魔王様はマンガ家になりたい!

来栖もよもよ&来栖もよりーぬ

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 生徒たちにアンケートを取ったところ、「マンガで収入を得たい」という人が殆どだったのには少々驚いた。恐らく、この国でのエンタメというものが殆どないのが一番の原因ではなかろうかと感じる。

 昼間は子供たちはボール蹴りや虫取りなど何かしら遊びは出来るが、仕事をしている大人にそれはない。夜、仕事を終えて眠るまでのひと時に、テレビもない、ラジオもないという国では、家族同士で話すぐらいしか余暇の過ごし方がない。
 勿論それだって楽しいだろうが、日々の生活で起きる出来事を語るのだって限りがある。大体は同じ日常の繰り返しだし、そうそう毎日必ず面白いことが起きる訳でもないだろう。ケンカしたりしてたら話すらしたくないことだってある。
 東ホーウェンのような大きな町では新聞や薄い小説なども売っていたが、東中央ホーウェン、つまりこの城下町ではない。
 のどかでいい国ではあるが、娯楽、という意味では恵まれてはいないのだ。そりゃマンガなどの読み物があれば、それについても人と話が弾むし、人生に彩りが出来るだろう。
 クレイドが自身でも真剣にマンガに取り組んでいるのは、国民にそんな楽しみをもたらしたいと考えているからだろう。
 ……ま、きっと商売にもなると思っているだろうけど。
 何しろ東中央ホーウェンの特産は、酪農で生み出されるミルクやチーズなどの乳製品と、肥沃な土で獲れる野菜がメインだ。天候によっては収穫も左右されるし、常に安定しているものではない。
 マンガであれば、作家さえ常に確保出来ていれば定期的に本の生産、提供も可能だし、各地の商品取引で売りさばくことも可能だ。
 地域を統べる苦労人の魔王(町長もどき)様だ、そういう計算も間違いなくしているに違いない。
 ここは、私が凄腕営業マンとして生徒たちの作品をガンガン底上げして、東ホーウェン、そして行ったことはないが多分同じぐらい大きな町であろう南や西、北の町にも広めなくてはならない。

「じゃあ皆さん、この東中央ホーウェンにマンガの文化を根付かせて、周辺の町にも中央ホーウェンの売りとして行くため、これからビシビシと行きますよー。マンガを描く作業は大変なことも多いですが、お金を払って楽しんでくれる、読者の笑顔を生み出せる喜びは何物にも代えがたいですからね。東中央ホーウェンと言えばマンガの町、ぐらい有名になるまで、私と一緒に頑張りましょう!」
「「「はーーーーいっ!」」」

 生徒たちのやる気満々な姿勢に私もふつふつ気力が湧いて来る。ネームにも容赦なくダメ出しをしたし、明らかに手抜きになっている部分は叱って直させる。

「あなたは、自分が手を抜いて適当に描いたマンガで読者を楽しませられると思いますか? その前にお金を払ってくれる相手に対して失礼とは思わないですか?」
「……はい、すみません。ちょっと集中力が切れて最後が雑に……」
「言い訳はいいです。仕事としてやって行きたいのならば、マンガは商品です。商品の品質は高く、満足の行くものを提供する、というのが私の国のマンガ家のプライドです。絵柄の違いや上手い下手というのは誰にもありますけど、一生懸命やったかどうかって読者は意外と分かりますよ。いいですか? スピードは描いているうちに上がります。まだ技術もろくに伴っていないのに、手を抜くことを覚えてはいけません。絵も作品の質も劣化するばかりです」
「はい! 以後気をつけます!」
「よろしい。では続けて下さい」

 私も授業を始めたばかりの頃から比べてみると、かなり厳しい先生になっていると思う。正直誰かに注意をしたり叱ったり、というのは苦手だ。優しくして生徒に好かれる先生がいいに決まってる。
 だが、皆がプロになりたいのであれば、中途半端な気持ちのままでは、この先きちんとマンガ家としての仕事をこなせるとは思えない。
 日本のマンガ家人口とは比べ物にならないほどの人数でのスタートだし、恐らくかなり適当にやっていても、最初のうちは仕事が入って来るとは思う。出始めの創世期だから。だが、ここから第二、第三と新たに学んだ生徒がマンガ家として活動するようになれば、徐々に高いクオリティーが求められるようになる。やっつけ仕事をしていたら、次第に仕事自体が来なくなるのは目に見えている。

 私にも教師としての責任がある。一期生からそんな楽をしたがるような生徒を出しては、この先本人のためにもならない。それに彼らが長いこと一線で頑張って貰わないと、クレイドの夢も断たれてしまうだろうし、マンガを広める夢も泡となる。私も半端な仕事をする生徒など見たくはないのよ。

(あー、学校の先生って本当に大変だわ……ハゲそう。学生時代に色々お世話になった先生には本当に土下座したくなるわ……)

 休憩時間には教員室で机に突っ伏して、何もせずに逃げ出したいという気持ちと戦いながらも、ひと月ほどかけて、ようやく一部の生徒たちの初の作品が出来上がり始めた。
 最初の作品で急かすとろくなことにならないので、丁寧に自分が納得行くように仕上げなさい、と言ってある。まだ半分ぐらいペン入れが残っている生徒もいたり、七割八割までは進んでいる生徒もいる。

 クレイドも完成原稿を仕上げ、満足気に渡しに来た。

「リリコ……先生、是非感想を聞かせて欲しい、です」
「はい、まずはご苦労様でした。そして完成おめでとう」

 教室の授業中は師として一生徒の振る舞いをしているクレイドだが、本当に嬉しそうに頷いた。いや表情の変化は乏しいし、目つきは相変わらず鋭いし、目の下のクマもなかなか消えなくて怖さ二割増しだけどね。でも、嬉しそうな感情とかが読み取れるぐらいには私もこの国に長くいる。
 イケメンなんだからもう少し笑顔を増やせば受けもいいだろうに、と思うが、彼は余り見知らぬ人と話すのが得意ではないから別にいいという。


 さあ、出来上がった生徒たちの作品を読んだら、東ホーウェンにまずは売り込みだ!



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