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二日目 歪んだ記憶と未来の選択
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氷雨がどれほど考えても答えは出ずに次の日が来た。
定時に朝食を食べるために、あくびを嚙み殺して、食堂へ向かう。朝食を食べる間も思考は休むことなく動き続ける。
色んな考え、仮説、感情。浮かんでは消え、心を乱す。
それでも答えは出ない。
氷雨の酷い顔に部下らは心配の声をかけるが、氷雨は夢見が悪かったとだけ答え、仕事をしに尋問部屋へ行く。上層部に三日と猶予を伸ばしてもらったから変な行動はとれない。逃げる手はなかった。
この扉を開けることを初めて躊躇した。しかして勢い任せに開ける。
無銘と目が合う。
胸の奥がざわめき、鼓動が不規則に跳ねる。喉の奥が詰まるような感覚に襲われ、うまく呼吸ができない。だが、それを相手に悟らせてはいけない。その感情だけでいつものように無銘の向かいの椅子に座った。
「おはようございます。氷雨さん。昨日はよく眠れましたか?」
こちらの動揺なんて見透かした上で氷雨に合わせたように話を始める。
「お見通しのくせによく言うよ」
乾いた笑みしか浮かべられなかった。
「……。覚えてないっていう確証が僕としても欲しかったので……。その過程で少々氷雨さんの情緒を不安定にさせたことも理解しています」
「そっか」
「僕はそれでもいいんです。氷雨さんが昨日どっちでもいいといったように、僕はあなたが覚えてようがいまいがどっちでもいいんです。だからそんな顔をしないでください」
そこで初めて自分の顔がいつも通りを保てていないことを悟った。
頬に手を当て広角を指でなぞる。自分でもひどい顔だとわかる。
と同時に無銘の顔も酷いことが見て取れる。昨日の痛みを感じているようなものと似ているが、どこか懇願も含んだ声音で心が痛んでいるかのように話す。
「聞いても教えてくれないだろ」
「お望みでしたら話しても構いません。けれど――」
「けれど……?」
「僕はあなたが忘れるという選択肢を選んだことを尊重したいのです。決してあなたの望みを無視するのではなく、あなたが記憶にふたをした。それを尊重したい……」
何を言っているのか氷雨はわからなかった。
自分が忘れるという選択肢を選んだ。
その意味がわからない。
絶対的な自分の能力への自信。それは過信などではない。ないはずである。忘れるという選択肢を選んだという言葉は、あたかも氷雨と無銘の間に何か重要なことが起こったということを示唆しているようで――。
自分の能力と無銘の言動の矛盾。
気持ち悪い。
「すみません。氷雨さん。僕とあなたは無関係ですから、今までの言動は忘れてください」
「ここまで乱しておいて今さら......?」
「あなたを動揺させるためでした。すみません」
その言葉はこの気持ち悪さをなくすために紡がれた氷雨の希望を叶える言葉だった。これが事実でないことくらい氷雨にもわかっている。けれどその甘い言葉は氷雨にとって逃げるために必要で受け入れる外なかった。
今度は氷雨にとってタイミングよく扉が叩かれる。昼食の時間だ。
部下に再度引き継ぐと昼食を取りに行く。さっさと食べて自室で30分ほどのんびりしようと足取り重く食堂へ向かった。
今日の食事も味がしない。
頭の中はさっきまでの応答でいっぱいになっていて落ち着くことができずにいる。無銘に聞いたら彼はたぶん自分らの間に何があったか答えてくれるだろう。がしかし、聞いたとて納得するか、信用するかわからない。
どうするべきか。それだけがずっと頭の中で反響する。
「どうにもこうにも明日には勝手にどうにかなるか……」
独り言を呟くと食事を終え、自室で休息をとった。
時間になったので尋問部屋に向かう。足取りは変わらず重い。
が、氷雨は無銘との時間はどう転んでも明日には終わる。そう自分でタイムリミットを設定したから。
尋問部屋に着く。無銘は変わらず微笑んでいた。
「氷雨さん。目的は見つかりましたか?」
無銘は残りの時間を有効活用する判断をしたようだと氷雨は思った。自分が言った目的を探しているという意味合いを理解しているからこそ、その目的について詰めてきているのだろう。
黙って相手の出方を探る。
「もし……僕と一緒に見つけませんか?と誘ったらあなたはどう思いますか」
氷雨の返答をする間を与えず続ける。
「あなたの言うように明日には完遂します。あなたが僕の手を取ってくれれば」
無銘は手さえ縛られていなければ優しく氷雨に触れていただろう。
「ここではあなたはずっと自由でいられない。あの日、僕はこの腐った国を潰すと決めたんです。明日で終わります。けれどそれは僕の一番重要な目的に取り掛かるための最大の障害であり、その終わりこそが始まりなんです」
沈黙が二人を包む。
さて氷雨は手を取るのか、取らないのか――。
定時に朝食を食べるために、あくびを嚙み殺して、食堂へ向かう。朝食を食べる間も思考は休むことなく動き続ける。
色んな考え、仮説、感情。浮かんでは消え、心を乱す。
それでも答えは出ない。
氷雨の酷い顔に部下らは心配の声をかけるが、氷雨は夢見が悪かったとだけ答え、仕事をしに尋問部屋へ行く。上層部に三日と猶予を伸ばしてもらったから変な行動はとれない。逃げる手はなかった。
この扉を開けることを初めて躊躇した。しかして勢い任せに開ける。
無銘と目が合う。
胸の奥がざわめき、鼓動が不規則に跳ねる。喉の奥が詰まるような感覚に襲われ、うまく呼吸ができない。だが、それを相手に悟らせてはいけない。その感情だけでいつものように無銘の向かいの椅子に座った。
「おはようございます。氷雨さん。昨日はよく眠れましたか?」
こちらの動揺なんて見透かした上で氷雨に合わせたように話を始める。
「お見通しのくせによく言うよ」
乾いた笑みしか浮かべられなかった。
「……。覚えてないっていう確証が僕としても欲しかったので……。その過程で少々氷雨さんの情緒を不安定にさせたことも理解しています」
「そっか」
「僕はそれでもいいんです。氷雨さんが昨日どっちでもいいといったように、僕はあなたが覚えてようがいまいがどっちでもいいんです。だからそんな顔をしないでください」
そこで初めて自分の顔がいつも通りを保てていないことを悟った。
頬に手を当て広角を指でなぞる。自分でもひどい顔だとわかる。
と同時に無銘の顔も酷いことが見て取れる。昨日の痛みを感じているようなものと似ているが、どこか懇願も含んだ声音で心が痛んでいるかのように話す。
「聞いても教えてくれないだろ」
「お望みでしたら話しても構いません。けれど――」
「けれど……?」
「僕はあなたが忘れるという選択肢を選んだことを尊重したいのです。決してあなたの望みを無視するのではなく、あなたが記憶にふたをした。それを尊重したい……」
何を言っているのか氷雨はわからなかった。
自分が忘れるという選択肢を選んだ。
その意味がわからない。
絶対的な自分の能力への自信。それは過信などではない。ないはずである。忘れるという選択肢を選んだという言葉は、あたかも氷雨と無銘の間に何か重要なことが起こったということを示唆しているようで――。
自分の能力と無銘の言動の矛盾。
気持ち悪い。
「すみません。氷雨さん。僕とあなたは無関係ですから、今までの言動は忘れてください」
「ここまで乱しておいて今さら......?」
「あなたを動揺させるためでした。すみません」
その言葉はこの気持ち悪さをなくすために紡がれた氷雨の希望を叶える言葉だった。これが事実でないことくらい氷雨にもわかっている。けれどその甘い言葉は氷雨にとって逃げるために必要で受け入れる外なかった。
今度は氷雨にとってタイミングよく扉が叩かれる。昼食の時間だ。
部下に再度引き継ぐと昼食を取りに行く。さっさと食べて自室で30分ほどのんびりしようと足取り重く食堂へ向かった。
今日の食事も味がしない。
頭の中はさっきまでの応答でいっぱいになっていて落ち着くことができずにいる。無銘に聞いたら彼はたぶん自分らの間に何があったか答えてくれるだろう。がしかし、聞いたとて納得するか、信用するかわからない。
どうするべきか。それだけがずっと頭の中で反響する。
「どうにもこうにも明日には勝手にどうにかなるか……」
独り言を呟くと食事を終え、自室で休息をとった。
時間になったので尋問部屋に向かう。足取りは変わらず重い。
が、氷雨は無銘との時間はどう転んでも明日には終わる。そう自分でタイムリミットを設定したから。
尋問部屋に着く。無銘は変わらず微笑んでいた。
「氷雨さん。目的は見つかりましたか?」
無銘は残りの時間を有効活用する判断をしたようだと氷雨は思った。自分が言った目的を探しているという意味合いを理解しているからこそ、その目的について詰めてきているのだろう。
黙って相手の出方を探る。
「もし……僕と一緒に見つけませんか?と誘ったらあなたはどう思いますか」
氷雨の返答をする間を与えず続ける。
「あなたの言うように明日には完遂します。あなたが僕の手を取ってくれれば」
無銘は手さえ縛られていなければ優しく氷雨に触れていただろう。
「ここではあなたはずっと自由でいられない。あの日、僕はこの腐った国を潰すと決めたんです。明日で終わります。けれどそれは僕の一番重要な目的に取り掛かるための最大の障害であり、その終わりこそが始まりなんです」
沈黙が二人を包む。
さて氷雨は手を取るのか、取らないのか――。
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