The Three copper coin's Tawdry Tales 「異邦人の書」

まるこめX

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混血の放浪者 4-4

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 夜を十分吸い込んだ空が少しずつ赤みを帯び始め、間もなくやってくる朝を告げている。ハッバンは少年の手を強引に引き、まだ闇が残るナジカの祠の入り口へとたどり着いた。

「早く来い、もたもたするな…ッ!」

「ハッバンさん!痛いよ!そんなに急がなくてもいいでしょ…!」

「おぉ……ダヤン、すまない。私は早く庭園をこの目で見たいのだよ、もう少しで…もう少しで…!」

ハッバンの引きつるような笑みは、ダヤンの心をざわつかせた。その眼は決して笑っておらず。血走ったその奥には底知れぬ暗いものを感じ取ったのだ。

その眼差しは坂の上から、眼下に広がる村の全容を見通して居た。そのさらに遠く……木工所から飛び出してきた人影をハッバンは見つけ出した。

「忌々しい……こうも早く抜け出したか。まぁ良い、今更動き出しても遅い」

すいっとその眼差しは目だけで追い、自分が住んでいた家の場所を見つけ出す。そして片手を捻るように掲げ、呪文の終わりを告げる指鳴らしを行った。一瞬の光の収束が家を包む。

その直後、人影達は家に押し入った。木片が吹き飛ぶのが良く見える。

「所詮はハーフオークはハーフオークという事だな、野蛮な……」

「……」

ダヤンはナジカの祠の入り口を見つめている。厳密には、そこに立つ老人の姿を。

「おじいさん……」

「……来てしまったか、ダヤン。そやつを連れて……」

いつもは好々爺めいていた老人の視線は、ハッバンの後ろ姿に厳しく向けられていた。

そしてダヤンに移る視線は、憐みと慈しみに変わる。

「そやつは、危険な男じゃダヤン……。この世界のバランスを崩そうとしておる。ただわしは本来の存在の写しにすぎん、そやつを止める術は無い」

「……でもおじいさん、ぼくは約束をしたんだ。ハッバンさんにをジカさまの庭園に連れていくって……でも変なんだ、本当は嫌だと思って居るんだ。この人をそこに連れていくのは……いやなんだ、ぼくは悪い事をしようとしているんだと思う」

自分の中で巻き起こる疑問に、ダヤンは苦しんでいた。頭の中では約束を守らないといけない、その義務感に苛まれている。本当はそんなものは無かったと分かっているのに、なぜかそれを否定する自分の矛盾に。

「……ダヤンや、その通りじゃ。おぬしはまことに素直な美しい心を持っている、かつて本来のわしが認めた娘のようにな。だが悲しき事に、まだお前にはそれに抗う術は無い。だが忘れるな……おぬしのその正直さはそのものじゃ、その慈悲深い心があれば……必ず道は開ける」

「……勇気……」

ハッバンは、ダヤンへと振り返りその手を強く引いた。急くように進めた足どりは、ダヤンがつまずくのを気に留める様子は無い。

「立てダヤン!ぐずぐずしている暇は無いのだ、お前は鍵として庭園を開いて貰わなければならないのだからな」
ダヤンは痛みに呻いた。老人はその様子を見つめている事しか出来なかった。項垂れたダヤンは引っ張り上げられるように無理やり立たされようとするが。抵抗を見せていた。

「……い、いやだッ!」

「……なに…?何をいうダヤン……お前は私と約束をしたのだ、それを今更守らないと言うか?」

「……、そう、だったかもしれない……でも、いやなんだッ!あなたはこの先に行っちゃいけない!」

ハッバンは舌打ちをした、その顔が醜く憎悪に歪む。混乱をしていた、自分が掛けた秘術にここまで抵抗を見せる者は今まで居なかった、村の誰もその術に抗う心は持っていなかったのだ。ましてや……奇跡の技でもなければ、あるいは……。

「ぬかった……俺としたことが、焦りすぎたか。植え付けた記憶が不足していたようだ。仕方あるまい……だが、これはお前が悪いのだぞダヤン、悪い子にはお仕置きをせねばならない」

ハッバンが片手を捻れば、歪みでねじれた空間から現れた杖が握られていた。その禍々しい杖の輝きが怪しく暗い炎のように揺らめき。ハッバンは僅かな呪文の詠唱と共に、それをダヤン目掛け振るいあげた。

「……ッ!」

襲い来る恐怖に耐えようと目をつぶりかける、その最中。間に割って入ったのは、どこからともなく現れた一匹の鳥だった、その怪しい輝きがダヤンに直前で割り込み、稲妻で撃たれたかのようにその鳥は弾けた。そして地面に数度転がり黒い煙を上げてのたうち、そして灰となった……。

「なんと運の良い……そして運の悪い鳥だ」

「……くそッ!忌々しい……!邪魔をしやがって……邪魔をしやがって!!どいつもこいつも俺の邪魔ばかりをしやがるッ!!!」

ハッバンの怒り狂う様子にダヤンは腰を抜かした、自分をかばい、今灰塵と化した鳥に起きた事が自分の身に起きたかもしれないと恐怖した。そしてその灰を何度も踏みつけるハッバンの様子を見て、ぴくりとも動けなくなったのだ。

「……まぁ、良い。ダヤン、良ぃ事を教えてやろう……あれを見てみろ……」

灰をブーツの裏でなじりながら、その方向を見ずに杖で村の遠く。死の大地となった地平線を指し示した。地平線に遠く、その群衆は不吉な蠢きに波打ち。村に迫っていた。

それを見るダヤンの眼は恐怖の色が浮かんでいく、その感情が高まりきる前に胸倉をハッバンが掴み強引に眼前に持ち上げた。

「あれは時期に、ここへたどり着く……お前が庭園の扉を開かねば着実にこの村に迫る災厄となるだろうなァッ!!!さぁ、開けろダヤン、ポータルをな!でなければお前の母はおろか、あのこしゃくな餓鬼も無残にあいつらに貪られる事になるだろう!この大地のように、何も跡形を残さずになッ!!!!!」

それはもはや恫喝だった。ダヤンは自らの意識が遠くなり、ハッバンを睨むその視線が遠くなっていくのを感じた。この男を自分は止める事ができない、そしてその結果待つものの恐ろしさに……決断せざるを得なかった。

「…………庭園に行けば、あれを……」

「……あぁ、庭園に行けば……かもしれんぞォ?」

その眼前に迫るニタリ顔を、ダヤンはぞっとして見据えた。この男の底知れぬ狂気に、飲み込まれそうになる、ダヤンは唇をかみしめ、泣きそうになる自分を叱咤した。

「……わかったよ、ハッバンさん。どうすれば……」

「……わかれば良い、わかれば良いんだよォダヤァン……おお、かわいいダヤン、おまえは良い子だ……そして実に聡い……さぁ、行こうナジカの庭園へ」

その返答に満足をしたハッバンは、自分が付けた少年の服の皺を丁寧に手でなで払った。そのしぐさにダヤンはぞっとしたものを感じた。

それを堪え立ち上がり、アーチを潜り抜け菜園に踏み入った少年は、神妙な面持ちでナジカの祠の前に立った。それに続くハッバンは上機嫌な足取りで、その時を今か、今かと待ちわびる。

ダヤンはナジカの石像を一瞥し、自分がどうすればハッバンを満足させられるか瞬時に理解した。ひらめきのような一瞬の頭の中の電撃は、ひとつの文言をその脳裏に浮かび上がらせた。そしてその奥、樹々で編まれた神聖なるアーチの前に出て、立ち止り。その両手を広げた。

『悠久の大地よ、その門を守る乙女の息吹よ』

『我が前に開き表せ、その永久に咲く花々の揺り籠を』

風が柔らかに吹きすさび、菜園に咲く花々と樹々を揺らす。そのそよ風は少年の体に纏わり、薄いヴェールのように折り重なり、光を生んだ。

その光の収束は一定のリズムを刻み、その強さを増した。
明滅する輝きは少年の周囲に花を咲かせ、その息吹はアーチへと飲み込まれた。

「おぉ……すばらしい、おまえの母親以上だ……まさに、ナジカの申し子だな」

そのハッバンの歓喜は、アーチの弾けるような輝きに飲まれた。光の塵は星のようにアーチの周囲にゆるやかに振り。その何もなかった洞には、道が開かれていた。アーチの内から伸びた茨がさらにアーチを取り囲み、その扉の開きを固定するかのように、花を咲かせた。

ナジカの庭園は開かれた、ハッバンはダヤンの手を取り。無理やり歩かせその中に踏み込んだ。

その残り風に吹かれ、散った灰が巻き上げられ……その形を取り戻す。

鳥の遺灰は、老人の姿を取り戻す。荒く息を挙げ、立ち上がる事もできず。
デム老は、柱に凭れ崩れ、入口のアーチの方を見た。

じきに来るであろう、旅人達を待ちわびて。
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