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「はー、男ども、まじありえない。ママも、言いたい事は言った方がいいよ」
「そうねえ……」
エリザが改めて発言したい事は何も無いと言えるほど、長女の怒りは凄まじい。
しかし国家の一大事が起きたことも知らなかったぐらいだ。エリザには今更、この生活が何か変わるとは思えない。
見方を変えると、あのまま王太子妃になる、婚約破棄されて実家に居座る、他の貴族に嫁ぐ。そのどれにしてもエリザの首と胴体はさようならしていた訳だ。
帝国のハーレムに送られ、その他大勢と同じ扱いを受けたり、悪くすると他の寵姫に虐められる可能性を考えれば、島で暮らしている方が何百倍も素晴らしい人生である。
過ぎ去った過去の嘘より、エリザは自分には『久しぶりのゆっくりした食事』が必要なのだと、そう結論付けた。
やっと夫が戻ってきたのだ。子供たちの面倒を見てもらって、食事の後は取っておきのハーブティーを飲み、湯船に浸かり、日が高くなるまで寝過ごすのだ。
「ママ、何か別の事考えてない?」
「ちゃんと、自分の人生について考えているわ」
「うーん、『あなたのママはお姫様だったのよ』って何かの冗談だと思ってたけど、このふわふわして我関せず、って感じ、言われてみれば、確かに……」
「お前も、お姫様ではないけれど、本土に戻ればお嬢様になれるんだよ?」
「は?何もしなくても、あたしこの島の姫だし。てかまじキモい、無理。しばらく喋んないで」
アルフレドによる娘懐柔作戦は一瞬で失敗した。
目に入れても痛くないほど可愛がっていた娘に暴言を吐かれ、この世の終わりの様な顔をしているアルフレドを見たエリザは密かに「これはいわゆる『ざまぁ』と言う状態なのかしら……」と昔流行っていた物語に想いを馳せる。
「どんな罰でも甘んじて受けるつもりですが、離婚は許してください。島外追放や、別居も許してください……」
「覚悟弱っ」
娘の暴言にもめげず、アルフレドはずっと謝罪をしている。
長男は共謀が暴かれてから、ずっと黙秘している。次男は空気が悪いのを察したのか、アルフレドの頭をよしよしと撫でている。次女は父親の腕の中で、微笑を浮かべている。
「そうねえ。まあ、貴族籍を剥奪の上、絶海の孤島に島流し、かしらね」
「エリザ……」
アルフレドはその発言を、許しと解釈した。抱いていた次女をマックスに渡し、立ち上がってエリザを抱きしめようとする。
しかしエリザも、冤罪とは言え、一度は悪役令嬢として名を馳せた。そう簡単に絆されるつもりはない。
「アルフレド。お座り」
「エリザ……」
エリザは床を指差し、顎をくいと挙げ、高らかに宣言する。
「お・す・わ・り」
「はい」
アルフレドは大人しく床に座った。その様子を見てエリザは満足する。彼女はこの家を取り仕切る主婦で、裁判長で、女王なのだ。どんなに偉そうでも構わない。
エリザは窓を開け、外を眺めた。海の向こう側に、かつて自分が過ごした城があるそうだが、晴れていたとしても距離が遠すぎて何も見えやしないのだった。
「後は、お小遣いの減額と、掃除、洗濯、薪割りかしら。ああ、もちろん、赤ちゃんの世話もね。フレディの散歩と家畜の世話はわたくしがやるわ」
名前を呼ばれたと思ったフレディが、こちらに寄って来る。もうすっかり老犬なのである。
「やっぱり犬っていいわね。嘘をつかないし」
「エリザ、貴女への愛は今も昔も本物なのです」
「どうかしら。まあ、あなたがきちんと刑を受け入れるかどうか、見届けてから考えるわ」
エリザはそう言って、笑った。アルフレドが覚えているかどうかはわからないが、かつて言われた事への意趣返しのつもりだった。
「20年ぐらい頑張れば、恩赦があるかもしれないわね。頑張って頂戴」
とある海域の真ん中に、豊かな自然に囲まれた美しい列島がある。
かつて冤罪を着せられ、この地に幽閉された悲劇の公女が居たと言う。
彼女はその生涯を島で過ごし、地元の男性との間に子を成した。
「公女の首飾り」と呼ばれる美しい島々には、今も彼女の子孫が住んでいる。
島の名前は、セント・エリザ島。今は漁業の中継地として、また観光地として栄える港には、亡き祖国の方角を見て佇む少女の像が立っている。
しかし、その表情があまりにも悲劇のヒロインらしからぬ晴れやかさであるため、観光客たちは不思議そうに首を傾げるのだった。
「そうねえ……」
エリザが改めて発言したい事は何も無いと言えるほど、長女の怒りは凄まじい。
しかし国家の一大事が起きたことも知らなかったぐらいだ。エリザには今更、この生活が何か変わるとは思えない。
見方を変えると、あのまま王太子妃になる、婚約破棄されて実家に居座る、他の貴族に嫁ぐ。そのどれにしてもエリザの首と胴体はさようならしていた訳だ。
帝国のハーレムに送られ、その他大勢と同じ扱いを受けたり、悪くすると他の寵姫に虐められる可能性を考えれば、島で暮らしている方が何百倍も素晴らしい人生である。
過ぎ去った過去の嘘より、エリザは自分には『久しぶりのゆっくりした食事』が必要なのだと、そう結論付けた。
やっと夫が戻ってきたのだ。子供たちの面倒を見てもらって、食事の後は取っておきのハーブティーを飲み、湯船に浸かり、日が高くなるまで寝過ごすのだ。
「ママ、何か別の事考えてない?」
「ちゃんと、自分の人生について考えているわ」
「うーん、『あなたのママはお姫様だったのよ』って何かの冗談だと思ってたけど、このふわふわして我関せず、って感じ、言われてみれば、確かに……」
「お前も、お姫様ではないけれど、本土に戻ればお嬢様になれるんだよ?」
「は?何もしなくても、あたしこの島の姫だし。てかまじキモい、無理。しばらく喋んないで」
アルフレドによる娘懐柔作戦は一瞬で失敗した。
目に入れても痛くないほど可愛がっていた娘に暴言を吐かれ、この世の終わりの様な顔をしているアルフレドを見たエリザは密かに「これはいわゆる『ざまぁ』と言う状態なのかしら……」と昔流行っていた物語に想いを馳せる。
「どんな罰でも甘んじて受けるつもりですが、離婚は許してください。島外追放や、別居も許してください……」
「覚悟弱っ」
娘の暴言にもめげず、アルフレドはずっと謝罪をしている。
長男は共謀が暴かれてから、ずっと黙秘している。次男は空気が悪いのを察したのか、アルフレドの頭をよしよしと撫でている。次女は父親の腕の中で、微笑を浮かべている。
「そうねえ。まあ、貴族籍を剥奪の上、絶海の孤島に島流し、かしらね」
「エリザ……」
アルフレドはその発言を、許しと解釈した。抱いていた次女をマックスに渡し、立ち上がってエリザを抱きしめようとする。
しかしエリザも、冤罪とは言え、一度は悪役令嬢として名を馳せた。そう簡単に絆されるつもりはない。
「アルフレド。お座り」
「エリザ……」
エリザは床を指差し、顎をくいと挙げ、高らかに宣言する。
「お・す・わ・り」
「はい」
アルフレドは大人しく床に座った。その様子を見てエリザは満足する。彼女はこの家を取り仕切る主婦で、裁判長で、女王なのだ。どんなに偉そうでも構わない。
エリザは窓を開け、外を眺めた。海の向こう側に、かつて自分が過ごした城があるそうだが、晴れていたとしても距離が遠すぎて何も見えやしないのだった。
「後は、お小遣いの減額と、掃除、洗濯、薪割りかしら。ああ、もちろん、赤ちゃんの世話もね。フレディの散歩と家畜の世話はわたくしがやるわ」
名前を呼ばれたと思ったフレディが、こちらに寄って来る。もうすっかり老犬なのである。
「やっぱり犬っていいわね。嘘をつかないし」
「エリザ、貴女への愛は今も昔も本物なのです」
「どうかしら。まあ、あなたがきちんと刑を受け入れるかどうか、見届けてから考えるわ」
エリザはそう言って、笑った。アルフレドが覚えているかどうかはわからないが、かつて言われた事への意趣返しのつもりだった。
「20年ぐらい頑張れば、恩赦があるかもしれないわね。頑張って頂戴」
とある海域の真ん中に、豊かな自然に囲まれた美しい列島がある。
かつて冤罪を着せられ、この地に幽閉された悲劇の公女が居たと言う。
彼女はその生涯を島で過ごし、地元の男性との間に子を成した。
「公女の首飾り」と呼ばれる美しい島々には、今も彼女の子孫が住んでいる。
島の名前は、セント・エリザ島。今は漁業の中継地として、また観光地として栄える港には、亡き祖国の方角を見て佇む少女の像が立っている。
しかし、その表情があまりにも悲劇のヒロインらしからぬ晴れやかさであるため、観光客たちは不思議そうに首を傾げるのだった。
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