ポンコツクールビューティーは王子の溺愛に気づかない

来栖もよもよ&来栖もよりーぬ

文字の大きさ
23 / 42

ストレス増量中

しおりを挟む
 エルキントン公爵の屋敷から戻って来てから、私とルークの間の空気は最初の頃ほど緊張感の漂うものではなくなっていた。
 とは言え、あくまでも普通に会話が出来るようになった程度である。そこに新婚の浮ついたものは全く感じられない。
 私は愛情が落ち着くどころか高まる一方なので、顔がハッキリ分かるぐらいまで近づくと今まで以上に変態への扉が容易に開きそうになるので、微妙に視線をずらしたりにやけそうな顔を引き締める状態は変わっていない。
 ただ地道だが着実な進歩は感じているのだ。
 だからもう流石にベッドが殺害現場になるほど鼻血まみれ(緊張と興奮で)になることは抑えられるんじゃないかとは思っているのだが、ルークはまだまだ不満らしい。
「ほら、せっかく旅行で少し仲良くなれたと思ったのに、まだエマは私と顔を突き合わせて話す時には視線を逸らしたりするだろう? これからの人生は長いんだし焦ってはいないんだよ。私は君からしてみれば、体はゴツゴツして大きいし女性の扱いに慣れていないところもある。どうしても警戒心や恐怖心を煽ってしまうような部分があるのも自覚している。だからエマが心から打ち解けて私と接することが出来る日が来たら、そこからが夫婦としての本当の始まりなんだと思っている」
 穏やかに笑うルークだが、正直彼に対する警戒心もなければ恐怖もない。
 私に標準装備されているのは、彼を愛するあまりに加速度的に変態になって行く脳内思考と、そんな情けない自分や目のこと、足のことなどがバレたくないという外面を取り繕う緊張感である。
 心から打ち解けて……という彼の希望は、私が秘密を持っている限り有り得ないし、愛情が衰えることなど想像もつかない。
 となると私が愛情を持ち続ける限り、彼の一挙手一投足に顔がにへら~っとしないよう常に表情を引き締めていなければならないのだから、緊張感が完全になくなるとも思えない。
 何しろ嫁き遅れ寸前で嫁いで来た、家柄と容姿だけが売りの三つも年上の欠点まみれの妻なのだ。
 ルークは昔から優しいので、内心で本当はもっと若くて可愛らしい、扱いやすい女性の方が良かったなあ、などと思っていても絶対に口にはしないだろうし、私も聞きたくはない。
 だからこそ早く本当の夫婦になって安心したいのに、このままでは白い花嫁として国に帰されてしまう危険の方が大きいのではないか。
 閨の件も、興奮からのアレコレの心配がなければ、私はいつでもウェルカムなのに。
 ──これは、私のマインド改革を早急に進めなくてはならない。


『やあおはようエマ、今日も綺麗だね』
「もう、いやですわルーク様ったら嘘ばっかり」
『私が君に対して嘘なんてつくわけないだろう? そうそう、頼んでいた例のナイトドレス、届いたよ。今夜は是非私のためにそれを着て欲しいな』
「まあ……喜んで♪」
「──エマ様、ぬいぐるみのクマ相手にそんな小芝居をしてどうするおつもりですか?」
 隣の衣裳部屋でアイロンがけをしていたはずのベティーが背後から声を掛けて来たので、私はびっくりしてクマのルークを落としてしまった。
「……いやあねえベティーったら、驚かさないでよ。本番に向けての地道な練習じゃないの」
「練習が実践に活かされたことが何一つないのがエマ様です。それにそんなことをしてても、エマ様の減少させたいおつもりの妄想力が膨らむだけじゃありませんか」
「……それも一理あるわね」
「一理も二里もなく真理ですわ。変態から脱却したいと仰ったのは嘘でございますか」
 ピシッと返される言葉に反論の余地はない。
「嘘じゃないわよ」
 床に転がったままのクマのルークを拾ってくれたベティーがぽんぽん、と埃を払い私に渡す。
「──でも、ルークへの好きがどんどん蓄積して行くのよ。だから嫌われたくない、みっともない姿をさらしたくないと言う気持ちもどんどん大きくなって行くのよ。そうすると、顔も終始緊張してないとならないじゃない? それで彼には自分の体が大きく鍛えてるから威圧感で怖がらせているのだと、と要らぬ誤解をされるのよ。もう四面楚歌なのよ」
 私は受け取ったクマのルークの手をぐりぐりと回しながら愚痴をこぼす。
「色々と隠していることも多いですしね」
「そうなのよ……」
 目のことや足の巻き爪の件などの大きな隠し事は別として、私にはやりたいのに出来ないことがある。
 土いじりと絵を描くことだ。
 絵はずっとあの分厚いメガネを掛けている必要があるし、風景を描く作業は外に出なければならない。人気のないところを選んだとて、誰に見られるか分かったものではないのだ。完璧な淑女でなければいけないのに、そんな危険は冒せない。
 また土いじりについても、花壇をいじるなどの女性らしい感じのものではなく、私が好きなのは野菜や果物など食べるもの全般。つまりは農作業だ。
 最初は家庭教師による教育の一環で、普段口に入る食べ物はどう作られているかを学ぶため、王宮内の畑に行ったのが始まりだった。
 そこで収穫を手伝ったり、すくすくと成長するトウモロコシやジャガイモ、トマトやナスなどに魅了されたのだ。
 働いている者たちには止められたが、畑を耕し種を植え、収穫してそれを食べまた耕す、という流れはとても自然で、家庭教師から学んだ生産や消費というものを実地で学んでいる、と幼な心にも思えてとても楽しかった。
 まあ周囲に口止めしつつ隠れて通っていても子供である。ドレスがしょっちゅう泥だらけになっていれば隠せるはずもない。すぐ両親にはバレてしまったが、何しろ我がウェブスター王国は酪農と農業が盛んな国であり、両親もそれぞれ農業への理解も深い。
 そのため、
「一応姫なのだから、人目につかないようドレスは止めて、日焼けしないような恰好に着替えて作業の手伝いをする程度なら」
 と認めてくれた。
 麦わら帽子にまとめた髪、首にはタオルを巻き長袖長ズボンに手袋までして、嬉々として農作業をしている女の子を「姫様」だとは気づかない民も多く(何しろ農地が広い)、
「お、お嬢ちゃん偉いな。父さんか母さんの手伝いかい?」
「良かったらおやつにリンゴ食べな」
 など気軽に声を掛けてもらったりと楽しく働けた。
 ダイエット中の数年は病弱設定が目標だったので、徐々に畑にも行けない状態を演出しなければならなかったのが辛かったが、健康になりましたアピールで畑にまた通えるようになった時には、嬉しさで涙が出そうだった。
 だが、自国では理解のあった両親で許されていたが、ラングフォード王国では厳しい。
 一国の王女が土いじり、しかも農作業大好きなどとは口が裂けても言えない。
 私は完璧な淑女なのだ。
「……ああ、自分が育てたトマトを丸かじりしたい……キュウリを使ったサラダが食べたい……」
 頑張る決意を胸にこの国にやって来たが、思うようにならないこともある。出来ないこともある。
 私のストレスは溜まるばかりだった。



しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

五年後、元夫の後悔が遅すぎる。~娘が「パパ」と呼びそうで困ってます~

放浪人
恋愛
「君との婚姻は無効だ。実家へ帰るがいい」 大聖堂の冷たい石畳の上で、辺境伯ロルフから突然「婚姻は最初から無かった」と宣告された子爵家次女のエリシア。実家にも見放され、身重の体で王都の旧市街へ追放された彼女は、絶望のどん底で愛娘クララを出産する。 生き抜くために針と糸を握ったエリシアは、持ち前の技術で不思議な力を持つ「祝布(しゅくふ)」を織り上げる職人として立ち上がる。施しではなく「仕事」として正当な対価を払い、決して土足で踏み込んでこない救恤院の監督官リュシアンの温かい優しさに触れエリシアは少しずつ人間らしい心と笑顔を取り戻していった。 しかし五年後。辺境を襲った疫病を救うための緊急要請を通じ、エリシアは冷酷だった元夫ロルフと再会してしまう。しかも隣にいる娘の青い瞳は彼と瓜二つだった。 「すまない。私は父としての責任を果たす」 かつての合理主義の塊だった元夫は、自らの過ちを深く悔い、家の権益を捨ててでも母子を守る「強固な盾」になろうとする。娘のクララもまた、危機から救ってくれた彼を「パパ」と呼び始めてしまい……。 だが、どんなに後悔されても、どんなに身を挺して守られても、一度完全に壊された関係が元に戻ることは絶対にない。エリシアが真の伴侶として選ぶのは、凍えた心を溶かし、温かい日常を共に歩んでくれたリュシアンただ一人だった。 これは、全てを奪われた一人の女性が母として力強く成長し誰にも脅かされることのない「本物の家族」と「静かで確かな幸福」を自分の手で選び取るまでの物語。

「最高の縁談なのでしょう?なら、かわってあげたら喜んでくれますよね!」

みっちぇる。
恋愛
侯爵令嬢のリコリスは20歳。立派な嫁きおくれである。 というのも、義母がなかなかデビューさせてくれないのだ。 なにか意図を感じつつも、周りは義母の味方ばかり。 そん中、急にデビュタントの許可と婚約を告げられる。 何か裏がある―― 相手の家がどういうものかを知り、何とかしようとするリコリス。 でも、非力なリコリスには何も手段がない。 しかし、そんな彼女にも救いの手が……?

【完結】赤ちゃんが生まれたら殺されるようです

白崎りか
恋愛
もうすぐ赤ちゃんが生まれる。 ドレスの上から、ふくらんだお腹をなでる。 「はやく出ておいで。私の赤ちゃん」 ある日、アリシアは見てしまう。 夫が、ベッドの上で、メイドと口づけをしているのを! 「どうして、メイドのお腹にも、赤ちゃんがいるの?!」 「赤ちゃんが生まれたら、私は殺されるの?」 夫とメイドは、アリシアの殺害を計画していた。 自分たちの子供を跡継ぎにして、辺境伯家を乗っ取ろうとしているのだ。 ドラゴンの力で、前世の記憶を取り戻したアリシアは、自由を手に入れるために裁判で戦う。 ※1話と2話は短編版と内容は同じですが、設定を少し変えています。

「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある

柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった 王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。 リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。 「わかりました。あなたには、がっかりです」 微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。

私と子供より、夫は幼馴染とその子供のほうが大切でした。

小野 まい
恋愛
結婚記念日のディナーに夫のオスカーは現れない。 「マリアが熱を出したらしい」 駆けつけた先で、オスカーがマリアと息子カイルと楽しげに食事をする姿を妻のエリザが目撃する。 「また裏切られた……」 いつも幼馴染を優先するオスカーに、エリザの不満は限界に達していた。 「あなたは家族よりも幼馴染のほうが大事なのね」 離婚する気持ちが固まっていく。

王宮地味女官、只者じゃねぇ

宵森みなと
恋愛
地味で目立たず、ただ真面目に働く王宮の女官・エミリア。 しかし彼女の正体は――剣術・魔法・語学すべてに長けた首席卒業の才女にして、実はとんでもない美貌と魔性を秘めた、“自覚なしギャップ系”最強女官だった!? 王女付き女官に任命されたその日から、運命が少しずつ動き出す。 訛りだらけのマーレン語で王女に爆笑を起こし、夜会では仮面を外した瞬間、貴族たちを騒然とさせ―― さらには北方マーレン国から訪れた黒髪の第二王子をも、一瞬で虜にしてしまう。 「おら、案内させてもらいますけんの」 その一言が、国を揺らすとは、誰が想像しただろうか。 王女リリアは言う。「エミリアがいなければ、私は生きていけぬ」 副長カイルは焦る。「このまま、他国に連れて行かれてたまるか」 ジークは葛藤する。「自分だけを見てほしいのに、届かない」 そしてレオンハルト王子は心を決める。「妻に望むなら、彼女以外はいない」 けれど――当の本人は今日も地味眼鏡で事務作業中。 王族たちの心を翻弄するのは、無自覚最強の“訛り女官”。 訛って笑いを取り、仮面で魅了し、剣で守る―― これは、彼女の“本当の顔”が王宮を変えていく、壮麗な恋と成長の物語。 ★この物語は、「枯れ専モブ令嬢」の5年前のお話です。クラリスが活躍する前で、少し若いイザークとライナルトがちょっと出ます。

このたび、あこがれ騎士さまの妻になりました。

若松だんご
恋愛
 「リリー。アナタ、結婚なさい」  それは、ある日突然、おつかえする王妃さまからくだされた命令。  まるで、「そこの髪飾りと取って」とか、「窓を開けてちょうだい」みたいなノリで発せられた。  お相手は、王妃さまのかつての乳兄弟で護衛騎士、エディル・ロードリックさま。  わたしのあこがれの騎士さま。  だけど、ちょっと待って!! 結婚だなんて、いくらなんでもそれはイキナリすぎるっ!!  「アナタたちならお似合いだと思うんだけど?」  そう思うのは、王妃さまだけですよ、絶対。  「試しに、二人で暮らしなさい。これは命令です」  なーんて、王妃さまの命令で、エディルさまの妻(仮)になったわたし。  あこがれの騎士さまと一つ屋根の下だなんてっ!!  わたし、どうなっちゃうのっ!? 妻(仮)ライフ、ドキドキしすぎで心臓がもたないっ!!

処理中です...