異世界恋愛短編集

辺野夏子

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 エリザ・ストラスブール元公爵令嬢がセント・エリザ島に流刑されてから、10年以上の月日が経過している。

 いつの間にやら、アルフレドはエリザの夫の座に収まっていた。


 きっぱりと求愛をはねつけた。
 そう思っていたのはエリザだけで、その後もアルフレドは定期的に彼女の元へ現れた。

 しばらく見かけないと思い、やっと諦めたのかと赴任してきた郵便局員やら寄港した船乗りやらと世間話に興じていると、鬼の様な形相のアルフレドがやってきて会話の邪魔をするのでいつまで経ってもエリザの連れ合いは見つからなかった。

 そのうち本土に帰る様子もないアルフレドに対し、恐る恐る『仕事はどうしたのか』と尋ねると、貴族籍を抜けて漁師になったのだと言う。

「王子の取り巻きじゃなくて、漁師ならいいんですよね?」とはアルフレドの談。

 不用意な発言で他人の人生を変えてしまった。

 これには流石のエリザも気が咎め、優しくせざるを得なかった。別に『漁師が良い』訳ではなく、彼女の想像力でぱっと思いついたのが漁師だっただけなのだ。

 漁師に転職したアルフレドは、しばしば新鮮な高級魚をお土産にエリザの屋敷を訪れる様になる。

 しぶしぶ家に入れているうちに、見栄も遠慮も駆け引きもない平民同士、既成事実ができあがるのにそう時間はかからなかった。

 島に一つしかない教会できちんと結婚式を挙げようと言われ、エリザはそれを了承する。

 絶縁されたとは言え、親族から何も便りがなかった事に若干落胆したエリザであるが、アルフレドが物凄くかしこまった顔で『一生をかけて幸せにします』とのたまうものだから、可笑しくなってエリザは笑い、今でもたまにその事を思い出しては笑う。


 アルフレドは、結婚したらしたで安心したのか「遠洋漁業です」と言い残して家を空け始める。

 居なければ居ないで別に構わないのだが、嵐の夜には「もしかして船が時化で沈没しているかも」と不安になる時もあるエリザであった。

 長男が生まれ、その後長女が生まれ、そうしているうち、エリザは4児に恵まれた。

 何だかんだで、エリザは自分の人生に満足していた。しかし、偽りの幸せは長くは続かないものである。


 とある晴れた日。アルフレド・カスタニエは家庭内裁判にかけられていた。事の始まりは、長男が持ち帰ってきた号外である。

 島は基本的に外界から隔離されているため情報はあまり入ってこないのだが、さすがに島がよその国の領土になる、と言うのはのんびりしている島民にとっても一大事なのであった。

 帝国が王国を吸収し、王族とそれに連なる一族は処刑。その一覧に、エリザの実家や、かつての婚約者であった王太子の名前もあった。しかし、宰相の名前は無い。

 貴族籍を抜けたと言っても、アルフレドは宰相の息子であり、エリザもまた、公爵家の血を引くものである。

 無関係なはずはない、と呑気な顔でカジキマグロを手に帰宅した夫を捕縛し、尋問したのだ。

 アルフレドは、あっさりと今までの秘密を告白した。

 数代前、帝国の皇女が宰相家に嫁いだ時から、領土拡大のための陰謀が渦巻いていた事。カスタニエ家は、そのためにずっと裏工作をして来た事。漁師と言うのは真っ赤な嘘で、実家で仕事をするために本国に戻っていたのだと言う。

「あらやだ、貴方ったら売国奴だったの!?」

 これには流石のエリザも暴言を吐かざるを得ない。

 アルフレドはもごもごと、粛清されたのは貴族だけで、大多数の国民はすでに帝国領となる事実を受け入れていること、帝国に通じていたのは宰相家だけではないこと、等の言い訳を始めた。

 エリザの追及はまだ続く。

 王国転覆のついでに、何とかして愛しく気高く気の毒な令嬢、エリザを手に入れたかったアルフレドは、うまい具合にひょっこり現れた男爵令嬢を焚き付け、王子との仲が深まるよう様々な工作をした。

 その上で、宰相と犬猿の仲であった公爵に婚姻を了承させるため、エリザが貶められているのをあえて傍観していた事など、まあ出るわ出るわ、呆れて怒る暇もない程であった。


「ふぅーん……そうだったのね」

 元公爵令嬢は、末の娘に乳をやり終え、とんとんと背中を叩いた。けぷ、と空気を吐き出したのを確認して、夫に娘を抱かせる。

 彼女は常に抱きかかえていないと、泣き出すのである。2歳半になった次男は、すでにアルフレドの背中にくくりつけてある。常に見張っていないと、どこへ行くかわからないのがこの年頃の子供である。

「パパめっちゃキモくね?まじ無理なんだけど。カスじゃん」

 発言したのはエリザではない。長女である。

「……皇帝が、婚約破棄の噂を聞きつけてエリザをハーレムに入れたいと言ったのです。なので、私は我が家の飛び地であるこの島に幽閉する作戦を思いつきました……」

 エリザは今は亡き王の姪、つまりは降嫁した王女の娘であった。確かに、政略として他国に嫁がせるにはぴったりの身分である。

「マジやば。詐欺」

「まあまあ、もういいじゃない。全ては過去なんだしさ」

 長男のマクシミリアンは父親側についているようだ。

「あっ、ちょっと待って。マックス、あんたよく漁に付いて行ってたけど、もしかしなくてもパパとグルじゃないの?」

「うっ」

 驚くべきことに、長男は夫とグルであった。裏切りの二重奏、ここまで来ると四重奏ぐらいはあるだろう。

「わたくしとしては、マックスがそんな腹黒に育っていた事の方が悲しくなってきたわ」

「人聞きの悪い事を言わないでください! 父上があんまり不審なので、問い詰めていただけです」

 本人曰く、4歳ぐらいの時に『父上は船乗りって言う割には、日焼けもしてないし泳ぎも大して上手くないし、おかしいなあ?』と思い始め、ある時本人に聞いてみたそうだ。

 マクシミリアンは後継者として、秘密裏に宰相……彼にとっては祖父に面会も済ませているらしい。

 賢くて、礼儀正しくて、いい子に育ってくれたと思っていたのに、そんなとんでもない秘密を父親と共有し、なんて事のない顔で日々を過ごしていたのだ。遺伝と言うものは恐ろしいと、エリザは思う。

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