取込み中の所悪いんだが……ちょっとマズい状況になりそうだぜ」
二人はシェイガンの言葉に、思案の海を渡るのを中断させられた。指で示された外。シェイガンは鋭く気を張り始めている。壊れた家の入口の外で、足音がどんどん増え、そして焚火の灯りの列がまたひとつ加わり、その灯りの範囲を広げていった。村人達が放浪者達を追って来たのだ。
「……時間を掛けすぎたな、見つかってしまったようだ」
「まぁ、こんだけ派手にドアを叩いてお宅訪問してりゃ……、見つからない方が難しいってもんよ」
「ど、どうしよう…早く祠に行かなくちゃならないのに……!そうだわ!裏の窓から…!」
カーヤが行動に移そうとしたが、放浪者はそれを窘めた。足音の探りは既に裏手に数人回っている事を告げていたのだ。カーヤはそれを察し表情を青ざめた。
「おい!出てこい!居るのは分かってるんだぞハーフオーク!てめぇ!カーヤを人質に取りやがって!」
「この村で何をしようとしているかは知らねえが!とっ捕まえて磔にしてやる!」
外から村人の警告が飛んできた。シェイガンは舌打ちし、やれやれと両手を頭の上に乗せた……強行突破を試みるつもりだろう、その下ろした手には短剣が握られていた。
「……はやくダヤンの所へ行かなきゃならないのに!誤解を解かなきゃ……!」
「どうやら誘拐犯にされたようだぜ、旦那。ハッ!人質だとよ!えらく悪党らしくなってきたなオイ」
放浪者はシェイガンが踏み出そうとするのを手で制した。その視線は、入口からじりじりと距離を詰めてくる村人達に向けて。痩躯の男は舌打ちをして、素直に短剣をしまい込んだ。
「お、おじさん……!どうする気!?ま、まさか……」
最悪の状況を予想したカーヤの言葉に、放浪者は首を振って見せた。そしてそのまま静かに開け放たれた入口を潜り、村人達の前に出た。先頭に立ち虚勢を張って見せているのは、先日酒場に居た三人の木工師達だった。
「お……おう!?や……やるってのか!?こ、こっちには若い衆だって居るんだぞ!」
後ずさりをした木工師の一人は、戦意を僅かに保っている後ろの男達の背を叩き前に出した。だが、村人達の集合は放浪者が一歩進めば後ずさるように、その開きをさらに大きく後ろに広げた。先頭に立ち虚勢を張って見せているのは、先日酒場に居た三人の木工師達だった。
その緊張の面持ちを、放浪者は目を合わせ、落ち着いた声で語りだした。
「お前たちが望むのなら、おれは逃げも隠れもしない。先日の一件が罪だと言うならば、おれはその罰を受けるつもりだ。だが……今は、ダヤンが危ないのだ」
「ダヤンだぁ……!?あの、カマルの子せがれがどうしたって言うんだ!あいつは昨晩ラナの所にちゃあんと帰ってるんだぞ!そんな事を言っておれ達を騙そうとしやがって、さっさとカーヤを離しやがれ!」
放浪者は一筋縄ではいかない事を覚悟していた。見ず知らずの男、ましてやハーフオークの発言をすんなり受け入れるほど、村人達は寛容ではないのだ。だがその必死な様子は本気でカーヤの心配をしている事だけは悟った。
「だから、おっちゃん!違うんだって!本当にダヤンが危ないの!ハッバンが……!」
「おいカーヤ!大丈夫だ、おれ達が助けてやるからな!……この野郎!ハッバンにまで何かをしたんだな!あいつは腑抜けだが、この村の一員だ!」
「……おいおい、旦那……ラチが開かねえよ、ここはオレがなんとかするから、アンタ達はさっさと、祠に向かうこったな」
シェイガンが放浪者の脇に立つ、その眼は鋭く村人達を見据えているが。放浪者はそれを制した。一触即発の状態に割り込んだのは悲痛の声だった。
「ダヤン……!!ダヤン……!!どこに居るのッ!!??」
「ラナ!待ちな!アンタ目が見えないのに、走って怪我でもしたらどうするんだい!」
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「あ、あぁ……」
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カーヤはラナを支える自らの母に歩み寄って、事の詳細を伝えた。メイヤーナは目をぱちくりとさせ、怪訝な表情になり疑り深く少女の話を聞いたが、その顔から真実を語って居る事を悟った。ラナは気を失いそうなほどだったが、なんとか女主人に支えられ事なきを得ていた。
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