ポンコツクールビューティーは王子の溺愛に気づかない

来栖もよもよ&来栖もよりーぬ

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王子は少し嫉妬し、混乱する

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 私が朝早くから視察へ行き、責任者との今後の業務改善などの話し合いをして午後三時過ぎにエリック伯父の屋敷に戻ると、レイチェルが出迎えてくれた。
 エマは町への外出に疲れて部屋で夕食まで休んでいると教えてくれた。
「エマお姉様はまだラングフォードに来たばかりだし、普段なかなかお出掛けになれないでしょう? だからこんな田舎の町でも見慣れない雑貨やカフェが物珍しかったらしくて、楽しくてテンションが上がり過ぎたみたいなの」
(……何のために早く戻って来たと思っているんだ)
 少しガッカリしたが、彼女が楽しんでくれたのならそれはそれで嬉しかった。
 飛び飛びに入れられていた仕事の予定を一日にまとめ、明日はエマに近所を案内しようと丸々空けてたし、デートは明日だけでもいいか、と自分を納得させる。
 まずはお茶でもいかが? とレイチェルに誘われそのまま居間へ向かう。
 私が部屋へ行ったら疲れて休んでいるエマを気遣わせてしまうだろうし、夕食まではそっとしておいてあげたい。
 それに、エマがどんな様子だったのかどんな会話をしたのかなど、レイチェルから根掘り葉掘り聞き出したいと言うのも本音でもあった。
 のどかな風景画が掛けられた吹き抜けの大きな居間は、昔から私のお気に入りだ。
 メイドが運んでくれたコーヒーにミルクと砂糖を多めに入れ、口に運ぶ。
 私は甘い飲み物やお菓子などが好きだ。
 王宮の執務室にも飴やクッキーなど日持ちするお菓子が常備してあったりもするが、一度「女みたいだな」と友人にからかわれたことがあって、それからはあまり人目につかないようにしている。
 エマにも男らしくないとガッカリされるのが怖いので目の前では口にしないが、今はレイチェルしかいないし、と遠慮なく一緒に運ばれたパウンドケーキを味わうことにした。
「──ん? ラム酒が効いてるねこれ。しっとりしたココア生地にナッツがいいアクセントになってて美味しいな」
「でしょう? 今日エマお姉様と行ったカフェで人気なのよ。皆のお土産に買って来ちゃった。エマお姉様も気に入って下さったんだけど、お酒がとても弱いみたいで顔が少し赤くなってしまって、でもとても可愛かったわ」

 何だとどうしてそんな可愛い姿を夫の私ではなくレイチェルが先に見てしまうんだ私だって見たかったに決まってる仕事なんてしてる場合じゃなかった。

 脳内で一気に嫉妬の感情が沸き上がるが、いやいや待て待てと自分を宥める。
(レイチェルはエマが退屈しないようにと気遣って町へ誘ってくれたのだろうに、それを責めるのはお門違いではないか。大人げないぞ自分)
「へえ……エマがそこまでお酒に弱いとは知らなかったよ」
 食事の際も紅茶や水しか飲みたがらなかったのは単に酒が苦手なのかと思っていたが、そういう理由だったのか。今後も私以外の男がいる場所では決して飲ませないと決意した。
「……私、エマお姉様を誤解していたの。ルークお兄様には悪いけれど、クール過ぎると言うか、少しプライドが高そうで、田舎育ちの私を内心で見下すような人なんじゃないかなんて思っていたの。でも全然そんなことなくて、むしろ見た目の完璧さと同じで内面も素敵な人だったわ」
 自分の知らないエマを知っているのが悔しい。
 でもエマを褒められると嬉しい。
 私はエマに関しては限りなく心が狭いのかも知れない。
 穏やかな表情を意識しながらも、嬉しそうに報告するレイチェルに私は複雑な思いを抱いていた。これは認めたくないが嫉妬なのかも知れない。
「それでねルークお兄様。私、せっかく仲良くなったし、これからもエマお姉様と友好を深めたいの。だから、王宮の方にも遊びに行ったり、お出掛けにお誘いしたりしたいのだけど」
「──ああ、構わないよ。エマも新しい友人が出来て嬉しいんじゃないかな。ウェブスター王国にいる友人にはなかなか会えないだろうしね。これからも仲良くしてくれると嬉しいよ」
 まあ正直に言えばあまり嬉しくない。
 自分だって距離を縮めるのに苦労しているのに、女性同士というのは何故こうも気軽に仲良くなれてしまうのだろうか。素直に羨ましい。
 でもベティーしか連れて来なかったのは、ラングフォードの方々と早く打ち解けたかったからですわ、などと言っていた可愛いエマなのである。
 私のつまらない嫉妬で彼女の意思を無駄にすることは許されない。
「ありがとうルークお兄様!」
 満面の笑みでお礼を言うレイチェルを眺め、ふと思い至る。

 ……これは私にとってもチャンスなのではないか。
 従妹のレイチェルからさり気なくエマの情報を引き出せれば、独りよがりではない形でエマにアプローチが可能だろう。
 女性同士ならではの会話というのは隠している本心が出やすいとも聞く。
 私より仲良くされるのは悔しいが、のちのち私の方が仲良くなれば良いのだ。いやなってみせる。
 彼女への理解を深め、よぼよぼになるまでラブラブの関係になるのだ。
 少しぐらいレイチェルの方が仲良くなるのが早くたって、すぐに取り戻せるはず。

 そう思い、うんうんと一人頷いていると、レイチェルがぽそっと呟いた。
「でも、エマお姉様と話していたことでちょっと不思議だったことがあるのだけど……これは聞かなかったことにしてくれる? 私とルークお兄様の秘密ということで」
「え? 不思議なことって?」
 なんと早々にエマ情報が聞けるのか。レイチェル、よくやった。
「エマお姉様がルークお兄様を好ましく思ったきっかけなのだけど……」
 ……関係前進のために喉から手が出そうな話題である。
 少し言い淀むレイチェルをさり気なく促す。
「私とエマはもう夫婦なのだし、どんな話であろうと微笑ましいエピソードなんだから、遠慮なく教えて欲しいな。あ、もちろんエマには黙っておくよ」
 そうよね、とレイチェルが頷き、話を続けた。
「ルークお兄様がいいなと思ったきっかけは『トカゲ』なんですって。トカゲで恋に目覚めるって私にはちょっと理解が出来なくて。ルークお兄様にこっそり伺いたいなって」
「トカゲ……」
 ──脳内の引き出しを片っ端から開けても全く記憶にない。トカゲ? トカゲでそんな素晴らしいエピソードなんてあったか? 背中から変な汗が流れるのを感じた。
 だが全然覚えてないなどと言えば、
「やだルークお兄様ったら酷いわ!」
 などとレイチェルが敵に回る危険がある。
「ああ、トカゲか……でも、それはレイチェルには内緒にしておきたいな。こういうのはほら、二人だけの秘密にしておきたいって言うかさ。分かるだろう?」
 そう咄嗟に判断した私は、知ったかぶる方法を選んだ。
「ふふふっ。そうよねえ。私ったら好奇心で本当に不躾な質問してごめんなさい。今のはなかったことにして下さいねルークお兄様」
「ああ、気にしないでくれ」

 ──レイチェルが自室に戻った後も、私はぐりぐりとこめかみを揉みながら必死に過去の記憶を辿っていたが、トカゲ事件は床のゴミほどの微かなものすら思い出せなかった。
 ……私がエマを完全に理解出来る日はいつになったらやって来るのだろうか。



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