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「俺を弄んでいたのか!?」
「わたくしはもちろん、反対いたしました。殿下がお亡くなりになられたのは皆の忠告を無視して鷹狩りに行かれた時の出来事でしたし、わたくしが禁呪である蘇生魔法を習得している事はリベルタスの一族の機密事項でもありました。……何より、陛下は第二王子を世継ぎにすると決めていたのですから」
ずっと昔から見限られていたのだと告げられて、ラドリアーノは膝から崩れ落ちた。
「国を保つためと言われて……わたくしは出来る限りの事をいたしました。けれど高度な術を維持するにはそれ相応の代償と、そして、しっかりとした『制約』が必要です
「制約……?」
「代償は、わたくしの行動と魔力が制限されること。制約──それは「王太子ラドリアーノが術関係なく、わたくしを必要とするかどうか」。愛さなくともよいのです。わたくしがこの国にもたらしている利益についてあなたが正しく理解し、尊重してくだされば、わたくしは協力を続けたでしょう、怠惰な無能の汚名を着せられてもね」
ラドリアーノが手を伸ばして、わたくしは一歩後ろに下がった。彼に歩み寄るつもりは毛頭ない。
おそらくこの世界線のステラは、ラドリアーノを殺し、傀儡として復活させ、操るつもりだった。けれどわたくしが現れたことでその計画が崩れた。能力が信頼されていないラドリアーノの寵愛をただ受けるだけでは、国政になんの影響ももたらすことはできない。
じりじりと追い詰められていったステラは、邪魔なわたくしをラドリアーノから引き離そうと考えて、ヴォルフラムのかけた罠にひっかかった。ステラが回復魔法をあやつる真実の聖女で、わたくしの術によってラドリアーノの命が保たれている事がわかるならば、愛があればそれを解除させようなんて思わないだろうし、わたくしの代わりにその任務を引き受けようとするだろう。
誰からも愛されていなかったのは同情に値するけれど、もうわたくしには関係の無いことだ。彼は何度でもわたくしを死地に送り込もうとする男なのだから。
「シュシュリア、助けて……助けてくれ!」
「もう、あなたはわたくしの助けなど必要ないのでしょう? さようならです。あなたは間違えた。何度もね」
返事は無かった。王太子ラドリアーノは砂となって消えた。すでに無かった命、約束を違えた相手とはいえ良い気分ではない。
……何よりも、これでわたくしはすがる王太子を冷たく突き放した氷の令嬢。もう近寄ってくる男性なんていないでしょうね。別にいいけれど。
大広間はしんと静まり返っている。
「それでは皆様、ごきげんよう。わたくし、疲れたので本日はこれにてお暇させていただきますわ」
「お送りしますよ」
王太子の椅子に背を向け、身を翻したわたくしにヴォルフラムが声をかけた。
「結構よ。自分の仕事があるでしょう。ヴォルフラム、あなたはこの国の致命的な欠陥を見付け、それを解決してみせた。英雄様には護衛の仕事なんてしている暇はないわ」
「この作戦は、あなたが居てこそです、シュシュリア・リベルタス公爵令嬢」
「作戦ねえ。作戦なら、先に教えておいてほしいものだわ。あんなに熱烈な偽恋文まで用意して。わたくしが本気にしたらどうするつもりだったのよ」
「本気にしてください」
「はぁ?」
「あの手紙に書いてある事は本当です」
……先ほどから思っていたのだけれど、この部屋、ものすごく暑い。涼むために魔法を使っても暑い。それはわたくしの氷魔法を打ち消すほどに、ヴォルフラムの感情と魔力が混ざり合って、だだ漏れだから。
つまり彼は今、魔力の制御を少しだけ忘れるほどに、何かに集中しているのだ。何かって、つまりわたくし。わたくしに語りかけることに、ヴォルフラムは全力を傾けているのだ。そんな状況でわざわざ嘘や冗談を言う理由がない。つまりあの粘着質な恋文は全て本心ということ。
……ヴォルフラムが……あのヴォルフラムが、わたくしの事、を好き??????
「あなたが使命から解放されて自由の身になった。今度は自分があなたの伴侶に立候補したいのです」
一歩にじり寄ったヴォルフラムから、一歩うしろに下がって距離を取る。けれど、彼はあっと言う間に距離を詰めてくる。
「……恩返しは不要よ」
「恩返しではありません。自分のためです」
ヴォルフラムがわたくしの手を握った。
「ずっとあなたの事だけが好きでした。自分でもいつからなのか、わからないぐらい」
ヴォルフラムはいつもまっすぐにわたくしを見ている。今も、きっと、昔も。彼は本気だ、いつだって。やるといったらやるし、やらないと言ったらやらないのだ。
「シュシュリア・リベルタス公爵令嬢を我が妻にいたしたく、日々研鑽を重ねてまいりました、剣を修め、魔王を倒しました。後は何をすればよろしいでしょうか?」
どんな無理難題を押しつけられたところで、ヴォルフラムを止める事はできないし、目的のためならば世の理だって捻じ曲げてしまう男であることを、わたくしが一番知っている。
「んん……そうねえ、別に、何もしなくていいわ。必要になったら呼ぶから」
わたくしは負けはしない。彼がわたくしより強いからと言って臆することはない。ここで主導権を握られてたまるものですか。
わたくしは高嶺の花。そう簡単には手折られる訳にはいかない。国家筆頭魔導士だろうが、聖騎士だろうが、国中の乙女から恋慕のまなざしを受けているとしてもこいつはヴォルフラムで、わたくしはシュシュリア。そう簡単にデレては、リベルタスの名がすたると言うもの。
「では、何の任務もなく、ただお側で好きにしてよいと?」
すすす、とヴォルフラムがわたくしの右後ろの位置を取った。難易度が高いほど燃える性格だと完全に失念していたわね。まあ、わたくしより前に出ないと言うのならいいでしょう。
かつてヴォルフラムと過ごした日々は最低だったけれど、悪くはなかった。ただ一つ、ヴォルフラムがわたくしより先に死んでしまった事を除けば。
「別に……あなたの好きにすればいいんじゃないかしら」
「ありがたき幸せ」
「……強いて言うなら、死なないでね。回復魔法は役立つけれど、大変だから」
「心得ております」
眼鏡がない顔で、ヴォルフラムはにっこりと笑った。こういうのも、悪くない。
「わたくしはもちろん、反対いたしました。殿下がお亡くなりになられたのは皆の忠告を無視して鷹狩りに行かれた時の出来事でしたし、わたくしが禁呪である蘇生魔法を習得している事はリベルタスの一族の機密事項でもありました。……何より、陛下は第二王子を世継ぎにすると決めていたのですから」
ずっと昔から見限られていたのだと告げられて、ラドリアーノは膝から崩れ落ちた。
「国を保つためと言われて……わたくしは出来る限りの事をいたしました。けれど高度な術を維持するにはそれ相応の代償と、そして、しっかりとした『制約』が必要です
「制約……?」
「代償は、わたくしの行動と魔力が制限されること。制約──それは「王太子ラドリアーノが術関係なく、わたくしを必要とするかどうか」。愛さなくともよいのです。わたくしがこの国にもたらしている利益についてあなたが正しく理解し、尊重してくだされば、わたくしは協力を続けたでしょう、怠惰な無能の汚名を着せられてもね」
ラドリアーノが手を伸ばして、わたくしは一歩後ろに下がった。彼に歩み寄るつもりは毛頭ない。
おそらくこの世界線のステラは、ラドリアーノを殺し、傀儡として復活させ、操るつもりだった。けれどわたくしが現れたことでその計画が崩れた。能力が信頼されていないラドリアーノの寵愛をただ受けるだけでは、国政になんの影響ももたらすことはできない。
じりじりと追い詰められていったステラは、邪魔なわたくしをラドリアーノから引き離そうと考えて、ヴォルフラムのかけた罠にひっかかった。ステラが回復魔法をあやつる真実の聖女で、わたくしの術によってラドリアーノの命が保たれている事がわかるならば、愛があればそれを解除させようなんて思わないだろうし、わたくしの代わりにその任務を引き受けようとするだろう。
誰からも愛されていなかったのは同情に値するけれど、もうわたくしには関係の無いことだ。彼は何度でもわたくしを死地に送り込もうとする男なのだから。
「シュシュリア、助けて……助けてくれ!」
「もう、あなたはわたくしの助けなど必要ないのでしょう? さようならです。あなたは間違えた。何度もね」
返事は無かった。王太子ラドリアーノは砂となって消えた。すでに無かった命、約束を違えた相手とはいえ良い気分ではない。
……何よりも、これでわたくしはすがる王太子を冷たく突き放した氷の令嬢。もう近寄ってくる男性なんていないでしょうね。別にいいけれど。
大広間はしんと静まり返っている。
「それでは皆様、ごきげんよう。わたくし、疲れたので本日はこれにてお暇させていただきますわ」
「お送りしますよ」
王太子の椅子に背を向け、身を翻したわたくしにヴォルフラムが声をかけた。
「結構よ。自分の仕事があるでしょう。ヴォルフラム、あなたはこの国の致命的な欠陥を見付け、それを解決してみせた。英雄様には護衛の仕事なんてしている暇はないわ」
「この作戦は、あなたが居てこそです、シュシュリア・リベルタス公爵令嬢」
「作戦ねえ。作戦なら、先に教えておいてほしいものだわ。あんなに熱烈な偽恋文まで用意して。わたくしが本気にしたらどうするつもりだったのよ」
「本気にしてください」
「はぁ?」
「あの手紙に書いてある事は本当です」
……先ほどから思っていたのだけれど、この部屋、ものすごく暑い。涼むために魔法を使っても暑い。それはわたくしの氷魔法を打ち消すほどに、ヴォルフラムの感情と魔力が混ざり合って、だだ漏れだから。
つまり彼は今、魔力の制御を少しだけ忘れるほどに、何かに集中しているのだ。何かって、つまりわたくし。わたくしに語りかけることに、ヴォルフラムは全力を傾けているのだ。そんな状況でわざわざ嘘や冗談を言う理由がない。つまりあの粘着質な恋文は全て本心ということ。
……ヴォルフラムが……あのヴォルフラムが、わたくしの事、を好き??????
「あなたが使命から解放されて自由の身になった。今度は自分があなたの伴侶に立候補したいのです」
一歩にじり寄ったヴォルフラムから、一歩うしろに下がって距離を取る。けれど、彼はあっと言う間に距離を詰めてくる。
「……恩返しは不要よ」
「恩返しではありません。自分のためです」
ヴォルフラムがわたくしの手を握った。
「ずっとあなたの事だけが好きでした。自分でもいつからなのか、わからないぐらい」
ヴォルフラムはいつもまっすぐにわたくしを見ている。今も、きっと、昔も。彼は本気だ、いつだって。やるといったらやるし、やらないと言ったらやらないのだ。
「シュシュリア・リベルタス公爵令嬢を我が妻にいたしたく、日々研鑽を重ねてまいりました、剣を修め、魔王を倒しました。後は何をすればよろしいでしょうか?」
どんな無理難題を押しつけられたところで、ヴォルフラムを止める事はできないし、目的のためならば世の理だって捻じ曲げてしまう男であることを、わたくしが一番知っている。
「んん……そうねえ、別に、何もしなくていいわ。必要になったら呼ぶから」
わたくしは負けはしない。彼がわたくしより強いからと言って臆することはない。ここで主導権を握られてたまるものですか。
わたくしは高嶺の花。そう簡単には手折られる訳にはいかない。国家筆頭魔導士だろうが、聖騎士だろうが、国中の乙女から恋慕のまなざしを受けているとしてもこいつはヴォルフラムで、わたくしはシュシュリア。そう簡単にデレては、リベルタスの名がすたると言うもの。
「では、何の任務もなく、ただお側で好きにしてよいと?」
すすす、とヴォルフラムがわたくしの右後ろの位置を取った。難易度が高いほど燃える性格だと完全に失念していたわね。まあ、わたくしより前に出ないと言うのならいいでしょう。
かつてヴォルフラムと過ごした日々は最低だったけれど、悪くはなかった。ただ一つ、ヴォルフラムがわたくしより先に死んでしまった事を除けば。
「別に……あなたの好きにすればいいんじゃないかしら」
「ありがたき幸せ」
「……強いて言うなら、死なないでね。回復魔法は役立つけれど、大変だから」
「心得ております」
眼鏡がない顔で、ヴォルフラムはにっこりと笑った。こういうのも、悪くない。
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