The Three copper coin's Tawdry Tales 「異邦人の書」

まるこめX

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混血の放浪者 6-4

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その場所の空は、常に晴天が広がっている。
おそらくこの山は地上でみるどの山よりも、高く聳え立っているに違いない。その山頂から見下ろす雲海は、深みのある青を湛えその合間に煌く星々は幾星霜の時を刻みそこに在り続けた。
その頂に一件の家がある。質素ではあるが、非常に堅牢な石造り。砦と呼んでも過言は無い、特徴的なのは、その砦から突き出た望遠鏡だろう。

扉には、水平線を表す真一文字の線、そこから昇る太陽を示す半円、そしてそれに突き立つ剣の柄を示す長方形の記が刻まれていた。旅の守り手アルタイラスの紋章だ。

放浪者は扉をノックした、返事はない。留守なはずはないが……もう一度強くノックした。

『おい、開いてるぞ。そんなに強く叩くな、また建付けがわるくなるじゃないか』

どうやら、お取込み中のようだ。構わずに、放浪者は扉を開いた。

中は暖かな火が暖炉に灯っており、使い心地のよさそうなテーブルと椅子、そして書物が並ぶ本棚が見えた。そこに居た短い髭を蓄えた老人……もとい老神、アルタイラスその人は、望遠鏡を覗き何かに夢中になっているようだった。

「爺さん、何をみているんだ。また……女か?」

『おいおい、ぶしつけな事を聞くもんじゃない。おれはただ、物質界のなつかしさに浸って居るのだ。見ろよ……あの美しく、流れるように艶めくブロンド……いやぁ、たまらんね』

この助平爺が、と放浪者は悪態をつくも、軽蔑してはいなかった。この人はいつもこうなのだ。それで居ておそらく、見ていたのだろう。事の顛末を。

『フゥ……なにもかもが懐かしい』

「郷愁にかられるのは済んだようだな」

『まぁな。ここに居るといろいろと視る事も出来るが、物質界に降りるにはいろいろと面倒な約束事があってな……おっとそうだ、腕を見せてみろ。俺の剣を振るっただろう』

放浪者は扉を閉めて、テーブルについた。椅子の座り心地はよく馴染む、はじめは見慣れぬ文化圏の様相であったが、どこか祖父母の家に似た温かみを感じる。

放浪者はシャツの袖をめくりあげ、右腕を差し出した。旅の神は老眼鏡をかけて、その腕を取り、診察するように指でなぞり始めた。

『ふむ、どうやら。腕の神経は無事繋がって居るようだ、よかったな。だが寿命は…数か月ほど持っていかれたようだな。やはり頑強なハーフオークと言えども定命者の身では、振るうには限界がある』

「しかも、まだ欠片にすぎない……だろう?」

『その通りだ、おまえは神ではないからな。まぁ、かつてのおれもそうだったが』

「だが、承認してくれた」

アルタイラスは肩をすくめて見せた、さも当然というように。

だがその口調はいささか強いものがあった。

『あぁ、そりゃするとも。おまえがそうすべきだと判断したからだ。そして実際、おまえの判断通りだった事は認めよう、きゃつは葬るしかなかった、もう救いようが無かったからな』

「だったら、何が不満なんだ爺さん」

『お前はなっとらん、全然なっとらんぞ。おれなら初めのひと薙ぎで終わらせていたものを、はじめのひと薙ぎでだ!なんだって、相手の反撃を許した、視ておれんかったぞ!』

老人は憤慨した、放浪者の剣の腕前に、そしてその憤慨は身を案じての言葉であったのだ。放浪者は理解している。だが癪に障るのも事実だ。

「わかった、わかった‥‥。精進いたします、師よ……」

『ふぅ……さて、お前が問いたいのはナーダレスだな』

「あぁ、その通りだ……今回討伐したアレは、間違いなくやつの欠片だった」

旅の神は深く洞察するように、その髭をいじった。

『虚無の道……か、そのような者たちが確かに物質界で暗躍しはじめているな、しかしあの破壊神を信奉する組織はあまたある。その中の一つとして考えてもよいだろうが……さて、エーグか、これまた面倒なものを定命者達は招き込んだものだ』

「そのエーグとは……ナーダレスの?」

『お前の言うように、かの神の欠片だ。あるいはその存在の種とでも言うべきか。やつはまだ出現しておらぬからなな」

「その種を植えられた……神々の力が宿った物質に。今回でいうところ、かの大自然神様の珠報が、やり玉にあがったのだろう』

「誰かが、エーグを。それをもたらしたのか……物質界に。一体どうやって、まさか、シャイターンあたりが……」

『いや、それは無いな。かの、地獄の番人たる暗黒の大公神は、おれたちが常に目を光らせているからな」

「それにやつは、そうした形で混乱を招くことを好いてはおらん。やつはもっと陰湿なやり方を好むからな。それに奴とて、自分に不利益をこうむる事は、そう簡単に行わないだろう、断じて』

「……考えてもラチは開かないな、だが……今回だけではない、そう思う」

『……そうだな、だが』

旅の神は、放浪者の思惑を読み取り、その手を引いた。そしてその眼をじっと見て、厳格な祖父が、孫に言い聞かすように語り掛けたのだ。

『決して深入りはするな……いいか。それはお前の旅の目的から遠ざけるのみよ。追えば……復讐心に取りつかれるだけだ。その為に、お前におれの剣技を授けた訳ではない』

「あぁ、わかっているよ、爺さん」

その言葉にひとまず満足した旅の神は、その手を軽くポンポンと叩き手を離した。

『さぁ、そろそろ戻りなさい。他人に『神託ディヴィネーション』を行っている姿を見られるほど、無様なものはないからな。……ラナがまっているぞ、あの娘はべっぴんだからな、極上の』

旅の神の表情は、助平爺そのものにまた変わって居た。放浪者は今度は目を細め軽蔑を示してみた。

「あの……人は、そんなのではない、勘違いするな」

『なにを言うか、押せば鳴るぞあの娘は……。おれの教義は別に純潔は望んではおらんのだ、それもまた旅の醍醐味というもの。お前の魂は、この世界ではまだ初心そのものだからな。ほれ、やっちまえ、ほれ……捨てちまえ!』

「……もう帰るよ……じゃあな爺さん」

『まったく、可愛げがないな。おれが人間だった頃はもっと……』

話が長くなりそうだったので、呆れた放浪者は一方的に神託を切った。

意識が天上の山脈から地上に戻る、その間の景色はまるで陽が昇るような温かさに包まれていた。

そして意識が戻れば、術が終わった事をつげるため、放浪者の身が僅かに揺れた。

神託の場所として借りたナジカの祠は、もうすでに夜に包まれていた。

「おじさん、起きたの?こんな所で寝ていたら風邪を引くよ?」

「……」

ダヤンは放浪者の傍で座り込み、見守って居たのだ。放浪者は労いとして、彼の頭を撫でてやった。少年は嬉しそうに目を細めた。

「母親が心配するぞ、早く帰らねば」

「ううん、母さんがおじさんとお話してきなさいって」

「そうか……」

「……ここで、はじめておじいさんに出会ったんだ、デムさんに」

少年は懐かしそうに語りだした、夜とはいえ月の灯りは今日は明るく、そこの照らし出された農園はその力強さを取り戻し、作物は豊かに実って居る。

「何をしているのかって聞かれたよ……種も無いのに、作物を育てようとしていたからね」

「来る日も、来る日も。石をどけて、土を掘り起こして……見かねたおじいさんが、種をくれたんだ、これを植えてみなさいって」

「最初は失敗だらけだったよ、水もろくに与えられずにすぐに枯らしちゃったからね。でも粘り強く、頑張ったんだ。初めて実った野菜を見た時に、おじいさんは誉めてくれたよ」

「よくやったって……」

「ダヤン……デム老は……」

少年はその言葉の続きを聞かずとも、知って居ると目で訴えかけていた。ナジカの加護を受けていた彼は、ナジカを通じて知らされたのだ。

「うん、もう居ないって。知って居る……ナジカ様の声がはっきりと聞こえるんだ、今は。ナジカ様が全部教えてくれた、おじいさんが、誰で、何のためにこの村に居たのかって」

「そうか……」

「きっと、おじいさんはネイジャス様とは別だったんだ。デムさんは、デムさんで。ずっとこの村を見守ってくれていたんだ、ナジカ様と一緒に……」

改めて放浪者は少年の聡さに目を見張った、そしてそれを受け入れられるほどこの少年の心は大きく成って居る事を感じ取ったのだ。

「だから、その役目はしばらく引き継ぐつもりだよ。見守ってくれていたおじいさんは、もうこの村には居ないけど、ぼくたちは大丈夫。もう、きっと、間違える事は無いから」

「だけど……」

「どうした……?」

怪訝そうに放浪者は少年を見下ろした。

「おじさん。もう旅に出ちゃうんでしょ……?」

「……あぁ、そうだ」

少年は理解していた、放浪者の旅はまだ終わりでなく。彼が出て行ってしまう事を。
それを分かっていても、心の整理はついて居なかった。少年は心の整理を付けに来たのだ。

「うん、そうだよね……でも。ここに居て欲しい、って思うのは、ダメなのかな……おじさん、この村の事気に入ったでしょ……」

「あぁ、この村はとても美しい……お前たちも居る事だしな。だがすまない……おれはこの村に居る事は出来ない」

少年は泣きそうになるのを堪えていたが、やはりダメだった。
放浪者の言葉に思わず目に涙を浮かべ。それを隠す為に放浪者のひざ元に顔をうずめたのだった。

「ダヤン……本当にすまない……」

泣きつかれたダヤンを背負い、放浪者は家に戻った。

ダヤンを静かにベッドに寝かせ、その寝顔を覗き込んだ。
放浪者はその光景に懐かしさを覚え同時に、悲しさも覚えていた。
この少年は成長した、だがまだ子供なのだ。

だが、そばに居てやるべき大人は、見守るべき大人は自分ではない事を放浪者は通関していた。
自分には、そのような資格はないと……。

ふと、起きて居たラナが放浪者の傍に立ち、我が子の寝顔を見て……微笑みを浮かべていた、困ったようにも見えるその笑みは、美しかった。彼女の手は、ダヤンの頬を探り、そっと触れ、撫でていた。

「ありがとうございます、旅人さん……ダヤンもきっと、心の整理がついた事でしょう……」

「……だといいが、これでよかったのか……」

「えぇ……きっとこの子はわかっています。あなたを、繋ぎ止める事はできない事を」

「この子は大きくなります、いつか私の手を離れていく事でしょう……その時まで、しっかり見てあげないと」

「私の眼が見えれば、今どんな風な顔をして眠っているのか、見てあげられるのですけどね……」

ラナはどこか寂しそうに言った、だが放浪者にはそれをどうしてやることも出来なかった。
放浪者は、ダヤンの寝顔にその頬に手をあてがい、慈しんだ。

「安らかな顔をして眠っている。髪は癖のある栗色で、あなたによく似た……綺麗な顔だ……眉は力強く、きっとカマルに似たのだろう……」

「……そうですか」

ラナはその言葉に息子の顔を想像した、きっと大きくなった息子は、逞し姿になっているのだろうと。それを思うと自然と、やわらかな笑みがこぼれた、涙も。

ふと、放浪者の背中を、そっとラナは抱きしめ、その背中を温めた。その表情は見えないが、その泣き声は嬉しそうであり、どこか哀しそうに感じた。放浪者はその手に、ゴツゴツとした掌を重ねた。

「……ごめんなさい。わたしも、心の整理が必要なようです……あなたを……」

「……」

その夜は、静かに更けていった。放浪者はその静けさの中で温もりを感じ取る事が出来た、忘れられない温もりを。
村を照らす月夜は柔らかく、風は……静かそよいでいった。
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