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あの日の記憶

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「お腹空いてない?」
「空いてる。」
「何か作るわ。」
「僕も手伝うよ。」
「いいのよ。座ってて。」
「わかった。」
 彼女は台所に行き料理を始めた。僕はソファーに腰掛けて、彼女の部屋を眺めていた。片付いた部屋を見回してみると、彼女の部屋には必要最低限の物しか無かった。
 しばらく待っていると、2枚の皿を不安そうに両手で抱えながら彼女がやって来た。オムライスだった。
「お待たせ。」
「美味しそうだね。」
「さあ食べましょう。」
「いただきます。」
 とても美味かった。主張がなく、庶民的で優しい味だった。
「すごく美味しいよ。なんだか懐かしい味だ。」
「良かった。」
 彼女はそう言ってオムライスを食べた。やはり彼女はとても美味しそうにご飯を食べる。
「そんなに見られたら恥ずかしいじゃない。」
 あの頃のように彼女は僕の頬を小突いた。僕は彼女とデートした喫茶店を思い出した。コップの水を飲んでから彼女が言った。
「高校の時、2人で駅前の喫茶店に行ったのを覚えてる?」
「ちょうどそのことを考えてたんだ。」
「そこで食べたオムライスをずっと覚えていてね、何とかあの味に近づけようと試行錯誤したのよ。」
「なるほど。」
「それでね、これを食べる度にあなたのことを思い出していたの。」
 そう言うと彼女は再び食べ始めた。僕も一緒に食べ始めた。それからは黙って食事し、僕らは食べ終えた。
「ごちそうさま。本当に美味しかったよ。」
「良かったわ。」
 彼女は食器を台所に持って行き、2人分のコーヒーを机に持ってきた。
「飲むでしょう?」
「うん。ありがとう。」
 そうして僕らは、お互い黙ってコーヒーを飲みながらタバコを吸った。彼女は自分の口元を触って悩んでから言った。
「彼との別れ話なんて聞きたくないわよね。」
「構わないよ。でも君は話したくないんじゃないの?」
「いいのよ。終わったことだから。あなたには話しておきたいの。」
彼女は僕の目を真っ直ぐ見た。
「わかった。じゃあ聞くよ。」
「ありがとう。」
彼女は頭の中を整理してから話し始めた。
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