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家族旅行。【3】

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「おお、シャインベック様ようこそ!お子さま方もお元気そうで何よりでございます」

 私たちがゲイルロードグランドホテルのフロントに向かうと、オーナーが笑顔で出迎えてくれた。
 
 髪の毛も髭も真っ白で、多分60歳はゆうに越えていそうだが、肌つやも良く若々しい。
 
 マリオ・カッツさんというこのオーナーの名刺を以前貰った時に、……何か色々と惜しい!と思った事は内緒である。
 
 
「まあカッツオーナー、2回しか利用しておりませんのに覚えて頂けて光栄ですわ」
 
「気軽にマリオと呼んで下さいマダム。はっはっは」
 
 失礼ながら前世のゲームを思い出して笑ってしまいそうなので断る。
 
「まあシャインベック家の方々は忘れようがないですからな。お子さま達も大きくなって……」
 
 目を細めるオーナーはカイルと同い年のお孫さんがいるらしい。子供好きで、この町の一番大きなホテルのオーナーなのにフレンドリーで、子供のヤンチャもおおらかに受け止めてくれる。
 
 私のようなコミュ障のヒッキーは、プライドばかり高い貴族や態度のデカい成功者みたいな人に会うと、どうしていいか分からず挙動不審になる率が高い。
 
 だからカッツさんの様なご近所のおじさんの様なタイプに会うと、本当にホッとするのだ。
 
「3日間ですが、お世話になりますわね」
 
「もっと居て下さっても構いませんが、どうぞごゆっくりしていって下さい。荷物はそこのベルボーイに渡しておいて下されば、クリーニングの後に運んでおきますから」
 
「ありがとうございます」
 
 よっしゃ、早く荷物預けて朝市よ朝市!
 
 私はベルボーイに振り返り、
 
「お手数かけますがよろしくお願い致します」
 
 と笑顔で頭を下げた。
 
「あ!いえ、こちらこそ当ホテルへようこそおいで下さいましたっ!お荷物は私、トッドが責任を持ってお運び致します!!」
 
 顔を真っ赤に染め上げた20歳前後のベルボーイを見て、
 
(……君も大和民族顔が好きなのか。
 ああそうかいそうかい)
 
 と内心で溜め息をついた。よく見たら周辺のフロアースタッフやらクリーニングの人やら男女問わず私や子供たちに目が向いてるじゃないの。

 大和民族インフレがなくなるのはいつの事かしらねえ。 ちょっと、いつまでもボーッとしてないであんたたち仕事しなさいよ仕事。
 
 
 ふと見ると、ルーシーが私を見ながら、眉間を指でぎゅうっとつまんでいた。
 
 はぅっ、とダークを見上げると案の定、眉間にシワが寄っている。私は素早く指で眉間のシワをきゅっきゅっと伸ばしながら小声で、
 
「ダーリン、着いて早々不機嫌になったら勿体ないわよ。私も子供たちもダークとの旅行を楽しみにしてたんだから。3日間楽しみましょう?」
 
 と頬に軽くキスをした。
 眉間に寄ってたシワがようやく消えて、いつものダークに戻ったのでホッとした。
 
 しっかし、相変わらず綺麗が過ぎるわね。
 間近で見ると私の目が潰れる。というか毎回潰れて復活してるわ。ゾンビ的生命力ね私の目。
 
「よし。じゃ皆で朝市に行こうか」
 
 私の腰を引き寄せたダークが皆に声を掛けた。
 
「はーい!」
 
「わぁ楽しみですねぇ。僕はエビさんが好きです」
 
「クロエはね、ジークが白身のお魚が好きだから白身のお魚がいいです!」
 
「私は嫌いなモノはないから何でもいい~♪」
 
 子供たちはウキウキとリュックを背負い臨戦態勢だった。
 
 ルーシーたちはもとより、料理担当だというジョニーまでもが何だか気合いが入っている。
 
「ルーシー、楽しみにしてて!僕のブイヤベースは結構評判がいいんだ」
 
「はい。わたくしも下ごしらえだけなら頑張ります」
 
「ジョニー、帰ったらフライに出来るようなのを一杯買おうぜ」
 
「揚げ物ばっかりだと健康に悪いから、カルパッチョとかビスクも作るからね」
 
 
 皆が思ったより楽しみにしていたようで、私も嬉しくなってきた。
 
「じゃあいざ朝市へ!」
 
 私たちは鼻息も荒くぞろぞろ市場へ向かうのだった。
 
 
 
 ◇  ◇  ◇
 
 
 
<このヒラメの大きさを見ておくれよー!今朝獲れたてのピチピチだよ! 今なら何とこの座布団サイズが2500ビルだよ~!>
 
<この時期の旬っつったら手長エビだよう!このザルにたっぷり1籠で1000ビルで持ってけドロボー!>
 
 
 やって来た市場は町の主婦や主人の使いであろうメイド、奥さんに頼まれてやって来た旦那さんといった面子が入り交じり、かなりの熱気に包まれていた。
 
「これだけ人が多いと別れた方がいいわ。
 アレックたちとルーシーたちのペアと私たちでそれぞれ分散しましょう。今から12時まで別行動で。
 あそこの大衆レストランで待ち合わせにしてランチにしましょう」
 
 私は少し先に見えるオレンジと白のストライプ模様の日除けのある店を指差した。
 目立つから迷いようがないだろう。
 
「いえ、ですがリーシャ様やお子さま達に何かあったら困ります。わたくしはリーシャ様のおそばに」
 
 ルーシーがキリッとした顔でお仕事モードになった。
 
「だけどねルーシー、人が多いから──」
 
「だから危険なのではございませんか。お子さま達は既に放牧された牛のようになっております」
 
 ルーシーは、フラフラとエビの山に引き寄せられているブレナンと、枝にぶら下がっている大きなヒラメの方へ歩き出していたアナの襟首をガシッと掴んで引き戻した。
 
「はうっ、エビがたーくさん……」
 
「ヒラメはムニエルに……でも唐揚げも捨てがたい……」
 
 ……この子たち、大きくなって手がかからなくなったのは良いけど、ネジを巻いた玩具みたいに勝手に動き出すのが困りものだわ。多分私の血ね。
 
「それなら僕も一緒にいますね。妻の仕事のサポートは夫の役目ですから」
 
 グエンが私を見て当然の如く微笑んだ。
 
「──じゃあルーシーたちは私たちと一緒で。アレック達は後で会いましょう!」
 
「かしこまりました」
 
 ふた手に別れて市場の中に突入する。
 
「ダーク、私は買い物する時に鮮度とかちゃんとチェックしたいから、ルーシー達と一緒に子供から目を離さないでくれる?」
 
「任せとけ」
 
 
 実は買い物の時だけは、私の見た目も役に立つ。
 
 
「おじさん、このアサリとエビとアオリイカまとめて買うので、少しお安くならないかしら?」
 
「へいいらっしゃい!奥さんおまとめか……い……」
 
 エビを籠に盛り付ける作業をしていたおじさんが私の声を聞いて振り返り固まった。
 
 私は社交でもこんなに使わないぞという表情筋を限界まで駆使した笑顔で交渉する。 秘技『土偶フラッシュ』である。
 
 大和民族好きなタイプは大抵この美貌(笑)で落ちる。
 
 
 そう、私は恥ずかしさと居たたまれなさよりもお得を取る節約家の主婦にクラスチェンジしたのである。
 
 負けぬなら 負けさせようとも ホトトギス
 
 とどこかの人も詠んでいたではないか。 
 頑張るんだ心のオイチャンよ。
 
 
「……いやー、こんなべっぴんさん俺ぁ生まれて初めて見たよ。びっくりしたなあ。沢山サービスしちゃうからドンドン買ってくれよ!」
 
「まあ嬉しいわ!ありがとう。じゃあこのマゴチもいただこうかしら」
 
「お嬢さん!こっちのホタテはどうだい?バター焼きなんて最高だよ!1皿分でもう1皿オマケするよっ!」
 
「若奥様、味噌漬けなんてどうです?うちの味噌は自家製で人気あるんですよう」
 
 隣の屋台のお兄ちゃんやおばちゃんからも声がかかる。ザワワザワワと子供たちの顔を見て一気にサトウキビ畑となったスペシャル朝市の会場は、私の心のオイチャンが降臨したがってツラい。
 
 笑顔が固まりそうになってプルプルしていると、
 
「リーシャ様、使えるモノは何でも使うと仰いましたわよね?」
 
 とルーシーが囁く。
 
「分かっているのよ。分かっているんだけどもね」
 
 ルーシーは軽く頷くと、
 
「アナ様」
 
 と側にいた(掴まえてたとも言う)アナに耳打ちした。こくこくと頷いたアナが隣の屋台に近づき、
 
「お兄さん、私お魚も大好きなの~!この白いお魚も美味しそうね!」
 
 きゅるるん、とキラキラおめめと笑顔を振りまき更なるオマケを求めてのミッションを発動していたいけな若者をノックダウンしていた。
 
 
 
 でも、私は知っている。
 
 あの子の腕にはサブいぼが出ていることを。
 
 カイルとブレナンにふと目をやると、にっこりサムズアップして更に隣の屋台に向かい、店のおばちゃんに、
 
「お姉さん、これはどうやって食べるのが美味しいの?」
「母様が贅沢はいけないって言うから少しおまけして貰えますか?」
 
 とうるうるキラキラさせた目でたらしこんでいた。
 
 ダークが、
 
「……だからカイルもケツをかくな。ブレナンも指をつねるな」
 
 とボソボソ呟いていたが、劇団フォアローゼズが働いてるのに傾国の女神(他称)が働かないでどうする。
 
 
 私は気合いを入れ直した。
 
 
 
 
 
 
 
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